妖怪研究と日本人の心の動きYokai and Their Enduring Presence in Folklore and Society
妖怪は日本全国で無数に語り継がれる存在ですが、大きな特徴は亡霊を人間の魂に限って語る伝統もあるなかで、日本では人ではない存在も含めて広義に「妖怪」と捉えてきたことです。そのため、妖怪は一概に語り得るものではなく、まさに神道の多神教の性格であるアニミズム的世界観をルーツに持っていると言えるでしょう。
日本で妖怪の学術的研究が本格化したのは1970年代以降です。中でも民俗学者の宮田登(1936-2000)と小松和彦(1947-)が、妖怪研究を牽引しました。妖怪研究における宮田の視点が斬新だった点は、これまで民俗学の父と呼ばれる柳田國男や、その後継者である折口信夫が行ったように農村中心だった民俗学に固執せず、都市における伝承の観点までを考慮して新たに洞察したことです。
その集大成は1985年に発表した『妖怪の民俗学』ですが、こうした活動を通じて都市社会における妖怪現象を詳細に分析します。さらに晩年には、現代都市に巣食う不安と妖怪の関係に着目する新たな視点を打ち出し、「不安から膨れ上がる想像力」が都会的な妖怪を生み出すことを指摘しています。実際、私が子供の頃には、この『都市型妖怪』とも呼べる存在が有名でした。例えば都市に出没する『口裂け女』や、学校のトイレに現れる『トイレの花子さん』などは、頻繁にテレビでも紹介されたこともあり、子供たちはその見えない存在を恐れていたことを思い出します。一人でトイレに行くのも怖かったほど影響力がありました。
こうして妖怪研究の先駆者となった宮田は、遺著として『都市空間の怪異』(2001年刊行)を発表します。これは都市フォークロアにおける怪異現象を多角的に考察した先駆的研究であり、刊行から四半世紀を経た現在でも示唆に富む内容を持つ作品です。
この新しい視点で妖怪を分析した宮田に対して、小松は民俗学・文化史の広い視野から妖怪文化を読み解きます。特に小松は妖怪を通じて日本文化の特質を明らかにする興味深い研究を行い、妖怪の歴史的変遷と社会の関わりを論じる新たな視座を提唱します。その多大な業績から「妖怪博士」とも称されており、長年、国際日本文化研究センター所長として怪異・妖怪に関する大規模なデータベース構築にも携わり、今日の妖怪研究の礎に大きな貢献をしました。
小松の提唱で最も斬新だったのは、従来の妖怪は小説・漫画・アニメ・ゲームなどの特定ジャンルに限って知られていたが、実際には日本人にとっては『トランスメディア的な存在』であり、妖怪こそ日本文化の豊かさを象徴するものだと主張した点です。
確かに戦後以降の妖怪ブームは、著名な漫画作家である水木しげるの『ゲゲゲの鬼太郎』や『妖怪人間ベム』、宮崎駿の映画『もののけ姫』などによって、漫画やアニメを経由して広く知られる傾向が圧倒的でした。その系譜から2014年に『妖怪ウォッチ』が登場し、一気に世界的潮流にまで高まりましたが、小松の指摘するようにジャンルに限定された世界に妖怪が閉じ込められてしまった側面がありました。
つまり彼らの主張を踏まえると、妖怪とは農村など特定地域や、特定ジャンルのコンテンツに閉ざされたものではなく、むしろ日本全国、日本人全ての日常に存在するものだと言え、日本人自体を形成する重要要素の一つとして考えられます。この観点から妖怪は、神道のアニミズム的世界観と切り離して考えることはできません。私は神話などを調査する中で、古代日本人には「善と悪」の観念はなかったと考えており、かつては「神と妖怪」にも区別はなかったと考えています。しかも、妖怪は決してイコールで「悪」ではないため、このことが善悪の物差しでは捉えきれない存在であることから、国を問わず多くの人々が関心を寄せているように感じます。
実際、妖怪ブームの先駆けとなったのは、1000年以上も遡ります。宮廷貴族が時代を謳歌していた平安時代には、貴族の間で『もののけ』への恐怖が強く存在していました。例えば平安時代の物語作品である紫式部の『源氏物語』、『大鏡』や『今昔物語集』などに描かれています。この『もののけ』は厳密には現在認識されている意味での実体化された妖怪とは異なり、より広義な意味を持っています。この時代の貴族は妖怪による悪影響で政治的な失脚、病気、死去、不幸が起きると信じていたことから、それを回避するために「ある存在」が躍進します。それが祈祷を行う専門集団の『陰陽師』です。彼らのルーツは中国ですが、日本に入って独自の発展を遂げました。
このように妖怪の歴史は『もののけ』『kami』『お化け』『幽霊』など広範囲な同質のルーツを持つ文脈と切り離して考えることができず、平安時代以降の日本人の心の微細な動きが、次々と時代に応じて妖怪を創造してきたと言えます。そしてこれ以降、妖怪は江戸時代に入って浮世絵などを通じてキャラクター化を遂げて、西洋の合理化が輸入された近代に入ると漫画やアニメやゲームに採用されて今日に至ります。
これらを総合すると、妖怪の探究こそが、日本人の歴史的な心の動きを知る最良の素材と言えるかもしれません。