東アジアのカナリア:ソウルから近い未来を読むThe Canary of East Asia: Reading the Near Future Through Seoul
中国の『易経』に記された[観国之光 利用賓于王]という一節。これは東アジアの観光の語源と言える性格を持っていますが、ちょうど週末にソウルを来訪した中で、改めてこの一節の深さを感じました。
この言葉の意味は、来訪する国、社会、人の光るところを観察し、よそ者として学ぶということです。肝心なことは、よそ者という自覚を自らに徹することにあり、そこから冷静、かつ中立的に異国の世界に足を踏み入れ、学びを深めていきます。光を観察することは、同時に影を観察することであり、どちらか一方に偏り過ぎると、本質を見失います。そのため、観光は日々の心の修練が露わになる瞬間であり、自らの内省を鑑みる機会です。単なる消費としての観光で終わるか、あるいは学びを深めて母国の未来、世界の未来のために活用するかは、常に観光客一人ひとりの選択に委ねられているのです。
さて、西洋で暮らしていると感じることはないでしょうが、最近、急速に東アジアが大きく動き始めた気配を感じます。そこで今回の記事では、ソウルを通じて学んだ近未来を、私の観点で少し覗き込んでみます。
東アジアで生じ始めた波を端的に言えば、米国と距離を取り、二十一世紀的な中国との関わりを模索する動きです。これまで日本、韓国、台湾は、米国の影響下に置かれていたため、中国を仮想敵として敵視しながら、経済面での協調を図る程度に抑えられていました。しかし、最近の米国の言動に不信を抱き、我慢の限界を超えた韓国は、いち早く次の時代を模索する動きに入りました。もちろん、公式にはそのような発言をすることはありませんが、ソウルに足を踏み入れると、既に韓国の地盤が転移を始めたことは、随所で感じることができます。
一方で、日本はその限りではありません。相変わらず米国依存から抜け出せず、距離を取る決断を政府首脳部は行うことができずに躊躇しています。海を超えた先の韓国が生き残りをかけた決断を行う中、何も決められず、ただ右往左往するだけの日本の姿は、歴史的に見ても重要な転換点となるでしょう。
実際、3日ほどソウルを歩くだけでも、短期間にあらゆる側面で日本が韓国に抜き去られたことを随所で感じます。その速度は早く、個人的な感覚でも一世代で抜き去られました。私の目には、韓国は二十世紀的な都市のフレームワークを、強制的に二十一世紀型に上書きしたように見えます。つまり、都市というハードウェアの構造自体を大きく変えず、ソフトウェアをどんどん最新にバージョンアップする。これは韓国がソウルという都市の中で、OSを見事に書き換えることに成功したと言えます。なぜなら、都市を二十一世紀型に進展させるには、従来の都市構造を刷新するほどの開発が必要となり、膨大な予算と時間がかかります。そこで韓国は、オフライン空間の更新を限定的に行いながら、オンライン空間の更新を劇的に推し進めたのです。
対比的に、日本はこの最新型のOSアップデートに大失敗しました。日本では都市のハードウェアもソフトウェアも二十世紀型を基本としており、未だ古いOSが動く既視感を感じる世界になっています。そこには、大胆に二十一世紀の都市を構築する意志はありません。私はこうした大胆な韓国の決断の背後には、あまり鑑みられていない動因があると見ています。
まず、2022年に1人当たり名目GDPにおいて、韓国は初めて日本を超えており、この数年で国家主導のデジタル化が社会に加速しています。また、1人当たり購買力平価GDPでも、2010年代後半に韓国は日本を逆転しており、その差は年々開いています。同時に、2024年に日本は1人当たり名目GDPで台湾にも抜かれており、東アジア各国が近未来へ躍進する最中、日本だけが相対的に衰退を加速させています。実際、日本の観光地に出向けば、多くの韓国人旅行者や台湾人旅行者の姿を見ることからも納得できるデータです。
国民のパスポート保有率を見ても、2025年末時点で日本は18.4%と非常に低いのですが、韓国は約60%と非常に高い。世界有数の強さを誇る日本のパスポートですが、実際の保有率で見ると5人に1人くらいしか持っていません。一方、日本よりも小国の韓国や台湾は共に60%を超えています。このデータを、単に旅行や留学に対する意欲として見ると本質を見誤ります。そうではなく、パスポート保有率の数字は、国民が国内だけで完結できない人生を前提に、多方面にリスク分散も兼ねて未来を模索している姿の反映なのです。
韓国の場合、国家的な仮想的である隣国・北朝鮮の存在があるからですが、同様に仮想的の中国を抱える台湾でも、パスポート保有率は高い。これらの国に暮らす人々にとって、パスポートを保有する選択は、単に海外旅行や海外進出などの問題ではなく、国民が国家の未来と自分自身の未来を重ねていない証拠とも読み替えられます。この視点を持てば、東アジアで日本だけが衰退し続ける真の原因が浮上してきます。
日本人のパスポート保有率の低さは、決して人々が「内向き」だからではありません。私の目には、「安全安心の日本」という二十世紀後半の幻想に、多くの国民が未だ依存している証拠に映ります。日本は天皇の在位に基づく独自の元号を使用していますが、この元号はそれぞれ特徴的な時代性格を表しています。例えば、今は令和8年ですが、その前が平成(1989-2019)、その前が昭和(1926-1989)、その前が大正(1912-1926)、その前が明治(1868-1912)です。
私は1991年生まれなので平成3年生まれとなりますが、この30年は「失われた30年」と呼ばれており、日本が着実に衰退した時代です。この構造は理解が難しいのですが、いわば、戦後から高度経済成長期の日本を支えた昭和中期から後期に形成された幻想を、平成の30年間で払拭することができず、結果的に昭和の延命に費やしてしまったということです。より明瞭な言い方をすれば、日本は冷戦時代の構造にとらわれたまま、未だに脱出することができていないのです。これは日本の世界線において、ベルリンの壁は崩壊しておらず、ソ連は崩壊していないも同然です。その結果、2019年に令和が始まると共に、昭和に蓄積された負債が重く国民生活にのしかかるようになり、全体的衰退を加速度的に進めています。
私はパスポート保有率を、国民が国家の未来と自分自身の未来を重ねていない証拠として読み替えるため、この文脈から見れば、日本人は自らの未来と国家の未来を重ねて考えているいうことが分かります。例えば「日本の未来」と口にする時、大半の人は政府を軸とする官僚システムの国家・日本を指しています。確かに、このシステムにおける日本の未来には暗雲が立ち込めており、やがて崩壊することは自明です。しかし、それを自らの人生に重ねる必要は本来ないはずです。母国の未来のために生きることは必要であっても、それはイコールで日本の官僚システムを守ることではないし、そのような構図に陥ってはならないはずです。元々日本人は愛国心が強いのですが、厄介なことに、この弁別が日本人にはできません。つまり、彼らの愛国心は、基本的には国家運営の為政者に都合の良い道具でしかなく、本質的な国を想い、愛する心とはズレてしまっているということです。
一方で、韓国や台湾の国民は、ここを明白に切り分けています。韓国がこの弁別に至った背景には、1997年に起きたアジア通貨危機により、事実上の国家財政破綻を経験した過去があります。当時、IMF(国際通貨基金)に緊急金融支援を要請し、破綻はかろうじて回避したものの、1998年から始まったIMFの過酷な緊縮財政要求に対して、国民が自宅の資産を国に寄与する運動が起きています。自身が保有する金や指輪など換金可能なものを政府へ寄付し、何とか国家としての刷新をはかった苦い経験を韓国は持っているのです。しかも、これは1990年代後半の出来事ですから、多くの韓国人現役世代の骨身にこの経験は染み込んでいますし、私と同世代の韓国人にとっては、この出来事は教訓になっています。
財政危機を契機に、韓国は旧システムの守護者であった財閥を一掃し、新たな国家形成の基礎として不透明だった構造の刷新に着手。大胆な構造改革とIT産業へのシフト、そしてソフトパワーを含めた輸出力を高める「攻める国家戦略」を武器に、予定よりも前倒しで2001年8月にIMFからの借入金、総額約195億ドルを全額償還する奇跡的復活を遂げました。
抜本的刷新の渦中、国内トップクラスの為政者だった大宇財閥などが倒産し、生き残ったサムスンや現代グループはグローバル進出を加速します。一方、IMFの指導下で社会の「終身雇用が崩壊」し、大量解雇が一斉に行われたことから、失業率が急上昇。この負の遺産が、今の韓国社会における過酷な受験競争、極端な少子化の遠因となっています。
しかし、私はこうした破綻は再生のために必要不可欠だと考えており、韓国はその機会を活かして、見事に復活を遂げた国の一つだと思います。言い換えれば、破綻に直面した時、韓国人は国家に未来を委ねてきた従来の態度をやめて、我に返ったということです。この瞬間、彼らにとっての愛国心は、為政者の利権を死守するための道具から解放され、真摯に国の未来を思う姿へと変容します。私は、これが21世紀に韓国が日本を一気に抜き去った真の力だと見ています。実際、それは社会の透明性として表れており、韓国では大統領であろうが汚職への追求が機能しますが、日本は全く機能しません。つまり、日本で国民が主権を獲得するために本当に必要なことは、法整備ではなく、国家の未来と自身の未来を重ねない個々の決断にあるのです。
ここで語った国家の未来と自身の未来を重ねる日本人的な姿は、日本に来訪すれば、過度な緊張感を伴う社会の隅々で感じることができます。私はこれを、「利己的全体主義」と呼んでいます。外から見れば単純な全体主義に見えるが、内実は世界有数の利己的な人々で溢れているということです。その利己的な人々が全体主義的な動きを持っているという状態ですが、これはいかに日本の幻想が強固であるかを表しています。
しかし、国家財政危機に直面した韓国の国民や企業は、国内市場だけで安定する社会を幻想だと肌で理解し、国内に依存していると国が滅びるという痛烈な教訓を得ました。ここで韓国ではグローバル意識が芽生えましたが、時代はちょうどソ連崩壊後に米国がグローバリゼーションを加速させた時代。この新時代の波に乗った韓国は、ここからグローバル戦略に大きく舵を切ります。
このグローバル戦略で各国へ進出したのは、企業や商品だけではなく、人も同じでした。国家財政危機で我に返った国民の中には、母国の未来のために一度国を出る決断を行なった者も多く、米国西海岸にコリアタウンを形成して国家衰亡の危機を回避し、母国再興の時に向けて淡々と準備に励みます。やがてコリアタウンで育った移民二世の若者たちが、現在のK-POPやK-ドラマ、K-映画などの韓流コンテンツを作る文化の核として台頭。彼らは西海岸で米国式のグローバルマーケティングを学び、世界有数のエージェントシステムを取り込み、コンテンツの素材自体を両親の母国・韓国に据えながら、時間をかけて世界を席巻したのです。
一方、旧態依存したシステムを脱した韓国では、一人ひとりが国家の未来に自身の未来を重ねることのリスクを肌で理解しているため、個人の豊かな人生が、韓国の未来にどう行使できるかを真摯に考える転換に成功しました。ソウル市内を散策していると、街並みや雰囲気は二十世紀的な都市ですが、都市の「見えないOS」は二十一世紀型にアップデートされており、デジタル社会一つを取っても、日本は足元にも及びません。ただ一方で、まだ構造の転換途中の場所も多く、旧式システムの残存が、新式システムと混交する近未来的な陶酔感を感じます。言い換えれば、現在のソウルはオンラインとオフラインが交差する世界最先端の都市であり、まるでパラレルワールドを歩くように、二層構造で同時に存在する街を体感できます。
私自身が韓国のデジタル政策から受けた印象は、国民一人ひとりに合わせて階段を上るように慎重に進めず、国家のリーダーが先頭に立って大胆なデジタル改革を進め、そこに国民が適合する努力を果たす方法を採った姿でした。これは年長者層にとっては大変ですが、慣れれば済むことであり、デジタルネイティブの若者たちは、この影響で家からほとんど出ずに生活を続けることが可能になりました。実際、韓国人の若年世代は、一週間も家から出ずに生活する人々が急増しています。その結果、都市は空洞化を始めています。
事実、世界最先端のオンライン都市となったソウルは、韓国が国家規模でアップデートした姿を随所で感じることができます。韓国の平均固定回線速度は世界で最も早く、ニューヨークやロンドンの3倍以上もあり、モバイル決済浸透率は90%超で、現金を使う場面は一日を通してほぼゼロです。Eコマースの浸透度も桁違いで、韓国のオンラインショッピング市場規模は年間約230兆ウォン、GDP比で見ると世界トップクラスで、ロケット配送を頼めば、夜11時までに注文すれば翌朝7時までに届きます。この結果、世界を席巻するアマゾンのプライム配送が韓国では敗北しました。
食のデリバリーも別次元で、ソウル市内ではほぼあらゆる店から15~30分で届き、深夜3時にミシュラン店なみの料理が家に届くのは、世界でもソウルだけです。そして最も重要なのは、文化そのものがオンラインで動いているという社会的事実です。ソウルを歩いて一番驚いたことは、異常なカフェの多さです。オープンしたばかりの店が、ソーシャルメディアで2週間バズり、3ヶ月後には閉店する。ゆえに3ヶ月前に訪れたソウルの記憶は、3ヶ月後には通用しないほど早く更新されており、かつて世界一の速度感を持って変化していた1990年代の東京が、オンライン時代に加速した姿としてソウルに転移したようにも見えます。一方、東京はそのような加速的変化をやめてしまい、既に過去の都市に成り果てています。
しかし、これが未来です。未来は勘違いされやすいのですが、かつてハリウッドのSF映画に描かれたような派手な「未来都市」にあるのではなく、日常の中にひっそりと浸透していく世界線のことです。米国的な未来は、どうしても宇宙進出、空飛ぶ交通網などの映像イメージに結び付けられてしまいがちですが、本当の未来は何百年も変わらない生活をする人々が、スマートフォンを持ち、屋台で電子決済が繰り広げられる光景にあります。都市の景観は二十世紀的、あるいはそれ以前の姿をとどめながらも、人々の日常は着実にオンライン化が進む。これが本当の未来であり、その未来はトップに立つ者のセンスと決断によって、切り開かれていきます。
韓国の速度感を体感すると、改めて、驚くべき低速で日本が動いていることを感じます。日本の場合、デジタル政策は国民一人ひとり、特に集票の核である高齢者層に合わせることを主眼に据えるため、階段をゆっくり上るように慎重に進めていきます。しかも階段を上るために、手すり、段差の配慮などを最初に行わなければ一歩を踏み出すことができず、そのための会議が何度も行われ、転落した場合の保険、法整備などが先に検討されます。その結果、物事が先に進みません。これは私自身、最近観光戦略に関わっていることもあり、何度も実感しています。
結果、デジタルテクノロジーの加速度的な進展に日本は完全に取り残されてしまい、世界有数のデジタル後進国となり、国内ではデジタルネイティブが育たず、むしろ日本では、若者の方がデジタルテクノロジーへの理解度が低いという惨状を極めています。そして韓国のように、若者が一週間も家に閉じこもり、すべての生活を完結できるシステムは日本にはありません。
また、日本、韓国、中国は、儒教の圏域として考えなければならない特殊な地域です。儒教ではリーダーの人格が、そのまま国民生活に反映され、個人の豊かさを創造するという考えが根本にあり、先頭に立つ者が日々学び続け、新たな経験や価値観を取り入れて、改革を先導する責務があると考えます。つまり、西洋とは根本的に考え方が違うのです。
その意味で、1997年が東アジアのターニングポイントでした。韓国が国家財政破綻に直面した同年、日本では山一證券が破綻し、1985年に始まったバブル経済が完全に終焉しました。しかし、高度経済成長期に貯め込んだ資産が韓国とは比較にならないほど莫大だった日本は、皮肉にも韓国のような国家財政破綻には直面せず、バブル崩壊後も為政者の既得権益が守られた上、国民が蓄積してきた国家の貯金を切り崩せば体制維持ができるため、悪い未来に舵を切ってきました。これ以降の歴史を「失われた30年」と呼びますが、要するに二十世紀後半の国民の貯蓄に政府が頼り、それを切り崩すことで延命してきたということです。二十一世紀の日本の成長は幻想であり、実態は国民からの搾取として貫徹されました。
韓国は財閥など従来の為政者を一掃しましたが、日本では機能不全に陥った官僚主義が2001年の中央省庁再編で政治と結託して生き延びており、現代は官僚主義が政治を上回るレベルで作用しています。つまり、同じ年に日本は変革のラストチャンスを逃したが、韓国は荒治療に成功した。この答え合わせが、30年経って如実な差として、今、表れているのです。1997年以降、日本と韓国がそれぞれ到達した未来が、この結末を露骨に語っています。
「古いシステムの解体とIT・グローバル化へのシフト」に成功した韓国と、失敗した日本。あれから、30年が経とうとしていますが、この間、韓国はソフトパワーのコンテンツ戦略で世界を征服し、日本はジャニーズ事件で凋落しました。一体、誰が30年前に韓国のコンテンツが世界を席巻し、国際賞を続々受賞するなどと考えたでしょう。そしてパスポートを持ち、購買力の高い韓国の若者たちは、続々と日本を訪れて新たな素材を仕入れ、母国へ持ち帰って次々と事業展開を始めています。
今回、その象徴的なシーンとして私が注目したのはスペシャリティコーヒーでした。思い返せば、2023年頃に大阪の馴染みのスペシャリティコーヒー店に足を運ぶと、若い韓国人旅行者が多くて驚きましたが、話を聞くと、韓国では良いスペシャリティコーヒーが飲めないから日本に来るとのこと。しかし、3年前など遠い昔話。
今、世界一カフェの生存競争が激しいソウルでは、次々と新しいカフェが生まれては消え、高速で淘汰しながら肥大化しています。彼らは日本やオーストラリアで学んだスペシャリティコーヒーやカフェ文化をソウルに持ち帰り、次々と意欲的なカフェをオープンさせています。実際、カフェの多さは異常で、激しい競争を生き抜くために、各カフェは徐々にパーソナライズへ移行し始めている予感がしました。過酷な競争社会を生き抜くために、顧客一人ひとりの要望にできるだけ応えようとする姿。この背景には、意外な存在があります。それが中国です。
韓国に忍び寄る中国の静かな気配。その象徴的な存在が、CHAGEEです。
2017年に中国・雲南省で創業したモダンプレミアムティーブランドは、瞬く間に中国本土を席巻し、2026年4月30日には、何とソウル市内に3店舗を同時オープン。若者がショッピングを楽しむ江南、大学生が多くいる新村、近年の再開発計画の主眼である龍山に一斉に登場したCHAGEEは、あっという間に流行に敏感な韓国の若者を魅了し、爆発的な人気を獲得しました。すると、翌5月21-22日にCHAGEEはソウル市内にさらに2店舗をオープン。韓国上陸からわずか1ヶ月以内に、何と5店舗体制を形成したのです。これが中国の速度と、ソウルの速度が噛み合った瞬間です。
CHAGEEは既に中国本土に7,000以上も店舗があり、マレーシア、シンガポール、タイ、インドネシア、フィリピン、ベトナム、アメリカ、韓国に進出しています。つまり、日本も台湾も入っていません。この理由を日中関係や日台関係と言うことは容易ですが、そうではなく、現実としては日本人1人当たりの購買力が、他のアジア諸国と比べて、既に魅力的ではないと判断されていると見ることも可能です。
実際、週末にソウル市内のCHAGEEに訪れると、流行りに敏感な日本人旅行者の姿が目立ちます。興味深いことに、彼らは今、わざわざソウルに訪れて、中華ブランドのCHAGEEに足を運んで楽しんでいるのです。ここに私は、東アジアの近未来を感じます。CHAGEEは展開速度も現代的ですが、オンライン化を加速させており、客一人ひとりの好みに対応できる豊富なオプションを設定しています。しかも、わずか一ヶ月の間に旅行者、ショッピング目的の若者、大学生、ビジネスマンのすべての客層が動く地区に出店しています。何より、美味しい。
CHAGEEの周囲には、米国主導のグローバリゼーションを象徴するスターバックスが無数にありますが、時代遅れ感が凄い。ソウルにおけるCHAGEEとスターバックスの対比は、東アジアにおける米国の終わりと、中国の台頭を反映しているようです。興味深いことにCHAGEEは、ブランドロゴやデザインを含めて、スターバックスの店舗を居抜きで使える設計を最初に組んでいます。今後、米国の影響力が後退する過程で、東アジアでスターバックスの店舗が次々とCHAGEEなどに置き換わっていく可能性があります。なにより、スターバックスは世界的に飽和しており、日本でも単なる学生の自習室となり、ブランド価値はなくなりました。そのため、ソウルに訪れた日本人旅行者を経由して発信されるCHAGEEに、多くの日本人若年世代が関心を寄せ始めています。
この傾向は私の人生では初の体験ですが、日本人の若年世代が中国をクールだと想い始めた構造的転換点です。同時に、米国はダサい象徴となり始めています。この背景には、日本人の若年世代にとって、米国と日本の歪な関係と歴史的搾取が問題視されており、極度の円安の影響により、そもそも米国に渡航することができなくなり、彼らにとって身近に感じることができないからです。1980-1990年代頃といえば、日本人の若年世代が積極的に米国に進出し、一時はジャパンバッシングが起きたほどです。私は父が雑誌出版社に関わっていたため、当時の雑誌が多く事務所に残っていますが、とにかくこの時代は米国特集で埋め尽くされています。
つまり、30-40年を経た今、日本人若年世代にとってクールな対象は、米国ではなく、韓国を経由した中国へ転移を始めているのです。この変化は見逃せません。実際、先月末に国会議事堂など全国151箇所で戦争反対、憲法改正反対を訴える大規模なデモが一斉に行われましたが、この参加者は20-40代の人々です。その中のプラカードを見ていると、単に政権批判に限らず、中国との国交正常化を求める声が強い特徴があります。これは若年世代がガザ戦争、イラン戦争の結果として米国への不信感を募らせたこと、そして米国と彼らが心理的に距離が遠くなったことが要因であり、同時に中国との対立を望んでいない姿を表しています。つまり、日本人の若者は、既に中国との接近を許容する準備ができています。
そして、元々スターバックスはイタリアのエスプレッソ文化を米国化したコーヒーで世界を席巻したグローバル時代に相応しい感性でしたが、本場のシアトル自体がパンデミック前後に急速に空洞化し、治安の著しい悪化もあって、魅力的な都市ではなくなりました。そして世界的なコーヒー需要の増加により、スペシャリティコーヒーは年々高騰しています。一方、CHAGEEは中国が本場の茶文化を再解釈して提案するため、世界的なコーヒーバブルの値動きに左右されることもなく、供給量も豊富に維持できるため、巧みにグローバリゼーションの旨味だけを吸い取って拡大しています。
つまり、グローバルな舞台を活用するメリットを持っていたかつての米国の象徴は、その特権を失った今、急速に古くてダサい象徴へと転落しているのです。こうした感性の毀損を、流行りに敏感な若年世代が見逃すはずがありません。こうしてアジア諸国の若者たちは、もはや米国に見向きもしなくなり、中国の感性を様々な形で取り入れ始めています。日本の場合、直接中国から取り入れることは難しくても、韓国を経由して影響の輸入が始まっています。これが、東アジアの二十一世紀的な姿に思えてなりません。つまり、日中関係の悪化を緩衝するように、韓国が間に立ち、日中を繋ぎ始めているのです。これは明確に、韓国が次のアップデートに入ったことを示唆しています。では一体、なぜ韓国はこのような転換を始めたのか?
理由は、韓流コンテンツが飽和し、韓国のソフトパワーが世界的に曲がり角に差し掛かったからです。この十年、韓国の文化は世界を熱狂させましたが、今やその熱狂が冷めつつあり、韓国は国家として大きな決断を求められています。そのパワーバランスの変動を表すかのように、ひっそりと中国のソフトパワーがソウルに進出し始めています。ここから私自身が感じた韓国の姿は、あらゆる観点で米国と距離を取り、隣国・中国との二十一世紀的な向き合い方を模索し始めた新たな国家像に見えます。ある意味、現代の韓国はアジアの炭鉱のカナリアです。
この後、着実に中国の影響を受けながら韓国はアップデートを試みるのでしょうが、1997年同様に次の刷新にも成功すれば、朝鮮統一が実現する未来が現実となります。朝鮮統一が実現すると、韓国が抱える構造的な少子化、改革の行き詰まり、小さな市場規模は解消され、しかも北朝鮮の軍事技術と韓国の高度な産業構造とグローバルマーケティングの知恵が絡み合い、背後に最先端技術基盤を有する中国を据える構造に向かう可能性があります。個人的にソウルで感じたのは、中国はこの構築を目指していることです。つまり、今世紀中に韓国は、私たちの想像を超えた進化を遂げる可能性を秘めています。
直近の一ヶ月を見ても、米中首脳会談、中露首脳会談、日韓首脳会談、中朝首脳会談が一ヶ月の間に立て続きました。これは、既に東アジアが大きな変化の途上にあると見た方が良いでしょう。米国が徐々に撤退し、その影響力を補完する中国が台頭する未来。その間を繋ぐ朝鮮統一と、台湾の経済的併合。
こうなると、窮地に追い込まれるのは日本です。未だ米国と距離を取る決断ができず、中国との付き合い方も杜撰で、デジタル後進国となり、外交は機能不全に陥り、国民の大半はパスポートさえ持っていない。一方、ソウルは米国と距離を取り始めており、中国と新たな関係を模索しながら、デジタル先進国となり、国民の大半がパスポートを持って動いている。こう考えると、一つの国の大きな決断が未来を決するまでには、少なくとも30年はかかることが分かります。
私がソウル市内で感じた目まぐるしい地殻変動は、今、現在進行形で韓国が先導する東アジアの新時代に思えます。日本の若者が足繁く韓国へ通うように、私たちは既に、韓国から次の国家像を真摯に学ばなければならない時代に突入したのです。今回、韓国は東アジアの炭鉱のカナリアだと言いましたが、この意味で、東アジアの未来を読み解くためには、もはや日本ではなく、韓国を見た方がよっぽど理解が深まると思います。飛行機でたった2時間しか離れていないにも関わらず、まったく異なる未来を歩み始めた隣国。
その韓国の姿を見て、どこかで日本や台湾も大きな決断をする時が近づいているように思えます。現在、中東や東欧にばかり世界情勢は気を取られていますが、大きな構造変化は東アジアでも始まっています。
今後日本は、東アジアで完全に孤立するでしょう。その時、一体日本はどこと未来を共に歩むのか。大いなる決断まで、残された時間は多くはありません。