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title: "TM MAGAZINE Vol.5 擁立された応神天皇｜在来と渡来の渾融する古代河内"
headline: "擁立された応神天皇　渡来と在来が渾融した古代河内と宇佐神宮の謎"
description: "応神天皇は実在の個人ではなく、渡来・帰化・在来の氏族が古代河内で同盟して生んだ新集団を擁立の形で象徴した存在である。思想の森は三元九運と2024年からの第9運、KINEMA 2400はコンテを見せず87本を撮った成瀬巳喜男を論じる。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-5
language: ja
published: 2026-05-26
updated: 2026-05-26
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 5
sections:
  - series: "思想の森"
    title: "三元九運とは何か　2024年からの第9運は大周期が終わる最後の20年"
    summary: "三元九運は60年周期と北斗七星の20年周期を合わせた古代中国の周期論で、2024年からの第9運は最後の20年にあたる。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-5#shiso-no-mori
  - series: "国つ神計画研究所"
    title: "応神天皇は擁立された複合氏族の象徴　古代河内と宇佐神宮の謎"
    summary: "応神天皇は実在の個人ではなく、渡来・帰化・在来の氏族が河内で同盟して生んだ新集団を擁立の形で象徴した存在である。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-5#kunitsukami
  - series: "KINEMA 2400"
    title: "成瀬巳喜男はなぜ研究されないのか　コンテを見せず87本を撮った職人"
    summary: "成瀬巳喜男は全作品を頭の中で完璧に設計しコンテを人に見せなかったため資料が残らず、研究対象になってこなかった。"
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keywords: ["応神天皇 実在", "應神天皇", "応神天皇 擁立", "応神天皇 八幡神 同一視", "八幡大神 応神天皇", "応神天皇 渡来人", "応神天皇陵 誉田御廟山古墳", "古代河内 渡来人", "河内 羽曳野 藤井寺 柏原 古代", "宇佐神宮 謎", "宇佐八幡宮", "宇佐神宮 八幡 起源", "八幡総本宮 宇佐", "八幡神 起源 新羅", "八幡 はちまん やはた やわた", "神功皇后 息長氏", "神功皇后 オキナガタラシヒメ", "仲哀天皇 神功皇后 実在", "ツヌガアラシト 敦賀 由来", "都怒我阿羅斯等", "三元九運とは", "三元九運 第9運", "三元九運 第九運", "第9運 2024-2043", "三元九運 諸葛孔明", "諸葛亮 三元九運", "成瀬巳喜男 おすすめ", "成瀬巳喜男 なるせみきお", "成瀬巳喜男 放浪記", "放浪記 1962 高峰秀子", "女が階段を上る時", "女の中にいる他人", "成瀬巳喜男 なぜ研究されない", "成瀬巳喜男 コンテ", "三井崇央", "TM MAGAZINE"]
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# TM MAGAZINE Vol.5 擁立された応神天皇｜在来と渡来の渾融する古代河内

2026年5月26日発行　著者：三井崇央

## 思想の森

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

***

ここ数年、世界中で同じ気配が広がっています。それは特定の不景気でも、特定の戦争でもありません。もっと根の深い、足場そのものが静かに消えていくような感覚です。\
今、僕たちが目にしているのは、大航海時代以降、500年続いた西洋の覇権の終わりであり、誰もが500年振りの激変期に立ち会っています。

今月行われた米中首脳会談では、米政権側が中政権側に安全保障、外交、経済、技術の全てで敗北した決定的瞬間となり、力点が静かに、でも確かに、西から東へ転移した二度と戻らない出来事でした。

なぜ、中国は米国を破ることができたのでしょうか？\
その理由を、僕は古代中国の叡智・周期論にあると見ています。

中国が育んできた風水の中には「三元九運」という考え方があります。\
起源は、古代中国で目視できる木星、火星、土星、金星、水星の5つの惑星に、太陽と月を加えた7つの天体を長年観測した結果、これらが60年に1度の周期で一直線に並ぶことを発見したことに始まります。\
ここで古代中国人は、「60年周期」で運気が巡ると考えました。

さらに、60年周期を3つ集めた180年を大きな周期と定義し、最初の60年を「上元」、次の60年を「中元」、最後の60年を「下元」と位置付け、それぞれに時代特性があると提唱。\
上元は建設と創造、中元は安定と成熟、下元は破壊と混乱となり、この移行の中に、次の萌芽が潜むと考えました。

この三元思想を基層に、異なる古代中国の叡智がミックスされます。それが、北斗七星の傾きは20年周期で変化し、その度に「地運」が変わるという太古の教えです。この20年周期を9つ集めた180年を三元思想に適用することで、三元の間に9つの地運が巡ると考えました。これが「九運」です。\
三元九運とは、古代中国の二つの叡智が交差した結果、生まれた周期論です。

まず、中国と米国の決定的な違いは、「歴史の濃度」です。\
あまり語られませんが、中国は文明史では特異な存在であり、何度も文明が破壊と再生を繰り返しています。通常、文明は一度崩壊すれば、二度と戻ることはありません。しかし、中国は何度も激しい破壊と再生を繰り返しながら、今も君臨し続けています。\
一方で米国は新しい国家であり、こうした歴史への耐久性を持っていません。しかも、彼らが国家形成から覇権を握ったのは、「西洋の時代」である500年以内の話であり、その歴史の外でどう生きるかという振る舞いを、彼らは経験的に知りません。

ここが、勝敗を分けました。\
文明は必ず崩壊するという歴史の原理を、遺伝子レベルで何度も刷り込んできた中国は、米国が静かに、着実に崩壊する瞬間を虎視眈々を待ち続けたのです。

三元九運は占いではなく、実際に政治的な活用が古代から進んでいます。\
はやくも2-3世紀に曹操の魏、孫権の呉、劉備の漢が乱立して覇権闘争を行なっていた三国時代、劉備についた軍師・諸葛孔明によって、その効果は実証されています。\
諸葛孔明は三元九運に則り、戦術と攻防のタイミングを駆使。この結果、最も弱小と思われていた漢が台頭する原動力を生みました。

また中国は、古くから「歴史を読み解く」技術を育んでいます。三元九運に限らず、今も政権首脳部に影響を与える数々の思想の中には、実践的な周期論が複数展開されており、中華製AIによって、政治設計にまで組み込まれていることは想定できます。\
それは同時に、習近平国家主席の「タイムリミット」を指示する明確な数字でもあります。元々思想家だった彼自身、この期限を自覚した上で、「大中華」という理想の実現を加速させていると思われます。\
つまり、大国となった中国は、国家主席という国の指導者が、自らの期限を理解した上で、大局的に覇権を西洋から東洋へ移す決断をしているのです。この考え方が、トランプ大統領にはありません。

そして三元九運の考え方は、今も使用されています。そこで、今、僕たちはどこに立っていて、どこに向かっているのかを下記に示します。

【上元】\
◯第1運: 1864-1883\
◯第2運: 1884-1903\
◯第3運: 1904-1923

【中元】\
◯第4運: 1924-1943\
◯第5運: 1944-1963\
◯第6運: 1964-1983

【下元】\
◯第7運: 1984-2003\
◯第8運: 2004-2023\
◯第9運: 2024-2043

三元九運に基けば、今は第9運の初期です。このことから、僕たちは一つの大きな周期が終わる「最後の20年」に、既に立っていることが分かります。

日本で言えば、この周期の最初である上元のはじまりは、第1運1868年の明治維新に始まり、中元のはじまりは、第4運1926年の昭和突入、1931年満州事変、1941年に勃発した太平洋戦争となり、第5運1945年に敗戦、GHQによる占領開始、1960-1970年代の安保闘争、高度経済成長に相当します。\
下元のはじまりは、第7運1985年のプラザ合意によるバブル経済突入、同時にグローバリゼーションが産声をあげ、1989年ベルリンの壁崩壊、1991年ソ連崩壊、1997年バブル経済破綻と続き、国際競争力を失った日本の衰退期が始まると同時に、世界は米国主導のグローバル時代に向かいました。\
同時期、1995年にWindows95が登場し、本格的にパーソナルコンピュータ時代が幕を開け、今日のデジタルテクノロジー時代の産声もあがりました。

第8運の移行期に差し掛かると、2001年のアメリカ同時多発テロ事件から2003年のイラク戦争により、西洋の覇権が終焉する転換点を迎えますが、下元に入ると、中国は大きな経済発展を独力で実現します。この間、ソ連崩壊後のロシア指導者として、2000年にプーチンが大統領に就任。2013年に習近平が国家主席に就任すると、役者は揃いました。

第8運2008年には、米国と中国が世界経済の指導者になるという意味の「G2」が提唱され、米国一強が揺らぎ、2016年トランプ大統領の登場により決定的となります。\
そして第8運でリーマンショック、アラブの春、欧州危機、パンデミック、ブレグジット、ウクライナ戦争、移民問題と極右台頭が加速しながら、雪崩れ込むように第9運に突入しました。

2024年に第9運に突入すると、再びトランプ大統領が登場し、ウクライナ戦争、イラン戦争などで「西洋の時代」を主導してきた欧州の発言力と影響力が完全に過去のものとなり、2026年5月の米中首脳会談により、ついに特定の国が覇権を担わない、多極化世界（覇権の分散）が実現しました。

こうして覇権も栄光も失った欧州は正気を失い、今、ロシアとの直接戦争を堂々と国際舞台で公言する暴挙を始めています。\
2026年5月中旬、モスクワ州にウクライナ側の大規模ドローン攻撃が展開されましたが、これは欧州・米国・英国の介入がなければ不可能です。この西洋諸国のロシア攻撃により、我慢し続けてきたプーチン政権側も、ついに堪忍袋の緒が切れ、明確に欧州に対する軍事報復を主張し始めています。

特にエストニア、ラトビア、リトアニアのバルト三国は、既にロシアへの直接攻撃に加担している可能性が極めて高く、NATOを通じたロシアへの攻撃は明確な宣戦布告です。\
第一次世界大戦も第二次世界大戦も欧州が引き起こしましたが、今回の第三次世界大戦も、引き起こしたのは欧州です。終わった国々の醜い末路と言えるでしょう。

一方で中国首脳部は、この古代の叡智に基づきながら、虎視眈々と覇権の交替を狙いました。その方法は単純で、周期論に基き、淡々と準備しておけば、勝手に西洋が自壊すると読んだのです。\
目論見は的中し、アメリカ・ファーストを掲げたはずの第二次トランプ政権は、自ら公約を破り、イスラエル側のロビー活動に屈してイラン戦争に介入し、敗戦した挙句、米中首脳会談で中国に敗れました。

勝利を確信した習近平の動きは迅速で、5月20日に中露首脳会談でプーチン大統領と会談、今週は北朝鮮訪問の可能性が高まっています。\
反転するように、米国、そして英国は内戦の危機に瀕しており、国際情勢どころではありません。

同じく周期論を無視し続ける日本では、憲法改正、再軍備、核武装、徴兵制復活が水面下で進んでいます。この動きに対して、5月20日の中露首脳会談では、習近平とプーチンが連名で「日本で加速する再軍備が、地域の平和と安全を深刻に脅かしている」と名指しで批判しています。これは単なる批判ではなく、警告です。

地球における日本の位置を冷静に俯瞰しろという戒めで、西側の思惑に引きずられて、第二のウクライナになるなという警告です。要するに、日本は西洋ではない、足元をちゃんと見ろと言っているのです。\
2023年にNATOの日本事務所開設計画がバレた時は、中露の激しい非難で2025年に何とか断念されましたが、これが進んでいれば、既に日本は攻撃対象になっていたでしょう。\
つまり国民は、憲法改正以前にNATOの日本進出反対を叫ぶべきです。そうしなければ、日本は戦場になります。

第9運（2024-2043）に限らず、500年振りの西洋から東洋への地殻変動を生きる僕たち。\
僕を含めた読者の方々も、この周期が終わり、新たな周期が始まる次の第1運の担い手となるでしょう。古代中国の叡智は「終わりは新たな始まり」であり、終わりの中に次の萌芽があると教えています。\
周期という個人では抗えない教訓から、僕たちは何を学ぶことができるのか？

一つ前の第9運（1844-1863）では、明治維新の直接的原因となった安政の大地震と呼ばれる複数の巨大地震が発生しました。1854年に南海トラフ巨大地震の安政東海地震と安政南海地震、さらに九州で豊予海峡地震が発生し、1855年には安政江戸地震（言い換えれば、首都圏直下型地震）、1856年には東北太平洋側で安政八戸沖地震が連発しました。

巨大地震が連発したことを契機に、1868年の明治維新に繋がる1858年日米修好通商条約、安政の大獄、1860年桜田門外ノ変が起きたことを忘れてはなりません。

地震にも周期があります。首都圏直下型地震と南海トラフ巨大地震は、今、起きてもおかしくない状況であり、既に第9運を生きている僕たちは、文字通り、生死の狭間を生き抜く過酷な時代を迎えるでしょう。

周期を読み解き、覇権を掴んだ中国と、周期を無視し、永遠の覇権が続くと盲信した米国。そして、周期を無視し、永遠の昭和が続くと盲信した日本。

天下分け目の戦いは、今、狼煙が上がったばかりです。

## 国つ神計画研究所

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

日本各地には、神代に起源を持つ古い神社が今も鎮座しています。\
「神代」とは、古事記や日本書紀の神話に記された神々や、創建説に起源を持つということです。

かつて古社の存在は、土地を治める氏族の政治力に直結していました。そのため、720年に成立した日本書紀や、10世紀に成立した『延喜式』神名帳では、厳格に神社の格付けが整備されています。裏を返せば、神社を格付けして序列を作ることが、政治統制の鍵だったということです。

これらは、当時の「律令制」と連動しています。律令制とは、中国の唐に倣った高度な国家システムの原型ですが、日本側では7世紀後半の天武天皇の頃に輸入・構築が始まっています。\
この7-10世紀頃に起きた律令制の影響で、古い起源を持つ神社が大きく変質します。その象徴的な傷跡を残しているのが、大分県の宇佐神宮です。

国東半島と周防灘に面した霊性豊かな場所に鎮座する宇佐神宮は、八幡総本宮としても知られており、全国最多の約4,800社の八幡社の本拠地です。第二位の稲荷神社でさえ、約2,700社ですから、いかに八幡信仰が日本で広がったかが理解できます。

八幡は「ハチマン」と同時に「ヤハタ／ヤワタ」であり、朝鮮半島の新羅から渡来した外来神を起源としています。八幡信仰が加速的に広がったのは、8世紀に聖武天皇が主導した東大寺の大仏造立に行き詰まった際、「宇佐の八幡大神」が、全国の神々を率いて協力するという託宣を発し、それによって無事に完成したことに由来します。\
ただ一方で、明治以降の日本では、八幡大神の起源が外来にあったことはタブー視されます。\
タブー視された理由は、八幡大神が、ある天皇と同一視されているからです。

それが、第15代・応神天皇です。\
日本で「空白の100年」と呼ばれる4世紀の後半から、巨大古墳の築造が始まる5世紀前半に実在したと推定される応神天皇は、大阪羽曳野の応神天皇陵が陵墓に比定されています。\
古事記・日本書紀は、父・仲哀天皇、母・神功皇后と位置付けますが、仲哀天皇と神功皇后は実在せず、伝説の人物だという見方が主流です。

特に、女王・卑弥呼と重ねられる神功皇后は、日本書紀では「オキナガタラシ姫」の名で登場し、自ら軍を率いて新羅・百済・高句麗に出兵した三韓征伐や、魏や百済との関係構築などの先頭に立つ勇敢な姿が記されています。\
一方、古事記は神功皇后の始祖を「新羅国の王子」と記しており、実情は、新羅王族が日本に帰化した末裔だったと言えます。

ここで疑問は、両親に位置付けられる仲哀天皇や神功皇后は実在性が低いにも関わらず、子の応神天皇の実在性だけが認められる根拠です。\
一般的には「消された歴史」や「隠された歴史」として魅力的に語られていますが、そういうことではなく、当時の人々が王を立てる際に「擁立」という方法を取ったからです。

血統など、共通祖先の結びつきで結束する単一氏族の時代であれば、擁立のような合意形成は不要ですが、複数の氏族が集まり、大きな集団を形成する時代に入ると、特定の氏族の意向ばかりを聞いていては統治できないため、合意形成による擁立という手段が取られます。今でいう民主的な方法です。

仲哀天皇や神功皇后は、あくまでも特定の氏族の象徴です。例えば、神功皇后の名は「オキナガタラシ姫」ですが、琵琶湖北東の現・米原市には、かつて息長氏（オキナガの氏族）が政治力を握っており、近隣の福井県敦賀が朝鮮系渡来人の最終到達港だった時代、帰化移民を束ねて勢力を拡大していました。\
ちなみに「敦賀」の呼称は、日本書紀に登場する朝鮮半島・加羅国の王子・ツヌガアラシトであり、ツヌガがツルガに転訛したものです。今も敦賀駅を降りれば、迎えるのは外来の王子・ツヌガアラシトの銅像です。

この敦賀から少し南下すれば、琵琶湖北部に到達し、渡来人は湖畔に沿って進出。かつての琵琶湖周辺は、渡来の村が軒を連ねる地域でした。\
その一つだった息長氏は、6世紀前半に在位した継体天皇を後に輩出しており、相当な影響力を持つ時代がありました。

神話は癖があって難しく、慣れるまでに時間がかかりますが、ここでは息長氏という氏族が、後に「神功皇后」として象徴され、古事記や日本書紀に加えられたと考えてください。\
仲哀天皇も同じ原理です。要するに、異なる氏族が「同盟（神話では婚姻となります）」を締結した結果、生まれた新たな集団が、子・応神天皇として配置されたのです。\
この観点で見れば、応神天皇も実在しません。異なる氏族同士の同盟により、新たな勢力を生み出したということです。

この時、応神天皇の謎が浮上します。単に異なる氏族間の同盟・服属であれば、太古から幾度も起きていました。しかし、なぜか応神天皇は象徴的な位置に配置され、空白の100年を経て、日本という国家形成の礎を築いた当事者と見られている上に、日本最多の信仰を持つ八幡大神と同一視されています。\
一体、何者なのでしょうか？

このことは、仲哀天皇と神功皇后が単一氏族レベルではなく、既に複数氏族を束ねる集団の象徴だったことを示唆しており、はじめてルーツが異なる複数の集団が一つの集団になる決定的瞬間が、応神天皇の存在に込められています。\
つまり、渡来、帰化、在来の氏族が、ひとつの共同体を作り上げる一歩を踏み出したということです。

新時代の震源地は、主に大阪の河内、奈良盆地西部地方で起きました。これら地域で、複数の異なる故郷、血統、言葉、習俗、文化、技術を持つ集団が、ひとつに結びつく試みが行われたのです。\
その中で最も成功し、台頭したのが応神天皇として象徴された河内（現・羽曳野、藤井寺、柏原）の勢力でした。

事実、この地域には渡来人に関わる伝承が多く残り、複数の神社が異なる外来神を崇めています。この統合に最も寄与したのが、仲哀天皇と神功皇后に象徴された集団であり、そこから擁立という形で、代々首長（王）を立てたということです。\
彼らは王が没すると、王を輩出した氏族以外から後継者を選び、即位させることを繰り返しました。この時代に「天皇」という呼称はなかったため、「大王」などと呼ばれています。要するに、天皇は単一の血統による人々ではなかったのです。

応神天皇が初の巨大な前方後円墳に埋葬されたのは、この時代が新たな象徴だったからですが、様々な技術を持つ集団が統合したことで、従来不可能だった大規模プロジェクトを技術的に実現できたからです。\
次代は仁徳天皇とされますが、これは応神天皇とは異なる複合氏族の象徴であり、地域の覇権は目まぐるしく動いていました。

皇族に限らず、僕たち日本人にとっても、ここは異なるルーツが混交した震源地であり、民族の起源として重要な位置を占めています。\
その記憶を持つ祖先たちは、後に外来の神々を習合させた八幡大神を創生し、そこに象徴的な大王だった応神天皇を習合。以降、その末裔が全国各地に移動する過程で、全国最多になるまで信仰（記憶）を継承したのです。

近年に判明した遺伝子の事実から見ても、現代日本人の大半は、古墳時代の人々の末裔です。個人的には、彼らは応神天皇に象徴される「大混交時代」に生まれた人々だと見ており、応神天皇の信仰は、相当深いところにあると考えています。

純粋な外来でもなく、純粋な在来でもない。\
いかにも日本的な姿が、応神天皇を通して垣間見えています。

では、なぜ河内に由来する初期国家、初期天皇の動きが、遠く離れた大分の宇佐で神格化されたのでしょうか？\
日本最大の謎を秘めた宇佐神宮。この古社を読み解くことが、日本の根源を解明する道となるのかもしれません。

## KINEMA 2400

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

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SCENE5は、成瀬巳喜男です。

SCENE4で、良い映画の条件に挙げた「最後まで見続けられること」。この文脈で見た時、学ぶことが多いのは成瀬巳喜男です。

黒澤明、溝口健二、小津安二郎など、同時期には巨匠の存在が際立っていたため、あまり注目されませんが、職人と言えば成瀬です。\
1920年に松竹蒲田撮影所に入社後、小道具係から助監督、そして監督になった成瀬は、63歳で死去するまでの間に87本も製作しています。\
この本数は、群を抜いています。有名な黒澤明は30本ですから、いかに成瀬が多作だったかが分かります。

しかも、彼は遅咲きの映画監督でした。一方で、成瀬の評価はまともに扱われてきたとは言い難く、ほとんど研究対象にもなっていません。一体、なぜなのでしょうか？\
その理由は、彼独自の製作手法にあります。

映画製作は、大所帯を指揮する必要があるため、準備が作品の質を左右します。特に重要となるプリプロダクションと呼ばれる準備段階では、脚本を練り上げ、監督が視覚的イメージをスタッフに共有するための「コンテ」を作成します。

コンテは絵で描かれることが多いため、元々画家志望だった黒澤明の絵コンテは、それ自体で展示会が行われたほど芸術的なのですが、この最重要のコンテと撮影の段取りを、何と成瀬は人に見せませんでした。

この事情から、87本もの映画製作を行なった成瀬ですが、資料がほとんど残っていません。ゆえに、資料不足で研究対象にならないのです。

しかし、成瀬は怠惰だったのではなく、ある意味で天才的でした。彼は自らが製作する映画のイメージを、すべて頭の中で完璧に構成することができたからです。\
一般的には、いくら映像イメージが頭の中に存在しても、映画製作には大勢の職人が関わるため、コンテや段取りとして共有しなければ、一貫した作品は描けません。ですが、成瀬はそうした慣例に捉われずとも、自らの頭の中にある完成イメージを逆算し、そこから製作日数・段取り・予算配分を決定し、予算内で納期までに納め、撮影も朝から17時前には必ず終わっていました。

当時の映画製作は、現在のブラック企業どころではなく、何日も徹夜は当たり前で、労働環境は過酷を極めていました。そのため、納期が遅れることは度々であり、途中で頓挫することも多かったのです。そうした状況の中、たった一人だけ淡々と映画を作り続けたのが成瀬です。

「納期厳守」「予算厳守」「労働時間厳守」、さらに監督本人の頭の中で設計が完璧に完成している成瀬が率いた製作部隊は成瀬組と呼ばれますが、この成瀬組は会社から最も重宝され、荒くれ者の多かった現場の職人たちにとっても、グウの音も出ない親方と呼べる存在でした。

寡黙で、余計なことを一切口にせず、それでいて圧倒的な存在。それが成瀬であり、彼最大の魅力です。\
成瀬作品を好む人は、自らも職人気質である傾向があり、その完璧な設計に芸術を見出すことができる人々です。

そこで、成瀬作品の入り口としてオススメしたいのは、『放浪記』（1962年）です。林芙美子の自伝を綴ったデビュー作が、成瀬の頭の中で完璧に設計され、登場する俳優も高峰秀子、田中絹代を筆頭に、素晴らしい構成になっています。

他作品は若干癖があり、慣れるには時間がかかるため、『放浪記』（1962年）、高峰秀子が銀座のマダムを演じた『女が階段を上る時』（1960年）、友人の妻殺しをモチーフにした『女の中にいる他人』（1966年）がオススメです。

ここで成瀬の作風に慣れてから、膨大な他作品に入るとスムーズです。\
かつての日本映画が、職人の静かな熱に支えられていたことを感じ取ることができるでしょう。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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