味噌の歴史と発酵・健康Miso: Fermentation, History and Health
現在、プロバイオティクスの観点から注目される味噌は、大豆を塩や麹とともに発酵させて作る日本の代表的な伝統調味料の一つです。この歴史的に蓄積された発酵技術によって作られる味噌は、単なる和食の主要要素に限らず、ヨーグルト、キムチなどと共に、現代の健康効果にも大きく貢献する可能性を秘めています。味噌にはビタミンやミネラル、タンパク質などがバランスよく含まれていますが、特に発酵の過程で抗酸化作用や消化促進、さらには免疫機能強化などの機能性成分が生み出されます。
さらに、加熱殺菌していない味噌には、乳酸菌や酵母などのプロバイオティクスが豊富に含まれており、現代人類の問題である腸内環境を整える作用があることから、注目を集めています。このように現代の健康増進に欠かせない発酵食品の味噌ですが、実は味噌を巡る日本の未来はあまり明るいとは言えないのが現在です。
まず味噌の歴史を振り返ると、縄文時代など古代日本で味噌を食していた形跡は今日まで発見されていません。味噌に関わる文献の記載は、古くは8世紀初頭に遡ります。当時の日本の朝廷は、絶大な影響を受けていた中国の体制を採用しますが、そこで制定された『大宝律令』(701年)という日本最古の法典に味噌の記録があります。
この文献には「miso(味噌)」という言葉はまだ使用されておらず、「misho(未醤)」として記載されています。ただし、発酵させた大豆を原料とした調味料である点は、現在とほとんど変わりません。ちなみにこの時代の味噌は、中国の「醤(ひしお)」から影響を受けており、日本の味噌のルーツが中国にあったことが理解できます。
興味深いことに、大宝律令では味噌を既に課税対象にしています。つまり、少なくともそれ以前から、味噌は日本に伝来し、広く日本人の生活と関わっていたということです。ただ一方で、この時代の味噌は基本的には貴族や僧侶が食す限定的な食文化であり、庶民にまで広がっていなかった可能性があります。実際に味噌が庶民の生活に浸透し始めたのは、13世紀頃だと推定されます。その根拠となっているのが、当時の幕府が編纂した初の武士による歴史書の『吾妻鏡』(推定1300年)です。
吾妻鏡は1180-1266年の87年間を詳細に記録した重要文献ですが、その中で武士が移動の際に味噌を携帯して、常時利用していたことが記されています。特にこの時代は武士の台頭に伴う戦が全国各地で増加する時代であったことから、発酵食である味噌は戦場の保存食としての利用が広がり、かなり普及していました。何しろ一つの戦場に向かうと、長期的に故郷に戻ることはできず、食糧の確保は勝敗を決める重要要素だったからです。この時に保存食であり、豊富な栄養が含有される味噌は重宝されました。
この武士の食文化に加えて、味噌が浸透するもう一つの契機には、この時代に活発化した禅宗の普及とも関係しています。禅僧は「一汁一菜」という新たな食事スタイルを確立・提唱したことから、この時代に味噌汁が僧侶の日常食になっていました。この質素でミニマルな禅のライフスタイルの影響で、味噌は裕福ではない庶民の食文化にまで大きく影響を与えます。つまり、味噌の普及は貴族ではない武士や禅僧のように、移動が多くなった時代の携帯食として各地に伝播し、広く普及したといえます。これは日本で味噌が普及してから、既に1,000年程度経っているということです。
こうして全国各地で味噌が作られるようになりますが、発酵食品である味噌は、生産される『地域の風土』や『生産者』によって大きく変わります。なぜならば、その土地や人が持つ「菌」が、味噌を発酵する際の鍵となるからです。現在では大量生産される味噌が大半ですが、私自身も各地に出向いた際に今も手作りで味噌を作っている人々の味噌を食べると、全く味が異なることを実感します。つまり、自分の身体に合った味噌を選ばなければ、大きな健康効果は期待できず、むしろ悪化する可能性があることを考慮しなければなりません。
特に注意が必要なのは、近代製法によって生産される味噌です。伝統的な発酵方法は、前述の通り土地の風土(自然環境、気候など)を活用して歳月をかけて発酵・熟成します。これにより、「umami(旨味)」が生まれて優れた味噌に仕上がります。味噌の熟成は、半年から一年以上を要する根気の必要な作業であり、発酵が進むほど色が濃く風味も複雑になります。つまり、大量生産には向かず、また季節や環境の変化によって仕上がりが大きく変わることから、管理に労力がかかってしまい、現代的ライフスタイルに対応できません。特に伝統製法による味噌は「生き物(微生物が生きている状態)」であることから、購入後の保存期間に味や色が変化する性質があり、近代製法と比較すると賞味期限が短くなります。
一方、近代製法は温度管理や機械化を活用して発酵を促進する大量生産を可能としました。そのため、熟成期間は加熱処理を併用すれば4〜6ヶ月程度で終えるため、伝統製法と比較すると期間は半分程度にまで効率化でき、また工場では安定した品質で味のばらつきも少なく管理できる利点がありました。ただし、伝統製法の味噌は『生きた味噌』ですが、近代製法の味噌は完成前に加熱殺菌する処理を加えて発酵を止めるため、麹菌や乳酸菌など有用な微生物が死滅してしまうのです。これに加えて短期間で発酵を終わらせるため、発酵食品としての生きた菌由来の健康効果が期待できません。このことから、伝統的な「長期熟成味噌」と比べると、近代製法の味噌は味の質や健康効果が期待できない可能性があります。
実は日本のレストランやスーパーマーケットで使用されている大半の味噌は、この『無菌化(加熱殺菌)』された製品です。この無菌化プロセスによって、味噌に含まれる酵母や乳酸菌などの有益な菌までが失われてしまうことから、近年注目されるプロバイオティクス食品としての効果は、ほとんど得られないことには注意が要されます。さらに現代の簡潔な食生活によって、『生きた味噌』を使用しても、沸騰したスープに味噌を加えてしまうことから、生きた菌(特に乳酸菌)が死んでしまい、効果が得られなくなっています。味噌汁を作る時の鍵は、火を止めてから味噌を加えることです。これは私の祖母の時代までは一般的に知られた知恵でしたが、現在では多くの人々がこのことを知りません。この工夫によって、発酵パワーを活かした味噌汁を楽しむことができます。
是非、日本に長期的に滞在する機会があれば、レストランやスーパーマーケットではなく、今も作り続けられている各地の手作り味噌を探す旅に出かけて、自分に合った味噌を探すのも良い経験になるでしょう。