内界という最後の秘境The Inner World, the Last Unexplored Land
親、兄弟、友人、コミュニティ、社会、政府、世界など、様々なものが私たちの外界を構成していますが、一方で、内界という私たちにとって広大無辺に広がる最後の秘境があります。そしてこの内界にも、同じように親、兄弟、友人、コミュニティ、社会、政府、世界などの世界があります。この内界について日々思索し、同時に日常の行為において考え続けているのですが、その感覚を持って日常を生きれば生きるほど、近代最大の特質は分離だということを痛感し、どのようにこの分離を突破するかを日々思案し続けています。
歴史は面白いもので、単に知識の蓄積や博識を目的として歴史を扱う時、それはもう生命を失った死んだ歴史でしかない。歴史は、文献に書かれた意味されたものとしての文字の羅列にはないからです。その認識に停滞したまま、いかに知識を自分の脳内に蓄えて暗記暗唱したとしても、それは学問ではない。そうではなく、生きた歴史という観点から全てを捉え直していくことによって、生きた学問の姿が見えてくるのですが、すると、私たちはこの生きた学問を失って久しいことに気づきます。つまり歴史、或いはその時代を生きた人物それ自体に飛び込みながら、内界と外界の間にどのような緊張関係があり、それらがどのように人々の行為の中で生成されているだろうかということを、慎重に同化しながら読み解いていくことによって、初めて時代なるものを相対化できるのです。
歴史の探究こそ、時空を超えた自らを映し出す最良の鏡です。
この歴史の視方を会得できれば、私たちは外界と内界は分離していないということを知ります。単純に言えば、2ではなく1であることの確信に触れることができるのですが、とかく終わりのない近代に幽閉されたままの私たちには分離が深刻に起きているため、既に対象それ自体を掴むことすらできなくなっています。厄介なことは、対象それ自体を掴むことができない世界では、いかに内界と外界は2ではなく1だと論じたところで、実際問題として、それは単に一つの考え方に過ぎないと見做されてしまい、知識として備蓄されるに過ぎない状態に陥ってしまうことです。すると、結果的に現実自体への動きとしては、何の変化も起きずに進展します。すると近代は終わらないという高度な特質を持っていますので、その中で人々がゆっくりと窒息死する状態を免れることはできなくなります。
ゆえに、どのように近代を突破するかを考える際に、既に近代という対象自体に対して、私たちが幾ら客観の客観による考察を行ったところで、もはや実態を掴むことができないほど引き離されているという前提に立たなければなりません。その前提条件を自覚した上で、内界と外界の区別を分離として捉えるのではなく、引き裂かれながらも共時的に在る世界として捉え返すところから、まずは始める必要があるでしょう。つまり、思考自体を根本的に変動しなければならない。
本来、内界は外界であり、外界は内界です。この了解において、私たちは人生を実際行為によって生き、それを常時修正しながら自分自身の人生として打ち立てていくわけですが、この認識が知識によって分離されてしまうと、この内界と外界の共時的な世界が消失してしまいます。この認識を知識によって分離するものこそが、私利私欲です。
こうなると、人々は自らの内界と向き合いながら生きることを拒む習性を持ちますので、外界を正すことによって人生をより良くしようとする動きへ意識的に転倒します。なぜならば、あなたの中にあなたを映す行為こそ、人間にとっては最も痛みを伴う現実だからです。言い換えれば、人間が最も避けたいことはここです。現在の意味での「知る」ではなく、真の意味での「知る」ことは、実は自らの中に自らを映す行為に他なりません。本来、学問はこの反映によって自覚を深める過程において初めて効果を持ちます。つまり、全ての学問は、人々の中にその人自身を映し、ありのままの現実を自覚すること以外においては、単なる戯れに過ぎません。そこに広義の意味での歴史との対話技術が要されます。
ですが、どうしても歴史的に人々はこの自覚を避けようとします。こうなると、人生を他なるものに委ねる傾向を必ず強めていきますので、必然的に自らが自らを疎外するという状況に帰結します。歳月が経てば経つほど、本源における自分自身を忘却しますから、当初は委ねていたものが完全な委譲へと転移してしまい、やがて他なるものを正すことによって、自分自身の環境や人生をより良くしようとする動きに向かいます。そして、そこにおいてより良い人生を理念化し、グループを形成して集団で同じ方向に向かうことが理想的な未来として提唱されていき、そこに到達することが人類にとって良い未来だと捏造されていきます。捏造と言ったのは、万人にとって共通するより良い未来は、絶対に外にはない答えであるにも関わらず、ここでは外に答えを求めているからです。そして、このような人々は一定の影響力を維持するために物語を形成し、その物語という虚構の下で、人々の行動を統率し、目的意識を持った実践という段階に移っていきます。
問題は、上述した意味での転倒した知識と認識を前提として、理念として掲げられた目的を果たすために、実践があると捉えられてしまうことです。しかし、実はそこが解決策ではない。まず大前提に、知識は使えなければ意味がないということが考えられていません。そこにおいて共有という重要な概念が見えてきますが、今や誰もが理解するように、この共有という人間に取って非常に重要だった思想も、単にソーシャルメディア上の認知程度で消費されるものとなってしまい、力を持ち得ない状況に陥っています。私たちは、どのようにして真の知識と認識、そして共有を取り戻すのかを考えねばなりません。
個人的に最近脳内を巡っている疑念は、世界には知識を使うという行為自体を知っている人々が居ないということです。
考えを変えてみましょう。仮に、知識量と外界の変革が一致して比例するのであれば、明らかに現代はおかしい。何しろ、知識は人類史上かつてないほど膨大となり、一人一人が脳内に蓄積している知識自体も、人類史上初の膨大な量となっているにも関わらず、私たちは外界がより良い未来になっていると感じていないからです。
面白い話があるのですが、日本の歴史的視座から見れば、現代人が一日に受け取る情報量は、平安時代の一生分、江戸時代の一年分に匹敵します。つまり、誰もが理解しているように、明らかに現代の情報量(ひいては知識量)を一人の人間が抱え込み、処理することは不可能です。そして人間の脳自体は、数万年経っても大きく変化していないどころか、むしろ退化しているわけですから、人間はこうした膨大な情報量を処理する力さえ持っていません。体内の栄養代謝を考えても分かりますが、あなたの身体が代謝できない多量の食糧を摂取すれば、当然病が起こります。日本には「腹八分」という食事の摂生を説く教えが古くからあり、特に学問を為す者にこの教えは徹底されていました。つまり、昔の人々は、食事の摂生が知識の節制と分離していないと考えていたのです。
なぜ知識を節制したかと言えば、100ある容量の100あるいはそれ以上を詰め込むと、自らで考えて行動し、それによって学びを会得する可能性がゼロになるからです。これは、学ぶ者の内的世界が「yohaku」を失うということです。事実、日本で学問が広く浸透した江戸時代に起きた問題は、まさにこの点でした。現在、食事に関して摂生やファスティングなどが広まってきましたが、知識も同じであることに気付いている人々はまだ多くはありません。日本では所有し過ぎたあらゆるものを「断捨離」することで、心地よい人生を実現するという方法が歴史的に研ぎ澄まされてきましたが、この観点を多角的に各々異なる日常に応用するということです。
自らで処理できないものを幾ら蓄えても、それは使えないわけですから、結果的に知識が蓄積されるだけで、実行性がないという問題に行き当たります。しかし人間は、せっかく貯め込んだのだから使いたいと考えます。その結果、実はそのことについてよく理解していないにも関わらず、社会的に発言したり発信することの横行が始まり、人々はより混乱していきます。
こうして分離が自分自身に起きていることを、自分自身で見極めることができなくなって、前述の転倒に人々は集団的に陥ります。分離を解決しなければ、近代は終わらないにも関わらず、ここに焦点が移っていないため、一向に何も変わらない。
本当に、その知識はあなたにとって必要なのか。社会が静けさを取り戻す年末年始の今こそ、今年一年を振り返り、自らを自省する機会を作りましょう。