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オーバーツーリズム時代の対極Overtourism Era Contrasts

北陸と聞くと、多くの人々は日本有数の観光地・石川県金沢市を想起するでしょう。実際に日本人も同様で、北陸観光戦略は金沢の圧勝という結果が続いています。しかし、その金沢も2024年1月1日の能登半島地震以降に勢いに翳りが出始めており、既に観光地としての魅力が薄れてきています。こうした事態は、日本の地方と言われる地域が、それぞれに従来の観光戦略から大きな方向転換を迫られている象徴といえます。

各地でオーバーツーリズムが大問題になる現在、逆に全く観光客が来ないという事情で頭を抱えている地域が多数あることも事実です。その代表的地域こそ、私が訪れている福井県なのです。福井県は以前から日本全国の観光客数でワーストを記録する常連地域であり、特に外国人旅行者の数ではワーストを占めています。これまで、観光戦略の実施自体は推進されてきたものの、全く効果をあげないどころか、時代から急速に取り残されてきました。しかし、2024年3月に金沢ー敦賀間に北陸新幹線が延伸、これによって初めて東京から一本の新幹線で福井県に来訪することが可能になり、新たな期待が生まれます。

この実現が念願だった福井県では、一気に観光促進キャンペーンを打ち出そうとしますが、これまで長年、観光戦略に力を入れてこなかった負の遺産が影響して、この新たなチャンスを見事に逃してしまいます。私も北陸新幹線が敦賀まで延伸する大規模工事の過程を、5年ほど前から石川県小松市や福井県福井市などで見てきましたが、観光地としてのポテンシャルはあっても、人を呼び込むだけの戦略が提示できるとは到底思わなかった記憶があります。

事実、敦賀駅は北陸新幹線延伸に備えて2022年9月に大規模リニューアルするも、見た目だけが綺麗になっただけで効果は薄く、2日間駅前を歩き回っても観光客はまばらです。しかし、今日も敦賀から西部地域を巡りましたが、実は福井県は観光ポテンシャルが非常に高いと感じます。オーバーツーリズムが過剰状態に達する今、日本の主要観光地で静寂を味わい、日本を感じる豊かなひとときを過ごすことは至難の技ですが、21世紀の黄金は静寂であり、日本の文化や歴史をゆっくりと感じる記憶に残る旅こそが最も魅力的な観光戦略となるはずです。この観点から見ると、個人的にはここ数日伝えたように、美しい水田稲作が広がる横を走るローカル電車の車窓からぼんやり眺めながら過ごすスマートフォン不要のひとときがあり、その彼方に見える深い青に輝く若狭湾を望み、静謐なひとときを過ごすことのできる三方五湖など、多くの素晴らしい場所環境があります。実際、私はこの数日で本当に素晴らしいと感じました。

ですが、この魅力を福井県自体が全く理解しておらず、何を宣伝すれば良いのか迷走している状態です。まず、個人的に考える福井県に限らない日本の現行の役所制度の大問題は、役人が配属先を3年で絶対に移動しなければならないというルールにあります。私の父が各地の役所と仕事を頻繁にすることから色々な話を聞くことができるのですが、せっかく県や市の観光課に配属されても、絶対に3年で別の部署に移動するルールがあることから、意欲的な観光戦略を長期的に取ることができません。観光戦略が本当に持続的に成果をあげるためには3年という短い期間では足りず、十年、数十年のスパンまで考えて設計・促進しなければならないことは明らかです。そのため、驚くことに県・市の観光課の役人が地域のことを知らないことが多発します。

実は外国人観光客には知られていませんが、この観光戦略をしっかりと取らなかったことで、現在反転的にオーバーツーリズムとして負の遺産化している代表格こそが京都市です。観光客からすれば、京都市内は歩くだけで日本を旅行しているという気分を満たしてくれるため、特段観光戦略など必要ないのではないかと感じるかもしれませんが、実はオーバーツーリズム前夜の時代に京都市も全く同じ考えでした。京都市は元々、何もしなくても歴史・文化が豊富だから問題ないと考え、何も施策を考えなかったのです。この背景には、第二次世界大戦で日本各地が焼け野原になる中、街がほぼそのままの形で残った京都市(これは金沢も同じです)が、戦後の高度経済成長期に自信を取り戻した日本人が『日本を感じる地域』として京都に目をつけて頻繁に来訪したことから始まります。

特に外国人旅行者が増加する以前、京都市の観光客の主要ターゲットは大規模集団旅行者であり、これは日本の学生の修学旅行などが主でした(長崎市も同じ理由で衰退が酷く起きています)。そのため、京都市は何の戦略も宣伝もしなくても、観光客は京都に来ると過信し、この結果、オーバーツーリズム時代が幕をあけると京都市はパニックになって今日に至ります。つまり、現在までのオーバーツーリズムの京都市の現状は、京都市が何の対策も考えなかった無責任さにも一因があると私は考えます。これには複数の要因がありますが、一つは京都市の主な観光地として知られる寺院は宗教法人ですので、京都市に対して税金を払う必要がありません(課税制度がない)。これによって幾ら京都市で観光客数が増加しても、京都市に税の還元がないことから、収益にならないのです。

また、せっかく京都市まで観光で訪れても、現在とは違って当時はホテルなどの宿泊施設が全く足りませんでした。つまり、観光客の数だけは日本有数の高さでしたが、観光客が払う金は京都市にとって有益な恩恵がなく、京都市の宿泊施設不足問題によって、近隣地域に宿泊者が流れることになり、必然的にディナーなども京都市外で取ることが常態化していきます。そして日本各地の市町村に例外なく、実は京都市も極度の財政難に陥っています。こうした負の影響が積み重なった結果、京都市民の不満が爆発し始めているのが現在です。

そして、この『ツーリズムの果実』という今世紀最大のチャンスを逃す姿勢を見せた京都市に対して、これを千載一遇のチャンスと捉えたのが近隣の大阪市です。大阪は元々商人が隆盛した街としての歴史を持つことから、商才に長けた人々が多く、こうして降ってきたチャンスを逃すわけがありません。京都市から大阪市なら電車で一時間程度であることから、この千載一遇の機会を逃さないために、大阪市は一斉にホテル建設ラッシュ時代に入りました。この背景には、大阪市は観光地としてのポテンシャルが元々低いことを自ら理解しており、だったら京都の観光客の宿泊を引き受ければ良いと割り切ったことに勝因があります。さらに大阪市には豊富な食文化があることから、観光客は京都市で寺院などの観光を済ませた後、宿泊のために大阪市に移動し、そこで食事も行うことで利益を増大する計画を立てたのです。これが見事に的中し、大阪市の観光客数は日本でも有数にまで跳ね上がり、2010年代後半のオーバーツーリズム時代を支える主軸にまで上り詰めたのです。

京都市がホテル建造を急がなければと考えた時には既に時遅し。大阪市はその時点で5年以上の実績・戦略・宣伝に力を入れていたため、旅行者の多くが宿泊は大阪市という旅程が一般的となってしまい、京都市に収益が入らない構造が長く続きました。また、同時に京都市では高い購買力を持つ旅行者に目が向き、飲食業各店舗が値段を不当に釣り上げ、これによって地元の常連客が離れてしまい、京都市のレストランは客層が変わって、今や価格と質の釣り合わない高級レストランが並ぶ事態となりました。結果、中心部は観光客の数に押され、静かに日本の風情を味わえる場所が少なくなってしまいました。一方、大阪市は元々高級レストランへの志向が薄く、比較的安価に食事ができる環境が豊富であったため、この京都に対する観光客の不満も回収しながら観光時代に大きく躍進しました。これが大きく言えばこの10年の傾向です。

しかし、前述の通り、福井県はこのオーバーツーリズム時代に取り残されています。一体、なぜなのでしょうか?実はその理由にも明治維新があり、この時の地域政治の力学が今に大きく影響を与えたことで、福井県は観光に頼らずとも、大量の補助金を政府から常に獲得できる甘んじた環境が長年続きました。これが、福井県がなかなか観光戦略を打ち出せなかった本当の理由です。その背後にある補助金だらけの歪な世界。それが、日本一の数を誇る『原子力発電所』の存在なのです。つまり、福井県の本当の問題は観光戦略ではなく、これまで原発補助金によって支えられてきた旧態的システムから脱することができるか否かにあります。

現状、私が見る限り難しいと思われ、結果的にオーバーツーリズム時代に取り残された代表的モデル地域の一つと見做されることが予想されます。何しろ、日本では学校が夏休みに入ったというのに、延伸した敦賀駅周辺にはほとんど観光客の姿がありません。次回、この歪でありながら、日本の裏事情とも言える福井県の原発問題に少し触れていこうと思います。