近代神道のはじまり:宗教的変容への道The Beginning of Modern Shinto: The Path to Religious Transformation
前回、近代日本が始まった時、明治政府が古代から中世に至る旧習的な神道の制度を否定し、西洋の近代国家の樹立を目指すために、様々な新制度を発布した事情について触れました。
特に大きな衝撃を伴ったのが、神社神職の世襲制度を廃止したことです。今回はここを通じて、明治初期に神道が圧倒的な優位性を獲得した背景を見ていきます。
元々、神職の世襲制度は、それぞれの有力な神社ごとに展開されており、その土地に根ざした氏族が代々継承すると言う方法をとっていました。どのようにして特定の氏族が決まったかと言うと、これも古事記や日本書紀の記述に由来します。別の見方をすれば、現在の意味での神社の歴史とは、特定の氏族たちを編成していく、制度化の歴史であったといえます。
例えば、島根県の出雲大社は、数少ない世襲制度を続ける神社の1つですが、現在の宮司で84代目に当たります。その当主は、今も特定の氏族である千家氏が担っています(歴史的に分岐したもう一つの氏族に北島氏があります)。
ここで参照点として重要となるのが、京都府北部の籠神社です。籠神社も明治時代の世襲制度廃止の影響を回避し、今も特定氏族である海部氏が宮司を担っています。現在の宮司で、82代目です。
籠神社は、神道史の重要性を伝える唯一の神社ですが、それは現存する日本最古の系図を持っているからです。それが平安時代に書写され、現在では国宝となっている『海部氏系図』です。
すると読者は、日本で1番有名な三重県の伊勢神宮が、そうではないことに疑問を持つでしょう。実際、伊勢神宮は既に世襲制度が廃止されており、近代の初期には、土地にゆかりのないどころか、神道にゆかりのない人が、宮司を勤めていました。
また、有名な観光地である京都府の嵐山では、松尾大社が最も格式の高い神社ですが、こちらも近代世襲制度廃止の煽りを受けて、現在では全く関係のない人々が宮司を勤めています。もともとは、秦氏と言う氏族が代々宮司を担ってきました。実は近代以前、このような神社は全国各地に無数にあったのです。
実は、明治政府が一番最初に介入を始めたのが、伊勢神宮でした。目論見は、従来の神社の特性を破壊し、近代国家の樹立に一致するための制度化を図ることでした。
こうして特定の地域固有の神を祭り、土地に暮らす人々を守るという、閉ざされた信仰の次元から、神社は単一国家への奉祀であるとすり替えられていきます。その頂点に選ばれたのが、伊勢神宮です。つまり、官僚的に選ばれた、極めて政治的な神社です。
このことから、伊勢神宮が日本一の格式を持つとみなされるようになったのは、近代以降の話でしかありません。それ以前に、そのような事はありませんでした。
では一体、この決定の背後には、どのような政治的影響があったのでしょうか。意外にも、その影響を及ぼしたのは、近代以前の神道の有力者ではなく、特定の仏教教団でした。
日本と言えば、仏教の影響が歴史的に絶対的であったように思われてしまいがちですが、それは一部の時代に限られています。実際には、265年にも及んだ江戸時代を通じて、仏教の力は極端に衰退しています。
江戸時代は儒教が大隆盛した時代でしたが、その反動として、日本固有の学問を主唱する一団が登場します。それを「国学」と言うのですが、主に18世紀後半頃に高まり、江戸時代末期に向けて着実に力をつけていきます。明治維新は、この動きと切り離して考えられません。
事実、明治維新の最初の主張は「王政復古の大号令」から始まりました。意図としては、江戸幕府の宗主である徳川家の辞任を要求して政治権を剥奪し、天皇による政治を復古することを目指したものです。中でも重要なのは、ここにおいて神道の絶対的優位性が、天皇に絡められながら、歴史上、初めて明言されたことです。
この首謀者が、京都の朝廷と縁の深い家に生まれた岩倉具視です。明治維新の二大勢力は、京都や江戸から遠く離れた長州藩(現在の山口県)、長州藩(現在の鹿児島)ですが、岩倉は、この両者を含めた諸藩の関係を取り持つ重要な位置に立っていました。
その彼が、なぜ神道を近代国家の礎に掲げたのか。この時、岩倉が強く影響を受けたのが、国学者の玉松操(1810-1872)です。彼の象徴的な言葉は、初代天皇に位置づけられる「神武に還れ」と言う復興主義でした。
ここが基礎となったため、政治技術に長けた岩倉の取り計らいで、新政府樹立後、江戸由来の儒教の影響を脱し、神道の優位性を打ち立てるべく、国家的な仏教の排斥が始まりました。しかも当初、仏教教団側との議論がないまま強行的に進められたため、即座に、強烈な反発が起きています。
こうして日本の近代は、神道、儒教、仏教、そして西洋と言う非常に複雑な思惑が渦巻く中、次々と覇権を巡る争いが始まっていったのです。