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動画『スサノオ』と陽明学Susanoo and Xu Fu

今回の記事では、冒頭に発表した動画のストーリーのコンセプトについて書いていきます。この動画『スサノオ』は、古事記に登場する『スサノオ(須佐之男命)』をモチーフとし、私自身のこれまでの調査を踏まえて制作しました。スサノオは日本神話で最も重要な神であり、日本各地に多様な伝承を残しています。

私はAI時代の動画制作を3月頃から本格的に始め、その後のAI技術のアップデートに応じて自らのアイデアをどのように表現できるかを日々思考し続けています。より正確に言えば、現状の技術でどこまで日本を表現できるかを最重視しています。そのため、今回は大幅にアップデートされたGoogle Veo3を導入し、Runway Gen4との性能を比較しながら制作を行いました。

この動画は着想から完成まで二日かかっていません。制作開始が金曜日の晩、完成が土曜日の晩、発表が日曜日の昼です。このように、AI時代は誰もがある程度の質の動画を最速で制作・発表できることから、まずは私自身の個性を徹底的に理解するかが生存の鍵だと考えています。つまり、世界的に語られるAIが職業を代替する衝撃以上に、実はAIを駆使する人間がAIを駆使できない人々を代替しているのが現在だと位置付けています。その二極化にコード化されているのは、アイデアです。

人類、国家、社会などの大きな母体集団を見る以前に、まずは私自身を徹底的に理解し、その深い精神性である『内』を育みながら、同時に『外』で生じる社会変動やテクノロジー進化を状況に応じて取り入れ、そこを分離させずに非分離で表現すること。これが私の基本的な考え方ですが、ここで読者が意外に思うかもしれない私の参照点は、実は中国の儒教の考え方です。

特に、日本史で重視されてきたのは『礼記』の中の一編である『大学』という書物です。前漢の儒学者・戴聖が編集したと伝えられ、全49篇から成る『礼記』は、『周礼』『儀礼』とともに『三礼(さんらい)』と呼ばれ、儒教の重要概念の一つである『礼』に関する三大典籍の一つとして重宝されてきた歴史があります。後に北宋(960-1127)に由来する新儒教の大きなムーブメントが起きますが、やがて力点は北宋から南宋(1127-1279)に移行し、そこで後の日本に絶大な影響を及ぼすことになる人物が登場します。それが朱熹(1130-1200)です。

まず重要なことですが、中国側では朱熹の学派は独立的な扱いはなく、朱熹に影響を与えた北宋の程顥(1032-1085)と程頤(1033-1107)という兄弟の儒学者と共に『程朱学』と呼ばれます。しかし、後に日本側に伝来するとその文脈は取っ払われ、日本では朱熹の学派だけを奉祀する『朱子学』として樹立されていきます。つまり、日本は北宋の儒教の考え方よりも、南宋の考え方に強い影響を受けているということです。

この北宋ではない南宋の日本に対する影響は、儒教に限りません。例えば、日本の水墨画は南宋の画風に強い影響を受けてきたこと、さらに南宋で発展した禅宗、それに伴う喫茶文化(茶道の源流)など文化的影響が南宋に由来することからも明らかです。そして朱熹は、従来の『礼記』から『大学』を独立させて重視する必要性を説きますが、ここで最も重要なのが『修身斉家治国平天下』という考え方です。

この考え方を巡って朱熹の時代から中国側でも激しい論争が起きているのですが、特に朱熹による『大学』の恣意的解義に含有されているイデオロギーを見抜き、反動的な立場で新たな儒教の解義を行う稀有な人物が登場します。この人物は、江戸時代において圧倒的な学問の主流派であった朱熹由来の朱子学に対する、いわばカウンターとして日本に絶大な影響を及ぼします。それが、王陽明(1472-1529)です。

明(1368-1644)の時代に儒学者・政治家・軍人・書家として幅広く活躍した王陽明は、それ以前の程朱学に対する強い反発を持ち、独自に朱熹の重視した『大学』の解義を見直し、全く異なる視座から『大学』を打ち立てます。ここでは詳細は省きますが、簡潔に言えば朱熹の分離思考に対して、王陽明は非分離思考からの儒教解釈、すなわち孔子の深い理解を要求したのです。象徴的な両者の考え方の差異は、特に朱熹の『先知行後』に対する王陽明の『知行合一』に顕著です。これも相当な洞察が要される箇所ですが、今回は読者に伝えるために『朱熹=先知行後=分離型思考』に対する『王陽明=知行合一=非分離思考』と提示しておきます。ここから前者を『朱子学』、後者を『陽明学』と呼びます。この二つの学派は中国に限らず、日本にも深淵な影響を未だに及ぼしているため、日本の洞察においてこの両者の理解は必要不可欠となります。

事実、徳川家康(1543-1616)が若き林羅山(1583-1657)を登用して新たな体制哲学を朱子学で樹立して以降、強固な徳川幕府のシステムは朱子学によって支えられますが、江戸時代は学者や庶民に対して学問の規制は緩かったことから、この陽明学が日本に伝来すると、密かに一部の人々に影響を与え始めます。特に林羅山の師匠であり、元々家康より新たな体制哲学の先頭に立つことを依頼された藤原惺窩(1561-1619)は、既に陽明学からも深い影響を受けていました。彼自身は老齢を理由に家康の依頼を辞退して、弟子の中で最も優秀な羅山を推挙しましたが、この陽明学の影響はオルタナティブな系譜として着実に育まれていきます。

実は、私も陽明学に強い影響を受けている一人です。この陽明学についても今後Shitsuraeで少しずつ扱っていきますが、日本では時代が大きく変動する時になると、朱子学が支える体制イデオロギーに対して、陽明学に影響された人々が躍動してきた歴史事実があります。朱子学と陽明学は根本的に考え方が異なりますが、ゆえに『修身斉家治国平天下』の解義も異なるということです。ここでは簡略化しておきますが、朱子学は『主体ー客体』の分離を前提とする論理を持ち、自分自身を修養するには客観的原理に基づくと捉えます。一方の陽明学はこの朱子学の論理の中心である『主体ー客体』の分離はないと捉え、自分自身を修養するには自らの心に既にある内的真実に従うことが重要だと説きます(『到良知』)。

この観点から見ると、現在の世界的潮流に見られる世界的変革や社会変革の類には、根本的な問題があることが分かります。つまり、先に国家や社会を変えるのではない、まずは徹底的に自分自身を理解することから始めなければ、結果的に持続的な未来を創造することはできないというのが『修身斉家治国平天下』の陽明学的な考え方です。ここを私は重視するため、流行でしかない変革や革新の運動ではなく、その先頭に立つ人物の思考を常に注視しています。

これらを徹底する側面から、私はAIを用いた動画制作などを行なっているのですが、簡単に言えば自分自身のアイデアがなければ、それはAIの活用以前の問題だということです。逆に言えば、現代のAIに対する強い反発の核心にあるのは、多くの人々が自分自身を見ておらず、理解することを拒み、結果的に自らのアイデアを持っていないということの反映です。つまり、彼らの語るアイデアと、私がここで主張しているアイデアは、言葉は同じでも根本が異なるということです。より正確に言えば、特にソーシャルメディア時代以降、自分自身を理解することに抑止・邪魔が常時介入し、それが全方位的かつ24時間起きることから、情報氾濫の影響で人々が自分自身を見る機会を失ったということです。ですが、人間はあらゆる答えを『外』(国家・社会・世界・他者など)ではなく、自分自身の中に既に持っています。この『内なる声』を聞くことができるか、そこにアクセスするために日々修練に励む必要はあるのですが、ソーシャルメディアの氾濫によって、集中力の持続時間が数秒単位にまで細分化されてしまったため、この『内なる声』にアクセスすることができなくなっています。すると、人々は内省の機会を剥奪されているため、どうしても答えは『外』にあると見做してしまい、結果的に自分の人生を生きることが阻まれていきます。そして、ここには二つに分離した界域が生まれるため、多くの人々がここに引き裂かれてしまい、アイデンティティクライシスを引き起こしているのです。

少なくとも90年代以前に生まれた場合、この現代的な情報氾濫の波を若い時代に受けることなく、比較的内省する機会を獲得できました。しかし、2000年前後に生まれた場合はこの機会を早期から剥奪されるため、こうしたアイデンティティクライシスなどを含めた多面的な問題に陥り易いと言えます。この10年ほどレコード、フィルムカメラ、紙の本などが行き過ぎたデジタル世界に対する反動として生まれたのも、同じ理由からです。私で言えば、日本でのiPhoneの登場は18歳の時であり、それ以降にインスタグラムなどが流行したため、10代を通じてこの影響は最小限でした。また別の側面から見ると、私の世代は日本ではマイノリティですが、米国では『ピーク・ミレニアルズ』と言われる一番のマジョリティ世代です。ある意味、私たちは情報氾濫時代の前夜を生きた最後の世代なのです。そして、それなりにデジタルネイティブ世代の感覚も理解できることから、この世代が持つ責任は重要だと考えています。

そこを踏まえて私は、この世代特有の感覚を活かしてAI時代の表現を模索し続けており、作品を通じて人々に内省する機会をもたらす可能性を探っているのが現在です。Shitsuraeのコンセプトの核心もそこに据えて始めました。ただ一方で、現在以上にビジュアルコミュニケーションが大前提となる2030年代に向けて、現状のAIを駆使した動画制作を通じて、どのように日本の歴史・文化・思想などを多様に伝えることができるかも考え続けています。

今回発表した動画は、ベースは古事記の神話に描かれるスサノオの説話『ヤマタノオロチ』に基づいていますが、一方では古代中国の『史記』に記されている徐福の伝説をこれまでの調査を踏まえて、独自のアイデアでミックスしています。これは秦の始皇帝が不老長寿の霊薬を探し求める勅令を家臣の徐福に出し、徐福は3000人を率いて日本に渡ってきたという伝説です。史記では東方という表現が用いられていますが、これは日本のことで、単なる空想ではなく日本各地に痕跡が残っています。特に先月の調査で出向いた石見(島根県西部)と出雲、さらに和歌山県熊野地域の新宮市には、スサノオと共に徐福の痕跡が多く残っており、さらに徐福はスサノオだったのではないかという古伝も残っています。典型的なのは、先月の調査で記事にした石見神楽のモチーフですが、私が見た限り、どう考えてもスサノオの装束は古代中国の伝統を伝えていることに驚きました。

そのため、発表した動画のスサノオの姿は石見神楽に基づいており、さらに作品の50%の風景シーンは私自身が各地の調査過程で撮影した写真をAIで映像化しています。風景シーンは全て、スサノオや徐福の伝説に基づいた場所です。これに加えて、AI音楽も大きくアップデートされたことから、これまで困難だった日本のスピリチュアルな歌の表現が可能となり、一層表現を伝える精度が発展したと感じます。

ここではあくまでも大きなモチーフを伝えるに留めましたが、ぜひ動画を見て頂き、そこに秘められた現代に対する想いを感じ取って頂ければ嬉しい限りです。