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神話の生まれ方:ムスヒと高御産巣日神How Myths Are Born: Musuhi and Takamimusuhi

今年も、日本各地を訪れて独自に調査をすることができました。例年通り、いくつかのテーマを決めて同時進行していたのですが、特に重視したテーマは、古事記や日本書紀に記される日本神話は、一体どのようにして生まれたのかという起源を探究することです。日本の神話は、非常に長い間、口誦によって伝承されてきたものでした。古くは、一つの場所における部族の伝承を契機として、複合部族、あるいは氏族化していく過程において重層化していきました。

こうした異族同士が結び付きは、主に婚姻関係によって神話で象徴されますが、ここで誤ってはならないことは、実際に誰と誰が結婚した主体を伴う話ではなく、異族間の同盟などの象徴だということです。そして婚姻によって結びつくという際には、様々なパターンがあったと思いますが、どうも複数の異族が共同して一つの大きな部族次元に昇華する際には、いずれかの部族の伝承における神を持ち出すのではなく、新たに神を創成して立てるということをやっていた姿が見えてきます。これは、特定の部族の神を持ち出すと、共同のパワーバランスが崩れて、平穏な統治ができないことから生み出されたものでしょう。

つまり、異族同士が複合化すればするほど、安定的にパワーバランスを維持するために、既存の神に固執して他族と争うのではなく、共同の祭祀のもとで新たな神を先に創造してしまう。この興味深い方法によって、彼らは平穏な統治を実現していたのです。何より面白いのは、この新たな神として創造された神の系譜を前提に、そこに複合化される部族各々の神が、逆方向に系譜に設定されていることです。逆方向とは、連続する線形時間における祖父母→親→子→孫という線ではなく、後代に遡及するように系譜が設計されたということです。

ちょっと難しいかもしれませんが、どういうことかと言えば、例えば四つの部族があったとすれば、四つの部族が共同で創出した神の子供や子孫、あるいは祖先などの系譜に、その部族ごとが奉祀する神を遡及的に組み込んでいったということです。これによって、共同で創造された一つの神の系譜に、複合部族の痕跡がしっかりと入り込むということが可能となります。この画期的な発明によって、非常に安定的な統治が可能となり、どんどん拡大することを可能とする源泉となっていったと私は考えています。これは既に縄文時代の中期以降に大きな潮流として始まっていました。

そうした例は、神話においても無数に見られます。特に神話では、神の系譜を非常に重視していますが、同時に問題もあります。何しろ、現在私たちが参照できる基本的な神話は、日本現存最古の書物である712年成立の古事記と、720年成立の日本書紀というあくまでも8世紀前半に成立したものであるため、非常に新しい時代に新たな為政者の下で組み立てられた、かなり政治的・国家的な像を持っていることは否めないからです。

実際、この新時代を統治した第40代・天武天皇(在位: 673-686)と第41代・持統天皇(在位: 690-697)という夫婦の天皇の存在が重要になってくるのですが、この二人の天皇の時代に、神話や伝承や伝説が一元化されて一つの書物において打ち立てられた時、日本の神の系譜は二つに分かれました。ただし、この一元化はあくまでも当時の天皇が領有していた家臣の氏族などの地域次元の神話・伝承・伝説であり、未だ広大な統治の外の部族の神話・伝承・伝説は無視されています。何しろ、この時点で日本など存在しないからです。この天皇の次元でも、かつては無数の複数な系譜があったはずですが、天武天皇から持統天皇の時代に大成・整理されていき、最終的に二つの主な神の系譜に分かれます。その神の名は、タカミムスヒとアマテラスです。

タカミムスヒとアマテラスは、神話において非常に重要な神ですが、現在まで天皇の皇祖神に位置付けられるアマテラス(伊勢神宮の主祭神)は国外でも知られていますが、タカミムスヒを知らない人々は多い(日本でも事情は同じです)。

しかし、調査を続けて分かったのですが、実は古事記・日本書紀以前の時代には、タカミムスヒの信仰が絶大な影響を有しており、アマテラスの信仰は局所的な場所でしか行われていませんでした。しかし、時代が天武天皇ー持統天皇の御代になった頃に、突如、アマテラスが天皇の祖神として位置づけられる新たな信仰のムーブメントが起きます。いや、信仰のムーブメントというよりも、正確には政治のムーブメントでしょう。逆に言えば、この時代以前までアマテラスを天皇自体が祖神として奉祀するような風習はなかったと言えます。そのような原型はあったでしょうが、このアマテラスなる神の成立の歴史自体が非常に複雑ですので、今後個別の記事でじっくりと扱っていきます。簡単に言えば、現在アマテラスは女神だと一般的に認知されていますが、古くは男神であり、むしろ男神ー女神を揺れ動くような神という実像を持っていました。現に、文献によってはアマテラスを男神とする古書も多く存在します。

ここで重要なことは、アマテラスが天皇の祖神に設定されたのは、この天武天皇から持統天皇の御代にかけて起きたことですが、特に持統天皇という女性天皇が、自らの存在をアマテラスと同一視して権威を高めた傾向があり、むしろアマテラスの成立には、持統天皇自体の投影と崇拝が関わっていたと考えることも可能です。事実、アマテラスを奉祀する聖地の伊勢神宮は、この持統天皇の御代から信仰が始まったものであり、この辺りから急速に国家的信仰へと高められています。

また、皇位継承権を持つ人物が天皇として即位する際には、大嘗祭と呼ばれる秘儀が行われてきました。大嘗祭は、未だにどのような儀式が行われているか誰も分からず、特に皇位継承者がどのような祭祀によって天皇となるのかという秘儀は、天皇が代々皇位継承者に口伝で伝えるものであるため、天皇ー皇位継承者とあと一人以外は誰も知りません。大嘗祭を巡っては様々な著作が出ていますが、どれも憶測でしかないため、ほとんど参考になりません。しかもこの大嘗祭を最初に確立したのも、この天武天皇なのです。この天武天皇は中国の唐が強い国造りを形成する根幹として採用している律令制度を積極的に取り組み、日本最初の律令国家造営を目指したため、こうした諸事が天武天皇の御代で次々と体系・整備されたわけですが、非常に重要な歴史の転換点です。律令制度とは、簡単に言えば、「律」と呼ばれる刑法と、「令」と呼ばれる行政法で国を統治するということです。ここにおいて天皇は、この骨格の精神に天皇や氏族などの古い伝承を一元化する意図を持ったわけですが、これこそが古事記成立の源泉となりますぅ。

大嘗祭は幾度も戦乱や社会動乱で途絶えながらも継承され、直近では明治天皇が即位する際に200年ぶりに行われたものですが、それが明治天皇ー大正天皇ー昭和天皇ー平成天皇と続き、今の天皇が即位する2019年11月にも大嘗祭が行われました。要するに大嘗祭は、天皇が系譜において初代天皇として定める伝説的な神武天皇の時代から行われていたのではなく、皇室の儀式として設定されたのも、この天武天皇からだということです。つまり、あらゆるものが体系化され、整備されていったのが、この天武天皇の登場と連動しているということは注目に値します。逆に言えば、日本の歴史の体系と整備がこの天武天皇を軸に起きているため、この時代の考察がなければ、日本史とそれに纏わる諸々は理解できないということです。ある意味、最も注意しなければならない時代です。

ここでタカミムスヒの系譜を信奉する有力層から、覇権がアマテラスの系譜を信奉する新勢力へ動いた可能性があるのですが、それは現に古事記の神話で配置が大きく異なる点にも現れています。古事記冒頭は、神道の大学とも言える國學院大学の公表しているものに英文も追加されていましたので、一度そちらを掲載しておきます。ただ学術的な読解は常にズレを孕んでいるため、どこかで機会があれば、独自の視点で読解していきたいと思います。日本語では既に広範囲に進めているのですが、どうしても言語間の問題で英語にし難い課題があるため、どうするかしばらく考えてみます。

「本文」

天地初發之時、

於高天原成神名、

天之御中主神。[訓高下天云阿麻。下效此]

次高御産巣日神。次神産巣日神。

此三柱神者、並獨神成坐而、隠身也。

[訓読文]

天地初めて発りし時に、

高天原に成る神の名は、

天之御中主神。[訓高下天云阿麻。下效此]

次に高御産巣日神。次に神産巣日神。

此三柱の神は、並独神がみと成り坐して、身を隠しき。

[英語]

When Heaven and Earth first became active,

a deity came into existence in Takamanohara 高天原.

Its name was Amenominakanushi no kami 天之御中主神.

Next Takamimusuhi no kami 高御産巣日神 appeared, and then, Kamumusuhi no kami 神産巣日神.

All three came into existence as solitary deities, and they hid their bodies.

タカミムスヒは、この「ムスヒの神」と呼ばれる二つの日本の最重要神に関わる一対で、もう一対はカムムスヒとされています。これらは実態を伴う神ではなく、非分離の作用それ自体を神として表しているということです。「ムスヒ」という日本概念は最も高度であるため、十中八九人々は理解を誤っていますが、これらは分離ではなく非分離を表す最古の概念の一つです。また頻繁に理解を誤っている人々にお目にかかりますが、「ムスビ」ではなく「ムスヒ」が古語であり、さらに「ムスヒ」自体が一つの原型の概念なのではなく、「ムス-ヒ」です。単に「ヒ」と「ビ」の違い程度にしか考えない人も多いのですが、「ムスビ」は概念として成立しません。私の場合はいつも日本について対話する際、この「ムスヒ」と「ムスビ」のどちらを相手が使用するかに注視していますが、残念ながら大半の日本人も既に理解できておらず、ほとんど「ムスビ」と訓んでいます。

「ムスヒ」という概念は、「ヒ」が根源にあり、それを「ムス[産す=結い合う]」ことによって、非分離に萬物が生成されるということです。つまり、「ヒ」が結い合うという言語化が困難な動きがあるのですが、イメージとしては右旋回と左旋回の螺旋が結い合う閾において生成されるものです。この「ヒ」は、一言で言い表すことができない最古の概念の一つで、二年前に個人的にこの「ヒ」だけの考察を行うために各地を巡った際には、一冊の分厚い書物が書けたほどです(あまりに難解だったので、リリースは見送りました)。

独自の調査から見て、私は「ヒ」の概念は、縄文由来だと考えています。また最古の日本の姿を記した貴重な中国側の文献の『魏志倭人伝』に登場する3世紀頃の女王・ヒミコも、「ヒミコ」という固有名詞の女王ではなく、「ヒ-ミコ」であり、「ヒ」を戴く「ミコ[巫女]」(シャーマン)のことです。ゆえに、私はヒミコは天皇同様に皇位継承のような形で代々継承されたと考えています。さらに古事記と日本書紀では「ムスヒ」の表記が異なる点も肝心です。古事記では[産巣日]、日本書紀では[産霊]と書きます。この辺りも来年に少しずつ触れていきます。というのも、この辺りは頭で理解するものではなく、心で掴むものですが、個人的にはこの感覚が英語圏の人々に掴まれれば、おそらく彼ら特有の主語とコプラを有する言語構造を無化する、新たな可能性が生まれるのではないかと見ています。

古事記では、まずアメノミナカヌシという神が最初に成り、それからタカミムスヒとカミムスヒが成る神話が冒頭で語られますが、これは本源的な生命の根源から発動が起き、Takamanoharaなる場所において非分離に万物が生成されていく作用のことです。ゆえにTakamanoharaは遍在する場所でありながら、局所性・固有性を持つということです。

この場所から神は次々と成り、生まれてくるわけです。実は、タカミムスヒとアマテラスの起源は、元々は系譜の異なる渡来人が信仰していた別個の神ですが、ある時点で日本化されていき、最終的には同一の系譜に組み込まれたものです。ただ、大陸側のルーツの源流が違ったということです。ゆえに神話を詳細に読み解くと、タカミムスヒの系譜の神々と、アマテラスの系譜の神々が異なるという姿が見えてきます。実際、今も神道を信仰する一部の人々の中には、アマテラスよりもタカミムスヒの方を本源と捉え、アマテラスに偏重してきた歴史的な信仰を是正し、タカミムスヒの信仰を回復・復古することで、バランスを整えようと画策するスピリチュアルな動きもあるほどです。それほど、タカミムスヒの信仰が古代は強かったということですが、今では忘却されてしまっています。

いつも日本神話を日本語以外で伝えることは難解というか、不可能だと思いますが、その不可能を理解したところで論じれば、多少は伝わる余地があるのかもしれないとも考えています。なぜ今日この記事をリリースしたかと言えば、今年最期の日となる明日は、2025年に各地を調査してきた成果を踏まえて、撮影した写真と共に、考察を綴った記事をリリースしようと考えたからです。流石に全ては膨大で開示できませんが(今年だけで7000枚以上も写真があるため、、、)、冒頭で述べたように、日本神話は一体どのようにして生まれたのかという起源を探究するテーマという観点から、日本神話の最重要説話である「出雲の国譲り」の歴史考察をミックスした独自の視点を開示する予定です。

いよいよ一年の終わりが近づいてきましたが、どうか皆様、お身体にお気をつけて穏やかに過ごしてください。