2025年の終わりに:友人たちとの対話At the End of 2025: Conversations with Friends
そろそろ2025年が終わるので振り返ってみると、今年の後半に入るにつれて、古い友人たちと人生について対話を重ねる中で、ある一つの奇妙な共通項が浮かび上がっていることに気づきました。もしかすると、あなた自身の身に、あるいはあなたのすぐそばでも、同じような現象が静かに、しかし確実に起きているのではないでしょうか。だとするならば、これは単なる個人の人生における些細な不協和音などではなく、人類全体を巻き込む巨大な、そして私たちには決して抗うことのできない、地殻変動のような動きが始まっていることを示唆しているように思えてなりません。
それは、2025年の始まりとともに、本格的な渦となって私たちの足元をさらい始めています。一年をかけて、このじっくりとした、しかし決定的な断絶は進行してきたため、一年後の2026年末頃には、誰の目にも明らかな亀裂となって世界を分かつことになるでしょう。すると、激動の世紀が本格的に幕を開けるのは2027年から2028年にかけてであるということが、ひとつの世界の重要な転換点として予見されます。世界の転換点ということは、私たち個人の転換点ともなります。そして私が今、肌で感じているのは、その予兆としての「進化の岐路」です。もしかすると、最後の準備・決断の期間だと言えるかもしれません。
友人たちの話に耳を傾けていると、彼らが親しく時を共有してきた人々が、今年に入ってから急速に時代と呼吸を合わせることができなくなり、まるで振り落とされるかのように乖離し始めているという違和感を、口を揃えて語ります。その光景を詳しく聞いていると、もはや単に時代についていけないという次元を超え、追随することすら叶わぬ領域へと沈んでいく様をまざまざと見せつけられているような、そんな残酷ささえ帯びています。
人間関係という、彼らにとって人生の礎石であったはずのものが、先に進もうとする自身の足枷となっている。そのことに気づき、そうした人間関係を捨て去らねばならないという、人生における重大な選択に誰もが直面していると言えるでしょう。あえて言うならば、「人間関係の断捨離」です。そして、この一年ほどをかけて、複数の友人たちと対話を重ね、自らの実践や思想、覚悟、そしてここからの時代がどう変遷していくのかをゆっくり伝えていく中で、彼らは興味深いことに、かつて「友人」と呼んでいた人々を切り離すという選択に至りました。
これには一つの明確な動機があります。真の意味で利他的に生きる、つまり本気で誰かのために何かを成そうとするならば、まずは自分自身が誰よりも先に進んでいなければならないという厳然たる事実です。自分自身が先へ進めず、停滞し、あるいは進化の範疇から外れてしまっている状態では、時代の変化に対応することなど到底できません。溺れる者が溺れる者を助けることができないように、人を真に救い上げることは叶わないからです。これをこれまで善として普遍化できたのは、所詮、このような進化の岐路などの切迫がなかった平和な時代だったからです。平和な時代に通用する価値観は、危機の時代には脆くも崩れ去ります。
友人たちは、住む場所も、生業も、日々の生活も様々です。しかし、誰もが自身の人生が大きな岐路に立たされていることを自覚し、それでも先へ進むのだという強靭な意志、完全なる自律的な意志を持とうとしている。そうでなければ、もはや淘汰されてしまう。既に「いない」も同然の存在になってしまうという現実が、私の周囲だけでも明らかな輪郭を持って現れています。これは私自身の次元においても、この数年痛切に感じてきたことですが、いよいよ、形として現れ始めたことを感じます。
これまで勢いがあり、それなりに日々を謳歌していたように見えた人々が、今年の後半にかけて、明らかな違和感を纏うようになりました。彼らは時代という巨大な潮流についていくことができず、また、ついていく能力そのものを喪失しているかのように見えます。それは致命的な断絶として突きつけられており、こちら側の速度や思考、在り方とは決定的に乖離していく、その裂け目が深まっていく感覚を禁じ得ません。
私は元来、人と群れて騒ぐことを好まず、一年の大半を独りで過ごし、自身が成すべきことに没頭したいと願う性格です。極端な話をすれば、誰にも会わずとも平気なほどです。しかし、社会生活を営む上で、社交的な人々にとって「人間関係の整理」は過酷な選択でしょう。それでも面白いことに、今年の後半にかけてその決断を下したのは、私の友人の中でもとりわけ社交的であった人々なのです。そうした人々さえもが異変を感じ取り、孤独を選ばざるを得ないほどに、社会、あるいは世界そのものを維持してきた前提が崩れ去っていることの、決定的な証左と言えるかもしれません。
そこを前提に、一体何が起きているのかと今朝は漠然と考えていたのですが、今日は私たち人間の意識構造の観点から話を進めていきます。諸説ありますが、大局的に見れば、私は意識には「8対82の法則」が存在すると捉えています。8%が顕在意識のことで、つまり私たちが頭で物事を考え、一般的に世界を認識している領域です。もう少し噛み砕けば、一度に一つの情報に注意を向ける直列処理のことです。一方で残りの82%は潜在意識です。これは私たちが普段知覚していないが、しかし広大無辺に広がる海のような領域です。こちらは膨大な量の情報を同時に処理する並列処理のようなもので、氷山の一角である8%に過ぎない顕在意識に対し、水面下には過去の記憶、直感、創造の源泉、そして宇宙的な叡智と直接接続しうる領域が広がっています。そして私は記憶とは過去のものではなく、「未来の記憶」でもあると捉えています。
何より、かつて私たちの祖先は、この暗く豊かな海と自由自在に往来することが可能でした。もしかすると読者の中にも、この未来の記憶や過去の記憶を縦横無尽に往来した経験がある人もいるかもしれません。それは瞑想、宗教体験、サイケデリック体験など様々でしょうが、少なくとも祖先は夜の闇に耳を澄まし、風の匂いから季節を読み解き、夢の中に啓示を見出し、顕在意識と潜在意識を見事にミックスさせながら、自らを更新し続けることができました。この自己更新とは、自己変容のことです。つまり、8%の理(ことわり)と、82%の海が、呼吸するように常時循環していたのです。
実際、日本人にとって最古の祖先である縄文人(約1万3000年前から約2300年前まで存在)と呼ばれる人々について、私は考古学や歴史学を前提に様々な観点から日本各地を独自に調査してきましたが、そこで感じるのは、彼らが明らかに私たちが知覚し得ない世界と繋がりながら生きていたという痕跡です。それは彼らが制作した土器や土偶、祭祀などの有形無形を全て含めてですが、人間の想像力を超えた造形――現代風に言えばサイケデリックな文脈における変性意識状態に入り、知覚を拡張し、無限の知覚において表現を行っていたということも前提にはなります――そうした儀式がなくとも、日常的にテレパシーのような、言葉を介さない感応を用いていたであろうことを強く感じます。
今はまだ、これを口にすれば根拠なき世迷い言と断じられるでしょう。しかし、縄文人という存在を深く洞察してきた私にとっては、そう感じざるをえないのです。そして私が大きく異なるのは、縄文人を霊的視座から洞察してきたのであって、いわば一般的な考古学者と視点が違います。あえて言うなら「霊性考古学」とも呼べる独自の手法で調査を行ってきたことです。考古学においては、遺物が地中から壊れた形として発見されますが、霊性考古学では完全に純粋な形なき状態で発見され、しかもアクセス可能です。要するに、私は彼らが生きた場所に立ち、彼らと対話することによって、歴史を直接彼らから教わるという具合の方法を取っています。ゆえに、一般的な顕在意識次元しか見ていない学者の唱える縄文人の認識とは、全く異なります。これはまだスピリチュアルと勘違いされるでしょうからあまり多くを話しませんが、こうした視点での歴史探究は可能だと断言しておきます。すると、縄文人は未来と交信していることが見えてくるはずです。なぜならば、彼らにとっての未来は私だからです。縄文人には、過去も現在も未来もなかったことの証左です。
そもそも縄文人は、日本列島が海によって閉ざされて以降、およそ一万年以上もの間、外界から物理的には隔絶された環境にありました。その時代に海洋部族との接触はあったにせよ、基本的には海に囲まれた列島において、様々な部族と関わりを持っていました。そして日本を来訪すれば分かると思いますが、日本は山岳の国です。ゆえに、山岳に住む人々が多かったのです。現在の日本は沿岸部の平地が都市開発されているため、どうしても太古の姿が想像できませんが、考え方としては、現在の沿岸部都市のほとんどは太古の海であり、また縄文時代の人口は、現代とは比較にならぬほど少なかったことを基本に置けば構いません。にもかかわらず、これほど広大な日本列島の中で、彼らは不思議なほどに共通した文化や交通、活発な交流を持っていました。これが私にとって、最も不可解であり、また魅惑的な点でした。
そして私は気付いたのです。彼らは明らかに、私たちが使えなくなった、あるいは退化させてしまった何らかの能力を潤沢に使いこなしていたことに。これは何も縄文人に限らず、あなた方の祖先もまた共通して持っていた資質であるはずです。しかし、現代という時代は、この8対82の法則における「8」を「100」であると錯覚させることに特化し、すべての循環を断ち切ってしまいました。ここで潜在意識が埋もれる現象が起き、現代人の精神疾患などに総合的に表面化しています。自然破壊は、実はこの8を100にしたことによる潜在意識の無視によって生まれた必然的な事象なのです。ゆえに真に環境問題に対する抵抗運動を起こすならば、実は運動に加担する人々が潜在意識を使いこなすことが必要不可欠だということです。
現代社会は、あなたの脳の処理能力を、表層の計算や反応だけで埋め尽くそうとしてきました。その結果、興味深いことに、現代人の脳容量は数万年前の祖先に比べて縮小しているという指摘が多方面からなされています。何より、私たち人間の遺伝子は、太古の十万年前からたった0.5%しか変わっていない。つまり、脳の容量が極端に肥大化したターニングポイントを経て今があるにもかかわらず、それが反転し、減り始めているのが現在です。人類は、生物として明らかに退化しているのです。
皮肉なことに、現代人の脳容量が縮小しているという事実は、情報の洪水の中で、私たちが情報の濁流に呑まれ、自ら考えることを止め、ただ反応するだけの存在へと劣化しつつあることと無関係ではないでしょう。そして8対82という意識の問題は、今後、大きく二つに裂けていく動きとなります。なぜなら、人類誰もが82%の潜在意識を循環させる力を秘めているにもかかわらず、それを使うことができる人間は限られるという残酷な事実があるからです。それが「99対1の法則」です。
これまで世界では、20%の人々が富や成果の大半を作るという「80対20の法則(パレートの法則)」が語られてきました。しかし、もはやそんな生温かい比率ではなく、99対1の時代に入っています。つまり、世界の1%の人々だけが、進化することを選び取る。残りの99%の人々は、そのままの状態、つまり現在のホモ・サピエンスとしての限界に留まり続けて退化するのです。
この1%の人々は先に進みます。Yuval Noah Harariがホモ・デウスと提唱したように、彼らの意識は物理的に生存することのみに最適化された状態から脱却し、精神の進化へと舵を切ります。なぜならば、それこそが真の生存戦略だからです。つまり私が思うに、99対1の法則において、1%として進化した人々が、8対82の82%の領域、つまり潜在意識の領域を存分に駆使し、そこでの循環において完全なる状態を実現できるのです。このことを、かつて密教を日本へ持ち込んだ空海は「即身成仏」という概念で説きました。
空海(774-835)は、ちょうど古くから都が存在した奈良から、現・京都市の平安京へと遷都された時代に呼応して生まれ育っています。これは単に都の力点が動くだけではなく、既存のシステムが一変したという極度の不安定な社会を表します。そして彼は単なる宗教家ではなく、当時の唐にあった最先端技術や概念を日本に持ち込んだ人物です。ちなみに、彼が即身成仏として説いたのは、何もミイラになって死ぬことではありません。このミイラを即身成仏と捉えるのは、空海の死後に空海を理解できなかった人々の誤った実践ですが、主に修験者たちによって実践されました。
肉体を持ったまま、今、ここで、宇宙の真理と同期して仏になること。それはつまり、父と母から授かったこの生身の体こそが、82%の広大な潜在意識の海と繋がり、それを受け入れるための器であるという思想です。要するに、宇宙の真理と同期し、「仏=宇宙の真理それ自体」になることを、彼は今、ここで行うということを実践したのです。ゆえに空海は、過去ー現在ー未来を無化した「記憶」にアクセスすることができ、人類の叡智を縦横無尽に領有して新時代の人々を導きました。
空海は、後に密教の奥義として即身成仏を説きましたが、彼が成し遂げたことは、「行」を通じて身体感覚を極限まで研ぎ澄まし、自我という小さな枠組みを超えて、宇宙的な情報の海と直接繋がり、それを現世において同化させることでした。現代風に言えば、宇宙のどこかにあるクラウド(アカシックレコード)から直接真理をダウンロードし、自らの肉体を通して同化する具合です。この媒体は「私」自身だということです。彼は、そのための身体技法体系を階層化して確立した点で画期的でした。
また宗教的な文脈が難しければ、千利休の茶の湯における一服の茶を思い出してください。主人の手によって客人に振る舞われた一杯の茶は、言うまでもなく単なる水分補給ではありません。極限まで切り詰められた空間の中で、主人と客が対峙する。この「対峙」というのは、生半可な対峙ではなく、本気の対峙です。そもそも茶室が生まれた背景は、戦国時代(15世紀末ー16世紀末頃)と呼ばれる各地の有力武士たちが覇権を巡って対峙していた時代に由来します。そこでは、武士や商人、さらには鉄砲などを持ち込むポルトガル系宣教師たちが、いつ死ぬとも知れぬ極限状態の中で生きる権力争いの舞台を生きていました。
そうした不安定で心休まる時がない時代に、千利休(1522-1591)という、自らも商人でありながら茶人として傑出した人間が登場し、茶室の設計を大きく作り変え、「心と心の距離で対峙する空間」を創出したことによって、世界の均衡を測ることを試みたのです。当時の彼らにとっての世界とは、織田信長(1543-1582)や豊臣秀吉(1537-1598)などの全国統一に王手をかけた武士、その武士に鉄砲や望遠鏡などの西洋技術を売り捌く武器商人としてのポルトガル系宣教師、その両者を結び、金のためなら全てを捧げる商人の蠢く世界です。利休は、この新設計の茶室で自らの茶の湯において世界の均衡を取ることが、ひいては世界平和に繋がるという信念を持っていたのだろうと考えます。もっともラディカルでありながら、私はこれこそが利他の極致だと見ており、利休の精神には深く敬意を持っています。残念ながら、現在の日本で茶道に関わる無数の人々は、この利休の精神を全く理解しておらず、単なる形式主義の遺物となっていますが、本質はそこにあったということです。
つまり、茶道の本質は作法や形式ではなく、訪れた「異質な客」を主人が迎えることにある。重要なのは、「異質な客」という点です。そしてその迎え方は、常に「斬るか、斬られるか」の世界であるということです。当然、実際に刀で斬り合うのではなく、生死をかけて心で向き合うということです。だからこそ、従来の茶室は商談の舞台であったため、とにかく中国の名器や名画などで取引先をもてなすことが一般的だったが、利休はこれらを一掃し、徹底的な引き算の原理で極限まで「無」を体現したのです。これを後代の人々が「侘び寂び」と呼んでいるだけのことです。つまり侘び寂びなど、はじめから軽薄な潮流でしかなく、日本文化の本質ではない。
重要なことは侘び寂びではなく、たった一人の人物に向かい合うことが茶道の本質にあったということです。そして千利休ほど、この点を徹底した人物はいません。これが利休の本質であり、そしてそれを織田信長や豊臣秀吉といった当時有能な武士も弁えていた。私が利休に興味を持ったのは、利休が生まれ育った大阪堺市の生まれだったことも関わりますが、彼の精神をこうした視座から捉えています。だからこそShitsuraeでも、今、たった一人の人間に向き合えるか、人を見ることができるかということを何度か問うているのです。実際、人を見るということは、生易しいことではありません。これまでの皆さんが考えている世界においての人を見るという意味とは異なり、あなたにとって大事な一人だけのために全てのことができるか、という覚悟を問うことになるからです。
先ほど99対1と言いましたが、今の時代は、もし100人関わっている人がいたら、99人(大勢)を救うという発想自体が、あなたにとってのリスクになります。これからの時代は、1、つまりたった一人の人を見て、たった一人の人を救うことができるかということに、全覚悟と労力を集中する。そのために自分自身を日々磨き上げる内省を行い、準備を行い、自分が取り残されないために即座に時代の先に行くという覚悟を持って、その人と対峙して関係を築いていくという新たなステージになります。逆に言えば、人間にとって本来、本質的なステージに引き戻ってきたというのが現在なのです。
今年に入って感じる違和感、あるいは十一月頃から感じている強烈な痛み。これは、あなたが進化の岐路に立たされていることの、何よりの証左なのです。
人間の意識構造については、8対82の法則があると言いました。しかし現代のライフスタイルという分厚いコンクリートは、この扉を塞いでいます。開けたいのに開かない、潜りたいのに潜れない。その葛藤が摩擦熱となって、あなたの夜を焼き、安眠を奪っているのです。多くの人々は、この痛みを麻痺させるために、強い刺激や安易な慰めを求めます。しかし、私たちは知っています。どれほど知識を詰め込んでも、どれほど効率的に時間を管理しても、この渇きが癒えないことを。なぜなら解決策は、8%の中だけで求めてはならないからです。これは顕在意識を否定するのではなく、潜在意識と分離させずに非分離において、私自身の元で活用していくという在り方です。
縮小する8%の牢獄から抜け出し、82%の海を活用するためにはどうすればいいのか。それを誰もが考える時期に来たということです。ぜひ、その問いを来年に向けて考えていき、2026年を心穏やかに過ごす準備に勤しみましょう。誰にも言わず、こっそりと。