C:\SHITSURAE\> TYPE SJ228.TXT

SJ228.TXT2025-11-2032KB

仲代達矢の逝去と個の哲学The Passing of Tatsuya Nakadai and a Philosophy of the Individual

日本映画史において私が最も敬愛する俳優、仲代達矢が今月8日に逝去しました。

彼は、三船敏郎や萬屋錦之介らに代表される、当時の「強いイメージ」で押し切る俳優ではありませんでした。非常に柔軟で、映画というメディアそのものを自在に横断しながら、自らの生き様を通して日本映画を再定義し、再構築することのできた稀有な創造者でした。

この「創造」とは、単に映画制作に深く携わり、多数の作品を残したという意味ではありません。彼自身の生き方――日々何を考え、どう生きていたかという実際行為(pratique)そのものが、見事に日本映画自体を新たな次元へと再編集していったという意味において、極めて重要な存在だったのです。

仲代達矢という俳優が去ったこと。それは、1930年代頃から始まった日本映画の勃興期における「完全な終結」を意味しています。もはや従来の映画制作や古い価値観ではなく、全く新たな「個人の時代」という象徴的なフェーズに入ったことを示唆しているのです。

彼の生き様はそれ自体が哲学であり、混迷を極める現代を生きる私たちにとっても、非常に重要な学びが散りばめられています。幸いなことに、私たちは今も映像として残された彼の作品を通じ、その哲学を深く学ぶことができます。これこそが、映像メディアの最大の強みだと言えます。映像が記録されることの素晴らしさは、こうして時空を超え、一人の人間の生き様を哲学として、現在を生きる自分自身に同化できる点にあります。これを「超-時空のリミックス」と捉えるならば、私たちはそれらを存分に取り込みながら、時代に応じて各人それぞれに合った「豊かさ」を、この21世紀において新たに構築していかなければなりません。

20世紀までは、「誰か」が用意した豊かさなどの価値観を消費するだけで人生を進めることができました。しかし、ここからの時代を生き抜く上では、こうした旧来的な価値観を見直すのではなく、根本的に、地殻変動のように地盤自体を入れ替える必要があります。それも、個々人がそれぞれに行わなければなりません。大情報化時代を肯定的に捉えるならば、私たちは人類史上初めて、信じられないほど膨大な「記憶」に触れ、学ぶことのできる時代を生きています。これを活用しない手はないはずです。

ここで注目したいのは、仲代が俳優として哲学の中心に据えていた二つのテーゼです。それは「役者は他者になりきる」こと、そして「役者の基本は人間を見つめる目を持つこと」。

この二つの哲学は、彼が主宰した俳優養成所「無名塾」においても徹底されていたものであり、役所広司をはじめとする優れた俳優たちがそこから輩出された背景でもあります。そして今回、私が特に焦点を当てたいのは、彼が「他者になりきる」ことの根底に「人間を見つめる目を持つこと」を据えていたという視座です。

これは非常に示唆的です。なぜなら、現代人がここ20〜30年で大きく喪失してしまったものこそ、この「人を見る」という行為であり、人類史を通じて育まれてきた本質的な人間関係の構築能力だからです。「人を見る」行為を個々が取り戻すことによって、大きな革命が起こります。根底において「人を見る」ことが軽視された結果、そこから形成される社会への結びつきがおろそかにされ、あるいは無視されてしまっているのが現状だからです。「人を見る」行為を回復することは、現代に対する最も重要なアンチテーゼとなり得ます。これは非常に前衛的な意味を、ここから2030年代にかけて持つことになり、かつ新時代の生存戦略としても極めて重要性を帯びてくるでしょう。

AIによる無人化や技術的特異点が加速する中、現実問題として誰もが「無人化」の潮流の煽りを避けられないことは既に承知しています。しかし、既に加速している無人化社会が発展し、同時に人類規模で心身が不安定化する2030年代において、生存のための極めて重要な要素となるのは、やはり「人を見る」という真摯な能力に集約されると考えます。

よくAI時代の生存について技術的な側面ばかりが注目されがちですが、私たちの遺伝子は1万年前から0.1%程度しか変わっていないのですから、そうした本質的な部分をもっと重視すべきです。現代に即して単純化して言えば、あまりにも利己的になりすぎた人類一人ひとりが、その「利己的であった時代(20世紀)」を深く反省し、そこからいかにして利他的な関係を取り戻し、次なる社会のビジョンを描いていくか。その視座そのものが問われているということですが、この時、社会を「構築」するという視座自体も前時代的に感じるため、むしろ次なる社会へと「変容」させていく視座が要点になるでしょう。

ただし、どうしても国や地域の歴史は大きく異なるため、ある国・都市などで成功した事例が、そのまま輸出可能だとは限りません。グローバリゼーションが犯した大きな過ちは、ここを軽視し、見誤った点にあります。実際、現在日本のあらゆる場面で直面しているのが、まさにこの問題なのです。個人的にも各地を巡っていて強く感じるのは、「人を見る」ことのできる人間が非常に少なくなってしまったということです。これまで忘却されてきたようにも感じますが、そもそも日本は欧米とは歴史的背景が大きく異なり、育まれてきた文化や価値観のコンテクストも異なる位置にあります。日本・朝鮮・中国との歴史的関係に比べれば、日本と欧米の歴史的関係はまだ浅いのです。そうした中での相互理解がいかに難しく、いかに無数のずれを抱えていることか。それぞれの文脈をどのように現代において理解・昇華していくかは大きな要素ですが、ここでよくある勘違いは、先に大きな「社会」や「国」あるいは「世界」という母体を見てしまい、そこを変えようとしてしまうことです。この100年ほどそうした傾向が強かったように思えますが、私はその根底にあるのは当事者自身の「焦り」だと見ています。内省が起きていない、あるいは強度が弱いことからくる焦りが、短絡的な行動へと駆り立てるのです。

この誤謬を解く鍵となるのが、儒教の経典『大学』にある「修身斉家治国平天下」という有名な教えです。「天下(世界)を平和に治めるには、まず自分の国を治めなければならない。国を治めるには、まず自分の家を整えなければならない。そして家を整えるには、まず自分の身を修めなければならない」という本質的な教えです。つまり、世界を変えるための起点は、世界を変えようとする意識にあるのではない。実は徹底して「修身:自分自身を律し、高めること」にあるという絶対的な順序を説いています。しかし、儒教の経典にまで書かれている先人の叡智にも関わらず、日本の近代化、そして過去30年間のグローバリゼーションは、このベクトルを完全に反転させてしまいました。いわば「修身」と「斉家(足元)」を飛ばし、いきなり「治国」や「平天下」といった大きなシステムをハックしようと試みたのです。その結果、最も重要な「自分(Self)」というOSが空洞化したまま、社会システムだけが肥大化するという歪な構造が生まれました。この典型的な倒錯によって、疲弊が深まる構造の中にあるのが今の日本です。

日本・朝鮮・中国の人々にとって、この儒教的コンテクスト――特に江戸時代の朱子学以降、統治原理として利用された側面も含め――をどう再解釈するかは、未来を思案するためにも重要です。特に南宋時代に生まれた朱熹による朱子学は、孔子や孟子が説いた「自らへの内省」という適切な回路を遮断し、「修身斉家治国平天下」のベクトルを反転させました。「上には逆らわない」、あるいは「社会が変われば自分も変わる」という、個人を国・為政者・社会の付随物に陥れる思考です。これにより、個人から能動的な姿勢が失われ、受動的な姿勢だけが残ってしまった事実があります。これは統治原理としては極めて為政者に都合の良いものであり、これが機能したからこそ江戸時代は約300年も維持できたわけですが、あろうことかこれが現代日本においても地下水脈のように続いており、深刻なバグの源泉になっているのです。

ここを前提とすれば、そもそも自分が消えている、あるいは自分が為政者・国・社会・会社などに従属した状態で、他者を見ることができるはずもありません。こうして厄介なことに「人を見る」という言葉自体が、この誤った朱子学的構造内では、利己的に自分の要求を相手に押し付けるという意味に変質してしまい、しかもそれが正当化されています。明治以降、西洋の「個人主義」が輸入されてから150年経ってもなお、個人主義が「単に自己主張が強いこと」と受け取られがちな根本事情も、ここに通底しています。

本来の「個人主義」とは、決して「好き勝手に振る舞うこと」ではありません。西洋における個人主義の背景には、キリスト教的な「神」との一対一の契約や、ルソー的な社会契約の概念があり、他者や社会と対峙する前に、まず自分自身の内側に絶対的な「規律(コード)」を持ち、孤独に耐えて自律するという重い責任(Responsibility)が前提にあります。しかし日本では、この「内なる規律」というOSと切り離されて「自由」という側面だけが受け取られやすく、個人主義は「他者に自分の感情を受け止めてもらうこと」へと傾き、「わがまま」という言葉と結びつきました。つまり、日本と西洋とでは個人主義が育った文脈が異なり、その文脈の違いから「個人主義=わがまま」という読み替えが広がったのです。「修身」なき個人主義は、単なるエゴの暴走に過ぎません。仲代達矢が体現したのは、当然ながら後者ではなく、強烈なまでの自己規律に裏打ちされた、真の意味での「インディビジュアル(個)」だったのです。彼の生き様自体を、日本的個人主義の素晴らしさと定義することは可能です。

こうした時代の諸問題に対して、仲代達矢の「俳優としての生き様」は、まさに時代に迎合せず、ここを完全に突いていました。「役者は他者になりきる」「役者の基本は人間を見つめる目を持つこと」という彼の哲学は、極めて「修身」的なアプローチであり、現代への強烈なアンチテーゼでした。注目すべきは、彼がそれを当時の学生運動などに象徴される社会運動として提唱するのではなく、あくまでも自らの生き方を通して革命を起こす姿勢を生涯貫いたことです。彼は、社会やシステムを論じる前に、まず自らという「個」を徹底的に磨き上げることで、逆説的に普遍的な人間像(他者)へと到達したのです。

これを象徴する事実があります。かつての日本映画界には「五社協定」という絶対的なシステムが存在し、俳優を各映画会社の専属として管理・拘束していました。しかし仲代は、この鉄の掟に屈することなく、生涯を「フリーランス(無所属)」として貫きました。組織の看板ではなく、己の肉体と「技術(修身)」のみを武器に、黒澤明、小林正樹、成瀬巳喜男といった巨匠たちの現場を自在に渡り歩いたのです。彼が演じた浪人や無頼の徒が、あれほど現代的でリアリティを持っていたのは、彼自身が高度成長期という管理社会の中で、たった一人の「個」としてシステムと対峙し続けていたからに他なりません。だからこそ、俳優として稀有な存在に昇華できたのです。「人を見る」ことができるということは、自分自身を誰よりも内省していることの証明だからです。自分自身と徹底的に向き合った人間だけが、初めて人を真摯に見ることができる。その中で生まれてくるのが、吉本隆明が説いた「自己幻想」「対幻想」「共同幻想」の次元へと通底していく視座だと私は考えています。

今では儒教のコンテクストが強い東アジアに限らず、世界的にこの思考は重要な意味を持ちます。『大学』が説く通り、順序を間違えてはいけません。世界を変えるには、まず「自分で自分を取り戻す」ことに始まる。これが2030年代を生き残るための重要なキーワードになると予感しています。そのためにも、まだ激動の動乱が始まる最後の準備期間と言える今、自らの健康を取り戻し、ドーパミン中毒から離脱し、自分自身にとっての豊かな人生とは何かを徹底的に追求するためのリソース(時間・お金)を、誰にも言わずに密かに注いでいかなければなりません。なぜならば、大勢の人々は既に不安定な動向に流され、正気を失っているからです。その準備を終えるまで、他人や社会に翻弄されていてはならないのです。現在、米国でも急速に食の再定義が始まっていますが、政府主導ではなく、自らの健康は自らで取り戻すことの強い意志がなければ、ここから先生き残ることは極めて困難でしょう。

極端な言い方をすれば、私がここで述べてきた「日本」「日本人」とは、「日本政府」のことではありません。しかし奇妙なことに日本では、この「日本」と「日本政府」がイコールになってしまっており、政府の腐敗や衰退の未来が、そのまま個人(日本人)の未来に重ねられ、同化してしまっている実情があります。この幻想を打破するためには、個々の内省に向かった人々から発せられる内的な革命が必要です。その革命とは、政府を倒すといった前時代的なものではなく、あくまでも超極端に個別化される時代において、自分が自分を「修身」し続けることに集約されます。その上で「人を見る」ことを自分自身の生活において真摯に向き合えば、新たな未来を開く可能性が見えてくるでしょう。

事実、日本映画界で言えば仲代達矢もそうですが、三船敏郎や萬屋錦之介、さらには高倉健に至るまで、日本映画史に名を残すトップ俳優たちは、自分と徹底的に向き合うことを生き様として貫きました。だからこそ、日本のスター俳優として死後も敬愛されるのです。彼らは内省を徹底していたため、共演者やスタッフ、エキストラの一人ひとりに至るまで決して軽視せず、誰に対しても同じように接する真摯な態度を完徹できました。まさに「修身」ができていたからこそ、「人を見る」ことができたのです。これこそが「修身斉家治国平天下」の実践であり、こうした姿勢にこそ、私たちは改めて最注目し、ここから始まる激動の人生に対する生存戦略のヒントを見出していかなければなりません。

仲代達矢の死は、それを貫くことの充実と豊かさを、混迷の時代を生きる私たち後続に教えているように思えてなりません。今週末は、彼が「眼」だけで世界と対峙し、映画の文法を大きく変容させた映画『切腹』、あるいは『乱』を、静寂の中で再生してみてください。そこには、私たちが失った「個の解像度」が、残酷なまでに美しく記録されているはずです。