古代日本の異族婚と神話の構造Inter-Tribal Marriage and Mythology of Ancient Japan
今回は、非常に興味深い神であるトヨタマヒメ(豊玉比売)から古層に潜む神話構造の性質を見ていきます。日本神話によると、トヨタマヒメは天つ神の系譜に組み込まれている神と婚姻し、初代・神武天皇の父であるウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合命)を産んだ女神として登場します。つまり、神武天皇の祖母にあたる神です。トヨタマヒメは産気づいたときに、「天つ神の御子を海原で産むわけにはいかない」と自ら申し出て、海のルートを北上して海辺の洞窟に入り、そこに産屋を建ててウガヤフキアエズを出産したと伝えられています。
この伝承地は九州南部の断崖絶壁に鎮座する荘厳な鵜戸神宮に残っており、私も訪れたことがありますが、非常に古い時代の習俗を伝えているように感じます。また鵜戸神宮の地理的環境から見ると、トヨタマヒメの出自が南方の琉球方面にあることを一つの可能性として示しているように思い、現在そこに関する調査を進めており、今後3年程度で理解を深める予定です。
トヨタマヒメが婚姻した相手の神はヤマサチヒコ(山佐知毗古)ですが、神代には神は無数の神名を持つことから、この神はホオリ(火遠理命)とも呼ばれます。ホオリの系譜は、父・ニニギ(邇邇芸命)であり、遡及的に日本の神の系譜を見ると、ニニギの父はアマテラス(天照大神)とスサノオ(須佐之男命)の誓約から生まれたオシホミミ(天忍穗耳命)です。まだオシホミミの時点では、タカマノハラ(高天原)の天つ神はアシハラナカクニ(葦原中国)に『天孫降臨』していません。
この天孫降臨譚は、古事記・日本書紀とも大体説話が一致しますが、天孫降臨をニニギに勅令した神の配置が異なる点に注意が要されます。古事記は天つ神・アマテラスの勅令によってニニギがアシハラナカクニを統治するためにタカマノハラから地上に降臨したという説を伝えますが、一方で日本書紀でこの勅令をニニギに与えたのは、ニニギを溺愛していた天つ神・タカミムスヒ(高御産巣日神)だと伝えています。ここには、単純に天つ神として統一的に見ることのできない、複雑な古層の系譜が示唆されています。個人的には大きく見た場合、天つ神には『タカミムスヒ系』と『アマテラス系』に系譜が分かれており、これらは部族起源が大きく異なるルーツを持っていると見ています。
一方で、ニニギはアマテラスの子に位置付けられるオシホミミが、タカミムスヒの娘・タクハタチヂヒメ(栲幡千千姫命)と婚姻して、高天原で生まれた子に位置付けられています。つまり、高天原を舞台に『アマテラス系ータカミムスヒ系』が『ニニギータクハタチヂヒメ』の関係で婚姻関係を結んだことを示唆しているのですが、これは異族婚のことです。注目すべき点は、この異族婚が高天原次元で行われたことであり、アマテラス/タカミムスヒ共に天つ神に配置されていることです。ただ日本神話では天つ神を設定する際、このタカミムスヒを『別天つ神』と配置して最上の敬意を表明しているため、特別な神格に位置しています。これが示す古層の姿は、アシハラナカクニという日本列島への渡来以前に、古代大陸側の部族が異族間の系譜を結んだということです。
ここに象徴的に配置されて生まれた子が、ニニギです。つまりニニギは、まさに天つ神の異族である『アマテラス系ータカミムスヒ系』を統合する位置に配置された神であり、しかも『天孫降臨(大陸から海を超えて日本列島に渡ること)』の最初の位置に配されています。神話では、日本列島の九州南部にある日向(現・宮崎県)の高千穂峰(現・霧島連山の高千穂山)に降臨したと伝えており、そこからさらに南下して現・宮崎県日南市方面に向かい、そこで美しいコノハナサクヤヒメ(木花佐久夜比売)を娶ります。コノハナサクヤヒメは国つ神のオオヤマツミ(大山津見神)ーカヤノヒメ(鹿屋野比売神)の子ですが、要するに場所に根ざした国つ神の姫ということです。
ここで神話構造としては、高天原次元で統一された天つ神(アマテラス系ータカミムスヒ系)の次元から、アシハラナカクニを舞台に『天つ神ー国つ神』の婚姻が行われた新たな異族婚の次元が示されます。そしてこの時、コノハナサクヤヒメが一夜で身籠ったことにニニギは懐疑的となり、自らの子ではないと暴言を吐きます。ここで注意すべきは、まだ天つ神など全く日本を統治できていないということです。実際、このニニギに対して国つ神側・コノハナサクヤヒメは激昂し、この子がニニギ(天つ神)の子であったならば、小屋に火をつけても死なない、そうでなければ子は焼け死ぬと誓約を行い、小屋に火を放ちます。結果、ここで三人の子が無事に生まれたことで天つ神の子であることが証明されるのですが、これは初期的な『天つ神(渡来系)』と『国つ神(在地系)』が、日南の小さな場所において行なった異族婚の複雑さを示している説話です。より明確に言えば、国つ神(もっとも、この時点ではまだ場所の神という次元)の方が強かったということです。
こうして長男・ホデリ(火照命)、次男・ホスセリ(火須勢理命)、三男・ホオリ(火遠理命)が生まれます。一般に日本の伝統的村落社会は長男主義と言われていますが、これはかなり後代の新たな習俗であり、古層は古代中国の周に見られた三男が皇位継承を行う習俗です。特に天つ神は大陸由来のルーツを持つため、この古代中国的な習俗の残渣が継承されたまま、日本列島に関与したことが見えてきます。
そしてホオリはトヨタマヒメと婚姻しますが、これも異族婚です。特にこの異族婚の特徴は、ホオリがヤマサチヒコとして現れているように、山の民が、海の民のトヨタマヒメと婚姻したことです。つまりここで神話構造は『山の民系ー海の民系』を『ホオリートヨタマヒメ』の婚姻譚として伝えているのですが、これも非常に小さな場所次元で起きたことです。なぜこの異族婚が必要だったかと言えば、これまで独自に調査してきた神話の観点から見ると、ホオリの場所である山の幸が獲れなくなり、新たな生活を求めて山の民が海側に移動した古代部族移動が関与しています。おそらく、その背景には九州南部に多い火山活動が古い記憶として考えられますが、これによってホオリは場所統治を行うことができなくなり、海辺に逃れます。しかし、この海の幸は兄・ホデリが『ウミサチヒコ(海佐知毗古)』である通り、場所統治を行なっていました。ここで神話的には、兄弟同士の場所統治を巡る争いに発展していきます。
ただし、山の民が海の知恵を持つことはなかったことから、どうすれば良いかとホオリが悩んでいたところ、突如現れたシオツチ(塩椎神)なる海を知り尽くす長老との出会いを通じて、海を渡るための潮の流れを伝授してもらい、舟の航海技術を学んで海の民の協力を取り付ける動きに向かいます。シオツチは九州南部から奄美・琉球へ向かう海流を熟知した部族集団の古老です。こうしてシオツチの助言通りにホオリは海の神が統治する場所、つまり離島に向かい、そこで出会った海の神・ワタツミ(綿津見大神)の娘・トヨタマヒメと異族婚を行います。
しかし三年間暮らした後、本来自分が来た目的を伝えると、この離島から再び元来た場所である九州南部に戻ります。ここに冒頭でトヨタマヒメが産気づいたときに、「天つ神の御子を海原で産むわけにはいかない」と自ら申し出て、海のルートを北上して海辺の洞窟に入り、そこに産屋を建てて鵜葺草葺不合命を出産した説話が関与します。
この出産時に産屋(洞窟)にこもったトヨタマヒメは、ある禁忌をホオリに伝えますが、それが『出産時の姿を見てはならない』というものでした。しかし、ホオリが興味本位でこれをのぞいてしまうと、トヨタマヒメの姿は大きなヤヒロワニ(八尋鰐)というサメの姿になっていました。そして夫に禁忌を破られたことを恥辱と見た妻・トヨタマヒメは、ホオリが禁忌を破って恥辱を与えた罰として、海ー陸の海路を断絶すると申し、生まれた子を草で包んで海辺に捨て去り、再び故郷へ帰ってしまいました。こうして九州南部側に残された子がウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合命)であり、この時にホオリに関わる部族は海の部族との交流が切断してしまいます。
これは古代日本の異族婚において、他部族の習俗をいかに夫婦であっても見てはならないという禁忌があったことを彷彿としており、特に出産・死去・祭祀などの多様な禁忌が厳格に守られていたことを示唆しています。そして異族婚で夫側が禁忌を破る説話は、前述のニニギーコノハナサクヤヒメ、ホオリートヨタマヒメにおいても現れており、さらに遡ればイザナギーイザナミの『黄泉の国神話』においても語られています。
この背景から、異族の場所を『他界』と見る大陸的な視座を天つ神側が強く持っていた可能性を察知することができ、天つ神側の場所を『現世界』と見做し、それ以外を他界と見る姿が見えてきます。ただし注意として、ここは厄介ですが現世界/他界という二分法的考え方は近代的な産物であり、古代日本を考える場合は、他界であり現世界、現世界であり他界という程度の多元的視座を最低限保持する必要があります。また単純に『他界』とは言っても、神話では『ヨミ/黄泉国』『ネノカタス/根之堅州国』『トコヨ/常世国』など多元的です。
ここまで異族婚の観点から見てきましたが、これらは日本語で『異族』と書くと『異なる部族』になりますが、実際には『異俗』と書いて『異なる習俗・風俗』として思考基盤が据えられます。日本語は読み方の音は同じでも、意味が多元的であるからですが、つまり『異族/異なる部族』、『異俗/異なる習俗・風俗』で、後者の方がより古い時代の異族婚の姿を伝えています。後に天つ神系にルーツを持ち、さらに水田稲作を文化圏とする『水田稲作民的農耕文化』の集団が統一的統治への志向を拡大し、日本列島全てで水田稲作を広げることが『稲=天つ神=天皇』と変様する多元的な要素を伝播させていきますが、現在でさえ日本全土に水田稲作が広がったわけではなく、空白地帯が多くあることを見逃してはなりません。またこの空白地帯という考え方自体、稲中心の絶対的文化圏を保持する旧態的な視座を前提としています。つまり、いまだに稲を中心とする単一の統一的な仕組みは、多数を占めていても、全てを覆っているわけではないのです。この通常、考えられていない空白を真剣に読んでいくことこそが、日本の実像解明のための重要なルートです。
ここで紹介した古代異族婚の神話にしても、明らかに場所次元の話であって、山ー海の民が異族婚を行うことでさえ、非常に苦心している姿が見えてきます。もっと後代になると、これは縄文ー弥生の部族の結節点である異族接触として露骨に現れてきます。この全てでなくとも場所において混淆していった歴史(弥生時代)のあと、さらに縄文/弥生ー古墳の部族という新たな結節点を持つ次元が生じます。この場合、古墳の時代に広がった水田稲作を奉祀する仕組みは先代とは異なる『異俗』でしたから、縄文以来の焼畑農耕の芋・根菜類・雑穀と、弥生の焼畑農耕の雑穀・芋の信仰が混淆する営みは、稲を中心に据える統治の仕組みのもとで『下等』と見做され、取り込まれ、排斥される動きへ向かっていきます。これが主に古事記・日本書紀が伝える『神代巻』(神)から『人代巻』(天皇)への転換点です。この中間には『皇孫』(神人)の次元があり、さらに根底には『まつろわぬ民』など多元的な場所が生き生きとしています。
この辺りの理解は難しいかもしれませんが、読者が少しでも日本の神話性質を理解する助力になれば嬉しいので、今後も継続して書いていきます。