東洋と西洋、医学から世界を見直すEast, West and Medicine: Rethinking the World
世界なる統一的な実像が混乱の淵を急転落する現在だからこそ、改めてこの世界とは何を指していたのかを掴み取ることは重要です。なぜならば、際限なく行われている議論の地盤自体をdisplacementしなければ、事態は一向に良い方向に向かうことはないからですが、そこに潜んでいる一つの技術が対症療法です。
これまで、この世界は西洋と東洋の2つの領域として大別されており、この傾向は今も意識・無意識を問わずに人々の考え方の底部に強く根付いています。如何にそうした考え方は前時代的だと考えたとしても、この一度根付いた病原は除去できるものではない。何しろそこでの除去という解決方法は、その病原が根付いてしまう場所環境が見えていないからです。
勿論、一概に西洋はこうだ、東洋はこうだと断定して性格を付与することは不可能です。各々を一つずつ見ても非常に多元的ですし、例えば東洋と呼ばれる規定領域の中でも、インドと中国と日本は全く違う。何かしら通じている部分はあるにしても、それはイコールで「東洋」と統合できるものになるかと言われれば、甚だ疑問が残るところです。同じことは西洋にも言えます。
しかし、ちょうど第二次世界大戦が始まる付近から、日本でも東洋思考や東洋哲学などの用語が様々な形で提唱されています。それまで東洋という見方は、当時圧倒的な力を誇った西洋側からの視座でしかなかったため、その見方に賛同する人も同調する人もなかったのですが、何かを契機に日本自体の問題が東洋へと拡張され、やがて東洋の視点を日本人は領有しながら、様々な主義主張を為す動きに入っていきます。典型的なのは、禅の鈴木大拙でしょうが、彼はやたらと東洋的意識において多角的に論じています。
ですが、ここで語られる意味での東洋というニュアンスも、結局は誰が東洋のどこを見ているかによって大きくニュアンスが変わることは避けられません。つまり、東洋という総体化は、何かしらの共通項を抽出することはできても、実体はないということが言えますが、むしろ何かしらの共通項を「捏造」することによって東洋や西洋という巨大な領域の規定が行われている姿が見えてきます。ここで肝心なことは「共通項らしきもの」を発見して規定し、実定して普遍と立てる動きです。しかし、これはあくまでも「共通項らしきもの」でしかない。この怪しさがこれまで殆ど考慮されないまま、今日まで時代が進んでしまったことにより、一層、東洋と西洋の問題が混乱し、必然的にその総体に位置付けられてきた世界が混乱していると考えられます。
ただし、だからと言ってこの視座が無意味というわけではない。むしろ、そこに潜んでいる一つの大きな傾向という大前提を改めて考えてみることによって、東洋と西洋はアプローチが全然違うことが見えてきます。実は真の問題は、私たちが東洋と西洋という表面的な神秘的差異に囚われることがなければ、そこには思考自体が根本的に違うことに集約されます。つまり、思考の過程自体が全く異なる土壌に根ざして歴史が発展してきたということです。
近代以降に限定すれば、この世界において覇権を握ったのは西洋と言えますが、人類史や文明史という大きな枠組みで考えると、文明は幾度も東と西に移り変わりながら今日まで来ています。この移り変わりは文明の置換や循環というよりも、むしろ私はDNAの螺旋構造のように考えています。そしてこの移り変わりには常に、主因となる文明が転移する動因があります。それが人々の大規模な移動です。
この東と西の文明転移の過程では、必ずと言って良いほど新たな宗教や哲学が勃興していますが、この文明にはサイクルがあるという観点を如何に捉えるかが重要でしょう。何しろこのことが意味することは、文明が未来永劫右肩上がりで成長することはないことだけは、歴史が真理として証明しているからです。ゆえに、一つの文明の終わりが差し掛かっている現在、それに対して如何に抗ったとしても、終わりゆくものは終わる。この観点を歴史的に捉えた上で、次の世界なる実像をどのように見ていくかということです。
今回はざっくり言うに留めますが、東洋ー西洋の文明転移の主因には、古代の大規模な移動、アレキサンダー大王の遠征、中世の大移動、蒙古軍遠征・十字軍遠征などがこの5000年程度の時代で起きており、その都度、文明の力点は東洋ー西洋に転移してきました。ある意味、人類が生存するために文明が転移しているのではなく、文明が生存するために転移してきたように思えますが、この人々の移動という主因が結果論として文明転移の主因になっていることを考えれば、2010年代に起きた欧州への大規模な人の移動などの現象は、歴史の教えに従えば、次の転移点の兆しです。
ゆえに、数世紀に及ぶ西洋の世紀と呼べる期間が長く続いたものの、それらが今後転移し、東洋に向かうこと自体は歴史の教えなので、ある程度予測がつきます。しかし、私たちがある一定の特異な状況に置かれていることも考慮すべきです。ここまで現代文明というものを加速させた結果、良し悪しは抜きに考えても、グローバリゼーションを一度通過した世界に生きる私たちにとって、果たして従来の歴史サイクルに従属したまま、また次の数世紀を始めるのでしょうか?
実際、現状はそのように向かっているようにしか見えませんが、ここまで歴史を相対化できるのは私たちの世代が人類史上において初めてであるにも関わらず、未だにこの東洋ー西洋に転移を繰り返す原理が未来永劫続くのであれば、一体、私たちは何をやっているのかと困惑しなければならないはずです。だからこそ、今までの東洋と西洋という大きな性格は何だったのか、そしてどこに交差点があるのかという問いを、大きな枠組みを前提とした上で再度徹底的に思考しなければならない。その上で、どこに邂逅点を据えて、そこにおいて二つが非分離になる状態を能働的に創造できるのかを思案し続けることです。つまり、個人的な問題意識としては、未だにこの東洋と西洋というフレームワークが分離していることへの懸念であり、そこを非分離にする場合、全く新しい考え方を持つ人間の登場が希求されるということです。
だからこそ、問いは次の次元に達するべきです。一つは、その非分離を創造する人間がどのようにして現れるのかということ。次に、その人間が創造する次の世界において、私たちはどのような物事の考え方を持てば良いのかです。これこそ21世紀、あるいはそれ以降の時代における重要な哲学的テーマに思えます。
さて、この東洋ー西洋については幾らでも様々な解釈ができるでしょうが、個人的に理解し易いと思っているのは両者の医学の違いを見ることです。
例えば、西洋医学を一言で言えば「戦場の医学」です。これは、西洋医学には大きく3つの特徴があるからですが、1に敵を発見すること、2にその敵に応じた強力な武器を作ること、3にその敵を排除するフレームワークです。西洋医学は戦場の力学が前提されているため、「敵を見つけ次第、自らの武器で排除する」という工程が典型的な性格としてコード化されています。
その敵とは、西洋医学で言えばウイルスやガン細胞などが象徴です。そうした科学的に実定できる敵を発見し、その敵に対抗し得る強力な武器を抗生物質や手術などの技術を高めることによって獲得し、それを武器として攻撃に用いてウイルスやガン細胞を攻撃して排除するということです。これは、まさに戦場の医学と呼ぶに相応しく、急性の感染症や怪我などの緊急事態には抜群に効果的です。つまり、元々は戦場で急速に対応するための処置として発展したものが、西洋医学として現代に引き継がれているという側面があります。
一方の東洋医学の性格は、端的に言えば「農業の医学」です。分かりやすくいえば、作物が育たない時に無理やり肥料を与えるのではなく、土壌そのものを改善しようとする考え方が根本にあります。この土壌が人間の体質です。ただし、この体質という意味も肉体に限らず、霊性までをも統合した生命存在としての体質ということです。この場合、東洋医学にも3つの特徴があり、1に原因を探る、2に環境を整える、3に自然治癒力を育むということです。簡潔に言えば、「問いー整えるー育む」ということです。
1の原因を探るとは、「なぜ、そこに雑草(病気)が生えるのか」という原因を探る問いから始まり、次に「どうして、水はけ(代謝)が悪くなるのか」を考えて環境を整えます。それを踏まえた上で、「自然(体)全体のバランスを見直し、自然治癒力を育む」というフレームワークです。
簡潔に差異を示せば、西洋医学の特徴は「発見ー開発ー排除」で、東洋医学の特徴は「問いー整えるー育む」ということです。
西洋医学は病気の原因に焦点を当て、治療することに特化していることから、「木を見て森を見ず」。一方で東洋医学は体全体の状態を見て、根本から改善するということから、「森を見て木を治す」というアプローチ自体の決定的な違いがあります。要するに、「どこを見ているか」という視点の決定的かつ根本的な違いが医学に表れていることは、そのまま東洋と西洋の哲学的違いに現れているということです。西洋医学は敵を発見し、断定し、排除することには長けていますが、そこでは発病した病原しか見ていないため、患者自身を見ることが等閑にされていきます。
西洋医学は発病するまでは問題にならないが、発病した後は問題になるという具合です。ゆえに、発病後の迅速かつ緊急的な対応に関しては、東洋医学よりも西洋医学が圧倒的に長けています。ただ一方で、「体を見る・人間を見る・患者を見る」という視点は西洋医学では完全に欠落しており、むしろ合理的な考え方を前提に、この点までをも排除してここまで西洋医学は進化を遂げてきた実績があります。ゆえに、不定愁訴など原因がまだ生まれていない状態、あるいは科学的に特定されていない症状など、曖昧な病に関しては完全に対処不能です。
しかし、私たちの誰もが知るように、現代はウイルスや癌なども去ることながら、この「原因不明の病」が非常に多く、人類を苦しめる要因となっており、かつパフォーマンスが下がる致命的な原因となっています。これに対して、残念なことに西洋医学はアプローチが取れません。ここまでの考え方を適用すれば、この「原因不明の病」とは、実は西洋医学で敵として発見されていない存在が病を起こしているからです。逆に言えば、戦場の医学である西洋医学の敵を発見すること、その敵に応じた強力な武器を作ること、その敵を排除するフレームワークが有効的に機能する病気以外は、西洋医学では治せないということ、また非科学的として無視されるということです。
ここで東洋医学の重要性が注目されてきた根拠があるわけですが、逆に東洋医学の場合は人間、体、患者を真摯に見る視点が前提に進化してきたため、例えば同じ薬を使うにしても、その人のその時の状態に応じて、医師が扱い方や配分などを全て即時に変えるという、徹底的にたった一人の個人に特化した「人を見る医療」として歴史を育んできました。
一方で西洋医学の特徴は、一つの敵に対する処方方法を突き止めてから、必ず普遍化することです。普遍化することで特定の敵に対する「一即多」の全体性を統一し、これをマニュアル化するために治験などの科学的根拠を作る作業を組み合わせていき、理論を組み立てて権威のもとで確証が取れたところで、それを一気に拡散します。つまり、輸出可能で不特定多数に向けて処置が行えるというパターンを作り出すのですが、ここで肝心なことは西洋医学は権威をしっかりと前提していることです。しかし、東洋医学にはこうしたパターン自体がない。マニュアルに近いものはあっても、結局は医師の個人的経験によるという極めて高度なスキルの問題に集約されるからです。
ここで重要なことは、西洋医学では人を見る煩わしさを始めから捨ててきたため、患者同様に医師個人がそれほど重要になることは稀ですが、東洋医学は患者同様にたった一人の医師個人が重要になるということです。ただ、これでは戦場の医学を絶対視する西洋医学から見れば、東洋医学は非効率かつ非科学的だと恣意的に実定されますから、それが理由で東洋医学は否定されていき、西洋医学の発展(輸出)に応じて減衰してきました。ですが、文明の転移や力学を取っても同じことですが、結局は一方向に極端に傾くことによって不具合は致命的な次元に達する。こうして再び東洋医学が復古することがこの10年以上高まってきたわけです。
ですが、東洋医学も西洋医学の観点を獲得しない限り、結局は現代のあまりにも複雑な病態に対して対応できません。つまり私が主張したい問題は、「医学」において東洋医学か西洋医学かの優劣を議論する無意味さを行うことではなく、医学的な東洋と西洋の性格をどこで踏襲し、どこで邂逅し、どの位置で自分たちが立っていくのかを真剣に探求し、そして決断するかなり能動的な道の切り拓きが要されているということです。なぜならば、これが結局は医学の問題に限らず、哲学やビジョンや理念の東洋ー西洋の致命的な相違として発現するからです。ここで問題になるのが「世界」です。
現状、「世界」という言葉で語られる場合、ほぼ例外なく西洋を基準としていることは、誰もが疑うことのできない事実です。しかし、医学を見ても一目瞭然な通り、このような大きな差異があるにも関わらず、医学と言えば未だに西洋医学一辺倒の姿勢は中々是正できていません。ですが、結果的に西洋医学一辺倒によって現代人は西洋医学では特定できない原因不明の症状に苦しんでいる。私は同じように、世界というフレームワークを西洋一辺倒の基準に全て打ち立ててしまうと、同じ問題が生じると見ています。そして興味深いことは、この問題によって苦しんでいる人々に関しては、東洋人や西洋人という差はないということです。つまり、ここに東洋や西洋として論じることの初期的限界が既に見えています。
この世界という問題は、西洋が強かった第二次世界大戦直後あたりまでは、数世紀に渡って抜群に機能していましたが、現在その力学が転移し始めた初期段階を迎えていることから、それらが通用する強度が一気に落ちてきました。こうした状況を鑑みずに、引き続き世界という言葉を主張したとしても、そこには何の実態もない。ただし、それは中身がないということではなく、「ズレ」があるということです。極言すれば、一方的な解釈という前提自体が間違っているということですが、ここで深刻な問題となってくるのが、国際連合などの国際機関が掲げるビジョンや理念なのです。
従来の国際機関における理念やビジョンなどの提唱は、ほぼ例外なく西洋の考え方を基準、より性格に言えば西洋の伝統的な倫理や道徳などを基準に設定されたものであって、そこに東洋の視点は入っていません。故に、これを世界の理念という言い方はできないはずであり、あくまでもかなり限定的な西洋の理念でしかありません。この西洋の理念は前述の医学同様に特効薬にはなり得るが、長期的に何かを治すことや、問題の根本を解決することはできません。西洋医学が病気が起きてから戦う最先端の技術であるように、現在の世界でも何かしらの問題が起きてから対処することは基本となっており、あるいは何かしらの問題が起きるであろう敵を発見してから対処することが前提となっています。
これらは西洋が優位だったと言えますが、結局のところ戦争は終わっておらず、次々と戦争や紛争は勃発しており、腐敗は次々と生み出されています。ウイルスやガン細胞を特定したところで、次々と新しい病気が医学によって生産されていることを鑑みると、結局のところは医学自体が病気を作っているのではないかということが考えられます。これと同じ原理が疑われることなく普遍を偽装した途端、世界の理念やビジョンが堂々と設定されます。すると、長期的に見れば必ずバグが生じてくることは自明です。現在の状況が第三次世界大戦に繋がるか否かは誰も分かりませんが、少なくとも、この対症療法という措置を世界を基準に適用し続ける限り、憎悪は高まるばかりで結果論として大規模戦争に突入することは明らかです。介入という形の対症療法は、短期的には収まったように見えても、長期的な不安定を招くことがあります。問題が起きてから対処する枠組みそのものの限界が、ここにも表れています。
ゆえに、個人的には先行的にこの東洋ー西洋の動きを如何に非分離にする未来を創造するかという先端の動きを見せている医学という観点を見て、そこを通じて世界の再設計が思案すべきだと考えます。ただしこの意味は、国際連盟などが東洋ー西洋を今よりもはっきりと理解・自覚した上で、既存のフレームワークに東洋的な考え方とかを後付けするものであってはならない。根底となる土壌自体を変えていかなければいけないということです。
前述の通り、西洋医学の「敵を発見し、強力な武器で排除する」と、東洋医学の「原因を探り、環境を整えて自然治癒力を育む」ことの双方向のフレームワークのサイクルを如何に捉えるかという新たな視座の創造は、必然的に戦争や貧困や自然災害の問題への態度に大きな変革をもたらします。事実、地球環境問題や気候変動問題を見てもわかりますが、西洋的なやり方は、敵を発見し、強力な武器でそれを排除するものであるため、これが現状、政治的ツールに転移してしまったわけですが、根本的に東洋が持つ原因を探る、環境を整える、自然治癒力を育むという自然全体のバランスを見直す考え方そのものがあるようには思えません。自然に対して対症療法にしかなっていないが故に、そうした混乱は収まることなく、ひたすら継続していくということで、状況は病気同様に悪化の一途をたどります。ですが、この問題が枠組みそのものにあると認めることは、積み上げてきた権威の構造を問い直すことになりますから、増大し続ける問題をさらに細分化し、敵・武器・排除というフレームワークを回し続ける力学が働きます。これによって、現在の世界の仕組みは停滞に入っていると言えます。
実際、ここにおいて東洋人である私、西洋人であるあなたという規定は無意味です。実際問題として、この既成の方法に西洋的世界の領域において生まれ育って人々でさえ強い反動を起こしている最中、未だに東洋と西洋という古めかしい問題を論じる意味はどこにあるのかと思われるかもしれませんが、実は思考自体が全く異なる原理によって成り立っているということの示唆です。まとめれば、「探る・整える・育む」という東洋的な視座を、どのようにして西洋的な「発見・武器・排除」という既存世界に組み込むかではなく(組み込むと必ず衝突します)、これらの良いところと悪いところを双方向に理解した上で、かつ歴史的にそうした統合のチャレンジが行われたとこの一世紀程度の歴史を評価した上で、どうすれば私たちは本当の世界という理念や真理にたどり着けるかということを、大きく考え、そして実行していかなければならないのです。
それは数年や数十年でできるものではなく、数世紀規模で実現されるものですから、私たちの立ち位置が非常に重要です。なぜならば、私たちは次の西洋から東洋への転移のまさに転換点に立ち、生きているからです。ここで私たちが打ち立てる土壌こそが、次の数世紀や数千年を決めるという大きな視点を持つ時、私たちはなぜこの時代を選んで生まれてきたのかが問われてくるでしょう。