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出雲大社:古代出雲と朝鮮半島の交流Izumo Taisha: Ancient Izumo and Its Exchange Across the Sea

この記事では、神道の最重要神社の1つであり、古代日本史の理解に欠かせない出雲大社についてです。

島根県出雲市にある出雲大社は、天皇家の祖神であるアマテラスを奉祀する三重県の伊勢神宮と並び称される日本の二大神社の1つです。日々、多くの参拝客が絶えない出雲大社ですが、多くの歴史は未だ謎に包まれています。

出雲大社は、正式には「いずもおおやしろ」と言い、江戸時代までは杵築大社と呼ばれていました。ここに奉祀されている神が、オオクニヌシです。

まず、古代出雲の信仰を読み解く際に重要となるのが、出雲の地理です。出雲は山陰地方の日本海側に面した小さな地域です。そこから海を北に向かうと隠岐島がありますが、この海路を通じて、主に朝鮮半島との交流を持っていました。

実際に、古代出雲が朝鮮半島と交流していた興味深い神話が残っています。それが古事記(712年成立)に記される「因幡の白兎」です。神話によると、オオクニヌシは初期的にはオオナムチと称しており、無数の兄弟神の中では目立たない存在であり、力関係でも兄弟の方が圧倒的でした。

ある時、出雲の隣国である因幡国(現在の鳥取県)に若く美しいヤガミヒメ(姫)がいたことから、神々は競って娶ろうとします。そして沿岸部を伝って因幡国に向かった一行ですが、この時もオオナムチは兄弟の荷物を抱えさせられ、遥かに遅れて歩みを進めていました。

その時、海辺で倒れて苦しんでいる1匹の白兎を見つけます。白兎は隠岐島から日本列島に渡るために、ワニを騙して1列に並ばせ、それを飛び越えて、いよいよ列島に達しようとした時、騙されたワニを嘲笑ったことで、怒ったワニに傷を負わされたと話します。

このワニについては諸説あります。これまで一般的には「ワニザメ」と言うサメの一種ではないかと言われてきましたが、この説はかなり無理があるものでした。やがて民族学の研究が進むと、徐々に大陸系アジアの神話とも関連することが明らかになり、ワニが生息する熱帯地域から海を渡って来た人々の存在を示すのではないかと囁かれ始めています。

つまり、大陸のどこかから朝鮮半島を経由して隠岐島に到達し、そこから現在の鳥取県沿岸部に入った人々が居り、その人々が神話において白兎として語られるようになったと考えられます。

傷を負って苦しむ白兎に対して、先行する兄弟たちは海水で洗い、風にあたれば治ると嘘をつき、さらに白兎を苦しめます。このことを聞いたオオナムチは、白兎に海水ではなく真水で洗い、蒲の花を摘んでその上に寝転ぶと治ると教え、見事に完治させます。

これに感謝した白兎は、ヤガミヒメを娶るのはオオナムチだと予見し、実際に兄弟を差し置いて、オオナムチがヤガミヒメを娶りました。

この神話は、多くの示唆を伝えています。それは兄弟の神々が知らなかった治療方法を、オオナムチだけは知っていたということです。これは後に出雲の神として奉祀されるオオナムチ(オオクニヌシ)が、朝鮮半島との往来を通じて、中国の古い医療の知恵を授かっていたからです。

実際、古事記や日本書紀では記されていませんが、古代出雲を知る鍵として重要な『出雲国風土記』という書物があります。風土記とは、古事記や日本書紀を文書として成立させた元明天皇(在位: 707-715)の時代に、天皇の命令によって、各地域の古い伝承を集成し、記録させた国家プロジェクトです。

風土記は当時、大和(現在の奈良県南部)に拠点を置いていた天皇を中心とする朝廷と関わりのあった国々が製作しましたが、ほとんど完全な形で現存しているのは、この出雲地域の風土記に限られます。大半は歴史の過程で失われましたが、断片的に残っているものも幾つか存在します。

この出雲国風土記には、「国引き神話」と呼ばれる古事記や日本書紀には記されない、独自の伝承があります。これによると、古事記のオオクニヌシ(オオナムチ)に相当する出雲の神が、狭い出雲の国土を拡大するために、他の地域を組み合わせて大きな国を作ったと言う神話です。

そこに含まれていたのは、出雲を始めとする島根県沿岸部一帯、隠岐島、能登半島の一部ですが、興味深いことに朝鮮半島南東部一帯が含まれています。こうした神話が伝える事は、当時の出雲が、これらの地域と深い関わりを持っていたということです。

実際に、古代出雲は日本で最大の国力を誇ったと伝えられていますが、その証拠に驚くべき神殿が存在したことが語り継がれてきました。それが、現在の出雲大社の2倍に匹敵する、高さ48メートルの高層神殿の存在です。