四季から二季へ:季節の喪失が形づくる未来From Four Seasons to Two: A Future Shaped by the Loss of Seasons
昨年を振り返って、最も大きな変化だったと思うのは、四季が消えたことです。
四季の移ろいは、最終氷期以降、10000年程度続き、じっくりと歳月をかけて日本人の心を作り上げてきました。ですが、ものすごく暑い日が続くか、寒い日が続くかという2つの季節になった現在に並行するようにして、歴史的、かつ文化的に醸成されてきた日本の心が急速に消えているのは偶然ではありません。
気候変動は地球に限ったものではなく、宇宙の動きそのものの影響であるため、先祖たちもそうした影響を幾度も被りながら、その中で様々な感覚や文化を生み出してきたことは間違いありません。
しかし、人間の一生は平均的に80年程度のものに過ぎず、10000年以上に及ぶ変動の全てを体験することはできません。当然、わずか100年程度の時空間において暮らしている私たちは、少し季節が変わることだけで相当な影響を被り、心は引き裂かれ、やがて新たな環境に順応する繰り返しを遂げます。
四季を喪失した近未来の日本。美しい春の桜や秋の紅葉は、このまま急速に消え去り、私たちの多様な心の感受性を跡形もなく消し去るのでしょうか。今、大きな分岐点に立っています。
日本人は年末になると、冬を終えた先に芽吹く桜をイメージし、その光景を見ることを、文字通り生きることの象徴として捉えてきました。「今年も桜を見ることができた」という感慨深い言葉は、花見を行う老齢者の口から自然に出るものですが、それは同時に、去年まで一緒にその光景を見ていた誰かがいなくなったことを語っています。
いつから日本人が桜をこれほど愛するようになったのかは不明です。もともとは中国の王朝文化の影響から、梅を鑑賞する貴族的な習俗があったことは知られていますが、いつからかその象徴は桜に変わっていきます。また長らく日本の政治中心地であった西日本では、四季の移ろいが緩慢であることや、植生の観点から、桜は多いですが、美しい紅葉は限定的にしか見ることができません。
一方で東北は多くの種類の落葉広葉樹林を抱えており、秋になると紅葉に色づく姿は圧巻です。この「西の桜」と「東の紅葉」が、日本の東西を分岐する象徴になっています。その境界にあるのはフォッサマグナ(Fossa Magna、日本列島を東西に分ける大地溝帯)ですが、ここが日本人の分岐を作りながら異なる発展を育む大きな要因となりました。
すると、現在の大きな気候変動において、西日本は厳しい夏によって桜が失われていき、東日本は厳しい冬によって紅葉が失われる現象に至ります。この異なる文化圏に象徴的だった桜と紅葉が消える現象は、そのまま日本の大きな転換点を示しています。
四季があることによって、私たちは季節を楽しむ余裕を持ち、その変化をつぶさに観察し、自然と共に生きることができました。ですが、極端な暑さと寒さの新たな生存環境において、こうした心の余裕はなくなります。そして、誰もが徐々にサバイバル環境において、自分自身、あるいは愛する者たちを生存させなければならない過酷な競争環境に陥ります。実際、日本ではもう既にその段階に突入しているように感じます。
季節の変化ではない、人間の生きる環境自体が大きく変わったという事は、生存のルールが変わったということです。だとすると私たちには、かつてあった心の余裕、文化を育む余裕はもう無いのかもしれません。
四季から二つの季節へ、多くが一変する予兆を感じた2024年でした。