先祖を探る旅:菩提寺と過去帳A Journey to Trace My Roots
今回の旅には幾つかの調査目的がありますが、その一つは私自身の先祖を探っています。先祖というと、米国のような移民国家では昨今遺伝子からルーツを辿る旅行が人気ですが、日本では全く異なる方法で先祖を探ることができます。そのような旅はまだ一般的ではないのですが、私は独自に探究する古代日本史の歴史的知見を組み合わせて、自らのルーツを探ることを数年前から始めています。
先祖の探り方は色々ですが、まず私の世代なら祖父母の故郷を探ることから始めます。これは祖父母の世代がちょうど戦後の復興過程で故郷を出て、都市部に流入する潮流が広まったからです。つまり、逆に言えば祖父母は、一般的に数世代・数十世代に渡ってその土地に暮らした一族に出自を持つという特徴があります。そのため、基本的に祖父母の生まれた土地を訪れると、ルーツ探索の大きな一歩になるのです。
例えば私の場合、父方の祖父母は島根県の石見国(現在の島根県西部の沿岸部)であり、母方の祖父は東北の秋田県、祖母は瀬戸内海の島の出身です。両祖父母ともに戦後に関西地方に流入して居住したことから、私の両親は関西の生まれです。まずは母方のルーツを探るため、この数年で何度も東北と瀬戸内海を来訪しましたが、最近は土地の人々から話を聞き、自分なりにルーツを探ってきました。そこで今回はある程度調査方法を理解したため、父方の祖父母のルーツを探りに島根県を巡っています。
特に今回は事前調査を叔父がやっていた資料を入手して読み込み、まずは祖母の故郷を訪れて親族に会って話を伺い、次に祖父の故郷を訪れました。しかし祖父の故郷は後継者が3年前に死去したことから、現在は誰も住んでいません。ではこのような場合、どのようにしてルーツを探るのでしょうか?そこで私が会って話を伺ったのは、意外に思えるでしょうが土地の寺の僧侶です。
僧侶に会った理由は、日本では先祖供養のよりどころとして『菩提寺』を大切にする伝統があるからです。菩提寺とは先祖代々の墓がある寺であり、その寺は管理を長期的に行なっていることから、実は菩提寺を通じてルーツをある程度まで遡ることができます。この菩提寺が生まれた背景には江戸時代に始まった『檀家制度』があり、原則として各家は代々決まった寺院の檀家となり続けました。特に江戸時代初期に幕府の定めた『寺請制度(宗門改め)』は、すべての民衆がどこかの寺院に属する檀家となることを義務づけられましたが、これは幕府や藩の抱える民衆管理としてかなり高度に活用されました。この檀家制度が結果的に私たちの世代にとっては、意外な形で祖先のルーツを探るための重要な糸口になります。
もう少し背景を見ておくと、特に江戸時代は管理の厳しい時代でもあったことから、土地を離れて勝手に移住することが難しく、また先祖代々が関与する寺を替えることも容易ではありませんでした。そのため、結果的に生まれてから亡くなるまで生まれた一族の菩提寺に属するという特殊な関係が連綿と続きやすい環境だったのです 。一応、明治以降に制度上の強制力はなくなりましたが、それでも多くの家系では菩提寺との絆が今も守られています。代々同じ寺に先祖が眠り、法事・年忌もその寺で営むことで、自らも先祖と同じ場所で供養されるという安心感を抱く人も少なくありません。
こうした日本の事情が思わぬ形でルーツ旅の最重要の調査事項となるのですが、これだけでは当然、ルーツを明らかにすることはできません。しかし、菩提寺はその難関を突破するための「ある物」を所有しています。それが『過去帳』です。
「過去帳」とは、寺院で檀家や信徒の物故者について『俗名・戒名・死亡年月日・年齢』などを記入しておく帳簿のことです 。昨今、日本の『家計簿』が世界的に広まっていますが、実は寺院では一族の様々な事績を記す帳簿があります。現在では過去帳と言いますが、古くは『鬼籍』『点鬼簿』『霊簿』などとも呼ばれていました 。寺院では主に死者の名簿として用いられ、多くの場合、1か月を30日区切りとして各日の忌日に亡くなった人々をまとめて記載し、戒名・死亡日・俗名が記録されています。
記録された情報はそれに留まらず、中には故人の出身地や家柄などの出自や、戸主との関係に至るまでの続柄までが書き添えられており、さらに死亡原因を注記したものもあり、当時の状況を克明に伝える重要な手がかりとなっています 。そのため個人のルーツを探るだけではなく、過去帳は歴史資料としての価値も高く、これらを分析することで過去の人口動態を知ることができる場合もあります 。
本来の過去帳の目的は、寺に縁のある死者を毎月命日ごとに読経・念仏で供養することにあり、事実上、寺の仕事が途切れないようにする側面があったことから、管理はかなり詳細に行われてきました 。興味深いことに過去帳の歴史は古く、起源は平安時代中期にまで遡るとされています 。たとえば平安中期に恵心僧都源信が始めた念仏行事「二十五三昧会」の記録に、既に過去帳の原型が見られます 。鎌倉時代にはすでに過去帳が存在したという指摘もありますが、現在見られるような先祖台帳として一般化したのは、やはり江戸時代以降です 。
私自身の父方の祖先のルーツも、既に江戸時代まで遡れており、しかもその祖先がどこからどこに移住して、どのようにして新たな土地で暮らし、その系譜がどのように私に至るのかまでの詳細な家系図を構築することができる精度となっています。いわば、その寺の過去帳には一家の歴史が刻まれており、菩提寺を通じて先祖と子孫が精神的につながっているのです。
私の祖先は、石見国の沿岸部の村落に江戸時代に移住して、海産物の問屋として屋号を構えてかなり発展したと記されています。土地の有力者のような存在であったことから、ある時期に菩提寺の墓の区画をかなり広く購入し、そこに亡くなった一族が入る仕組みを早くから導入していました。その後、明治時代に祖先は市議会議員を務めたり、土地の鉄道開通に尽力したなど様々な情報が記されており、それらの系譜が第二次世界大戦期に、どのようにして一族が分散したかについても知ることができます。
例えば、祖母の父は第二次世界大戦の前からアフリカ航路の商船の艦長を務めており、第二次世界大戦には物資を運ぶ軍船で東南アジアに拠点を置く日本軍のために往来していました。残念ながら米国との戦争が激化する過程で、祖母の父の船は米軍の魚雷によって沈没して亡くなりましたが、実はどこで亡くなったかまでの座標まで分かっています。
このように過去帳を軸に独自に調査を進め、さらに在命している高齢の親族や土地の人々に直接話を伺ったり、一族の菩提寺の住職に話を聞いたりすることで、かなり詳細なルーツをある程度知ることができます。今回の旅ではかなり深いところまでルーツを知ることができ、かつ今自分自身が関心を持ったり、やっていることが祖先の興味関心と同じであったり、先祖を知る人に話を聞いていると、私自身のことを言っているような類似があったりするなど、大変面白い旅になりました。
私はこれを基礎として、さらに自分自身の神の系統を探るために全国の神社を来訪して調査を行ったり、さらには古代史の調査から得た知見をルーツ旅に存分に活用したりしていますが、今後は遺伝子解析を踏まえて可能な限りルーツを探ってみたいと思っています。そこで明日は、そのルーツの鍵を握る出雲大社に参拝する予定です。
こうした日本人のルーツ旅は、独自の歴史や文化を包摂した観点を踏まえて、統合的に行うことによって探ることができ、単なる旅行ではない『先祖との対話』とも言える不思議な時空間を超えた旅になるのです。