無辺の円の概念The Boundless Circle: The Disappearance of ma under societyism
辺を持つ円は、常に辺によって規制を受けており、そこにおいて表出される概念は必ず辺による規制の範疇を脱しない。この辺は内的であると同時に外的であり、外的に強要されて生成されているわけではない。誰も搾取も剥奪もされていない。
この辺こそが、日本の深刻な病巣となってきた。辺を為政者が恣意的に設定する時、わたしたちは自由を失うのだ。だが辺が悪役なのではない、活用の仕方にこそ問題がある。
日本の文化史を振り返ると、辺は高度に文化を創造する源泉であった。例えば畳における縁、和室における敷居などの「境界」という概念は、それ自体が日本人の心の距離、他者から自然との関わりまでの全てを創造してきた。そこにshitsuraeに関わる「間」の文化が潜んでいる。
西洋的な視座から見ると、現在の日本は官僚主義的全体主義や社会主義に見える。だが、唯一納得がいくのは、ゼロ年代の最後に哲学者の山本哲士が述べた「社会イズム」である。これは社会主義を超えた、社会の生産・再生産自体が全ての目的と化す状態である。
社会イズムの実現において、生活者としての人間は消える。この時、人々から顔は消されていき、対人関係は歳月をかけて劣悪となる。
今の日本は、この最も劣悪な時点に到達している。全ての顔が消えているため、誰も信頼できない。唯一の物差しはソーシャルエージェントと化すことによって、その記念に社会から付与された数字、学歴や所属企業、役職である。そこに交通するのは信頼ではない、社会的信用である。
別の見方をすると、本来、円として辺を持ち内在化しなければならない社会が、いつの間にか無辺となって外延化し、気づいたら日本や日本人と言う大きな概念総体をも内在化させるほど、最も拡延することに成功したと言うことだ。
このように自律的に稼働する社会が厄介なのは、無辺であることを活用しながら、同時に人々を内在化から逃れさせない編制を随所に配置すること、そして同時に内在化された人々に対して、円を最大限に引き延ばした先には必ず絶対的な辺、言い方を変えると「地平」があると錯覚させたことにある。
しかし、その実態は矛盾めいているかもしれないが、無辺であり辺である。そして辺を活用する社会は、内在化した人々に対して次々と規則を与え、その無数の規則に人々を内在化することで、人々から人間を喪失させる能働的従属へと向かわせた。結果、皮肉な意味で、最も優秀な超全体主義を実現したのだ。
独裁を理想とする者の目には、これが理想の仕組みに映るだろう。何しろ、完璧に統率するのに予算が掛からない。最先端の管理テクノロジーも不要である。
この観点から見ると、現代日本は国家主義、民族主義、天皇主義、国民主義、社会主義ではない。
社会イズムが唯一の現実だ。ある意味、戦前から戦後の近代過程における諸々の政治イデオロギーは、全て社会を目的とすることに回収されてしまったと言え、そのための準備であったと言える。
内在化された人々は人間を喪失し、ソーシャルエージェントとして、人生そのものを全て消費する。問題の矛先が社会に向けられた時、社会はその瞬間に無辺と化して姿を眩ませる。この時、人々を狂わせる病巣が全く掴めないため、「得体のしれない不安」だけが緊張を高めて実生活を突き崩す。
一方で人々は四六時中、無数の閉ざされた円を同時に受けており、その無限に生産・再生産される無限ループの応酬によって、完全に疲弊し、行き詰まってしまった。
この時、日本の重要な文化概念であった「間」は、不要なものとなり、戦後の焼け野原や都市の路地裏など、日本の重要な文化的「間」は完全に失われた。
こうして日本人は現実における「間」を失い、世界に先行して「失われた間」を求めてデジタル空間へと一斉に退避した。ここから引き籠りが急増する。不穏なことに、いつの間にか「引き籠り」は世界言語でそのまま使用されている。
現在、各国は社会主義化する大きな動きに対して、強い反動を示す最後の段階に入っている。だが社会主義以上に、本当の問題はその先の社会イズムにあると日本から提言できる。社会イズムを表すならば、社会の全員が、ひとつの規則の体系の担い手として蠢く世界である。これは独裁者が理想とする非人間的世界そのものだ。
一旦、社会イズムに入ると社会自体は捉えられなくなる。「円」と「無辺の円」が共時的に動いているからだが、この段階に突入すると誰も逃れられなくなり、全ての目的は社会となる。そしてそこに人間はいない、居るのは近代化された人間の残骸である。それが、社会イズムのもとに現れる姿なのだ。
本来、限定的であるはずの辺は、どうしてここまで人々の生命を破壊するまでに拡大することができたのか。
その一つの回答として現れたのが、1968年に吉本隆明の発表した『共同幻想論』であった。