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小倉と門司港を歩くWalking Kokura and Moji Port

今日も北九州の小倉と門司港を行き来しています。何度か車で通り掛かったことはありましたが、実際に街の中を歩くのは今回が初めてでした。現在では合併されて北九州市となった小倉という街は、古き良き日本の名残をかろうじて留める、今や日本ではほとんど見られなくなった場所のひとつに思えます。実際、ここから1時間ほど西に向かうと九州最大の都市である博多に出ますが、日本全国の各都市を巡っている感覚で言えば、博多はやはりコンパクトでありながら人が多過ぎる印象があり、一方で小倉はさらにコンパクトで高層ビルも非常に少なく、人の数も「ちょうど良い」と思える規模で収まっており、その雰囲気が他の地域とは大きく異なっています。

日本中を巡っていて感じるのは、もちろん世界の先頭で突入した少子高齢化から超高齢化社会への流れです。実際、消滅可能性都市のトップに挙げられる秋田県・岩手県・青森県などは、人が「少ない」というより、事実上「消えている」と言った方が正しく、この流れは他の地域にも広がりつつあります。最近訪れた徳島や和歌山でも同じような雰囲気を感じました。しかし小倉も、かつては100万人都市として栄えた時代がありましたが、今では100万人を切り、人口減少が問題になっているのは他の地域と変わりません。それでも「都市としての適正サイズ」、それを特に『日本人の心の距離感』という観点から考えると、暮らしに最も適した規模を保っているは小倉なのではないかという気がします。実際に街の人々と話してみても、若い世代であっても心にまだ余白があり、その余裕が笑顔や快活さにつながっていて、日本の都市から失われた日本人の心の豊かさが、まだ残っている唯一の地域なのではないかと感じます。

私が小倉に来た理由も、古い友人がこの街を非常に気に入り、何度も勧められたからでしたが、実際に訪れてみると彼の言葉がよく理解できました。小倉にはこの20年で日本各地から急速に失われた風景や人々の温かさ、豊かさや笑顔が残っており、もしかすると日本で唯一そうした魅力を保つ都市なのかもしれません。ただし、北九州市を含め福岡や大分を巡って感じるのは、人が増え、暮らし方の異なる人々が行き交う変化の速さに、街の仕組みが追いついていないということです。観光や受け入れが急速に広がる一方で、土地の人々の暮らしの実感から離れたところで制度や発令が決まり、「多様性」や「共生」という言葉だけが先に立つ場面に、土地の若者たちは戸惑っています。多様性や共生とは、言葉を掲げることではなく、異なる者どうしが同じ場所で、互いの違いを保ったまま暮らす中で静かに育つものです。誰かを優先する仕組みへの苛立ちは、小倉のように豊かさをまだ残している地域でも強く感じられるようになってきました。

そもそも、小倉はかつて関門海峡の玄関口として瀬戸内海に入る要所であった歴史がありますが、現代の小倉は、「失われゆく心の豊かさ」が最後まで息づいている場所のように思えてなりません。つまり、小倉の今は、日本の都市がこれからどこへ向かうのかを映す指標となっていると言えます。事実、東京や大阪、さらには京都などの大都市圏では、すでにこうした気質は見られなくなり、観光客の急増に対して統制のとれた仕組みが整わないまま、街の暮らしが後回しになっていく構造が進んでおり、そこに住む人々の戸惑いは日に日に高まっています。その流れが小倉にまで及ぶ可能性がある以上、今後大きな社会の変化につながっていくでしょう。

ただし今回巡っていて感じることは、他の九州の都市と比べると、小倉は街の速度がゆるやかで、人と人の距離がちょうど良いということです。その意味でも、暮らす人にとって快適なのだろうと思い、実際私も今回そのように感じています。無数の異なる文化との交わりの歴史を持つ北九州が、これからどのような変化を迎えるかは、日本の都市の未来を左右するかもしれません。小倉は、都市生活の中に「豊かさの残る」場所のひとつと言え、そこに暮らす人々との交流を通じて、失われたものを取り戻すきっかけを与えてくれているのかもしれません。しかしそれがこれから何年続くかは分かりません。実際、街は大きな転換点を迎えており、高齢化は言うに及ばず、中心部から少し離れた場所のシャッター通りなど、衰退の兆候も明らかです。

今後、小倉が都市の衰退を映す指標となるのか、それとも新しい潮流を生み出して日本全体の道を照らすのか。いずれにせよ、大きな決断が迫られる時期はそう遠くないように思えます。関門海峡を挟んで山口や門司を眺め、人々が風に吹かれながら歩き、船が行き来する姿を見ていると、かつての穏やかな日本の風景が思い出されます。しかし同時に、予期されなかった台風が今朝鹿児島沖で急速に発達し、ここから日本を横断する現状を考えると、現代で不穏な変化は突如として現れるのかもしれません。

急速に変わっていく街の姿を前に、何を拠り所にすればよいのか分からず戸惑う人々がいます。その一方で、新しく来た人も古くから暮らす人も、それぞれの文化と歴史を携えて、同じ海峡の風に吹かれています。相反するものが同じ場所で共に在る、この緊張と可能性は、世界的潮流も絡まりながら、今後日本に大きな変動を及ぼすだろうと北九州を見ていると感じます。

穏やかな関門海峡は、台風直前の不穏な静けさに包まれています。