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去り際の美学The Aesthetics of Departure

世界初の超高齢化社会に突入した2025年の日本。1億2千万人が暮らす未曾有の状態の中、超高齢化社会に入った日本では、この5年ほど『終活』という言葉が年配者層を中心に広まっています。終活の背景には、この高齢化社会の中心層が高度経済成長からバブル経済期を生きた人々であることから、大量の物や情報(つまり欲望)に溢れた生活をしてきた事情があり、これらがそのまま継承されると子や親族に大きな負担がかかることから、死ぬまでに可能な限り整理して、他人に迷惑をかけずに死ぬという新たな現象だと位置付けます。

この現象を毎日のように目にする日本在住者から見ると、これは日本人の伝統的な『死ぬことを考える』精神に由来しているように感じ、大変興味深いのです。そのルーツは前回記事にした『去る神』だと思いますが、この精神が高度に昇華されて庶民に広がった時代が強く影響しています。それを今回は『去り際の美学』と立てて、見ていくことにします。

昨日、ちょうど東映のヤクザ映画の勃興に関わる1960-1970年代頃の社会情勢を絡めて見ましたが、記事を書く際にヤクザ映画の先駆的作品となった『人生劇場 飛車角』(1963)を見直していると、この『去り際の美学』が「任侠(ヤクザ)」の生き様においても重視されていたことを強く感じました。これはヤクザに限らず、侍の美学としても極めて重要ですが、映画においても頻繁に登場する人気のあるシーンの一つです。

例えば黒澤明の名作『用心棒』(1961)では、三船敏郎演じる「桑畑三十郎」が、町を荒らすヤクザ組織から人々を守って平穏な村に戻した後、その村に留まらずに荒野に向かって去るシーンがありますが、ここで最後に『あばよ』と一言だけ言って颯爽と去り、エンディングになります(この構成は本当に素晴らしい!)。このシーンは私も大好きでいつも感動するのですが、この感動は映画の完成度以上に、三船の名前も功績も求めずに私利私欲を一切捨て去り、潔く次に進む心構えに由来します。これを日本では『心意気』と呼んできました。これが後に哲学者・九鬼周造によって『粋』として体系化されていきます。

実際、日本のヤクザ映画を見ると、放浪するヤクザが他地域のヤクザ組織に逗留する際、門前で『仁義を切る』という厳粛な参入儀式のようなものがあり、同時に去る際には『仁義を果たす』ことを終えてから綺麗さっぱり出ていくという儀式を頻繁に見ることができます。実は当時のヤクザにとって、これが命懸けの儀式だったことはあまり知られていませんが、この「参入儀式」と「去る儀式」で覚悟が中途半端、或いは私利私欲が見えた時、その場で斬り殺されても文句は言わないという任侠の無言の掟がありました。ここは非常に重要なことです。

日本文化には、物事から退く際に未練を残さず『潔く去る』ことを美徳とする長い伝統があり、特に江戸時代から戦後初期に至るまで、この『去り際の潔さ』は庶民文化から武士道に至る幅広い領域で称揚されてきました。中でも江戸時代に勃興した町人文化では、物事に執着せず、あっさりとした引き際を見せることが『粋』な振る舞いとされます。「江戸っ子(江戸の町人)」は「宵越しの銭は持たない」と言われましたが、この意味は金を貯め込まず、その日に稼いだ分はその日に使い切る豪快さを意味しました 。これは彼らが貯蓄を『野暮』、つまり粋でないことと考えたからで、物や金銭への執着を嫌う江戸っ子気質がありました。実際、粋の対概念とされる野暮は「融通が利かない」や「しつこい」といったかなり否定的な意味合いで語られ、反対に粋な人とは「垢抜けていて、遊び慣れ、後を引かない江戸っ子」だと説明されて尊敬されていました 。つまり、江戸の町人にとっては物事に未練を残さず、きっぱりと全てを済ませて断ち切る態度こそが、洗練された美意識だったのです。

例えば、江戸時代に存在した『火消し』という集団では、火事を鎮圧した後、着ていた「半纏(はんてん)」をさっと裏返し、普段は見えない裏地の洒落た柄を見せながら颯爽と現場を立ち去ったといわれます 。この火消しは現代的には消防士と言われますが、ヤクザ組織の源流の一つでもあるため注意が必要です。この粋な所作によって颯爽と去る後ろ姿を演出し、助かった周囲の人々に「粋」だと言われることが美徳だったのです。そこで火事を鎮火したから金銭や物品などの見返りを求める態度は下劣だと軽蔑されました。別れ際や引き際のこうした振る舞いからもうかがえるように、これは「見苦しい余韻を残さず立ち去る」ことこそが、江戸の町人文化に深く根付いていた証拠です。

こうした伝統精神を引き継いで初めて体系化した九鬼周造は、江戸の粋な感性を分析した著書『「いき」の構造』(1930)の中で、「粋」という美意識を形作る三要素を提示します 。九鬼によれば、粋の構造は次の三つの概念から成ります:

  1. 媚態(びたい) – 江戸の遊里に育まれた色気や男女の駆け引き 。
  2. 意気地(いきじ) – 武士道に通じる矜持や意地、物事をやり通す気概 。
  3. 諦め(あきらめ) – 仏教的な悟りにも似た心境で、道理を悟って執着を離れた境地 。

粋の構造を哲学的に論じた九鬼は、これを私利私欲の執着から離れた『瀟洒 (しょうしゃ)』と概念化し、未練のない美しい心と称賛しました。中でも注目すべきは第三の要素「諦め」で、これはまさに執着しない潔さを意味します。逆に言えば、私利私欲に執着しないからこそ、相対的に『潔さ』が表れる、そこに日本人は感激してきたということです。これが戦前から戦後の日本映画で言葉にならない感動を感じる根源です。

とは言っても、人は私利私欲の執着を捨てることは容易ではなく、大半の人々はそうしたものを引きずったまま死に至ります。つまり簡単に『去り際の美学』とは言っても、生涯を通じて実行するのは極めて難しく、だからこそそれを実行した僅かな人物は様々に語り継がれていったのです。特に欲望に溢れた現代社会では、この実現は不可能に近いことだと言えるかもしれません。では、この『去り際の美学』をどうすれば体現できるのか?そこに関わるのが武士道の精神です。

武士階級に根付いた『去り際の美学』は、自らも武士であった山本常朝(1659-1719)の著書『葉隠』に象徴的に表現されています。常朝は有名な一節として【武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり】と記していますが、これは武士の心得として、いつでも死ぬ覚悟を決めておくことの大切さを説いたものです。『葉隠』の中で常朝は、【毎朝欠かさず『自分は今日すでに死んだのだ』と思え】と述べ、生死を度外視してこそ正しい決断を下せると説いています 。つまり武士は日々、自身の死を受け入れる覚悟を持つことで、いざという時に迷うことなく行動することができ、かつ醜態をさらすことなく潔く死ぬことができるというわけです。この精神も非常に重要です。

『死』を常に考えることで逆に『生』が輝く、この精神は古くから日本文化に根付いたものですが、個人的に現代風に解釈すれば、「死」を恐れることは「生」への執着であり、その執着が生まれるのは何かしら当事者に私利私欲への執着があるからです。そしてただ「死」について考えるのでは物足りず、まさに『死に際』(『去り際』)について日々向き合い、そしてその生き方を実行することこそが、やがて「粋」(『去り際の美学』)へとつながるということです。

現代の特異な現象である「終活」も、視方を変えれば物と情報に溢れて育った豊かな戦後世代の人々が、その発展の代償にあまりに多くを失ったことを自省し始めており、そこで伝統的な日本精神の一端である『去り際の美学』が出てきて、「終活」という現象が現れたと個人的に考えます。ここは非常に興味深いことですから、今後も段階的に深く掘り下げていきます。