これからの時代に必要な生きるスキルThe Life Skill Needed in the Coming Era
ここからの時代に、私たち一人一人にとって重要な、生きていく上での重要なスキルとは何なのか。歴史を振り返れば、その時代ごとに様々なスキルが生まれ、要求され、それにいち早く適応した人々は、それなりの社会的地位やキャリアなどを邁進することができました。ここから先の数十年の一番大きなインパクトというのは、やはり私たちが今経験しているように、AIと無人化です。
この二つの社会的潮流は避けがたいものであるため、例えば2、3年後にAIバブルが崩壊して多くの企業が消え去ったとしても、そこから技術というものは浸透期に入っていく流れは歴史的に通底していますから、本当の戦いはここからとなるわけです。現代は白黒で物事を裁定してしまう悪い癖があるため、AIバブル崩壊をAI技術の終わりと見做すような潮流が高まるでしょうが、歴史を見ればそのようなことは断じてあり得ない。
すると結局は、AIとは言っても装置産業ですので、バブル崩壊にあってもデータセンターへの電力を支払える金銭的体力がある企業が残り、そうした体力のないバブルによって成り上がった企業はどんどん吸収合併あるいは淘汰されていくわけです。その観点に限定して言えば、個人がそうしたところに抗う術はありません。
ただ、私たちはどうしてもAIという技術の一面だけに目を奪われがちですが、その視座は時代において起きている全体像を見誤る曇りとなります。事実、こうした技術的進歩によって恩恵を受ける側面が始まっていることも忘れてはならず、しかもそれがこれから私たちが生き抜かなければならない世界において、非常に重要なスキルとして民主化されているということを真剣に考える必要があると思います。AIが良い悪いという白黒判別に陥ると、未来を誤ります。
個人的には、ちょうど今年の2月頭から精密栄養学について学び始めたのですが、この分野の躍進には目覚ましいものがあることを感じており、その躍進を支えている技術がAIです。まず、ここで混同しがちですが、よく耳にする分子栄養学との違いから書いておきます。
少しだけこの歴史を補足しておくと、分子栄養学(オーソモレキュラー)というのは、ノーベル賞科学者ライナス・ポーリングらが提唱した1970年代に米国で確立された考え方です。その内容は体を構成する分子レベルで、最適な栄養状態をつくることを目的にしたもので、ビタミン・ミネラル・アミノ酸などを必要量以上に補う、いわば不足を補う補充型のアプローチが採用されました。これは長年、一定の役割を果たしてきましたが、どうしても医師一人一人の経験医学的な側面が強く、現代の科学的基準で見るとエビデンスが乏しいといった批判も一部には残ってきました。50年前に確立された体系なので、現在から見れば致し方ない面もあるでしょう。
そこを継承しながら、今度は身体機能のネットワークと根本原因を治すことに焦点をあてた医学システムが登場します。それが1990年代に米国で体系化された機能性医学です。機能性医学の考え方は、体を胃、脳などとパーツで見るのではなく、「すべてがつながった統合的システム」として捉えた上で、症状ではなく、根本原因を探るアプローチを採用します。手法としては、分子栄養学的なサプリメント療法も使いますが、それ以上に「なぜ栄養が吸収できないのか?(腸内環境)」「なぜ炎症が起きているのか?(毒素、ストレス)」というプロセスを重視することに特徴があります。 そのため、解毒(デトックス)、腸内環境改善、ホルモンバランス、睡眠、運動、メンタルケアなど、生活習慣全体を包括的に扱ってきました。
一方でその系譜を継承して登場した精密栄養学は、こちらも米国で始まった重要な潮流であり、米国政府(NIHやFDA)が主導する最先端の科学的プロジェクトです。これは完全な個別化医療を標榜したものであり、従来の栄養学と異なる点を私見で言えば、「たった一人」のために全てを為すことが可能となった初の段階です。また、背景的な技術の観点で見ると、従来の栄養学とは全く異なる新時代の潮流だと位置付けられます。
実際、精密栄養学は最新のテクノロジーをふんだんに用います。基本となる血液解析データ以外にも、遺伝子解析(SNPs)、マイクロバイオーム、CGM(連続血糖測定)、HRVや睡眠データなど、計測可能な客観データを基盤にし、そこにAIも積極的に活用して解析します。つまり、特定の医師などによる経験則に頼らず、ビッグデータと実験科学に基づいた科学的アプローチの最前線が精密栄養学の特徴です。
血液栄養解析では、分子栄養学が蓄積してきた視点である血液データを代謝や栄養吸収という視点から読み解く点を研ぎ澄ませ、それを継承した上で遺伝子の影響など多面的な観点から読み解く画期性を持っています。考え方としては、鉄・フェリチン・亜鉛・ビタミンB群・アルブミン・中性脂肪・AST/ALT・白血球分画など、通常は病院で個別に眺められる項目を包括的なシステムとして捉え、そこから細胞エネルギー産生(ミトコンドリア機能)、炎症傾向、糖代謝、ホルモンバランス、腸内の炎症状態まで読み解きます。
こうした分野は、血液データやあらゆるバイオロジカルデータなどの分析と読解が前提とされる分野ですから、当然ながら従来は医師や栄養士など一部の人たちに限定されていたものです。ただ、これが今、民主化されているのです。
逆に言えば、私たちが真剣に考えなければならないことは、医療行為自体は民主化され得ないものの、医療分野の最先端の知恵や、時代を生き抜くためのスキルという観点で見ると、もう完全に民主化され始めているという潮流を捉えることが重要です。よく医師など大半の職種がAIによって代替されると言われていますが、個人的にはそれは一面の事実であって、実は彼ら専門職の人々を代替する真の存在は、これまで医療とは一切無縁だった人々だろうと考えます。何しろ、上記のような複雑かつ専門的な知見を基礎的に学び、そしてAIを活用するスキルを身につければ、個人が専門家よりも遥かに高度な観点で健康を読み解くことが可能になった初めての時代だからです。
そしてもう一つの観点で言えば、こうした潮流が起きていることが意味しているのは、特に医療を支える社会システムが、もう既存の方法では維持できないことの余命宣告でもあります。その良い例が日本です。日本はこれまで世界有数の国民を支える医療システムを確立してきた国でしたが、一方で巨大な医療システムの確立によって、強い利権が生まれてしまい、また国家的な医療保険制度などの弊害として、自由診療の選択肢自体が他の先進諸国と比べて非常に遅れを取りました。実際、今も社会主義国家のような医療システムが日常には広がっており、確かに他国のように病院で診断を受けるために何ヶ月も待つ必要はないですし、病院は大量の患者で溢れかえっている光景は日本の日常です。
ですが、高度経済成長期ならまだしも、国家的に日本がここまで疲弊して立ち行かなくなり、少子高齢化による財源不足などがある以上、医療システムを維持すること自体がもはや現実的ではなくなっています。実際、既に政府は直近だけでも高齢者や患者自身の負担を増加する政策を展開し始めています。例えば、先発医療薬の自己負担増、75歳以上の窓口負担を原則1割から2割へ拡大、紹介状なしで大病院を診断する場合の定額負担増などで、今朝のニュースでも2027年からロキソニンなど77成分が含まれる約1,100品目の薬の患者への追加負担が発表されています。
日本は若干特殊な例でしょうが、私たちが余命宣告を受けているシステムが崩壊する前に、巻き込まれないための措置を準備しておくこと自体は共通しているはずです。その際、民主化された精密栄養学などの知見を習得し、それを実際に日常で活用できるスキルにまで高めていかなければならないということです。これは何も仕事にすることだけを意味するのではなく、自分自身が健康でそして平穏に生きていくために為すのであって、そして自らの周囲の人たちの健康問題を助けるためのスキルとしてです。
なぜならば、現代はあまりにも食生活を含めた環境が悪すぎるからです。こうしたものを総合的に毒と捉えるならば、私たちはもはやこの蔓延する毒から逃れることはできませんが、特に私たちの細胞などは、この24時間晒される毒によってストレスを抱えてしまっています。これが不調の要因となっていくわけですが、同時にそこで気分が病んだりすることによって心身の健康が損なわれていきます。あまりにも複雑化した現代の不調に対応するためには、もはや既存の方法だけに依存していてはならず、自らで自らの健康を管理できるようにならなければならないのです。
さらに、ここから時代が悪化していく可能性が高いということは誰もが感じ取ってると思いますが、ゆえにどのような世界にあっても私たちがまず考えなければならないことは、仮にどのようなことが起きて、どのような悲惨な世界に陥ったとしても、健康であれば生き抜くことができるということです。健康でなければ、どのような世界になっても、快活に生きていくことができません。
特に現在のように移動が標準化されている世界を生きている人々なら痛感しているでしょうが、自国で不調に陥る以上に、移動を前提とする人々にとって最も気をつける問題はお金以上に健康管理です。何しろ、他国で不調に陥ったり、病気になるリスクも抱えているわけですから、そうした状態に陥らないマネージメントこそ、移動する人々の基礎素養となります。
日常生活というものを、こうした観点から自ら微調整しながら生きていくためには、この微細な身体の変化や気分の変化、ムラなどを感じ取り、それを即修正できるような脆弱性に対する能力、スキル能力を獲得していかなければなりません。これがむしろ、21世紀を生きる必須スキルでしょう。
そうしたことが民主化されている背景には、AIの躍進による恩恵において、遺伝子解析、そしてタンパク質の解析などがあります。この二つは、いまだ多くのことが解明されていない分野なのですが、AI技術の進展によって、次々と人間の科学者たちでは明らかにできなかったことが次々と理解されるようになっています。今後、さらに膨大なデータや事実が判明し、私たちはより一層自分自身というものを、バイオロジカルの観点を含めたところから理解できる可能性を持ち始めているということです。これが現在起きている最大の変革です。
ただし一方で問題もあります。実は、このバイオロジカルの領域、言い方を変えれば、人間に残された最後の領域とも言えますが、この領域は私から見ると占いに近いと感じることです。なぜ精密栄養学を占いのように捉えているかと言えば、データを読む人によって答えが変わるからです。占いでも、どの人があなたに占うかによって、その問題解決への道標や言い回しなどは変わりますが、私は占いの本質、特に占い師にとって重要だと思っているのは、その人が納得することです。
つまり、その人の人生を変える大きなことを言うために占いがあるのではなく、その人自身が抱えている人生の不調や不具合に対して、その人が納得するために私は占い師はいると思っています。ゆえに優秀な占い師は、その相手の問題を見極め、掴み取り、それを納得させる技術が要されます。なぜならば私たちは理解しているように、人生はあらゆる問題が起きるものですが、納得することによって大半の問題は解決するからです。つまり、自分自身で納得できるかできないかが要点なのです。逆に、インパクトのあることを言おうとするドーパミン中毒的な占い師たちも多くいますが、そうした人たちは、持続的に活躍することはできないということです。
バイオロジカルの分析や解析にも、全く同じことが言えるでしょう。確かに、精密栄養学の血液データや遺伝子データ、環境要因や食事データなどを総合的に解析して、その人の抱える不調や問題などを解決していくための方法を詳細に提案することは可能です。ただし、本当に重要なのはそこなのかということも考えなければならない。なぜなら人間の諸問題は、データによって解決できるほど単純ではないからです。
例えば、その不調はどこから来ているのか。なぜ、この人の血中のミネラルバランスはここまで崩れているのか。なぜ、この人の体内には炎症反応が起きているのかなどを考える時、ただ炎症反応が起きているので亜鉛やマグネシウムを取りましょうとか、ミネラルバランスが悪いので食事をしっかり整えましょうということ自体は誰でもできますが、それはその人の求めている答えではない。
ここで重要になるのが、占い同様に、血液データの読み解き方です。単に標準化された基準値に入っているか否かを見るのではなく、同じ血液データを代謝や栄養吸収という視点で再読するのです。こうした背景知識を持った上で、この数字・データがなぜ揺れ動いたのかという微細な変化を、その人自身の心や人生と寄り添い、何が起きたのかということを真摯に向き合って考えることです。これが、私は精密栄養学の非常に面白い点だと思っています。
数値だけを意味されたものとして読み取り、それをただ解析するだけなら誰でもできますが、そうではない。その「たった一人」の心にどこまで寄り添えるか、「たった一人」の人生にどこまで寄り添えるか。そして、本当にその人の人生をより良くすることができるのかというところに精密栄養学のアナリストの本義があると考えますが、これは先ほど言ったように、何も職業じゃなくても自分自身、そして周囲の人たちを救えばいいわけです。
もちろん基本的に重要なのは血液データなどですが、もう一つ重要なのが遺伝子データとなります。私は今はまだ最低限の遺伝子データしか持っていませんが、年が明けた1月末ごろに初の日本人に特化した遺伝子解析が2万ほど行えるサービスが発表されるので、それを受けてそこから2026年をかけて、そこから見えてくる詳細を様々な観点からお伝えしていきたいと思っています。
今年は、様々な不調を抱える人々の血液データを見てきましたが、面白いことに、現代の日本人のデータとして総合的に見ると、どこか一貫した法則があることに気付きます。例えば簡単なところで言えば、全体的に日本人はマグネシウムの値が低く、またビタミンDも低い。そして全体的にやはりコルチゾールが高くて、血糖値のコントロールがうまくいっていないということは、ほぼ例外なく共通する問題です。しかしだからと言って、万人にとって共通の解決策はありません。実際、私自身も今年はそうしたことに精力的に取り組んできましたが、一般的に良いと言われる健康法などの大半は自らには合っておらず、またサプリメントの摂取時間なども、かなり試行錯誤して現時点で最適な摂取方法などを見つけるために相当苦心しました。これは代謝などを司る遺伝子というものが、本当に一人一人によって異なる明確な事実を示しています。
ただし、遺伝子が全てを決定するという決定論を私は否定します。遺伝子は、確かにそうした根本的な設計図ではあるが、遺伝子がどのように発現し、どのように今のその人自体を作り上げているかということは、環境によって非常に左右されるため、遺伝子は決定論ではない。ゆえにこの遺伝子を持ってるから、あなたこういう性格だという断定は、ありえないということです。むしろ現代人には共通する問題として、炎症と酸化があり、これの土壌を正さない状態では、いかに素晴らしい遺伝子を持っていても、その力を発揮できずに人生を終えることは常態化します。
また、こうした精密栄養学などの知見を踏まえて、来年以降に私が本格的に取り組みたいと思っていることがあります。それが「起源」の探求です。この起源というワードを今年の後半ぐらいから非常に意識し始めており、理由はまだわからないのですが、今後重要なテーマになるだろうという予感があります。その起源を独自に探るために、私は来年自らの遺伝子検査を踏まえて、これまでやってきたことと統合していく流れに向かおうと考えています。
現代を生きる誰もが考えなければならない健康。そして数値上のデータを綺麗に整えても、解決されない最後の核心部に潜む一人一人の起源の問題。私は日本人ですから、あくまでも日本・日本人の考究から進めていきますが、底への探究によって行き着く界域は同じだと信じています。そこに真の普遍があり、真の友愛があり、真の思い遣りがあるならば、世界がいかに荒廃しようとも、人類に残された最後のユートピアは、まさにここにあるのかもしれません。かつて荒廃した世界から逃れて自由を生きるために、山の奥地へ集った賢人のように、私たちにとって最後の秘境は、実は外的世界にはないということです。