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歌舞伎の世界を描いた映画A Film of the Kabuki World

明治時代の歌舞伎界を舞台に、名門に所属する御曹司が真の芸を獲得するまでの人生の流転と、その影で静かに消えていく愛する女の存在。これは日本が第二次世界大戦に突入する寸前の最後の時代である1939年にリリースされた溝口健二による『残菊物語』です。映画は時代からの規制を避けられないものであると同時に、その規制に対する最もラディカルな反動という側面を持つ稀有なメディアです。中でも1930年代中期から後期にかけての日本映画はトーキーと呼ばれた「音声が入った映画」が勃興する中で、それまでの無声映画時代から、どのように映画の新たな表現方法を為すかが制作者たちに試行錯誤された時代です。この試行錯誤は、セリフが喋れるという新たな性格を日本映画においてどう適用するのが最も良いかという、制作者の激しい内的な思考格闘が見事に表現として反映された稀有な黄金時代を生む原動力となりました。

ただし、この時代の映画は黄金期と呼ばれる1950年代前期頃の日本映画とは、かなり質が違います。1950年代を代表する溝口健二の『雨月物語』(1953)や小津安二郎の『東京物語』(1953)、さらに黒澤明の『七人の侍』(1954)などの有名な作品は、戦後の技術的な革新を前提に撮影されているため、音もクリアで聞き取りやすく、映像美も優れています。しかし一方で、1930年代中期から後期にかけての映画技術は、音が聞き取りにくく、さらに当時のフィルムが第二次世界大戦の動乱過程で管理されていなかったことなどから、映像自体が劣化しているということが前提になります。ゆえに、どうしてもこの時代の作品は、とっつきにくいという感覚が抱かれて敬遠される傾向にあります。

それでもこの時代の映画は、言葉にできない直接的に心を揺れ動かす強烈な意志が、見る者に迫ります。一体、この正体は何なのかを探究するために、もう何年もこの年代の映画を片っ端から何度も見続けている私ですが、中でもこの『残菊物語』は象徴的な映画です。一般的に『残菊物語』を話の内容だけ見てしまうと、日本で言う「芸道」という閉鎖的な世界と、それに殉じた女性の悲劇的な献身を描いた物語だと見られてしまいがちです。こうした見方は、戦後の日本において高まってくる見方ですが、さらにこれに付随して溝口健二の評価も「女性を見事に描いた映画監督」という評価に偏っています。しかし、そうした考え方に私は違和感を感じます。なぜならば、こうした視座は大抵、この時代の映画制作者たちが表現しようとした「何か」という得体の知れない存在を、掴むための内的格闘を持たず、行わない安易な人々によって展開されているからです。そもそも、彼ら制作者にとっても言葉にし難い「何か」を表現する次元において、時空など存在しない位相で私たちは共通する普遍的な内的格闘を為す努力が要されるはずです。それが生きることですが、彼らはそれを最も真摯に見つめ、その腹の底に溜まる得体の知れない異物を映画表現において吐き出すことで「何か」に迫り続けたからです。世界中の傑作と呼ばれる映画が時空を超越する理由は、まさにここにあります。これが真理なのですが、その真理は掴まれていないが未だに流れ続ける深淵な海です。

この映画は、最近集中的に思考している「共同幻想/対幻想/個人幻想」の観点から読み解くことで掴み取ることができます。そこで今回は『残菊物語』のあらすじを辿りながら、この大きな幻想の動きという象徴的な世界を描ききった溝口の作品について見ていきます。特に『残菊物語』での幻想次元を見る際の注目点は、大きく共同幻想と対幻想の関係です。それは共同幻想が対幻想を侵食してゼロに達する過程で、最終的に対幻想の方が共同幻想に静かに消えていくという相当複雑な作用と働きを見せています。これは単純に共同幻想によって対幻想が失われたというようなものではありません。

物語の始まりは、明治18年の東京です。歌舞伎の名門を率いる尾上菊五郎の養子として歌舞伎役者となっていた菊之助は、華やかな人気を博して周囲から持て囃されていますが、全く実力が伴っていません。しかし、周囲の取り巻きや劇場の関係者、あるいは芸者たちは彼が名俳優・菊五郎の跡取りであるがゆえに、菊之助に実力が伴わず演技が酷くても、彼の未熟な芸を指摘せずに持て囃すばかりでした。菊之助自身はそうした環境で甘やかされて育ったため、誰も本当のことを言ってくれないことへの空虚さに薄々気付いてはいたのですが、ただ孤独な苛立ちを一人で募らせるだけで、実際に何か行動を取ることはできません。これは自分自身が菊五郎の外部に一人で出た途端、生きていくことができないということは理解しているからです。

そうした空虚さの中で夜風を浴びて歩いて帰っている時、河原で菊之助の弟の乳母であったお徳が、赤子をあやしているところに出くわします。お徳は空虚で孤独に陥っている菊之助に対して、ここで誰も言わなかった率直な言葉を投げかけるのですが、それは「今のあなたには華があっても芯がない」ということでした。この言葉は菊之助にとって初めて経験した痛烈なものでしたが、菊五郎の跡取りであるがゆえに誰も自分自身を見てくれず、飾り立てられた言葉ばかりで真実を語られないことへの違和感に悶々としていた菊之助にとっては、まさに初めて触れた他者からの真摯な視線でした。ここで重要なのは、この視線は生理的な視線ではなく、不可視の意味での視線だということです。

つまり、大勢の周囲の人々は菊之助に視線を向けているのではなく、菊之助の背後にいる菊五郎という著名な歌舞伎役者の名声とその一門、さらには菊之助が跡取りを約束されている未来にしか目を向けていないため、そこでは菊之助は非存在になっているということです。ただ周囲の人々にとっては、その菊之助の非存在に目を向けることによって、菊之助が菊五郎から襲名してその一門の長になった時に、自分たちの地位を担保してもらおうという政治的な思惑を適えることの明確な目的があります。ゆえに、その環境では菊之助自身が消えていますから、当然ながら彼に真実を語る者は一人もいません。するとその環境に放置された菊之助の存在は、そのまま彼らの思惑通りに実体のなき名声に溺れて腐敗するか、あるいは真実を求めて本当のことを言ってくれる人に出会うかの二つの道しかありません。自分自身を真に見てくれる人との出会いがない限り、そうした境地を個人が突破することはできないからです。その中で真摯に自分自身を見てくれていたのが、周囲の歌舞伎役者や家族ではなく、弟の乳母のお徳だったということです。この時、初めて触れた他者からの視線が、菊之助の内的な視線と交差する初源となります。これが対幻想の初発です。

この物語では、菊之助の有する個人幻想の位相での格闘を軸としながら、養父・尾上菊五郎という名門が形成する共同幻想、或いは歌舞伎の共同幻想など、個体を超えた大きな共同幻想の中に個人幻想が逆立して取り込まれる過程を描いています。逆に言えば菊之助は、この共同幻想に逆らわずに同化し、共同幻想の侵食によって個人幻想を消滅させることができれば、この名門の跡取りとして、それなりの地位で生きていくことはできるわけです。しかし、彼の個人幻想はその安易な道への葛藤を抱えていました。それは私たちにとっても重要な問題である「自分はこのままでいいのか」という、誰もが通過しなければならない問題だということです。この菊之助の内的で閉鎖的な個体が抱える格闘からの突破は、強い共同幻想を有する歌舞伎の世界においては極めて難しいものとなります。それが私たちが想定する会社や社会、あるいは国家の共同幻想次元であれば、転職、転居、移住などの手段で外部へ逃れる余地は多様に許されていますが、歌舞伎のような世界ではそれが許されませんから、その中で突破していかなければなりません。すると菊之助にとってのこの閉塞した状態とは、自分が押し潰されてしまい、自分がなくなってしまう感覚に等しいものとなります。この自分が完全に非存在になるような空虚な状態から離床するために唯一必要なのは視線の交差であり、そこから生まれる対幻想の世界です。ここがこの作品の要です。

こうしてお徳の誠実さに惹かれた菊之助は彼女に心を開き始めますが、身分の違いの恋であったために周囲の猛反対に遭い、結果、歌舞伎界での体面を重んじる菊五郎や家族が激怒して、お徳を外部に追放してしまいます。ですが、菊之助にとっては自らを窮地から救ってくれたのは菊五郎でも家族でも歌舞伎仲間でもなく、お徳だったことから、この措置に反抗します。そこで菊之助は、一門の名声や自らの安泰な未来という確約された共同幻想の世界を強化・延命させる道よりも、お徳と間に紐帯される対幻想を選ぶ行為に出ます。こうして菊之助は尾上家という一門の共同幻想の外部に飛び出します。ただし、強固な共同幻想から追放されてしまったお徳に会うことは容易ではありません。彼は手当たり次第に所在を訪ねますが、共同幻想側の尾上家からお徳を菊之助に会わせてはならないとする御法度が出ていたため、二人は出会えず、最終的に菊之助は東京での生活を放棄して単身で大阪に向かうことを決意します。これは菊之助が名声が確約されて予め準備され尽くしていた共同幻想から出離し、初めてその共同幻想が通じない外部に裸で立ったことを表します。この時、菊之助は個体の個人幻想の視座から、対幻想と共同幻想への強度を見直すという重要な段階に入ったのです。

ここで重要なことは、対幻想は関係の対象となる相手が目の前に実体として存在しているか否かは、実は問題ではないということです。対幻想の世界は、その人物が目の前にいなくても強烈に紐帯することができる濃度の濃い世界だからです。たった一人で大阪に出た菊之助は、ここで菊五郎の義弟のもとで修行します。しかし、この大阪は東京の尾上菊五郎の共同幻想は通用しない外部の世界です。これは東京側の江戸の歌舞伎と、大阪側の上方の歌舞伎は文化的性格を異なりながら発展してきた独自の歴史があるからです。ゆえに幾ら東京の名門の跡取りであっても、大阪の歌舞伎界では誰も知らない無名の役者となります。そのため、大阪では菊之助の未熟な演技に対して誰もが笑い、攻撃し、無視し、虐めるなどの散々な目に遭います。こうした状況は、菊之助が菊五郎の共同幻想に幽閉されていた東京の歌舞伎界では受けたことのない対応ですが、これが共同幻想の外部に出た人々が直面する現実だということです。つまり、特定の共同幻想の規制や黙契、さらにはそこに付随する評価の類は、一旦外部に出ると全く通用しないという世界構造になっています。

こうして修行を続けるも心労が絶えず、心が折れそうになっていた菊之助のもとに、一年経って菊之助のことが心配でならないお徳が大阪にまで訪ねてきます。ここでようやく二人の生活が始まるのですが、かつての東京での豪奢な暮らしではなく、極貧の中の暮らしでした。この幻想の姿が開始しているのは、最初から最後まで目の前で一緒に時を過ごさずとも、対幻想は紐帯するということです。ゆえに、二人の紐帯していた対幻想の力によって、徐々に菊之助は生命力を回復します。しかし、対幻想と共同幻想は位相が異なるため、共同幻想側からの作用は容赦ありません。これは対幻想という二人だけの幻想世界の事情を、共同幻想が全く関与しないことから生じます。菊之助を大阪で庇ってくれていた歌舞伎一門の義理の叔父が突如亡くなったことにより、今度は上方歌舞伎側の共同幻想からも菊之助が排斥される動きに向かうのです。なぜならば、大阪では菊之助の未熟な演技に対して誰一人認める者がおらず、また外部から来た人間が出自によって重宝されることに対する嫉妬が跋扈していたからです。こうして菊之助は遂に歌舞伎界から追放されます。この時に溝口が描いているのは、東京の尾上菊五郎が率いる歌舞伎の共同幻想からの追放、大阪の中村福助(義理の叔父)が率いた上方の共同幻想からの追放です。そしてこの二つの共同幻想が日本の歌舞伎の共同幻想の構成を占めていたため、菊之助はここで歌舞伎の共同幻想から追放されます。ここで菊之助が転落した時、各地を歩き回って小さな地方の劇場で演劇を行う当時「旅回り役者」と呼ばれた流浪の一座に身を投じなければならなくなったのです。

この旅回り役者の生活は、極貧の中で移動を続けるため、東京の豪華な世界で育った菊之助にとってはとてつもない冷徹な試練となります。大阪で歌舞伎役者として修行を行う頃、お徳はいかに困窮を極めようともその全てを受け入れ、献身的に彼を支え、自分の着物を売り、食事を削ってでも菊之助に芸の修行を続けさせようとしました。そうした泥沼のような生活の中で、菊之助の芸は徐々に肉体を獲得し始めており、生活の重みを帯びた本物へと磨かれていったのですが、それが花開くにはまだ歳月を要しました。その途中で歌舞伎界から追放されてしまったのです。これは象徴的に見れば、菊之助が一度死んだということです。

こうして旅回りになった菊之助とお徳は、急速に関係が悪化していきます。この要因は、お徳は菊之助に歌舞伎の世界に戻り、歌舞伎役者として活躍してほしいという想いを持っているのですが、菊之助は既にそうした理想に向かって格闘することが面倒になっており、全てを放棄して放埒に生き始めていたからです。これは菊之助とお徳の対幻想が、歌舞伎の共同幻想に対して強固な紐帯を獲得していたことを示しており、歌舞伎の共同幻想という対幻想が緊張感を持って対峙する矛先の幻想が消えた時、その存在意義が動揺するからです。つまり、二人の対幻想の強度が最高潮に達するためには、実は歌舞伎の共同幻想がなければならないということです。ここが幻想の面白いところです。原初の部族にとって対幻想と共同幻想は分離していなかったことの残渣です。

物語としてはこの歌舞伎の共同幻想を追放された菊之助を、再び象徴的に再生する段階が必要となります。そこでストーリーとしてはこの所属した旅回り役者の団体が地方巡業先の名古屋で崩壊したと設定されます。これによって二人は完全に生活の手段を失い、途方に暮れて安宿に泊まります。こうした過酷な生活が何年も続いた結果、お徳は病を患っており、二人はもはやこれ以上自分たちではどうすることもできない境地まで追い込まれていきます。ですが、この暗闇に全てが閉ざされたと思われた時、偶然にも彼らが滞在している名古屋に菊五郎の一座が来訪して公演していることを知ります。これを知ったお徳は、その一座で役者をする菊之助の旧友にこっそりと会いに行きます。結果、旧友と周囲の関係者の同意のもとで、お徳が言うように菊之助の演技に深みが出ているのであれば、一度この名古屋公演で使う最後のチャンスを与えることになります。それで評価されて改心した上で再び東京の菊五郎の家に戻るというなら、その対応を彼らは引き受けると約束します。しかし、ここで出された条件は、そうなった時にお徳が菊之助と別れることでした。それは、二度と会わないことを意味しています。そしてお徳は、この話を持ち込む時に既にその心を決していたのです。

菊之助を名門の歌舞伎界に復帰させて、正当な評価の上で菊五郎の跡を継ぎ、立派な役者になってもらうこと。これこそが、お徳の生きる目的であり、願いでした。つまり、お徳は苦労を経験して徐々に演技に深みが出てきた菊之助を、自らの間に紐帯されたままの対幻想の次元から本来存在すべき歌舞伎の共同幻想の世界へ還帰させることを自らの使命に生きていたのです。これが意味することは、お徳の死です。こうして名古屋の舞台に立てることになった菊之助が公演をしている最中、お徳はその最後の姿を見届けて見事な演技に感激すると、ここで自らの役目を果たしたことを悟り、自ら姿を消してしまいます。菊之助は活況の評判の中で東京に戻る電車の中でお徳が居ないことに激しく混乱しますが、お徳が自分を菊五郎のもとに返すために自ら身を引いたことを心の中では知っていました。こうして芸道に生きる男として、彼は一人で東京への帰還を行いました。

東京に戻った菊之助は、名古屋での大きな評判を手土産に菊五郎に許され、再び一門に戻る許しを得ます。これは共同幻想の世界に、強い個人として再び戻ってきたことを表します。特定の共同幻想における初期の追われた段階と、戻ってきた段階の菊之助の個人幻想の次元は全く異なります。初期の個人幻想は、共同幻想に対して抗うことができない未熟な存在でしたが、人生の試練を現実を生きて乗り越えてきた菊之助の個人幻想は、既に個人で共同幻想に対抗して立脚できるほど強い生命力を獲得していたからです。ただし、個人幻想と共同幻想の関係は常に逆立するため、個人幻想が共同幻想自体を一変させることはできません。なぜ、菊之助にこれができたのかと言えば、菊之助の個人幻想は対幻想のお徳を有していたからです。より正確に言えば、菊之助の個人幻想にはお徳の対幻想と、お徳の個人幻想が取り込まれていたからです。

既にこの時点で非存在となっていたお徳との間に紐帯された対幻想の強度があるからこそ、再び共同幻想に戻った時、菊之助にしかできない演技ができるようになったということであり、これが古くから日本で「芸」を為す者に課せられた大仕事だということです。これによって東京で歌舞伎の世界に戻った菊之助は、菊五郎の一座が巡業で大阪公演に向かう中に同行し、かつて散々な目に遭った上方歌舞伎の本場である大阪で復帰舞台を与えられるクライマックスへ向かいます。この公演で拍手喝采を受けた彼は名実ともに一流の役者となり、菊五郎の跡目に相応しいと見做されて歓喜の中心に居たのですが、当時、上方で歌舞伎役者がこうした評価を受けた時は、晴れやかな「船乗り込み」の日という独自の文化がありました。これは役者を乗せた船が大勢で大阪の道頓堀川を進み、沿道の聴衆から歓喜の声に包まれるもので、今の祝勝パレードのようなものです。

こうして船に乗る寸前、菊之助の前に一人の男が現れます。それが大阪時代にお徳と共に暮らしていた家の家主の男でした。彼は菊之助が大阪に居ることを聞きつけ、お徳が今もその家に居るが、病によって危篤だという知らせをもたらしたのです。その家は熱狂する喧騒の裏手の粗末な長屋で、お徳は病に伏しており、死の淵を彷徨っていました。彼女も菊之助の復帰公演があったことは知っていますから、遠くから聞こえる囃子の音に耳を傾け、菊之助の成功を確信して静かに息を引き取ろうとしていたのです。大活躍した菊之助は大阪の上方歌舞伎の礼儀である「船乗り込み」の先頭で華々しく祝義を受ける大役を賜っていましたが、お徳が大阪に居ること、そして危篤になっている知らせを受けて激しく動揺します。しかし、ここで危篤を聞いたことで困惑している菊之助に対して、かつてお徳を外部に出した菊五郎が「今のお前の芸があるのは、お徳がいたからだ。もうお徳を嫁に迎えてもいい」という許可を与えたのです。

これは共同幻想が対幻想にひれ伏したのではなく、共同幻想と対幻想が非常に高度な次元で緩衝し、共存した瞬間を描いたとてつもない次元の映像表現です。溝口が『残菊物語』で描いたのは、まさに菊五郎が率いる歌舞伎の共同幻想という絶対的な存在に対して、菊之助とお徳の対幻想が対峙し得て、その激しい緊張関係の中で共存したという決定的な世界です。この実現は即ち、お徳が死ぬということを意味します。

菊之助がお徳のもとに駆け付け、遂に菊五郎が結婚を許してくれたと危篤状態のお徳に伝えると、お徳は感激しながらも、それでも今の菊之助は共同幻想側を支えてくれる大阪の聴衆の人たちに顔を見せなければならないと告げます。菊之助がすぐにでも死去してしまいそうなお徳のもとを離れられずに躊躇しますが、お徳の強い説得で菊之助は「生きていてくれよ」という言葉を残して去ります。こうして菊之助が船の先頭に経って聴衆から喝采を浴びている音の中で、お徳は息を引き取るのです。この表現は見事で、お徳が病み伏す窓から菊之助を讃える聴衆の歓喜に包まれて、お徳は静かに息を引き取ったのです。

この対幻想の世界の描き方は、言葉を失うほど素晴らしい。お徳の個人幻想は菊之助と対幻想を紐帯することに全てを捧げ、その対幻想は菊之助が自らの未来を諦めないための力を生み出しました。お徳は、菊之助が本来存在するべき共同幻想の尾上菊五郎の世界に再び返すという大役を遂げた時、実存としての世界を自ら消滅させたのです。いや、それを維持する力は残されていなかった。これは、そこまで個人幻想を消滅させなければ為し得ないことです。一方で、菊之助との対幻想を強固に紐帯していたことによって、お徳の非存在は菊之助側に宿ります。これは対幻想の世界が菊之助側の個人幻想に入り、尾上菊五郎の共同幻想に対峙する力を生んだという非常に特異な現象を生み出したということです。

そしてこそれこそが、私たちが『残菊物語』を傑作と考え、心から言葉にできない感激を受ける理由なのです。