門司港と下関:予測不能な時代のミニマリズムMoji Port and Shimonoseki: Minimalism in an Unpredictable Age
今日は門司港、下関、門司港と動いています。これまで、日本の一つのライフスタイルとしてミニマリズムが注目されてきましたが、単に物を少なくして豊かに生きるということ以上に、現代では予測不能のリスクに随時瞬時に対応して生き延びる必要があるはずです。実際、現在私が調査旅で使っている装備は非常に軽量小型で、大半の人々はこの装備だけでこれほど動き回っていることに驚くほどです。感覚で言えば、友達に会いに行く程度の荷物でこの旅を続けているのです。そして最近は、その傾向がより一層強まってきました。突如訪れる豪雨や台風などの自然災害を回避しながら動き回るためには、すぐに動ける準備と心構えが何よりも重要になっていると感じます。それは第一に、自分が速度を上げて動くためにツールを最適化することにかかっているのです。つまりツールを最適化し、その上に自分の思考とライフスタイルを変えていく。この試行錯誤の繰り返しこそが、現代社会に最も必要なことに思えてなりません。
実際、昨日突然台風に変わった熱帯低気圧が鹿児島沖に上陸するというニュースが出たとき、当初は北部九州を横断して西日本から北陸、関東へ直撃するという経路が示されました。本来であれば今日は東京で用事を済ませ、金曜日の夜には大阪に戻る予定でしたが、その進路予想を見た瞬間、東京の予定をキャンセルし、大阪に戻る予定を土曜日に変更しました。その後台風の進路を注意深く見極めると、北九州はほとんど影響を受けず、台風は大分から四国、関西南部、関東へと抜けるルートに変わったため、私は北九州にとどまることを決めたのです。結果的に昨日は少し雨が降っただけで、今日は心地よい青空が広がり、風は強いものの全く影響を受けず、快適に過ごすことができています。
さらに日本は、世界のマグニチュード6以上の地震の約20%が発生する世界有数の災害大国です。つまり、これまでの日本文化を通じたライフスタイルの提示と言う次元を超えて、今後は世界有数の災害大国である日本、そしてそこに暮らしてきた長い知恵を持つ日本人の新時代のライフスタイルが、大きな文化として世界的に注目される時が来るように感じます。
例えば、豪雨や台風を回避するには、それなりに雲の動きを詳細に予測して動けば回避できますが、地震の場合はそうはいきません。ホテルを転々としながら各地を調査する場合、突如地震が起きることは十分にあり得ますが、荷物を最小限にすることでここに対応することはできます。実際、私は宿を出ると決めてからチェックアウトまでに5分もかかりません。これは、引っ越しが5分以内にできるということでもあります。このように身軽に動けるようになると新しいアイデアがどんどん湧き上がり、見えない古代史を調査する私にとっては非常に良い効果をもたらしているのです。そのため「大体この辺りを調査する」という大まかな方向性は決めていますが、詳細なスケジュールは決めず、その都度自分の心と向き合いながら行き先を決めます。ホテルも当日以外はほぼ予約せず、気分が変わって別の地域に動くことも度々あります。こうして、その場その場でできることを続けていく積み重ねこそ、新たなライフスタイルにおいて最も重要だと感じています。
今日も動き回る中で様々な人々と話していて、特に印象に残ったことがありました。下関は山口県ですが、ここはかつて長州藩に属していた場所で、明治以降には多くの政治家や要人を輩出しました。そのカフェに二人のスーツ姿の男性が入ってきて名刺を店主にしていたのですが、彼らは自民党の政治家の秘書官でした。オーナーの女性が山口県の自民党後援会と深い関係を持ち、政治的な支援も行っていると話してくれました。これはある意味で近代以降の山口県の伝統といえます。
山口県と自民党の結びつきは、日本政治史を理解するうえで大きな意味を持ちます。特に安倍晋三の存在はその象徴であり、彼自身は東京で生まれていますが戸籍は山口県にあり、長州藩以来の系譜が権力を維持してきた最後の名残です。しかし、彼らが帰ってから、その場にいた80代の地元女性が「もう自民党も終わりだ」とつぶやいたことは印象的でした。なぜならば、山口県の人がこのような発言をするのは大問題だからです。地元の人々がそのように感じ始めているということは、長州以来続いてきた権力体制の維持が難しくなっている兆候であり、これは明治維新以降の歴史における大きな変動の予兆だと考えられます。日本は戦後において事実上の一党独裁が続いてきましたが、その内実は派閥です。特に安倍晋三が率いていた清和会の影響が高まった2010年代は、財務省・経産省をはじめとする官庁の縦割りや、外交・安全保障の構造との絡みなどが日本全体の衰退を加速させ、結果的に今日の日本人の極端な疲弊を招いています。つまり、人災です。そもそも山口の街を歩いても活気はないですが、今もこのように自民党支持者の多い保守地域の山口が変わるか否か、そこに日本の次の変化が目に見えて現れているのです。
そして、門司港から下関までは、フェリーで5分の距離ですが、この下関港の「唐戸(からと)」という地名は、古来から海を渡ってきた人々の集落を意味するもので、大陸や半島とつながる人々が行き交う拠点だった歴史を物語っています。実際に歩いてみると、さまざまな土地につながりを持つ人々の気配が街に息づいていて、この土地がゲートウェイとして機能していたことを実感できます。
そして旅をしていると、現代では、同時に自分にとっての豊かさをどのように作り上げるか、それをどこで作るのかということが非常に強く問われているように感じます。しかし、パンデミック以前とは異なり、豊かさとはどこの国や地域にいるかではなく、自分が心から豊かに時間を過ごせる場所を見つけ、そこで霊力を回復して次へ進み続けることにあると感じます。超高速に流れる現代の時間と、まるで時間が存在しないかのようにゆったりと流れる時間。その両極に身を置き、瞬時に動き回れる人間こそが、今後の世界で強くなっていくのだと、ゆったりとした時間が流れる素敵なカフェで白い壁に反射する太陽光の移ろいを見ていると実感します。まさに、もののあはれです。