C:\SHITSURAE\> TYPE SJ210.TXT

SJ210.TXT2025-09-1021KB

延岡:移動と日本の三つの都市Nobeoka and a Day Across Three Japanese Cities

今日は、宮崎県延岡にいます。昨日、大阪→東京→福岡→大分と電車で長距離移動を行い、今日は九州南部の宮崎県に入っていますが、東日本の東京、西日本の大阪、九州の福岡と言う3つの日本主要都市を1日で巡るだけでも、ずいぶんと現在の様々な問題が見えてきます。先週も福岡や大分に滞在していましたが、特に小倉から大分にかけての沿岸部は個人的に非常に魅力的な地域だと感じています。

そして今日、電車で宮崎県にまで南下してきましたが、一気に雰囲気が変わったことを感じます。そして日本神話の宝庫として知られる宮崎は、私にとっても思い出深い場所のひとつです。実は、7年前に宮崎を訪れたことがきっかけで、私の今日に至る日本調査が始まったからです。ある意味では宮崎は私にとって始まりの地なのですが、ここは歴史的に私に限った話ではありません。

かつては日向(宮崎県の一部)から東の大和へ侵攻し、最終的に大和を掌握して初代天皇となったと伝わるカムヤマトイワレヒコにまつわる地であり、さらに高千穂などの山間部は、天皇と結びつく神の起源に関わる重要な場所でもあります。高千穂にはその後も訪れていましたが、宮崎沿岸部に来たのは久しぶりです。この地に再び戻ってこられたことは感慨深く、何よりも初めて訪れた時と比べ、自分自身が大きく変化したことを改めて実感します。

まだ7年ほどしか経っていないため、深みに到達しているわけではありませんが、今も昔もアカデミックな背景を持たない私、と言うよりもアカデミックに馴染めない私は、とにかく足を使って今日まで独自の知見を蓄えてきました。これも全て先人たちの思いや成果を踏まえて日本の実態解明に寄与するためですが、そうした日々の積み重ねの中で、自然と自分にしか果たせない使命を強く自覚するようになってきたのが最近です。そしてそれは、自分の力を超えた日本の八百萬の神のおかげだと強く感じています。再びここを訪れることができたのも神の導きであり、その意味でもここから新たなステージが始まるように思えてなりません。かつて何も知らずに訪れた自分とは異なり、今は九州に限らず日本各地を巡った経験があるため、視点そのものが大きく変わっており、見える世界が一変しています。

その果てしない旅の中で徐々に感じているのは、この荒波の時代に、この国で生まれ育った自分にしか果たせない役割が多くあるということです。しかし、やることは膨大でも身体はひとつ。だからこそ、健康の向上は私自身のためだけでなく、未来のための責任だと考え、昨日は東京のクリニックで血液検査を受ける準備を整えてきたのです。最先端の医療や優れた知見を有する場所は、やはり東京でなければ難しいため、今後、私にとっての東京は健康の調整のために来訪する位置づけになってくるように思います。

そもそも現代は、多くの人にとっていつでもどこでも移動できる時代であることも1つの事実ですが、その一方で世界的に均質化している大半の人が取り組まないことは多く、ここについて先行的に試行錯誤することが次の時代において重要だと考えます。中でも個人的な興味は「多様な速度を同時に生きる」というパラレルな在り方をどう作るかです。その理由は、世界がこれまで主に西洋基準で考えられてきたものとは大きく異なっていることが徐々に明らかになってきたからですが、日本を含めて各地で、西洋基準だけでは捉えきれない世界を見つめ直す動きが徐々に芽生え始めているからです。そして何よりも、見える世界だけにとらわれる態度は近代以降の重篤な病でもあるため、見える世界と見えない世界のバランスをどう取るかが問われてきた背景もありますが、それ以上に、そうした二項対立的な構図自体を前提としない考え方が必要に思います。そこが領有できて初めて、多元的な世界を感受しながら生きる探求が可能になるわけですが、このアプローチにおいて本当の日本文化や日本思想は人々の助けになるものであり、実際私は日本独自だと考えています。

事実、私が調査に出向いている時には、一般的に言われる「主体的意思」というものは無化しています。これは繰り返し述べているように、日本語には主語がないからです。述語的な界域に生きてきた私たち日本人は、かつてその境地を自由に行き来しながら生きてきました。つまり、今日の日本人の疲弊の深層には、本来主語がないにもかかわらず、主語があると捏造してきた近代以降の虚構の世界に幽閉されていることがあります。この感覚(霊感)を取り戻せば、日本人は本来の力を取り戻すことができると思いますが、各地を巡っていても、それが容易ではないことを痛感します。これは視点を変えれば、近代以降、互いに強く影響し合ってきた西洋との関係を、ここからどう結び直すかという問題に直結します。西洋も日本も、場所のひとつとして対等に見る位置。この位置づけを見える世界、見えない世界を共時的に把捉しながら、日常生活において提示することの意味が重要になってくるはずです。

何よりも述語的界域の調査旅とは、主体の意思によって目的地を決めるのではありません。日本のスピリチュアリズムにおいては「神に呼ばれる」という述語的表現が頻繁に使われますが、まさにその感覚に近いものがあります。つまり、捏造された主体世界の膨張に閉じ込められるのではなく、述語的界域から物事を思考すること、それによって異なる本質的な世界から全てを洞察する道が開かれてきた時、初めて現在信じられている世界はないことの本当の意味を理解するのです。つまり、私が訪れる場所は神に呼ばれた場所であり、正しい場所に正しい時期に出向くと、その神が次の道を示してくれると言うことです。まるで神のリレーと言えますが、これこそ八百萬信仰を有してきた日本人的な発想といえます。そのため、私たちができることといえば、呼ばれればそこに出向き続けることであり、その積み重ねが結果的に日本を知る道となります。実はこれこそ、この7年で最大の気付きでした。

この時、主体を軸とした利己的な姿勢で調査をしてしまうと新たな道は開かれず、日本の神秘も目の前に現れないばかりか、そこで理解される日本は全く日本ではないという転倒した浅薄な理解が横行する誤った道を開いてしまいます。昨日、東京に少しだけ出向いただけでも感じましたが、大勢の人が行き交うオーバーツーリズムの街では、立ち止まって問いを持つ余裕そのものが失われています。原宿にいたのですが、明治神宮に向かう人の流れの中で、そこがどのような場所で、どのような思いでそこに向かうのかという問い自体が生まれにくい。それが、過密な観光の仕組みが生む象徴的な状況です。

この状況をざっくりと言えば、呼ばれる前に場所へ向かう流れが仕組みとして出来上がってしまい、神を感じる機会が薄れている状況です。だからこそ、理解のあるわずかな人々は、直感を信じることが最大の要となり、ここに現代的なカウンター精神があると思いますが、そのためには、まず食生活を徹底的に整えることが重要だと実感しています。例え九州に来たからといって、外食の流れに任せて体に合わない食事に明け暮れて神社を訪れても、神の声を聞くことはできず、結局は神に対して私欲を押しつけるだけに終わってしまいます。そこには日本文化の核心が何も宿りませんが、この感覚が年々希薄になっていることは間違いありません。

さらにそれ以上に重要なのは「時機を待つ」ことです。人生にはいくつかのタイミングがあり、それを誤ればチャンスをつかむことはできません。そのため、自分が行きたい時に、行きたい場所に行くのではなく、修行僧のように日々食を整えて神の声を聞く準備を続けながら、神に呼ばれた時にその場所へ赴く軽快さが大切です。その道中には様々な出来事があり、それらがタイミングとして結びついていきますが、慌ただしく、所有物の多い現代人は、全てを自分の都合に合わせる暴挙を行いがちです。しかし、世界は自分の力で動かせないことの方が大半であり、日本で言うと、自然災害のようなサバイバル的側面を踏まえても、移動は可能な限り軽量であることが重要です。

中でも典型的なのが天候です。今はちょうど秋へと季節が移ろう時期であり、台風や豪雨など天候が不安定で、雨も頻繁に降ります。だからこそ、旅でも無理をせずに内省しながら時間を過ごすことが重要です。今日も九州各地は雨、明日も随所で豪雨が予想されていますが、こうした時に無理に動くことは避けなければなりません。この時、私が念頭に置いているのが「晴耕雨読」という考え方です。

この言葉は、晴れた日は畑を耕して仕事をし、雨の日は本を読んで内省をするということ。私の場合で言えば、晴れたらカメラを持って調査旅に出向き、雨が降ったらカフェで読書やスタッフとの会話をゆったりと楽しむ。そのように、自分ではコントロールできない天候に振り回されるのではなく、無理をせず自分のペースをつくることが大切だと思います。

まだ移動を続ける中で、新しい移動を前提とした日本文化がどのように生まれていくのかは模索の途上ですが、こうした心構えこそが、神の力を受けて躍進する原動力となる日が来るのかもしれません。実際この7年間で多くの神に呼ばれてきましたが、まだまだ道半ばであり、今後もまだ見ぬ神に呼ばれ続けることになるでしょう。