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気候変動の時代の移動:縄文のサバイバルに学ぶSurviving Extreme Climate Challenges

あまりの酷暑と東アジアの湿度を伴う今年の夏の暑さは、元々活動力や創造力がそれなりに高い私自身も、全てのエネルギーが極端に衰退し、健康にも毎日悪影響を及ぼしています。少なくともあと二ヶ月程度はこの暑さが続くと予想される中、今日は北海道の一部地域で気温が40度に迫ったことが大きな話題となっています。北海道は日本の北端地域ですが、ここまで気温が上昇したのは観測史上初めてです。一方、南端の沖縄では気候が比較的安定しているなど、この数十年に限れば、私たち日本人が常識として考えてきた気候環境への認識がまったく通用しなくなっていることを物語っています。

当然、これは世界的な現象ですが、実際にこの気候環境下に身を置いて生活していると、外に出ることすら億劫になり、少し外出するだけでも熱中症の症状が出るほどに厳しい状況で、リカバリーに相当な時間を浪費してしまいます。こうした中で強く思うことは、現代の人々は長く続いてきた安定的な気候状態を前提とした旧来のライフスタイルから、自らに適した場所を求めて再び動き回る新たなライフスタイルの段階に入っていることです。

事実、私自身も梅雨の始まった六月以降に創作活動自体が大きく停滞していることから、真剣に来年以降のライフスタイル全般を見直し、検討を始めています。今年から最先端の健康知識を学び始めているのですが、それだけでは対処できないため、加えてこれまで行なっている総合的な日本の歴史などの視点を取り入れながら、新たな時代を生き延びるための術を創造し、身につけなければならないと感じています。

しかし、私たちの人生は現代でも平均してせいぜい八十年程度です。この限られた時間の中では、人生の大半を通じてかつての安定した気候を常識だと考える固定観念から抜け出すことは難しく、一方で即座に抜け出せなければさらに動けなくなり、気候変動がもたらす厳しい環境の変化にのみ込まれてしまいます。これを回避するには、まず自分自身と向き合い、自分を深く理解することに始まり、どの土地が最も自分に適しているかを移動しながら見極める必要があります。言い換えれば、自分だけのユートピアを、かつて安定した気候だった時期に少なくとも目安をつけておいたか否かが、未来を分ける大きなポイントとなるでしょう。

このユートピアとは旧来の全員にとっての理想ではなく、あくまでも一人ひとりが理想的なライフスタイルを送ることのできる環境場所を指すため、人それぞれに異なります。たとえば、現在この日本列島の暑さを避けるために多くの人々が沖縄に向かっていますが、必ずしも大勢にとって理想的な地域が、自分にとって最適とは限りません。

また歴史を振り返ると、人類の大規模な移動は基本的に地域や共同体などの集団単位で行われており、現代においてもその傾向は根強く続いています。しかし同時に現在は、個人で自分だけのユートピアを探せる人類史上初めての時代に入ったとも言えます。たとえば私の場合、気候や人口、風土、文化、歴史などの多面的な観点からこの七年間をかけて全国各地を巡ってきた結果、最も自分に合う場所を既に理解しています。そのため、来年以降は大阪や東京などの太平洋側の都市部を避けて、北東北の日本海側に拠点を移すことを真剣に考えており、そこでどう暮らすかということもある程度思案できています。

この過酷な気候状況に応じて、動ける人と動けない人とで未来を大きく左右することは明らかであり、気候条件がここまで変動すると、生命に関わる深刻な問題となるため、もはや安易に考えるべき問題ではないでしょう。そのため、今起きている現象だけを短絡的に切り取って見るのではなく、包括的に歴史を踏まえたうえで自らの方向性を定める舵取りが必要です。つまり、どこで生きて、どう暮らすかということが大きなテーマとなります。この時、私は日本人であるため、特に参照してきたのが縄文人のライフスタイルです。

あまり知られていませんが、縄文時代は気候変動がかなり激しかった時代であり、その影響で各地の人口動態が大きく変容しています。縄文人は新天地を求めて移動を繰り返しており、この部族次元の移動が文化圏を多元的に構成する直接的な動因となりました。同時に移動できなかった集団は絶滅し、さらに火山噴火や地震、津波など多様な要因が人々の移動を促してきたことも見逃せません。こうした『縄文的サバイバル術』は現代こそ学ばなければならないものであり、私たちは約一万年ぶりの大規模気候変動期に差し掛かっていると見ることができます。

日本在住者の場合は、この過酷な気候変動時代を生き抜いた縄文人のサバイバル能力から改めて学び、自分の生活に適した形で工夫しながら取り入れる試行錯誤の必要があります。大概、こうしたことはすぐにできることではなく、それなりに時間を要するものです。こうして数年かけて着実に知見を蓄えつつ、多角的な視点から歴史を見直すことで、現代という厳しい気候を生き抜く未来が見えてくると考えます。

私はこの探求を続けてきましたが、その重要性が今年から一段と高まったため、明日から三日間、あまり注目されていない日本海側の福井県西部地域の調査旅を行います。明日から随時ここに関連する記事を書いていきますが、この調査で得られる知見こそが、現代のサバイバルにおける新たな“道”になるのではないかと考えています。なぜならば、1960年代から60年ほどかけてこの地域の縄文人のライフスタイルの全貌が明らかになるにつれて、従来の縄文人を狩猟採集民と見做す視座が完全に覆されてきたからです。つまり、この場所は縄文人を理解するための震源地と言える重要性を持っており、この場所の洞察が現代人へのヒントとなる可能性を秘めています。個人的には、縄文人の実像は生粋のサバイバーだったのではないかと思うほど、この地域の縄文人のライフスタイルから学ぶことが多いと考えています。

果たして、私たち人類はこの世界的な気候変動を乗り越え、次の数千年、数万年を生き延びることができるのでしょうか。そして、その先にある未来を自らの手で切り拓くことができるのでしょうか。もはや集団ではなく、個人で考え抜くことが生存の鍵となる時代に入ったことから、皆さんも自分自身の暮らす場所の歴史を今一度再考し、その場所に深く根ざしたサバイバル能力を呼び覚ましてください。