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【文明開化と人云ふけれど 野蛮開発と僕は呼びます】What They Called the Dawn of Civilization, I Call the Development of Barbarism

不穏な時代を生き、30歳の若さで死去した詩人・中原中也(1907-1937)。冒頭の言葉は、1934年11月末に制作された未発表作品の一部です。

ここで中原が言う文明開化とは、日本側の文脈で使用されてきた用語です。これは1868年の明治新政府発足以降、欧米の文明や文化を急速に取り入れた日本が、それまでの社会生活や制度を西洋化した現象のことを広義に意味します。この用語自体は、現・慶應義塾大学の創設者・福沢諭吉が紹介したcivilizationの訳語として広まり、その影響力は都市部を中心に急激な変化を与えました。

一般にこの用語は、明治政府が欧米諸国に対抗するために急速な近代化を遂げた観点から美化されてきた事実があります。当時は、江戸時代を封建主義として碌に研究もせずに全否定し、江戸時代に日本化されて育まれた儒教を古臭い教えと糾弾し、変わって自由主義や個人主義などの西洋思想を礼賛した時代です。この影響から、文明開化は明治を象徴する用語となり、それ以前の江戸時代を否定する方便となりながら、千年以上も中国へ向けられてきた日本の目を西洋へ向ける動因となりました。

実際、この意味で言えば文明開化は現在も続いています。誇張でなく事実として、未だに日本は近隣諸国との関係を恣意的に硬直させながら、欧米との関係には過度に傾いたままです。典型的なのが日本の首相で、彼らは中国の首脳部に対しては厳しい表情で敵意を平然と剥き出しにしますが、欧米の首脳部に対しては過度に配慮する姿が見られ、マスメディアも中国と韓国には厳しい論調を取る一方で、欧米には同じ視線を向けることがありません。

一体、これは何なのか。

なぜ、こうした下劣で幼稚な態度しか取れないのか。

これが「文明開化の結果」ならば、100年近く前に若き詩人が見抜いたように、文明開化とは真っ赤な嘘であり、それを私たちは完全に認めなければならない。だとすれば、それは長らく肯定されてきたように文明が開化した象徴ではなく、中原中也が言うように野蛮の開発だったと言えます。

そして今、人類の誰もがこの言葉について真剣に考えなければならないように思えます。その思索が最初は欺瞞や綺麗事に満ちたものであっても、もはや誰もが避けては通ることのできない問いとして直面している現実がある。この問いを徹底的に己の問題として内省しようとしないならば、如何なる人物であっても殺戮の肯定者となるようにさえ思える。それは「来る殺戮の時」という意味で。

なぜならば、進んだ文明人を装ってきた先進諸国の私たちは、装いや振る舞いだけを文明的に見せ掛ける方法だけは無数に獲得したが、結局のところ蓋を開けてみれば詐欺師でしかなかったからです。詐欺師はいつも狡猾で、人間という概念自体を詐欺することに長けている。

実際、文明開化は必ずその国に暮らす人々を頽廃させ、利己的にします。これは文明開化の真相は、人間の野蛮を開発する外的要因であり、それまで足ることを知って生きてきた人々を即時地獄へ叩き落とす直接的要因になるからです。

人類の右肩上がりの発展などあり得ない。

仮にそれが正しいならば、先進国に生まれ育った全員が、今この時代の人間が最も倫理的で理性的で他者を思いやることができると疑う余地なく堂々と公言できなければならない。

しかし、事実は真逆である。