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合氣道と言霊 植芝盛平と出口王仁三郎Have You Ever Heard of Aikido?

読者の皆さんは、『合氣道』という武術を聞いたことがあるでしょうか?現在では柔道(柔術)、空手、剣道(剣術)など様々な日本の武術は世界でも知られるようになりましたが、合氣道についてご存知の方はほとんど居ません。実はこの合氣道は単なる奇妙な武術ではなく、深淵な日本の『言霊』から生まれました。私は武術には詳しくありませんが、以前から言霊の探究を独自に重ねているため、今回は興味深い合氣道について書いていきます。

日本では「百聞は一見にしかず」という言葉があるので、まずは合氣道の映像を見てみましょう。おそらく衝撃を受けると思います。

どうでしょうか?合氣道を知らない方々は、一体、映像で何が起きているのか理解できないかもしれません。実際、日本でも多くの人が合氣道で起きることは理解できず、ふざけているのではないかという声も未だに絶えません。しかし合氣道は深淵な知恵に基づいて樹立された信じがたい武術です。成立したのは1931年頃、この映像に映っている植芝盛平(1883-1969)という人物が樹立しました。植芝盛平は、単なる武術家であるだけでなく、宗教的・精神的な探究者でもありました。そして彼の武道観や合気道の理念には、多大な影響を与えた一人の宗教家の存在があります。

それが、Shitsuraeで触れた大本教の教祖・出口王仁三郎(1871-1948)です。植芝が大本教と出会ったのは、1920年前後のことでした。故郷・和歌山の田辺から北海道での開拓生活を経て帰郷した植芝は、父の病気平癒を願う中で新興宗教・大本教の存在を知ります。残念ながら父は死んでしまいましたが、植芝は強い好奇心を持って、京都府綾部にあった大本教の本部を訪ね、そこで出口王仁三郎と運命的に出会います。

出口王仁三郎は卓越した宗教家であり、さらに神秘思想家として独自に研究を重ねていました。その中心的思想が『言霊』です。植芝は以後、家族ごと綾部に移住して王仁三郎の下で暮らし、農業に従事しながら熱心に宗教修行に励みます。この頃、大本教では『鎮魂帰神法』と呼ばれる特殊な瞑想法が信者の日課でした。鎮魂帰神法は、国学の系譜を引く『古神道』の奥義として相伝されたものですが、この古神道とは、端的に言えば6世紀に仏教が伝来する以前の純粋固有の神道のことです。

この鎮魂帰神法を推進した立役者は、江戸時代後期から激動の時代を生きた神道家・本田親徳(1822-1889)です。本田が人々に与えた影響は絶大で、王仁三郎も本田から大きな影響を受けており、ひたすら鎮魂帰神法に打ち込みました。さらに大本教では寒中で水を浴びる『禊』の修行があり、それらを日々こなす中、やがて元々武術の達人だった植芝の技量に目を留めた王仁三郎が、彼に大本教信者に武道を指導することを奨励、これが植芝の人生を大きく変えます。大本教の本部がある綾部に『植芝道場』と呼ばれる稽古場が開かれ、大本教の信者たちに植芝独自の武術(後の合気道の原型)が伝えられるようになりました。植芝は王仁三郎を精神的指導者として崇拝し、王仁三郎も植芝を自らの子供のように可愛がりました。

しかし、転機が起きます。大本教は元々は京都の山間部の小さな民間宗教でしたが、王仁三郎がリーダーとして手腕を振るうようになると、次々と軍部の信者を巻き込みながら急速に肥大化します。それが原因となり、時の政府から政権転覆の疑惑をかけられ、1921, 1935年の二度に渡って大弾圧を被ります。特に第二次世界大戦前の二度目には、神殿が破壊され、王仁三郎は投獄されてしまいます。この時、王仁三郎は植芝に向けて「しばらく武道一筋に生きろ」と助言したと伝えられており、時勢の影響で植芝は大本教から距離を置かなければならなくなりました。

半ば強制的に大本教を離脱した植芝ですが、生前、「王仁三郎から言霊学の学びを得た」と述懐していました。言霊については理解が相当難しくなるため、徐々にShitsuraeで示していく予定ですが、簡単に言えば「言葉には魂(霊)が宿り、発した言葉の響きには現実を動かす不思議な力がある」という日本古来の信仰に由来します。王仁三郎は言霊を駆使することに長けており、嵐を呼び寄せたり、人々の病を治癒したりすることができました。さらに言霊の歴史を一身に集結して『大本言霊学』を樹立するなど、言霊の神秘を体系化することに大きく貢献しました。

植芝は大本教での修行により、この言霊思想を会得します。そして後に「合氣道の根幹は太古からの言霊に発している」と何度も強調します。宇宙が言霊とともに創られ、日々拡大展開しているように、合気道もまた天地創造と軌を一にする普遍的真理に基づく武道であると捉えたのです。さらに武道と神道的宇宙観は表裏一体であり、彼は「合気道は万有の霊的原理を体得する道であり、言霊修行の極致である」と説いています。つまり合氣道は単なる武術ではなく、合気道の稽古こそが、『音霊(おんれい)=言霊の力』を体現し、人が本来もつ神性を開花させる手段であるという信念です。

こうした背景があるため、植芝による合氣道論、さらには技の原理なども、随所に言霊論が展開されています。そのため、単に合氣道を学ぶだけでは本質的ではなく、実は言霊を領有してこそ初めて合氣道の深淵な奥義を会得することができるのです。合気道とはすなわち「言霊の妙用を体現する武道」であり、それによって「万有万神」(全ての存在と神々)の調和を実現しようとする武道です。これが現代の合氣道愛好者にも全く理解されていません。そもそも彼らの大半は、大本教、言霊を知らないのです。こうした合氣道が広まっても、ほとんど意味はありません。

近代日本最強の宗教家の精神を受けて、生まれた合氣道。このように日本の伝統文化には、信じがたいほど奥深い古代の知恵が存在するのです。

Have you ever heard of Aikido (合氣道)?