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都市を読むReading a City

「都市を読む」という行為は、その場所から生まれた精神や文化、人々の暮らしの工夫などの多元的な文化次元を知るためには欠かせない知恵となります。しかし、この基本は現在ではほとんど忘却されており、誰もが自分たちが暮らしている場所を知らないという事態に直面しています。そこで生きている人々が場所を知らずに、一体どのように文化や精神が生まれてくるというのか。ただ一方で、場所というのは一般的に想起される意味での土地に基づいたものに限定されるものではありません。

そこで改めて都市はどのようにして選定され、成立し、そこに暮らす人々によって営々と繁栄を遂げて今日に至るのかを考えることは、大変興味深いことです。そしてこの観点を真に理解しようとした場合、都市として一元的には語り得ない多数の事情が浮上します。その事情とは「都市固有の事情」ですが、いわば場所が持つ特性を私たちの祖先がどのように熟知した上で、それに逆らわずに都市設計を行ってきたかという叡智の視点です。この視点が今後重要になると考えられるのは、現在の都市設計は祖先が蓄えてきた叡智に対して、文字通り反転した開発を行なってきたからです。これにより、日本の都市は自然災害などの猛威に振るわれた時、全く対処不能な脆弱性を抱えています。

そもそも、自然災害を敵や恐怖の対象と考えること自体が浅ましいことです。自然災害は人類が幾度となく対峙してきたものであり、その中には無数の学びや諦めがあったはずです。こうして自然との関わりにおいて、人間は考え方のアップデートと破棄を繰り返しながら、最終的に残った重要な考えを都市設計に移植したわけですが、これがどのように現代の都市にまで通じているのかを考えることは、都市の文脈を如何に読み解くかということとイコールです。

なぜ、この視点を私が重要だと考えるのかと言えば、巨視的に見た場合、「日本固有の特殊な事情」があるからです。それは狭い国土でありながら、太平洋プレート、フィリピン海プレート、北米プレート、ユーラシアプレートの4つのプレートが交差する世界一巨大地震が発生する場所だからです。いわば国土の大本において、日本は地球の場所に立脚していることの意識と自覚を最も強く持てる稀有な国なのです。それは同時に、巨大地震、津波、火山噴火などの災害リスクが最も高い国です。ただし、これらは今始まったことではなく、太古の昔から変わらない条件です。日本列島が大きくプレートの外まで動かない限り、こうしたリスクを回避することはあり得ないため、私たち日本人の祖先となった人々もこの自然災害に幾度も直面し、その度に自らが暮らす場所づくりを苦心して考えてきたわけです。個人的には、日本の祖先から脈々と継承された本当の叡智はここにあるのではないかと考えていますが、こうした考え方は東京や名古屋や大阪などの大都市の生活者にほとんど持たれていません。

しかし、都市生活者が忘却しているだけで、実際の都市が建立されている環境自体は、古い知恵に基づいていることに変わりはないのです。これを読み解くことによって、「一体、都市とは何なのか」を問うことの本義が見えてきます。これを問う一つの主眼は、今後30年以内に巨大地震が起きるリスクが高いからです。大きく見ればリスクは三つあり、東京を直接襲う首都直下型地震、東海から九州までの一帯にかけて広範囲に襲う南海トラフ巨大地震、東日本沿岸部を広範囲に襲う日本海溝・千島海溝地震です。これらは歴史的に連動することが知られており、昨年の九州南側の島嶼群で起きたトカラ列島群発地震によって、巨大地震の発生リスクが高まったことが報告されています。さらに、これら巨大地震の直後に富士山噴火が歴史的に連動しているため、地震・津波・火山噴火による広範囲での甚大な被害が想定されています。

何しろ南海トラフ巨大地震の場合、太平洋沿岸部では激しい横揺れで全く身動きできない状況の中、地震発生からたった2-3分でビル10階相当の津波が押し寄せることが判明しているのです。つまり、既に私たちはこうした「日本に留めを刺す」事態が起きるか否かを呑気に考えるのではなく、いつ起きるかを真剣に個人レベルで想定する段階に入っています。ゆえに日本に暮らす人々は、地震が今起きることを前提に心構えも含めた準備を日々行わなければなりません。そしてこの時に多くの人々が誤っているのが、東京や大阪が最も安全だという考えです。ですが上記のような自然災害が発生した場合、最もリスクが高いのは大都市になります。都市生活の安全という考え方は、自然災害に際しては反転することの理解は、誰もが基本として踏まえておく必要があります。特に首都直下型地震が起きた時、東京の治安は完全に崩壊します。大阪の場合、南海トラフ巨大地震が起きても、地震による直接的な大被害よりも古い木造住宅の密集地での火災による死者が想定されており、これは古い都市構造を持つ京都や奈良も事情は同じであるため、この辺りは東京とは異なります。

これら三つの自然災害は大きな出来事という次元ですが、日本の事情として、そもそもそうした場所に立っているという前提条件を踏まえて考えなければならないということです。特に巨大地震や火山噴火などが起きた場合、都市は一旦壊滅する可能性が高いため、その先に再びどのように都市設計が為されるかを今から思案しておかなければなりません。個人的には1995年の阪神淡路大震災、2011年の東日本大震災、或いは2024年の能登半島地震の被災地における復興の姿を実際に見てきましたが、政府や大企業の主導する復興はあまりに酷いと最終判断をくだしています。彼らは全く場所を見ておらず、コンクリートで埋め立てているだけにしか私には見えなかったからです。すると都市開発における日本の真の問題は、上記のような巨大地震で都市が壊滅した時に焦点が置かれることになります。これは他国ではあまり考え難い前提条件でしょうが、日本の場合はこの都市の死と再生の繰り返しにこそ未来があります。ゆえに、自然災害への考え方も、他国の人々とはかなり異なります。

なぜならば、巨大地震で都市構造が強制的にリセットされた時、私たちはこの100年程度の都市開発の致命的な誤りに対して、先祖の叡智と最先端の技術を組み合わせた「新たな都市づくり」をゼロからやっていかなければならない段階に入るからです。実はこの観点に標準に合わせながら、今後Shitsuraeで各地の都市や場所環境の独自の読み解き方を共有しようと考えています。それは日本に来訪した際、普通の観光客では絶対に理解できない視座から場所を見る知恵の共有であり、同時に仮に日本滞在中に地震に遭遇した場合のリスク管理にもなります。実際、東アジアの安全保障をめぐる議論で十分に織り込まれていないのは、巨大地震のリスクが日本の国力そのものを左右するという構造です。特に首都直下型地震や南海トラフ巨大地震が発生した場合、既に試算では国家財政破綻は100%となっています。そのリスクが今後30年以内に高い確率で起きるわけですから、地域の力学を考えるうえでも、この自然条件を前提に据えることが欠かせません。

そこで今回は今後のために、古くから日本の都市設計の根幹に据えられてきた風水の観点を見ていきます。まず、良い風水を見極める第一条件は、「四神相応の地」という考え方に基づきます。この風水が文献的に初めて登場するのは、中国で重視される四書五経の中の『書経』ですが、実践方法としては『営造宅経』という書物に記されています。基本をざっくりと言えば、東に流水があることを「青龍」、西に長い道があることを「白虎」、南に湿地があることを「朱雀」、北に丘陵があることを「玄武」と位置付けます。現代の感覚から若干混乱してしまうのは、この東西南北はGoogle Mapなどの方位における絶対的な東西南北ではなく、都市設計時の主要拠点を基準に見るからです。つまり、現在私たちが一般に想起する東西南北の普遍は存在せず、まさに場所ごとに東西南北は動くという観点を風水は持っているのです。ゆえに、その軸が平安京の皇居か、大阪城か、江戸城かなどによって風水における東西南北の考え方は変わります。ここが日本の都市構造の理解の際に現代人が激しく混乱してしまうところです。場所を起点とするという観点を頭の片隅に入れておくと理解が進むはずです。そして四神相応の配置に適した場所の選定こそが、都市作りにおいての根幹となります。

この場所や風土を全体的な環境として見た上で選ぶという考え方は、古代中国の都市づくりの古い知恵に基づいています。古い時代に四神は星座と結びついていたとされていますが、この四神の中でも日本側にとって最重視されてきたのが青龍です。これには幾つかの興味深い理由があります。まず、基本は中国の王朝を中心として考えた際に、日本が東側に位置していたという古い考え方が前提となっていますが、この考え方が底部で育まれながら、後に地球儀がポルトガル人宣教師によって輸入されて以降、徐々に日本列島の形を巨視的に見る目が養われていき、日本列島の形自体が龍のようになっていることに気付きます。

日本列島の形が龍になっていると見る観点から、いつしか日本列島は「龍神の支配する国」と言われるようになります。実際、日本で龍神信仰は数えきれないほど大小問わず行われており、全国各地に龍神を祀る独自の場所が多く存在します。ただ、龍神は単純に一元的な龍の神ではなく、大きく見ても白龍、青龍、金龍、黒龍など様々であり、それぞれに作用や働きが異なるという前提の考え方があります。また、日本側での龍信仰の起源は弥生時代にまで遡ります。これは縄文時代までは龍信仰ではなく、蛇信仰が祖型にあったからですが、弥生人という移民集団が大陸側の龍信仰を持ち込んだ時に、縄文人の蛇信仰と渾融したからです。そして中国側の四神への信仰性質として青龍は水に関わりますが、弥生人もこの習俗を持っており、龍を模した祭祀道具は井戸や川に埋葬されていました。ゆえに青龍に限らず、日本各地に無数に奉祀される龍神は水の神様という信仰の文脈が強いため、特に山間部の清流沿いなどで龍神信仰が盛んになっています。ただし、龍神は水に限定した姿ではなく、風神でもあるため、この辺りは限定的に規定しないことが重要です。

基本的に龍神が水の信仰と結び付けられているのは、かつての日本が豊かで清浄な水に恵まれていた国だったからです。近代化の環境汚染で清流の99%は消滅しましたが、今も日本列島各地には無数の河川が流れており、これらはかつて龍として信仰されてきました。しかし、この龍神は人々に恵みをもたらす存在であると同時に、時に作用を反転させて猛威を振います。それが日本で古来より「暴れ川」と呼ばれた存在に象徴されています。暴れ川とは氾濫を起こす河川のことで、神話にも登場するほど古くから日本人を悩ませてきた主因と言えるのですが、これは「龍が暴れる」というように捉えられてきました。このように、暴れ川による氾濫は龍が暴れたこととイコールであったため、暴れ狂う龍を鎮めるための祭儀が執行されてきました。この龍を鎮めることを「龍鎮」と呼びますが、私も頻繁に来訪する奈良県の山間部では、この信仰痕跡は今も残っています。そしてこの龍を鎮めるための祭儀は、古代のある時期まで人身御供を行なっていたことが神話などから伺えます。

このように日本では、四神相応の中でも固有の環境観点から青龍が重視されてきたのですが、それは土着化した日本的性格です。風水における都市選定の場合、まずは良さそうな場所を見つけると、周囲の地形や山脈の形状を眺めて選定することから始めます。この時、山脈がうねうねと続いている姿を「龍脈」と見立てます。そしてここを龍脈と見立てた時、その狭間にはあちこちに窪みや台地があるのですが、これを「穴(けつ)」と捉えて「龍穴」と呼びます。この龍穴は気の流れを養分として蓄え、人間が住み着いて文化の発展する都市になる場所と考えられたため、日本の都市はこの龍穴を心臓に持っているということです。

ただし、大地のエネルギーとその流れを読むという「四神相応の地」という叡智は、風水発祥の国である中国側と、それを輸入して独自化してきた日本側との考え方では大きく異なります。これは中国の伝統的叡智である漢方が日本化されて姿が大きく異なるようになったのと同様、風水もまた差異を持っています。なぜこのような差異が生まれるかというと、場所が違うからです。この時、国家としての中国と日本の差異として見てはなりませんが、この場所によって変異するという基本を自覚しておくことは非常に大切です。なぜならば、場所に基いて人間は暮らしを適応させるからです。中国は土地が非常に広いため、そうした広大な土地の中でどこに都を構えるかという都市の選定こそが最も重要でした。さらに中国は大陸に位置することから四方八方から異族の襲来の危機があるため、四神相応の地は要塞としての都の機能も持たなければなりません。しかも広大な土地であることから、気に入らなければ移れば良いという考え方も前提にあります。

こうした中国側の事情と比べると、日本の場合は反対に土地が狭く、また山岳大国で地形が複雑に入り組んでいる上に、都市作りに最適な盆地が少ない事情があります。そうした中でどこに都を構えるかという土地の選定は、風水的な条件を前提すると、中国側で通用していたものをそのまま採用することが難しいという事情があったのです。ここで面白いのは、日本の風水が別の言葉で「治水」へと置き換えられていったということです。「治水」という言葉は、文字通り「水を治める」ということです。つまり、日本の都市設計の根本的な考え方には「水を治める」という考え方があり、水の神様である龍神をそこで祀ることも、結局は水を治めることによって暮らしを為すという叡智が脈々と継承されてきたことの名残だと言えます。

現在の二大都市である関東や関西の大都市では高層ビルが目につくため、そうした実感は持てないでしょうが、実は冷静に見てみると、幾つかの暴れ川という巨大な河川を抱え込んでいることが分かります。特に大阪は淀川と大和川という巨大河川を有しており、東京も水脈を築くことに最も苦心してきた都市です。つまり、日本の風水は中国とは異なり、前提条件は「水」となり、その象徴として龍神が今も奉祀されているのです。言い方を変えれば、如何にして人間が水と共生し、それを時に抑えるかということが、日本の都市の死活問題として常に根底に潜んでいるのです。

日本の都市に潜む龍