頭のカルチャーと腹の文化: 主語の言語と述語の言語The Culture of the Head and the Bunka of the Belly: Languages of Subject and Predicate
今回は、日本の文化概念と西洋のカルチャー概念の差異についてです。
最近、私は日本において「文化」と「カルチャー」は別物ではないかと考えるようになりました。
日本の近代化が始まった1868年以降、日本の「文化」概念は輸入概念である「カルチャー」の訳語にあてられ、今日まで使用されてきました。その輸入概念の元は英語のCultureではなく、ドイツ語のKulturに由来しています。
遡ると中国の古典から取り入れられた「文化」という日本概念は、この時、ドイツ経由で独自の混淆を果たすことになりましたが、今でも日本人は文化とカルチャーを無意識かつ無自覚に日常生活で使い分けています。
日本では、西洋概念と交雑した近代日本語と呼べる概念は数多くありますが、急速に西洋の概念を日本仕様に構築しなければならなかったため、一つ一つの本義を検証する余裕はありませんでした。
その結果、西洋由来の概念だけは氾濫しましたが、それが何であるかということは殆ど問われずに放置されてきました。
一体、文化とカルチャーの差異は何なのでしょうか。何を日本人は心的に理解して使い分けているのでしょうか。
そこを端的に設定するならば、論理構造化された西洋の「頭の言語」と、行為においてなされる日本の「腹の言語」として考えることができます。
分かり易いところで言えば、侍映画の影響で「切腹」が西洋でも知られるようになりましたが、これは武士の尊厳に一元化できる特殊な概念ではなく、むしろ日本は歴史的な腹の文化にこそ本質があります。
一概に言えないものの、主語を立てる言語の文化圏では頭の文化が前面に出ることは、多くの人が認めることでしょう。例えば近代以降に大きく変様した英語の言語構造においても、「主語ーコプラー述部」は主語において統率されなければなりません。
しかし、実は日本語の言語構造には主語もコプラもありません。これが最も大きな違いです。
腹の言語文化は直感を極めて重視しますが、頭の言語文化は論理を極めて重視します。哲学や科学は後者からしか生まれ得ないと言えます。
この時、主語を持つ言語から生まれたカルチャーというものは、多様な形で諸々のカルチャーを客体化する方向に向かいますが、それは主語を言語構造が持つことに強く由来しています。
一方、日本語には主語自体がないため、カルチャーを客体として立てる動きはおのずと起こりにくくなります。例えば、カウンターカルチャーに相当する日本語は存在しません。これは日本語の場所では文化が客体化されていないということを示しています。
ここに日本でカルチャーないしはカウンターカルチャーが起きにくい一つの理由があると思いますが、同時に、日本語の言語構造に則った文化は、豊かに創造されてきました。
では一体、頭ではない腹から生み出される文化とは何なのか。それを私は「実際生活における行為」だと考えます。この時に注意が要されるのは、主語の言語における行為主体は主語的であり、日本語における行為主体は述語的だということです。
カルチャーではコンテクストを重視し、そこから生成されるコンテンツは主体意思による形成物と見做されますが、文化にはコンテクストがそもそもないため、そこから生成されるコンテンツという概念さえありません。
私自身の経験からも、コンテクストの重要性を日本で話すと、なかなか伝わらないことに気付きます。典型的な錯誤としては、コンテクストをコンテンツの背景を意味するという認識が日本で一般化していることです。
ですが、それはコンテンツを主語的に論じる言語界域に限定されたことです。むしろ日本語に即すると、コンテクストと言う述語的な場所が、コンテンツを自動生成するという理解が非常に適合します。
これは、主体意思がコンテンツを生成するという捉え方が、述語の場所には元々ないことを示しています。ここに、カルチャーと文化の成り立ちの違いの本質的な核部があります。
例えば、ヨーロッパではギルドと言う職業集団が頭の言語領域においてカルチャーを生成してきた一つの重要な歴史がありますが、日本にはギルドに相当する職業集団はありません。確かに日本史からギルドに相当する集団を探し出すことは可能でしょうし、実際そのような解釈も多く見られます。
ですがこの視方が無意味なのは、日本語の言語構造自体が主語を持たないことに対してあまりに無自覚なことです。
言語が主語を持たないということは、主体、主観、自我、自己、我はないということです。これだけでも、主語を前提にした概念だけで日本を論じることが難しいことは一目瞭然です。
ここにおいて日本列島の先人たちはカルチャーではなく、文化を創造してきたのですが、当然ながら当人たちに文化を行っていると言う主体的な認識などありません。なぜならば、日常の実際行為だからです。
製作者の主体意思というものが日本で強く意識され始めたのは、実は1960年代頃に初めて起きたことです。それは戦時の体制に無自覚に迎合した芸術家への反動として生まれた新たな潮流ですが、ここから理解できるように、日本の主体問題は極めて新しいものです。
しかもこの時、主体意識が問われながらも、同時に日本語自体に主語がないことを人々は理解せずに行う大きな過ちを前提したため、この問題に対する格闘は何の効力も持ちませんでした。何と、主語を前提にした概念の範疇で日本を見ようとしたのは、実は外の誰かではなく日本人自身だったのです。
誰もが日常生活の中で実際に行為することから文化は生まれているため、後世の私たちが頭を使って歴史を見た場合、そこには確かに特定の技術や思想があるとは言えますが、それは恣意的な後付けでしかなく、歴史において一般化することはできません。
この差異というか、本質的な裂け目が、言語の構造の異なる場所のあいだには今も広がっています。その隙間で折衷している、まさに東西の間と呼び得る位置には中国やインドがあり、日本はまた別の場所に立っています。日本は「東洋」という括りにも収まらない、独自の場所だということです。
現在、日本に多くの西洋人観光客が訪れるようになったのは、円安の事情もありますが、むしろ主語制言語を近代に高めてきた土地の多くの人が、述語的な感覚に惹かれて日本を訪れていると私は見ています。
これは想像以上に重要な問題であり、21世紀的な問題です。
ゆえに広範囲に論じなければならないことであり、述語界域に生きる者が担える、世界に対するひとつの役割として引き受けるものですが、その手始めとして、文化とカルチャーの概念を考える場合、日本文化は日本文化であり、ジャパニーズカルチャーではないと提唱します。
この感覚は、日本を訪れたことのある方々にとっては、言葉にしがたい「日本らしさ」というものについての本質部分を語っていると思います。
文化とカルチャーはイコールではない。
その視座から、今一度読者が日本での体験を見直すならば、きっとこれまで見えなかった新たな界域が拓けてくるでしょう。そこで存分に、読者には日本を発見して頂きたいと願っています。