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東アジアの緊張と日本の内なる要因East Asian Tensions and Japan’s Internal Causes

昨今、東アジアにおける地政学的な緊張の高まりと、それに連動した経済指標の動揺が喧伝されています。しかし、聡明な読者であれば、それが単なる外部要因によるものではないことにお気づきでしょう。すなわち、それぞれの国の統治の仕組みが、制度疲労を起こした自らのシステムを延命させる必要から、強硬な姿勢を表明し、台湾問題を既得権益の維持に結びつけてしまう力学が働いているという事実に。そのような力学に、私たち一人ひとりが翻弄される必要は微塵もありません。

この視座を徹底すれば、世界の見え方は大きく変わります。しかし、ここで一つの奇妙な現象が浮かび上がります。それは、こうした為政者の利己的な暴走と国民の総意が混同され、『日本=日本政府』、あるいは『中国=中国政府』という短絡的な同一視(錯合)が、あまりに一般化しているという事実です。これは、国家と個人が重なって見えてしまう、いわば「個人の非在」とも呼べる現象です。「なぜ、国家と個人がこれほど自然に同一視されてしまうのか?」と問うことができます。これは単純な政治問題として片付けられない、より根深い文明的な要因が潜んでいます。だからこそ、今日の日中関係や世界情勢という「目先のノイズ」に惑わされてはいけません。この絡まった糸を解きほぐすための唯一の手綱、それこそが「歴史」なのです。

振り返ってみると、日本は古来より隣国の中国から、極めて深く、計り知れないほどの影響を受けてきた事実があります。これは現代の統治の仕組みがあまり語りたがらないことですが、日本列島に暮らす人々の多くのルーツに東アジア大陸の系統の遺伝子が含まれていることが、近年明らかにされ始めています。これは私自身が古代日本史の中でも、集中的に調査を行なっている「縄文ー弥生ー古墳」という三つの重大な時代の変動をフィールドワークする過程でも、近い結論に至っています。つまり、中国からの影響を否定することはできないという大きな事実が為政者にとっての「壁」となるのですが、同時に問題は、だったらなぜ日本は中国とは全く異なるのかということです。この曖昧さが、為政者に都合良く利用され、日中関係の悪化の根本原因に蠢いているように感じています。私の立場は、日本と中国が喧嘩する必要など一切ないという点に集約されます。問題は、「誰のための喧嘩なのか?」です。

そもそも、その歴史的・文化的な地層に刻まれた中国由来の明白な痕跡を、単なる「模倣」や「コピー」として片付けることは、あまりに浅はかであり、知的怠慢と言わざるをえません。ここが私の立脚点です。今も世界各地で「中国=コピー文化」という印象が語られることがありますが、ここに大きな落とし穴があると、あえて言及することには意味があります。

年代が上の読者であれば覚えている方もいらっしゃるでしょうが、かつて中国が国際的に台頭する以前、長らく日本も西洋から「日本=コピー文化」のニュアンスで揶揄・卑下されてきました。しかし、その「他国を模倣することしかできない」という日本に対して貼られたレッテルは、実はいつの間にか消失し、気が付けば「日本独自の文化」として肯定的に捉えられ、今ではそれらを世界中の人々が大量消費するような状況を呈しています。日本のアニメ・漫画・ゲーム文化を「大人の文化ではない」と頑なに拒絶していた人々の子供世代が、今や日本のポケモンセンターで大量に商品を購入して、嬉しそうに手に持って歩いている姿を日常的に見掛けるようになった現在、いかに固着した価値観が危険であるかを教えています。

かつて輝きを放った往年のロックバンドを考えても分かりますが、最初は誰でも誰かを「模倣」し、「コピー」することから伝説は始まります。この個人次元と異なる点は、日本の場合、これを一つの国家次元で行い、中国はさらに巨大国家次元でこれを行なってきたことです。つまり、かつての日本同様、今後中国は、世界的に抱かれている「コピー」という印象を脱する次元に入る可能性が非常に高いと私は考えています。この時、中国と長い関係を持つ日本の歴史観点から一つだけ読者に言えることは、「中国を侮ってはならない」という日本が痛いほど熟知している教訓です。個人的に文明の観点で歴史を振り返るならば、栄枯盛衰を繰り返しながらも、幾度も灰の中から再生を遂げて今に文明を連ねているのは、世界でも中国だけです。つまり、今の中国を見るのではなく、大きな歴史というサイクルの視座で中国を捉え、彼らがどこに向かうのかを思案することによって、全く異なる実像が見えてきます。この時、残念ながら既存の線形思考は木っ端微塵に崩壊します。

もちろん、中国でも国内情勢が極めて不安定に陥っており、国民の不満を発散させる矛先として、仮想敵の隣国・日本は為政者にとって都合が良いし、台湾を領有するという強弁も都合が良い。一方で日本の為政者も、仮想敵として中国が強硬姿勢を日本に対してとってくれると、彼らにとって悲願の「防衛費増税」の言い訳ができるため、体制維持には極めて都合が良い。要するに、共犯関係として私は捉えており、ウクライナが米国とロシアという大国の生贄として戦場となっているように、全く同じ構造で台湾が生贄になる可能性はあるということです。実際、私は台湾に友人が多いため、幾度か尋ねたことがあるのですが、どう考えても台湾の若者たちは中国と戦争する気など持っていませんし、経済的癒着の観点で台湾は中国を脱して生存する力を持っていません。つまり、「誰が台湾戦争を願っているのか?」を考えなければならないのです。この時、矛先は東アジアではない対象へと向かうことになります。

そして一党独裁の中国には最大の強みがある。他国の模倣と揶揄されながらも、虎視眈々と急速に蓄えた技術・知識を共産党という強い体制のもとで一元的にリソースを注げることです。そして中国の評価がしばしば大きくずれてしまう最大の理由を、私は現代中国の姿しか見ていないことに集約されると考えます。ここで未だに広く理解されていない中国由来の強い哲学が浮上します。それが儒教です。儒教は基本的に中国ー朝鮮ー日本に強い影響力を持ち、これら三つの国は「儒教圏」とも言われるように、非常に深い部分で儒教の影響を受けています。つまり中国最大の強みは、他国の模倣によって蓄積した技術・知識を、古来中国から連なる儒教というOSに搭載し、これから次々と文化を提示することのできる壮大な可能性を秘めていることにあります。

一方で日本にいくら中国から圧倒的な質量の文化が伝来したからといって、それを「イコール中国」として、純度100%の中国文化を日本人がそのまま自らに適用し、育んできたわけではありません。ここにこそ日本人の生存戦略の核心、あるいは日本という基底システムが持つ特異な「生存アルゴリズム」が隠されています。

歴史を振り返ると、中国の強大な文化は漢字という「情報圧縮技術」、統治機構としての「律令制度」、そして精神のOSである「儒教」(あるいは仏教)として配置できます。一体、これらが流入した際、日本人はそれをどのように調整してきたのか。私がここで「調整(チューニング)」という言葉を意図的に使ったのは、それが単なる受動的な適応でもなければ、無批判な受け入れでもないことを示唆するためです。歴史の過程において、日本人が発揮してきた独自の「文化リミックス力」という観点からこの現象を解析すると、「調整」という概念こそが最も相応しい機能的表現として浮かび上がります。そしてこの調整に流れているコードは、「生存戦略」です。私は、一般的に語られる「日本人は他国文化をミックスする能力が高い」という従来の浅薄な視方を否定し、むしろ「生存戦略のために他国文化を自分たちに最適な形で調整している」と考えます。これがこの場所の底力です。

日本列島の文化は、異質な外来物を自らのOS(基本思想)に取り込む際、それを徹底的に咀嚼し、不純物を濾過し、自らの風土や身体感覚に最適化する形へとソースコードを書き換えることにおいて、世界史的に見ても、極めて高度な調整の仕組みを備えた場所と位置付けられます。より日本的な言い方をすれば、大陸の乾燥した逞しい論理を、湿潤な日本の風土に合わせて「発酵」させ、全く別の高機能な栄養素へと変化させる仕組みです。この「変換プロセス」こそが日本文化の真骨頂ですが、これを為すことができるのは根底に「生存のため」という目的があるからです。

この中国からの巨大な影響の中でも、思考の枠組みや社会システムのデザインに最も深く作用し、日本の歴史というコンテキストを作り上げてきた最大の源泉こそが儒教です。特に江戸時代において、儒教が果たした役割は決定的なもので、儒教がどれほど絶大な効果を持っているかが理解できます。徳川将軍家による江戸幕府が約300年も維持できたのは、儒教があったからであり、改めて儒教の精神的な強さを感じます。

そして江戸時代に多くの日本人が儒教に感銘を受けたように、私自身も歴史を遡る中で出会った孔子の哲学には、単なる道徳律を超えた非常に鋭利なシステム思考を感じ取り、深い感銘を受けてきました。古代中国の春秋時代の末期、既存の秩序が崩壊し、カオスな乱世を生き抜いた稀代の賢者であった孔子。やがて彼の知恵が海を渡り、日本という全く異なる土壌に入り込んだとき、そこで何が起きたのか。それは孔子の残した思想という強靭な「種」が、日本の風土の中で、日本人の精神構造に合わせて「日本的なるもの」へと変容し、吸収されていくプロセスそのものだったのです。このプロセスを経てこそ、外来の思想は初めて我々の血肉となり、独自の文化として機能し始めたのです。だからこそ、思想は「OS」なのです。

現代において、儒教の理解や再解釈、あるいは再定義を行うことは、我々が激動の時代を生き抜くための非常に重要な基本となります。一般的に、儒教の教えというと、古臭い封建的な道徳や、年長者を敬えというカビの生えた説教のように思われがちで、広く敬遠される傾向にありますが、それは大きな誤解です。確かにそうした側面があることは事実ですし、むしろ歴史的には為政者にとって統治哲学の観点からも、そこが重視されてきたのは当然ですが、この観点が徹底される契機は覇権が北宋から南宋へ移り変わった時、朱熹が登場したことが非常に大きかった。しかし実際には、朱熹は儒教を体制哲学に都合の良い解釈を過度に行なっているのであって、その反発は私を含めて未来を創造する強い意志を有する日本人の先人も敬愛していきた明の儒者・王陽明として現れています。

儒教には、本質的に汲み尽くせぬ叡智が埋蔵されています。これまで仏教などのアジア的な宗教や哲学が、ある程度世界でも受容されてきましたが、それは基本的にインド周辺の伝統にとどまり、今も東アジアの深い叡智は十分に知られていないと言えます。仏教系統は、マインドフルネスや禅といった文脈で「脳のメンテナンス機能」として評価されてきた一方で、儒教に関しては、その真価が全くインストールされていないことは、とてつもない損失に思えます。そもそも儒教は仏教のような宗教ではないこと、さらに学ぶものではなく、判断するための材料でさえない。それは動乱の時代を生き抜いた孔子に始まる極めて深い叡智に裏打ちされた、カオスな現実を生き抜くための実際行為(pratique)であり、社会と自己を接続するためのインターフェースなのです。

そして、孔子から連なるこの思考体系こそが、現代人が直面している閉塞感を打破するための強靭な武器となります。その真髄は『論語』にある、孔子が自らの人生を振り返ったとされる有名な一節に集約されています。

「吾十有五而志于学(われ十五にして学に志す)」

「三十而立(三十にして立つ)」

「四十而不惑(四十にして惑わず)」

「五十而知天命(五十にして天命を知る)」

「六十而耳順(六十にして耳順う)」

「七十而従心所欲、不踰矩(七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず)」

この一連のプロセスを、単なる「年齢ごとの目標」として捉えるのは、あまりに直線的で退屈な解釈です。これを現代的な「生存戦略」として読み解くならば、孔子はここで人生における「叡智の実装とアップデートのロードマップ」を提示しているのです。つまり、私は孔子は「同じ場所に止まるな」というメッセージを強く主張しているように感じます。以下は私の独自解釈です。

まず「十五にして学に志す」とは、自己の思想(OS)を構築するための学びを決意するフェーズです。次に「三十にして立つ」とは、独自の仮説(迷い)に基づいたシステムが一旦完成し、他者・社会・世界などのシステムとは距離を取りながら、自律的に稼働し始める実験的な状態を指します。しかし、この転換点の要は「自分の人生を生きる決意を為す」ことです。この時、勘の良い読者なら気づくでしょうが、孔子の意図は線形に人生を捉えていないということ、さらにベクトルが反転するということです。このベクトルが交差し、非線形の支点となっているのは、実は「五十にして天命を知る」です。現代風に言い換えれば、五十になって「天命」を知り、そこに従って生きるために「十五にして学に志す」、「三十にして立つ」、「四十にして惑わず」があるという具合です。

多くの人々が感じていることとは真逆に、実は儒教の論理は難解ではない。孔子が語っていることは単純明白で、「誰もが天命を知り、それを果たすために生きること」の提唱です。しかし、この論理が人々に実装されてしまうと、為政者は一元的な統治システムを維持することはできません。ゆえに孔子や孟子の思想は時代を経る過程で装飾されていき、時代の為政者にとって都合の良い解釈に汚染された利己的な論理として醸成されていったのです。ですが前述した通り、「日本=日本政府」はない。私たちは一人ひとり、体制やシステム維持のために生まれて死ぬのではない。誰もが持って生まれた唯一のもの、そしてそれこそが最高の個別化である「天命」を全うすることこそが、本来の私たちの生き方なのです。孔子の提唱はここに集約されます。

だからこそ「十五にして学に志す」から「三十にして立つ」を経て、ついに「四十にして惑わず」に至るのです。直訳すれば迷いがなくなるということですが、要するに他人・社会・政府・世界など「他なるもの」に一切惑わされることも翻弄されることもなく、全ての時間を自分自身が為すべきリソースに投じる状態の実現です。つまり、「なぜ迷いが生じているのか?」という仏教にも通底する普遍的な宗教の問いに対して、孔子は非線形の支点となる「天命を知る」ことから螺旋状に捉え、既に答えを出しているのです。システム思考の観点に則せば、バグ出し(デバッグ)が完了し、処理速度と判断の精度が最大化した状態を意味し、これによってノイズに惑わされず、最適解を即座に出力できる状態です。しかもその最適解は、叡智と経験に基づいた直感であるため、未来を大きく開いていく可能性を秘めているのです。

現代人の大勢が日々瞑想に取り組むのも、ノイズに惑わされないようにするためですが、実はそれ以前に、そこに至るための「過程」が大半の人々には欠落しています。だから単なるファッションやトレンドとして消費されるだけになり、本当の内省に至ることができず、瞑想しているにも関わらず、迷走する人々が大量発生する有様となっているのです。余談ですが、日本語では「瞑想/迷走」と書いて同じ「meiso」と読みます。一つの音がこの二つの意味を示しているのです。

こうした過程を経て「五十にして天命を知る」に至る。一見すると現代人の思考コードとなっている線形(右肩上がり)に思えるでしょうが、今述べた通り、そのような思考コードは孔子ではありません。実は、この思考コードに書き換えた上、最も甚大な影響力を持ったのが朱熹なのです。だから朱熹によって再解釈された儒教は、現代社会の統治原理とも極めて相性が良い。それは日本では朱熹の学派を統治原理に適用した徳川幕府が証明しています。今も一定数の米国のテクノリバタリアンが中国の統治方法を理想化して賞賛しているのは、彼らには見えていないでしょうが、実は朱熹の儒教という書き換えられたコードが、中国の文化資本として強固に今も源泉を流れていることを感じ取っているからです。それを彼らはユートピアと見ている。

しかし、残念ですが本質は朱熹にはない。朱熹の儒教を日本では朱子学(中国側では「程朱学」と呼ばれており、朱熹だけを単独では扱いません。これは日本は朱熹の影響が最も甚大だったからです)と言いますが、朱熹には迷いがある。本人から迷いが消失しておらず、天命を知ることにも至らなかったのですから、朱熹は自分が理解できない「天命」を体制に尽力することへと浅はかにも転換し、人々がさらに深い迷いに陥るシステム構造へと変容させてしまったのです。つまり朱子学による体制哲学は、「迷い」をコード化しています。徳川幕府の栄枯盛衰から学ぶことは、大変多いと私が常々主張している理由はここにあります。この朱熹的なシステムに猛反発したのが、王陽明です。王陽明は朱熹的なシステムが、人々の「自己家畜化」を実現した点を強烈に批判し、人々に対してシステムからの離脱を実際行為(pratique)によって提唱しました。現在の日本を来訪すれば一目瞭然ですが、今ほど朱熹的なシステムの中で人々が「自己家畜化」を迫られている状態もないでしょう。今後、日本で王陽明的な反動が始まることを覚えておいてください。

こうして「五十にして天命を知る」に至った時、これまでの自己を確立するという過程自体が消失し、より大きな外部環境の中で、どのような役割を果たすべきかという「悟り」を獲得します。この外部環境とは、何も国や社会や世界だけを意味せず、むしろ私は「場所」だと考えています。そして自分にしかできないことを熟知した上で、徹底的に場所に貢献する。この時、既に天命を知った者は、「十五にして学に志す」「三十にして立つ」「四十にして惑わず」を経ているため、朱熹の意味での自己を喪失したシステム維持のための尽力や服従ではない、自己の内部から全てを設計する創造力を持って非依存・非服従として使命を全うするのです。先日の記事で触れた「修身斉家治国平天下」の本義が、ここで重要な意味を持ってくることが見えてくるはずです。

こうして「六十にして耳順う」に至り、あらゆる他者の言葉や予期せぬ事態をエラーとして弾くのではなく、スムーズに、かつ即座に受容する寛容力を手に入れます。そして最終的に「七十にして心の欲する所に従えども、矩を踰えず」という境地に至る。これはすなわち自分の欲望と、社会的なルール(制約条件)が完全に同期した状態を指しており、意識せずとも最適解を選び続ける「完全自動化(フルオートメーション)」の領域へと到達することです。さらに注意が必要なのは、ここでの「欲望」とは、私たちが想定する欲望とは全く異なることです。言い換えれば、深い内省と経験から湧き出てくる「直感」のことです。

ここで私が最も強調したいのは、「人生の設計」という視点です。現代人はどうしても、人生や成長というものを、未だに右肩上がりの直線的なグラフとして捉える前時代的な癖が抜けません。時間は過去から未来へと一直線に流れ、努力すれば比例して結果が出るという「線形(リニア)な発展」への強迫観念に囚われたままです。しかし、既にそのような思考自体が太古の遺物であり、もはや考古学的産物でしかない。現在は先進国のミレニアルズとGenZがこの旧来の思考を前提とするシステムに疑問を呈し、それらを変動する重要な動きを邁進させていますが、果たして彼らは「非線形の螺旋」として孔子を見直すことができるのか。

孔子の提示するプロセスは、一度完成したシステムを年齢や環境の変化に合わせて何度も破壊し、再構築し、そして瞬間ごとに消失させる実験を行いながら、より高次元へとアップデートしていく螺旋構造のように複雑なプロセスの提唱です。行きつ戻りつしながら上昇していく「非線形(ノンリニア)」なシステムこそ、彼の思考の核心にあります。

直線的な成長を前提とした人生設計は、現代の不確実な環境下ではあまりに脆弱なプログラムであり、今後の生存を脅かすリスクそのものです。なぜならば、既に不安定を極めている世界において、線形モデル特有の硬直性は、たった一つの躓きでシステム全体が崩壊する致命的なエラーを招くからです。

個人的には、孔子の思想が内包するこの「非線形性」への理解こそが、予測不能な時代における最も堅牢な生存戦略となり得ると確信しています。日本人はかつて、この中国由来の高度な抽象概念を、武士道や商人の倫理として、あるいは日々の生活の中にまで落とし込み、具体的な実際行為(pratique)として「調整」し続けてきた膨大な叡智と経験のアーカイブを持っています。

我々は今こそ、この古代の叡智を現代の文脈に合わせて再実装すべきです。地政学的な文脈、あるいは文化的な親和性を鑑みれば、世界の読者はこの思想を、オリジナルである中国から直接受け取るよりも、一度日本というフィルターを通過し、咀嚼・調整されたものとして受け取る方が、遥かにスムーズにインストールできるはずです。つまり今後、私はかつての禅と同様に、日本由来ではないが、日本で独自に昇華された儒教が、日本人を経由して世界へ広がっていく未来を予見しています。重要なのは、禅が陥ってしまった「美学としての消費」という轍を踏まないことです。現代人が直線的思考の呪縛から解き放たれ、より豊かで強靭な人生を設計するための、徹底的に「使えるツール」として、多様な形で実装される可能性を示さなければなりません。

あなたにはあなただけの天命がある。それを知らずに、また全うせずに死ぬなど、これほど退屈な人生はないはずです。孔子の言葉は、人間が何故に人間であるかという堂々巡りの問いへの答えを既に示しています。そしてそれは、99%がAIにリプレースメントされる必然の時代を生きなければならない全人類が、いち早く理解しておかなければならない生存戦略の基本原理なのだと、私は確信しています。