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日本の古楽:外来の影響を受ける以前の音The Ancient Sounds of Japan: Exploring Kogaku Before Foreign Influences

この記事では、数多くある日本の伝統音楽の中でも、外来の影響を受ける以前の遥か昔に生まれた「古楽」と呼ばれる音楽についてです。

読者は「日本の伝統音楽」と聞けば、何を想像するでしょうか。一般的には琴や三味線、さらには尺八などから、神道祭祀などで行われる雅楽、そして伝統文化として知られる能楽や歌舞伎などが想起されるでしょう。

しかし、現在日本の伝統音楽と呼ばれる大半は、ある時代に外来文化の影響受けて変容した歴史があります。そのため、それ以前の日本固有の音楽を「古楽」として区別しています。ただ厳密に古楽といっても、現在では歴史的な変容があったため、規定がはっきりとできない複雑な性質を持っています。

古楽の定義は、基本的には8世紀前後の時代状況と深く関係しています。特に持統天皇によって、唐の律令制を参考にした「大宝律令」という制定が701年に奈良県で始まった時、「雅楽寮」という音楽専門の役所が設置されたことが軸となります。

この雅楽寮の設置は、かつて朝鮮半島に存在し、古代日本との関係が深かった百済や新羅を通じて、中国などの大陸系音楽がもたらされた影響を強く受けています。

こうした歴史背景から、雅楽寮が設置される以前に日本で生まれていた音楽を古楽と呼び、識別しています。ただし、雅楽の定義も厄介です。雅楽とは基本的に日本における中国の唐楽や、朝鮮の三韓楽を指しますが、後世には日本の古楽も含むようになったからです。

日本の古楽は、大きく分けると「神楽歌」、「催馬楽」、「久米歌」、「東遊」の4つがあります。特徴は、これらが楽器だけの演奏によるものではなく、常に歌や語りを基本にしていたということです。古代日本の音楽は、言葉を必要とする性格と切り離せません。

この時代、中国や朝鮮から伝来した雅楽は、器楽だけを演奏する外来的なものであり、歌などはありませんでした。現在でも日本の正月や祭りでは、こうした器楽が演奏される傾向にあるため、ほとんどの日本人もこれを日本の伝統音楽だと信じていますが、実はこれらは外来に由来します。

ただし、三味線や琴などを用いる日本の「箏曲」は、基本的に歌がつきますが、器楽だけのものも一部あります。

何より興味深いことに、現在日本人のみならず、外国人も想起する器楽だけで演奏される「日本の伝統音楽」が成立したのは、明治以降に西洋のクラシック音楽が盛んに輸入されて以降に起きた、かなり新しい現象です。

このことから、古楽の本質は「古謡」であり、歌や語りが基本となって生まれたことがわかります。事実、古代日本には「語部(かたりべ)」と呼ばれた専門の職官が存在しており、非常に重要なポジションに位置していました。これは古い伝承などを語り伝えるための専門の人々がいたということです。

しかし、外来音楽の影響によって生まれた雅楽以前に、日本の古楽がどのような音曲やリズムを持っていたかを知ることは、ほとんど不可能です。なぜならば、それらは1300年以上も前のことだからです。

ただ現在に伝わる古い記録が、わずかに古楽の面影を伝えています。それが現存日本最古の書物である『古事記』(712年成立)と、『日本書紀』(720年成立)です。また古楽に用いられた楽器の実態は、わずかに現存する天皇家の御物や、考古学が発見した出土品によって推察されてきました。

もちろん、古事記や日本書紀は8世紀に成立した書物であり、その新たな時代性質が多分に介入している事は事実です。ただこれらの書物の性格は、空想によって作られたものではなく、それ以前から語り継がれていた古い伝承を全国各地から集めて、改めて編纂したものです。実際に古事記の編纂は、天武天皇(在位: 673-686)が自ら主導した国家プロジェクトでした。

中でも古楽の最古の記録は、古事記が神話によって語る一説にあります。それは現在では天皇家の祖神として扱われるアマテラスが、岩戸に隠れたことによって、世界が暗闇に包まれた神話です。これにより、飢饉や疫病が発生して混乱が起きたため、残された神々はアマテラスを岩戸から出すことを画策して、祭祀を行います。

その時に行われた祭祀の様子が、まさに古楽の1つである神楽歌の源流になっています。現在でも宮中などの祭祀で行われる神楽は、神の降臨を迎える最重要の儀式に位置付けられており、神道の古い作法に則って、奏楽に合わせて舞人が舞を奉納します。これらはエンターテイメントではなく、神道の厳粛な儀式です。この時に神楽歌が歌われますが、これが非常に古い時代の名残を残しているのです。

一体、外来の影響を受ける以前の日本の音楽は、どのようなものだったのか。それを探究する過程で、見えてくるのが古代日本文化の要である「言霊」信仰です。