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心中論 2On Shinju, Part 2

人間の幻想構造が抱える絶対的な限界。「共同幻想と個人幻想は逆立する」ことの自覚と現実の不可能を私たち一人一人が徹底的に理解しなければ、あらゆる運動エネルギーは必ず隅々にまで配備されている共同幻想によって拿捕されてしまい、放逸してしまいます。そして近代化を経験した先進諸国に暮らす人々は、必ずこの幻想構造の規制を受けてしまうのですが、問題はこれらは敵として実体化されて語られる偽装の虚像とは異なり、幻想の様態それ自体であることから、不可視なものとして存在を否定されてしまうことです。この結果、特に近代という時代性が有する幻想の様態が無視されてしまったまま、相変わらず既成の方法論のいじくり回しによる実践行動の肯定が為されてしまうのですが、逆に言えばそうせざるを得ないということです。ですが、残酷かつ冷徹な事実として、こうした観点からの運動は近代を経験した世界においては絶対的に意味を為しません。つまり、個人が望むような社会や国家や世界の変革が実現されることは、大前提としてあり得ないということが近代だということです。

ここで詭弁の態度を取って、そうした行動にも意味があると主張する逃避に向かうことも可能でしょうが、それは将来世代にとって最も深刻な負債の先送り以外の結果をもたらさないため、取るべき方法ではありません。むしろ、個人が共同体を変革することの不可能を幻想の観点から理解することこそが、真っ先に重要に思えます。そうしなければ、確実に帰結は暴力革命以外にはないからです。しかし、革命が暴力や非暴力によって行われたとしても、結局は地盤自体が触知されていないため、見た目が変わっただけで実体は微動だにしていないという隠蔽が起こります。この途方もない絶望に喘ぎ苦しむ私たちは、近代なる時代が人間の知性を凌駕することの事実に直面していますが、もはや現在と同じ地点での格闘には何の意味も持ちません。

一方、どこの国に暮らす人々であっても、少なくとも先進諸国で言う意味での近代化を遂げた社会や世界に生きる私たちにとっては、自らの生まれ育った国が近代化に入る以前の状態を歴史的に見直すことにヒントがあります。この時、大半の人々は母国を血統と混乱してしまうのですが、幻想の観点では生まれ育った国を見なければなりません。つまり、日本人の両親のもとで生まれた血統的に日本人だと言い得ても、仮に米国で生まれ育ったならそれは幻想の観点では日本を見ることは過ちになるということです。そして、この見直しにおいて得られるヒントは、近代を消滅するために必ず私たちが獲得しなければならない最大の武器となります。江戸時代末期に欧米列強と直接戦闘を交えた長州藩や薩摩藩が、近代兵器と兵力の統率などを有さない限り、対峙し得ないと知ったことと原理は同じです。もはや私たちは核兵器などを持つ必要はなく、近代を消滅させるための武器を持たなければならない時を迎えているのです。言うまでもないことですが、これは集団次元での実現が不可能なものであるがゆえ、民主主義的方法は絶対に機能せず、むしろ反作用に陥るため、ここも徹底して棄却すべきです。そもそも、相変わらず核兵器による抑止力の魔力に囚われた為政者ばかりですし、仮想敵を次々と設定してシステム維持を目論むことしか考えていません。実は人類が一致団結する日が想起されるのは、共同幻想による幻視効果によるものです。つまり、そのような未来が実現することはありません。

何かを消滅しようとするのであれば、その消滅しなければならない相手を知らなければ始まりません(敵という意味ではない)。幻想の不可視な構造の中でも、特に近代的な性格である「共同幻想と個人幻想の逆立現象」を考える際、私たちは必ず個人の意志では共同体を変革できないことを前提しなければなりません。この絶対的前提に基づかない限り、共同幻想を消滅させることは永続的に不可能となるからです。確かに、そこには感情的にも心情的にも耐え難い痛みや苦しみがある。社会や国家を変革したいと思う者は多くとも、この絶対的前提を理解している者はほぼ居ません。ここに直面した時に私たちが混乱する理由は、共同幻想はイコールで社会や国家ではなく、極めて人間存在の原初的特質であるにも関わらず、共同幻想は社会や国家だという位置付けが行われてしまうからです。特に幻想から生まれる共同体に対する個人の逆立現象によって、個人はシステムへの自己家畜化を遂げるため、社会代行為者としてしか機能しなくなる世界での生存が起きます。重要なことは、このシステムへの自己家畜化は、支配によって起きるのではなく、能働的に起きているということです。しかし、この近代的な共同幻想が有する幻視効果によって、社会代行為者は私自身ではないのですが、あたかも私自身であるかのように倒錯します。近代化が進んだ現在、もはや人類の大半は自分自身の存在を見失っていますが、それは幻想様態を識別できていないことから生じる必然です。

特に注意が要されるのは、共同幻想と個人幻想の逆立現象が近代化の歴史においてシステムに対する個体の自己家畜化となる時、ここで私たち人間は個人幻想の界域を見失ってしまうことにあります。ただし、それでは人間の生存に不安定さが表れてしまうため、それを緩衝するために共同幻想側は個人主義を生成して援用します。個人主義に限らない近代的性格の全ては、人間個人の何者かが発明したものなのではなく、共同幻想側が生成したものです。発明者はそれを共同幻想側から抽出したに過ぎないということです。この作用によって個人幻想の実態が霞み、自分自身で「私」だと思っているものが、本当に私なのか、あるいは捏造された私なのかが明瞭に断定できなくなります。これは共同幻想に個人幻想が消滅させられる時に生じる幻想次元の幻視による作用ですが、この幻視によって私たちは存在に対する疑念を解消できなくなるのです。ただこの傾向は長大な歳月をかけて行われるものであり、数年で起きるものではないという歴史性を理解しておくべきです。すると個人幻想は私の世界から事実上消失しますから、私はイコールであなたであり、私たちという範囲は常に共同体を指示する転移に向かいます。これによって一般化が起き、コモディティ化が起きるのですが、この状態に突入すると確たるアイデンティティの所在を自らの起源に対して据えることができなくなります。顕著な例を挙げれば、既にファッションから文化が消えたような形で多方面に現出するということです。ファッションから文化が消えたのはAIの登場とは無関係であるにも関わらず、人間はAIを非文化的存在として既に恣意的な規定を抱いています。この時、幻想界で起きている現象としては、共同幻想の絶対化であることは見抜かれません。

この共同幻想の絶対化によって、私たちが見極めなければならないことは、最後の可能性として錯合され続けている個人幻想側の復権にあるのではないということです。より明瞭に言えば、個人の復権ではないということです。この前提条件を理解した時、実は共同幻想に対峙し、共同幻想を消滅することの唯一の幻想形態は、近代以降徐々に強度を失い、今や存在自体が忘却されてしまっている対幻想であることが見えてくるはずです。ここが未来であり、光であり、希望であり、可能性だと私は位置付けます。そして何より重大なことは、私たちの先人の一部は、この過程で起きている心的な異変を察知していた事実を認め直すことにあります。

では、どのような人々が共同幻想の絶対化へと向かう過程の異変を提示していたかと言えば、私はやはり一般的には言語化し難いような幻想の様態や、感性としか言え得ないものを様々な形で表現してきた芸術家の残した作品において、その制作者の心的な葛藤が顕著に表れていることを掴むことがスタートになると思えます。見るべきものは芸術作品のシニフィエではなく、それが現出した心の微細な動きだということです。そこで今回は近松門左衛門に注目しましたが、ここまで述べてきたことに基づき、未来の唯一の希望である対幻想を共同幻想に対峙させる観点から言えば、彼が表現した「心中」に注目すべきことが見えてきます。言うまでもないことですが、心中はただの自殺ではありません。私はこの心中を幻想構造における最もラディカルな行為だと捉え返していきます。

近松門左衛門が活動した時代は、江戸時代が始まってから大体一世紀程度が経つ辺りの文化的隆盛期に相当します。当時、数世紀に及ぶ武士の覇権が町人層の台頭によって強度が揺らぐ大きな時代転換を迎えていました。この動揺は歴史の出来事によってではなく、人間が醸し出す「熱」によって起きたと捉えるべきです。この新時代に武士階級を自ら棄却し、己の存在だけを持って町人に転移した近松門左衛門という存在。私たちが見るべきことは、町人と共に歩み続けた一人の人間の心の動きと、そこから見えていた世界です。なぜならば、個人幻想/対幻想/共同幻想という三つの位相の問題が見事に開示されているからです。しかも近松門左衛門の次元においての幻想構造は、原始人や古代人のような未分化な状態が豊富に保持されておらず、完全な分離には至っていないものの、既に極限まで分離に達しています。

この幻想構造のせめぎ合いによる強烈な緊張。それが顕著に表れているのが近松門左衛門が1703年頃に制作した『曾根崎心中』です。曾根崎心中の舞台は、ちょうど現在の大阪梅田界隈です。ここには現在も大阪の人々にお初天神と呼ばれる露神社が建立されていますが、この一帯が舞台となった実際に起きた出来事が原作なったものです。1703年、叔父の経営する醤油屋に勤めていた25歳の徳兵衛と、遊郭の天満屋に身を置いていた21歳のお初という二人の恋人が将来結婚を誓い合っていたが、徳兵衛の叔父は商売熱心な徳兵衛を自分の姪と結婚させて、遠く離れた江戸に新店舗を持たせる話を進めていました。ですが、徳兵衛はお初に惚れていたため、その結婚話を受け入れず、叔父に自分の妻はお初以外にあり得ないと突っぱねます。こうして徳兵衛が中々承諾しないことに激昂した叔父は、徳兵衛の継母が暮らす場所へ向かい、大金を渡して勝手に話をつけてしまいます。それを知った徳兵衛は猛抗議しますが、当然ながら自分の世継ぎと見ている徳兵衛に対して、叔父が遊女との結婚を許すはずがありません。これは当時としては普通に起きていたことです。遊女は大抵、身請けと呼ばれる方法で遊郭から足を洗うか、地方の遊郭に売られるかしかありませんでした。当然ながら、まだ駆け出しの徳兵衛にはお初を身請けする金など用意できません。

ですが徳兵衛はお初を諦めません。そこで叔父との縁を切る覚悟で継母から金を取り返し、必ず返して全てを清算すると約束し、継母の家に行って叔父から受け取った大金を取り戻します。しかし、帰り道に徳兵衛は親友の九平次に出会い、金を貸してほしいと懇願されたため、お人よしの徳兵衛は断り切れずに叔父に返すための大事な大金を九平次に貸してしまいます。その後、返済期限の日を過ぎても九平次は金を返しには来ない。ちょうどこの時期、お初に身請け話が持ち上がっており、徳兵衛は窮地に追い詰められます。この間は徳兵衛はお初に会う暇もなく、運命に追い詰められた二人は、偶然にも神社の境内で再会するのですが、この時ちょうど取り巻きと一緒に九平次が現れます。そこで徳兵衛は金を返せと迫るも、九平次は金など借りていないと開き直るだけ。しかも九平次は徳兵衛が店の金を使い込んだと人々にあることないことを吹聴し、町の人々は九平次の嘘を信じてしまった上、徳兵衛は九平次たちに暴行されてボロボロになります。

絶望した徳兵衛はお初が働く天満屋に人目を隠れてやってきますが、そこへ九平次が店に来て、徳兵衛から略奪した大金を自分の物であるかのように酒を浴びるように飲み、遊女を侍らせる始末。九平次の企みに騙された徳兵衛は、対抗する術もなく、今や叔父への借金返済のために大阪を追われる身となってしまうのですが、何よりも当時の商人にとって最も大事な信用を失ってしまったため、大阪に住むことができなくなります。為す術がなくなった時、お初はどうせ生きて結ばれることがないのなら、共に死んで天国であの世で夫婦になろうではないか、愛を全うして一緒に死のうと徳兵衛に迫ります。追い詰められた情けない自分のために、共に命を絶とうと迫るお初の心に徳兵衛は感激して心中を決意し、二人は店を抜け出して曾根崎天神の森(現・露天神社)へと向かいます。その地で天国で夫婦になることを固く誓い合った二人は、心中を果たしたのです。

この近松門左衛門の代表作とも言える物語は、一体何を表現しているのでしょうか。それは単なる悲劇ではない。愛の尊さを語るものでもない。そうした表層的な視方の一切は近松門左衛門の生きた時代においては無意味です。むしろ近松門左衛門の曽根崎心中からは、実際に起きた徳兵衛とお初の心中事件が当時の大阪町人を惹きつけた本質を鋭敏に捉え、そしてその不可視な幻想領域の様態を表現するという凄まじい内的な格闘を私は感じるのです。その内的格闘は強烈な痛みとの対峙であり、生命をすり減らすほど激しいものに感じます。なぜならば、ここで近松門左衛門が世に引き摺り出した「得体のしれない何か」の正体は、対幻想の存在だからです。同時に近松門左衛門が心中事件から掴み取ったことは、共同幻想に唯一対抗し得るのは対幻想だけだという絶対的な真理です。

これが極めて重要なことです。近松門左衛門は徳兵衛とお初の心中から、悲劇や悲哀や無念などを感じて作品に転化したのではない。そのような程度の作品であれば、300年も残るはずがない。彼は二人の心中から強烈な生命力を持った対幻想を把捉し、それが共同幻想に対峙したことの激烈な力に感激したのです。歴史に残る文学の古典などが時間に対する耐久性を持っている、あるいはそれ自体を凌駕しているように私たちが感じるのは、実は幻想領域において傑作と呼ばれる古典は常に対幻想を表出しているからだと言えます。根本的に共同幻想が持つ時間や空間と、対幻想が持つ時間や空間は全く位相が異なるからです。ゆえに、対幻想側の時間や空間を領有し、それを作品において表出し得た時、既にそれは共同幻想の時空を超越しているため、必然的に共同幻想の時間とは無縁に後代まで残ります。文学に限らず、あらゆる芸術作品はこの視点で見直すと、これまで見えていなかった豊富な界域が見えてくるはずです。

前述したように、共同幻想に対して個人幻想は逆立するという絶対的な性格を持っている以上、個人幻想が共同幻想を変革することはできません。なぜならば、常に個人幻想を有する個体の利害は、共同幻想の利害と一致しないからです。しかし実は、この個人幻想が他の個人幻想と結ばれて対関係が形成される時、そこに非常に強固な幻想の紐帯である対幻想が成立します。そしてこの対幻想だけが唯一、共同幻想と対峙することができるものなのです。

故に、ここで心中というモチーフが近松門左衛門の心を捉えたのですが、心中はここまで見ても分かるように、単なる自殺ではなく、ましてや美意識の観点から行われた方法でもない。徳兵衛とお初が心中する臨界点にあったのは、共同幻想が二人を紐帯する対幻想を容赦なく浸食し、その対幻想自体をゼロにしてしまうことによって起きる死です。この死は生理的な死ではなく、いわゆる共同体への自己家畜化や自己喪失という形のことです。彼らにとって共同幻想側から突きつけられる死とは、徳兵衛が叔父の言いなりになって姪と結婚して江戸に店を持つことであり、お初が身請けされて遠くに行ってしまうことです。生理的には死んでいないが、二人はこの世においては死んでいる。なぜならば、徳兵衛ーお初のように対幻想を真に知ってしまった人間は、絶対に共同体の世界に帰ってくることはできないからです。ここにとてつもない示唆が孕まれています。言い方を変えれば、ゆえに共同体は古代から、この対幻想へ人間が向かわないために規範や法規制を次々と配備してきたということです。なぜならば、対幻想の論理で世界が構成されてしまうと、共同幻想の論理は無化されるからです。ここに日本史の総体を辿る意義が初めて見えてきます。

ですが徳兵衛とお初が生きた元禄時代は徳川将軍家による幕政が始まり、儒者・林羅山の発明した朱子学的システムの完備によって共同幻想を強固にする体制が生じた段階にあったため、この共同幻想の渦中に含まれる江戸・大阪・京都など特に都市部に暮らす人々が、共同幻想を棄却して対幻想に没入することは、体制維持の観点から最も禁忌されなければならないものでした。ゆえに江戸時代の幕政システムがなぜ約300年も強固な体制維持ができたのかと言えば、それは共同幻想と対幻想の緊張関係への制御が長けていたからです。共同幻想側も完全に対幻想を消滅することはなかったが、対幻想側も共同幻想を完全に消滅することもない微妙な均衡。もちろん300年の過程で動きは持っていますが、共同幻想と対幻想の緊張関係があったからこそ、江戸時代は世界的に見ても稀有な文化創出が起きたのです。つまり、個人幻想を持つ個体の才覚によって江戸の文化は表現されたのではないということです。この制作者を主体化する礼賛は、江戸時代の視方としては完全に誤ったものです。

徳兵衛とお初の心中が、近松門左衛門に限らず大阪町人を感激させたのは以下の理由です。当時の強力になりつつある共同幻想に対して、徳兵衛の個人幻想とお初の個人幻想が結んだ対幻想でさえ勝てない現実が前提にあります。どれだけ共同幻想に対峙しても勝てないことを現実に直面した二人が、自分たちを紐帯する対幻想が共同幻想に浸食されて消滅する最後の時を黙って迎えるくらいならば、いっそ二人で死んでしまう道を選んだからです。つまり、「心中」という行為を通じて、二人は対幻想を共同幻想から死守したということです。これは天国に行って結ばれるという二人の死生観に現れていますが、ここで起きていることは極めて心的な問題です。ゆえに悲劇を近松門左衛門は曾根崎心中で描いたのではなく、そもそも心中自体が悲劇ではないということです。ここはかなり理解が難しいのですが、この理解の識別こそ、実は私たちの時代を生きることにも通じてきます。

そしてこの徳兵衛とお初の「心中=対幻想の死守」は、前述の通り対幻想であるがゆえに、共同幻想の時空に対する耐久性を有しているため、幻想領域の変様は露骨な形で共同体の社会に現れてくることになります。実際、曽根崎心中の人形浄瑠璃の上演が始まると、町人の間で心中ブームが起きており、次々と若い男女が心中することがトレンドになって社会を激震させています。ただ、ここまで見てきた私たちは、徳兵衛ーお初の「心中=対幻想の死守」と、トレンドとして起きた心中の質が若干異なることに気付くはずです。こうして近松門左衛門の曽根崎心中が対幻想の力を世に示してから17年後の1720年。既に時代は文化黄金期と呼ばれた元禄時代を終え、暗い影が迫る享保時代を迎えていたのですが、再び大阪の地で衝撃的な心中事件が起こります。この心中の人物は紙の商売を行う治兵衛と遊女の小春で、近松門左衛門はすぐに『心中天網島』として浄瑠璃に仕上げるのですが、実は同じ心中とは言っても、幻想においての変質が起きています。

『曽根崎心中の徳兵衛ーお初の心中から、『心中天網島』の治兵衛ー小春の心中までの17年。この時代を揺るがす二つの心中におけるたった20年に満たない歳月の幻想関係の変質を見る時、私たちは今日の共同幻想の絶対化が進む源泉を見るのです。何より、日本語で心中は『心中』と書き、自殺は『自殺』と書き区別されます。私なりに言えば、なぜ対幻想に基づく対関係の男女の死が『心の中』と書き、対関係とは無縁の個人幻想に基づく一人の死が『自らを殺す』と書くのか。日本語の持つ妙理を、昨日と今日の記事を踏まえて是非思案してみてください。