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作物から見る日本の近未来:米依存からの転換Peering into Japan's Near Future through Crops

明日7月20日に投票が行われる第27回参議院選挙の影響から、マスメディアはこの報道に注力しています。今回の選挙で重要な焦点となっている一つは、国民生活の基礎を支える米をめぐる問題です。昨年秋ごろから米不足、米価格の高騰、政府の貯蔵する米の解放をめぐる問題は深刻化しており、今も一向に解決の道が見えず、国民の不満ばかりが高まっています。歴史を見ても、明治以降の近代国家樹立への動きとともに、皇室の信仰に関わる水田稲作を通じた米の主食化が国民規模で進められ、その生産量の増減が数々の社会問題を引き起こしてきました。

江戸時代前後から明治初期の1590-1877年にかけて、約3,710件の百姓一揆が記録されており、その多くが飢饉や米価高騰への抗議を目的としていましたが、米をめぐる騒動が特に深刻になったのは、今から100年ほど前に起きた1918年の米価高騰に端を発する民衆蜂起です。この件については以前少し触れましたが、米不足と極端な高騰に陥ったことから「米騒動」が起き、大規模な反政治運動にまで発展する様相を呈していました。この歴史の再来を警戒する現政権は様々な対策を講じていますが、本質的な解決には至っていません。そのため今回の参院選でも、日本人の主食である米の位置づけをめぐる政策が国民の関心を集めています。一方で見方を変えれば、稲作を中心とした近代的な政治体制自体が、崩壊の兆しを見せているとも捉えられます。

昨日の記事では、「甘藷」と呼ばれたサツマイモの興味深い歴史について少し触れましたが、もともと日本は全国規模で水田稲作が行われていたわけではなく、また白米の消費も主に上流階級に限られていたため、1億人を超える国民全体が日常的に米を食べられるようになったのは、歴史の中ではごく最近のことにすぎません。しかし稲作信仰は皇室の崇拝と深く結びついており、「米=主食」という構造を強固に保守し続けてきました。その背景には、明治に提唱された国家神道が国民の祭祀を義務化したことによって、必然的に皇室の祭祀に関与する稲への信仰が促進されたことがあります。その結果、戦後の日本においても稲作を保護する政策が過剰となり、今日の問題を引き起こす元凶にもなっていきました。

とはいえ、政治が米を調整することが難しいことは、昨今の著しい気候変動の事実からも明らかです。すでに日本随一の米の生産地として知られる新潟県では、今年の梅雨にほとんど雨が降らなかったことに加えて、早くから温度上昇が起きたことで、今年予定されていた収穫量の大幅な減少と品質低下が報告されています。こうした現象は全国規模に及ぶため、たとえ政府が政策として米に焦点を当てて選挙戦を戦ったとしても、気候変動という人為の及ばない自然の力には抗えません。それに対して、政府は米の輸入量を増やすなどの対応を検討していますが、問題の本質はそこにはありません。

つまり、「稲=米」によって支えられてきた明治以降のシステムが、現代の米をめぐる状況を通じて変容しつつあることが見えてきます。本来であれば、昨日お伝えしたように江戸時代後半に頻発した深刻な飢饉において、餓死者の多発から人々を救う救世主となった作物がサツマイモであったという事実に立ち返るべきでしょう。歴史的に見ても、大半の日本人は米を常食としていたわけではなく、雑穀や里芋などの畑作物を主食としてきた長期的な背景があります。したがって現代の情勢に即しても、米にこだわらず、芋栽培を奨励する方針に切り替えるのが先の読めない気候変動対策としても重要です。特にサツマイモや里芋は、かなり広範囲の気候変動や地形に適応できるため、食料自給率が著しく低下している日本にとって、再び救世主となる可能性を秘めています。

しかし、政治的には現行の体制を守るため、稲作信仰を中心とした食生活を継続する必要があり、なかなか旧来の構造から脱却できないのが現状です。さらに日本の政治家は総じて平均年齢が諸外国と比較しても高齢だという事実もあります。これは彼らが戦後の生活を通して米を最も食べてきた世代と言えるため、米のない生活を中々現実として見ることができず、相変わらず日本人の主食は米だという論理に陥ります。実際には、それは戦後の中でも特に高度経済成長期から始まったたかだか数十年の文化に過ぎませんが、生涯を通じて米依存の食生活を営んできた大半の政治家にはここが理解できません。そうなると今後想定されるシナリオは、気候変動による米の大不作が国民規模の食糧難に直結するリスクです。つまり、米依存の食糧体制ほど危険なことはなく、そこに固執し続けるよりも雑穀・芋などの多様な食文化に再び目を向けるのが良策です。しかも、そこを通じて新たな日本文化の可能性も見えてくるはずです。

米依存体制では、経済的にも疲弊している日本社会において、多くの人々が主食である米にアクセスできなくなった時、全国各地で暴動が発生する危険性も否定できません。そして仮に温暖化傾向が反転して寒冷化へと向かえば、かつての江戸時代のような深刻な飢饉が再び起こることも十分に予測されますが、現政権がここを考えているようには全く見えません。つまり、日本は既に自分の身は自分で守るというステージに入っており、まるで江戸後期の徳川将軍家の実権が瓦解を始めた時代を彷彿とするレベルに達しています。

このような事態を避けるためにも、日本人が集積してきた古い歴史的知恵に立ち返り、サツマイモなどの芋類の栽培に注力するのが現実的かつ妥当な選択肢といえるでしょう。実際、江戸時代を通じてサツマイモの栽培が全国に広まった影響から、現在では寒冷な北海道でも部分的に栽培が行われています。とはいっても、主な生産地は江戸時代から継続して鹿児島であり、さらに1732年の享保の飢饉に直面して以降、八代将軍・徳川吉宗の政策によって飢饉対策の作物として関東地方にサツマイモが広がった影響から、現在では関東圏の千葉県・茨城県でも活発に栽培が行われており、鹿児島・千葉・茨城の三県だけで全国の生産量の約7割を占めています。

仮に将来的に米の生産が著しく難しくなった場合、サツマイモを代替主食とすることを考えるならば、このような栽培地域の偏在性は大きな課題となります。つまり、現状を鑑みて米依存の体制をいち早く脱却し、かつてのように現代の飢饉とも呼び得る食糧難に備えてサツマイモなどの芋を作る準備を始める地域と、そうした準備をしない地域では、人々の生死に直結する未来に分かれる可能性があります。

世界規模で政治が機能不全に陥る今、米を通じて見る日本の動向は、明らかに不穏な未来の予告となっているように思えてなりません。