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title: "TM MAGAZINE Vol.17 ルーツ研究における常染色体・ミトコンドリアDNA・Y染色体の違い"
headline: "ルーツ研究における常染色体とミトコンドリアDNA・Y染色体の違い"
description: "遺伝子検査でわかるルーツは何を調べたかで別物になり、常染色体は5〜7世代で祖先の断片が消える面、ミトコンドリアDNAとY染色体は数万年を遡る線である。思想の森は朱熹の新民と王陽明、KINEMA 2400は撮影所システムと五社協定を論じる。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-17
language: ja
published: 2026-08-18
updated: 2026-08-18
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 17
sections:
  - series: "思想の森"
    title: "朱熹は親民を新民に替えた　王陽明の内外不離が朱子学の順序を壊す"
    summary: "朱熹は『大学』の親民を新民と読み替え内外を分離したが、王陽明は明徳を明らかにすることがそのまま民を親しむことだと説いた。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-17#shiso-no-mori
  - series: "国つ神計画研究所"
    title: "常染色体は面、ミトコンドリアDNAとY染色体は線のルーツ"
    summary: "常染色体は5〜7世代で祖先の断片が消える面のモザイクで、ミトコンドリアDNAとY染色体は数万年を遡る線である。"
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  - series: "KINEMA 2400"
    title: "撮影所システムと五社協定　大手六社は製作から興行まで独占した"
    summary: "戦後の大手六社は撮影所と系列館を持つブロックブッキングで製作から興行までを独占し、1960年には年547本を量産した。"
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keywords: ["常染色体 ミトコンドリアDNA Y染色体 違い", "mtDNA Y染色体 常染色体 違い", "遺伝子検査 ルーツ", "DNA検査 ルーツ 何がわかる", "ミトコンドリアDNA 母系 Y染色体 父系", "Y-DNA mtDNA 父系 母系", "常染色体 何世代まで", "遺伝子検査 先祖 何代前まで わかる", "ミトコンドリアDNA 男性 子供に遺伝しない", "女性 父系 Y染色体 調べ方", "10世代前 先祖 1024人", "ヒトゲノム計画 2003年 解読完了", "日本人 ルーツ 遺伝子 縄文 弥生 古墳", "始祖母 始祖父", "親民 新民 朱熹 王陽明", "大学 三綱領 明明徳", "大學之道 在明明德 在親民 在止於至善", "大学の道は明徳を明らかにするに在り 意味", "陽明学 朱子学 違い", "王陽明 大学問 内外不離", "朱熹 程頤 親は当に新に作るべし", "五社協定とは", "五社協定 ごしゃきょうてい", "五社協定 三ない主義 六社協定", "撮影所システム ブロックブッキング", "ブロック・ブッキング 映画 系列館", "プログラムピクチャーとは 二本立て", "プログラム・ピクチャー 東映", "東宝争議 来なかったのは軍艦だけ", "十人の旗の会 新東宝", "日本映画 黄金期 1960年 547本", "映画館 入場者数 1958年 11億人", "高田世界館", "三井崇央", "TM MAGAZINE"]
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usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# TM MAGAZINE Vol.17 ルーツ研究における常染色体・ミトコンドリアDNA・Y染色体の違い

2026年8月18日発行　著者：三井崇央

## 思想の森

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

***

他を変えようとするのではなく、まずは自らの心を正す。それが儒学の聖人の到達した境地だと、このコーナーの冒頭で書きました。今回は、その先にある境地を、少しだけ覗き見てみます。

なぜなら、内側だけで完結する人間は、結局、何も変えられないからです。自己完結は、自己満足は招くかもしれませんが、何も変わらないことを、変えることはできない。ここを問うことで、なぜ禅や道教では世界が変えられないのかを、根本から理解する鍵となります。

ここを最も鋭く突いた人物。それが、王陽明（1472〜1529）でした。

議論の舞台となったのが『大学』です。『大学』という文献は、元は儒学の重要な経典『礼記』の一篇でしたが、宋代に四書の一つへ引き上げられ、東アジア教養の入口へと昇華された歴史があります。その冒頭に、有名な三綱領があります。

大学の道は、明徳を明らかにするに在り、民を親しむに在り、至善に止まるに在り。\
【大學之道，在明明德，在親民，在止於至善】

明明徳とは、本来備わる徳を曇りなく発現させること。親民は、民に親しむこと。至善は、その到達です。この解義の問題は、二番目に起きました。今も儒学と言う際、この二番目の読みでどっちを取るかによって、大きく思想自体が変わる注目点となります。

宋代は、儒学が爆発的な復古を遂げた時代。その中心的人物だった南宋の朱熹（1130〜1200）は、北宋の程頤（1033〜1107）の説を継ぎ、こう注しました。「親は当に新に作るべし」。

親しむの「親」は、新たにするの「新」の誤りだ、と言ったのです。つまり、「親民」ではなく「新民」だと読み替え、そこに基づいて朱熹独自の思想を構築しようとしました。

たった一字、漢字を替えただけです。しかし、この一字が世界が裂ける断絶となり、以後の東アジア史に大きな影響を及ぼすことになるのです。ゆえに、朱熹の系統に連なる朱子学、王陽明の系統に連なる陽明学は、思想の土台自体が異なります。以下に、二つを並べてみます。

◯ まず自ら明徳を明らかにし、その後にそれを人に及ぼして、旧染の汚れを去らしめる（朱子学）\
◯ 明徳を明らかにすることが、そのまま民を親しむことである（陽明学）

ここを見ると、朱子学が分離していることがわかります。なぜなら朱子学では、「明明徳」が本、「新民」が末として据えられるからです。本末があるということは、先後があるということ、内外があるということです。自らを磨き終えた者が、「次の段階」として、まだ汚れている者を新しくする。この順序が立った瞬間、自分は主体の側に、民は改良される無知な対象の側に振り分けられます。上下が設けられているのです。

朱熹がこの手を使ったのは、ここだけではありません。むしろ、彼の思想が分離を前提にしていたからこそ、ここで「親民」が「新民」へ転移したと言えます。一字を替えることは、儒学にとっては凄まじい意味を持ちます。根本的に教えが良い方向にも、悪い方向にも変わりえるからです。文字通り、世界が一変すると言っても良い。

つまり、朱子学とは順序の哲学です。そして段取りが立つ思想は、法制度と相性が良いため、必ず体制に採用されます。江戸幕府を開いた徳川家康が、朱子学に飛びついたのは当然でした。これほど見事で、完成した統治に相応しい哲学は、他に存在しないからです。そして今も朱子学は、ひっそりと、日本の官僚制度の絶対的哲学として君臨しています。

王陽明が生涯を賭けて壊したのは、まさにこの順序（分離）でした。晩年の1527年、弟子たちに口授した『大学問』に、こうあります。

明徳を明らかにするは必ず民を親しむに在り、而して民を親しむは乃ち其の明徳を明らかにする所以なり。

明徳を明らかにする行為は、必ず民に親しむ行為として顕現する。そして民に親しむことが、そのまま自らの明徳を明らかにする、ということ。内が先で外が後なのではない。内が外であり、外が内なのです。つまり、内外不離。

陽明は、これを体と用で語りました。明徳は親民の体であり、親民は明徳の用である。体と用は二つに分離した別々のものではなく、一つの事の裏表に過ぎない。ゆえに彼は、明徳を明らかにすると言いながら、民を親しまないのは仏老の見方であって、真の明徳ではないと喝破したのです。仏教（特に禅宗）と道教が目指す内的完成の到達点を、儒学の側から不十分だと断じたのです。

自らの心の平安を整え、澄み切った境地に至り、そこで満足する。確かに、これは美しい。しかし、鈴木大拙以降、西洋世界で禅が単なるマインドフルネスへと転落したことからも明らかですが、この一点を理解しなければ、単なる自己満足です。

それは高潔であるように見えて、独りよがりでしかない。世界と一つも交わらないまま完成した内面など、真の内面ですらない。これが、陽明学の立場です。ゆえに、陽明学は仏教的な隠遁を許容せず、道教的な無に浸る態度も許しません。

陽明学が陽明学たる所以は、この絶対的不離に尽きます。内なる明明徳と、外なる親民が、常に相互に媒介し合っている。片方だけを取り出した瞬間、両方が死ぬ。これが陽明学であり、本来の儒学だったのです。

## 国つ神計画研究所

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

僕が生まれる直前の1990年、ヒトゲノム計画が始まりました。この計画は、人間という生き物に刻み込まれた設計図を、端から端まで読み解く試みで、13年もの歳月をかけ、解読が完了したと宣言されたのは、2003年4月のことでした。

つまり、人類が自らの設計図を手にしてから、まだ20年あまりしか経っていない。

そして、遺伝子解析が開いた扉によって、多くの恩恵を受けたのが人類学でした。20世紀を通じて爆発的な成果が上がった考古学ですが、土器や遺構は正確な年代測定が極めて困難であり、また様式などから影響を推定できても、確信に満ちた移動史を明らかにする力はありませんでした。

また、考古学は基本的に陸に留まった者の痕跡しか語れず、海を動いた先人の足跡は波にかき消され、遺物も潮に流されて残りません。ですが、20世紀は考古学、民俗学、さらに人類学が国家主義や民族主義と絡み合いながら、「民族とは何か？」、あるいは「人類とは何か？」という壮大な問いに迫る初端を切り開いてきました。

しかし、研究成果がどれだけ積み上がっても、何かが足りない。なぜなら遺物や遺構は「人間」によって作られる以上、その人間自身の情報がなければ、「あの民族とこの民族は似ている」程度のことしか言えないからです。ヒトゲノム計画の成功がもたらした恩恵は、まさにこの足りないピースを埋める大きな一歩となったのです。

ところが、発掘されたDNA情報の残る古人骨、あるいは民族を検査すればするほど、人類なる存在が、とてつもなく多元的な存在であることが明らかとなってきました。そしてDNAは興味深いことに、本来残らないはずの大移動の記憶を、僕たちの身体の内側に抱えており、誰もが固有の記憶を持っています。

祖先がどこを通り、どの海を渡ったのか。文字も遺物も残さなかった時代の移動史が、細胞の中に膨大なデータとして保存されていたのです。やがて遺伝子検査は徐々に民主化されていきますが、決定的だったのがAIの登場です。これにより現在、かつて到底理解できなかった深度で、遺伝子情報を個人が持てるようになりました。

ただし、ルーツに焦点を置くと、ここで多くの人が見落とすことがあります。それは「何を調べたのか」によって、見えてくる時代も、空間の広がりも、まるで別物になるという事実です。まず、遺伝子を用いたルーツ探索には、性質の異なる二つの入口があります。ひとつが常染色体、もうひとつがミトコンドリアDNAとY染色体です。この二つは似て非なるものであり、結果が根本的に異なります。

常染色体とは、細胞核にある22対の染色体であり、僕たちの体つきや体質を決めている、いわば本体の情報です。父と母から半分ずつ受け継ぎ、世代が交代するたびに、祖父由来と祖母由来の断片が、ランダムに切り貼りされて混ざり合います。そして特定の先祖から受け継ぐ割合は、1世代ごとに50％、25％、12.5％と、坂道を転げ落ちるように薄まる特性を持っています。

この常染色体を検査した観点から見つめると、自分がどの集団の混ざり物として立っているのか、その配分が浮かび上がります。そのため、父方・母方を問わず、あらゆる系統にまたがって親族を探し当てることもできます。つまり常染色体は、「面」として広がるモザイクだと言えるでしょう。

一方のミトコンドリアDNAとY染色体は、性質がまるで違います。ミトコンドリアDNAは母から子へ、Y染色体は父から息子へ、配偶者のDNAと一切混ざることなく、100パーセントそのまま受け継がれていくものです。数千年から数万年に一度、という低い確率で起きる遺伝子変異だけが、新しい目印として刻まれ、そのまま子孫へ保存されます。

だからこそ、これを辿れば、人類がアフリカを出てユーラシアを横断し、アジアを移動し、最後に海を渡って日本列島へ至った軌跡が見えてくる。こちらは、何世代経とうと情報は薄まらないため、更新世から完新世に及ぶ古代集団の動きを、そのまま抱えていることになります。いわば、こちらは「線」です。一本の、途方もなく長い線なのです。

なかなかイメージが付きにくいでしょうから、10世代前を考えてみましょう。

10世代前と言えば、およそ300年前の江戸時代中期です。そこまで遡れば、誰もが1,024人の先祖を抱えることになります。ですが、ミトコンドリアDNAとY染色体で辿れるのは、そのうちのたった二人だけという絶対条件があります。つまり、この過程で無数の祖先が入っているのですが、それらは途絶してしまい、最終的に残った二本のみが継承されます。

母系が、母の母の母……。父系が、父の父の父……です。判明するのは、二本の糸の先にいる人物のみであり、残る1,022人については、一切の情報を持ちません。これが人の生物学的な歩みです。

常染色体の方は、シャッフルと半減を繰り返すため、およそ5〜7世代前、年数にして150〜200年ほど遡ると、特定の先祖に由来する断片は細かくなりすぎ、完全に消失する状態となります。

つまり、歴史的な事実として間違いなく自分の先祖である人物のDNAを、僕たちは分子レベルで見た場合、一片も受け継いでいないことになる。系譜の上では確かに繋がっているのに、身体の内側には何も残っていない。この乖離こそ、遺伝子がルーツを語るときの最大の逆説です。

では、その「二本の糸」とは、具体的に何を指すのか。ここを曖昧にしたまま検査を受けると、結果を読み違えます。

まず、Y染色体です。これは男（父）から男（息子）へのみ渡るため、女（娘）はY染色体そのものを持ちません。ゆえに、女が自らの父系を知ろうとする場合、自分を検査しても何も出てこないため、父、兄弟、父方の伯叔父といった男の親族に協力を仰ぐしかありません。

次に、ミトコンドリアDNAです。こちらは母から子へ渡りますが、男女を問わずに渡ります。女に限らず男も、女（母）のミトコンドリアDNAを確かに受け取っています。ところが、男（息子）はそれを自分の子へ渡すことができません。受精の際、精子側のミトコンドリアは分解され、卵子側のものだけが残るからです。

ここに、不思議な非対称が生まれます。

男は、自分一人で二本の線を辿れる。父系のY染色体と、母系のミトコンドリアDNAの両方を持つからです。ですが、その母系の線は彼の代で途絶える運命にあります。受け取ることはできても、渡すことはできない。僕の場合に置き換えると、母は一人っ子で、僕たちは三兄弟のため、母から継承したミトコンドリアDNAは、残念ながら、僕を含めた兄弟で途絶えます。

一方の女（娘）は、自分の身体からは父系を辿れませんが、母系の線を次の世代へ渡し続けることができます。これが、母系と父系の決定的な違いです。よって「継承」という観点に絞ると、以下のようになります。

◯ 母系: 女→女→女→女→女→女→女→女→女\
◯ 父系: 男→男→男→男→男→男→男→男→男

面白いことに、受け取るが渡せない者と、辿れないが渡し続ける者がある。僕たちの身体は、この二つの役割を分け持っているのです。

よって、常染色体でルーツを調べると、父方・母方の全ての系統は見えますが、遡れるのは約5〜7世代前で、せいぜい150〜200年程度です。自身の民族構成比率は大雑把に割り出せ、親戚探しにも使えますが、ルーツという観点でみると、あまりに浅い。米国のように歴史が浅く、移民だらけの国家では、こちらが一般的なサービスとして人気がありますが、歴史の深い日本人を考えると、ほぼ恩恵はありません。

一方、ミトコンドリアDNAとY染色体は、純粋な母系と父系と言え、何世代遡っても情報は100パーセント保存され、突然変異のみが蓄積されていきます。しかも前述の通り、その突然変異は、基本的に数千年から数万年に一度しか起きません。

この特性により、古代から数万年前、そしてアフリカを出立した現生人類が、どのような移動によって日本列島に到着し、僕たちに結びつくかという、壮大な移動史がある程度解明できるのです。

もちろん、ミトコンドリアDNAとY染色体を用いたルーツ探索は、まだまだ本格的に始まったばかりであり、解像度が高いとは言えません。理由は、ルーツ探索は遺伝子情報だけではなく、考古学で発掘された人骨サンプルと量、さらにデータの精度が前提となり、それらを総合的に組み合わせて理解するものだからです。

特に日本人の場合、近隣諸国の中国、朝鮮（韓国・北朝鮮）、ロシア、チベット、中央アジア、トルコ、東南アジアや南アジアなど、広範囲な連携が欠かせず、特に外交問題が多い中国、韓国、北朝鮮、ロシアと共同しなければ、先へ進むことができません。

しかし、誰もがその遺伝子データから、あなたの始祖である母父まで遡れることができる。これを僕は、「始祖母」・「始祖父」と呼びますが、ここに20世紀からこれまで蓄積されてきた、先人による膨大な考古学、人類学の成果が、本当の意味で発動する可能性が開かれるのです。

先週末、僕は自身の膨大な遺伝子データを受け取り、地図を手にしました。僕にとって重要なミトコンドリアDNAとY染色体も興味深い結果が出たため、それを最新の人類学や考古学のデータ、さらにアジアの古代史、そして僕自身が行ってきた古代日本の調査データを組み合わせながら、独自にルーツに迫る新たな旅を画策しています。

もちろん、ミトコンドリアDNAとY染色体だけで、「あなたは何者なのか？」という答えは出ません。なぜなら日本人の場合、誰もが縄文・弥生・古墳の三つの層を遺伝子に刻み込んでいるからです。よって正確な問いは、母父から継承したミトコンドリアDNAとY染色体の起源となる始祖母・始祖父がどこで誕生し、どのような移動でその末裔たちが日本列島に到達したのか、となります。

今後、AIが労働を本格的に代替する時代を迎えると、働く必要のなくなった人間は暇を持て余すようになり、どんどん内省へ向かわざるを得なくなります。その時、「自分は何者なのか？」という問いは、遺伝子検査の民主化と絡み合いながら、必ずルーツの問いへと向かうでしょう。同時に、遺伝子に基いた21世紀型の新・民族主義が勃興し、一時的に世界を席巻するでしょう。

その時代を見据えて、真っ先に自分自身のルーツを掘り進めていこうと思いますが、その旅は、最後に人類最初の母を生んだ、アフリカ大陸まで達するのでしょうか。

謎の暗号が大量に並ぶデータが、一つの物語を作り上げる。もう一つの個人的な旅が、いよいよ始まります。おそらく最初の発表は、早くても2030年代になるでしょう。

## KINEMA 2400

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

***

僕たちは今、映画会社という言葉を、なんとなく「映画を作る会社」という意味で使っています。ですが、かつてこの言葉は、まったく違う規模のものを指していました。

かつては、作る工場を持ち、運ぶ流通を持ち、売る店まで持っている。原料から店頭まで、一本の線がすべて自社のものでした。あの時代の大手映画会社とは、そういう会社だったのです。つまり、Bean to Barのように、かつての映画は産地直送であり、一貫した生産者と顧客を結ぶ構造を持っていた。

この構造を知らなければ、映画史において重要となる「独立プロ」という言葉の重さが、理解できません。そこで今回は、最も巨大な構造から見ていきます。

戦後の日本映画を仕切っていたのは、松竹、東宝、大映、東映、新東宝、そして日活。この六社です。まず、各社はそれぞれ撮影所を持っていました。

◯ 松竹｜大船（神奈川県鎌倉市）・京都（下加茂から1952年に太秦へ移転、1965年閉鎖）\
◯ 東宝｜砧（東京都世田谷区、のちの東宝スタジオ）\
◯ 大映｜東京（東京都調布市多摩川）・京都（太秦）\
◯ 東映｜東京（東京都練馬区大泉）・京都（太秦）\
◯ 新東宝｜砧（東京都世田谷区、東宝第二撮影所が母体）\
◯ 日活｜調布（東京都調布市染地、1954年に新設）

実は、当時は監督も俳優も脚本家も撮影技師も、全員が月給取りの社員として会社に雇用・所属していました。この感覚は中々理解し難いでしょうが、今のようにフリーの監督が企画ごとに集められる構造ではなく、どれだけ映画が興行収入を上げても、監督に還元されることはありませんでした。なぜなら、会社員だからです。

簡単に言えば、会社に入り、助監督から始め、10年近く現場を務めて、ようやく監督に昇進して一本目を撮らせてもらう。撮影所とは、映画を作る現場であると同時に、徹底して会社だったのです。

ただ、最大の特徴として、各社は全国の映画館を系列に持っていました。ここが決定的です。何しろ、松竹の映画館では松竹の映画しかかからず、東映の館では東映しかかからないからです。これをブロックブッキングと言います。作品ごとに劇場と交渉するのではなく、上映番組があらかじめ自社で埋まっている。他社が入る余地も、独立した映画製作者が入る余地もない。

逆に言えば、埋まっているということは、埋め続けなければならないということです。

何しろ毎週、番組は替わります。しかも、1954年に東映が新作二本立てシステムを始めて以降、各社が追随し、一回の興行に対して、二本の製作が必要になりました。当時映画は二本立てであり、一度料金を払えば、二本の映画を見ることができたのです。かつて、レコードにA面とB面があった感覚です。ちなみに東映は、大量生産を最も得意とした会社です。

つまり撮影所は、途切れることなく作品を生産し続ける義務を自ら抱えてしまった。この体制で「量産された作品群」が、プログラムピクチャーです。

一体、どれくらい作っていたか。1960年、日本映画の製作本数は、何と547本（史上最高）。単純に割れば、週に10本以上が封切られていた計算になります。もちろん、それほど大量に映画が生産されていたのですから、その分、観客がいました。

事実、1958年に映画館の入場者数は、11億2,745万人に達しています。当時の日本の人口がおよそ9,200万人ですから、国民一人あたり年に12回以上、映画館に通っていたことになります。今では信じられませんが、テレビ時代以前の映画黄金期には、ここまで映画が輝いた時代があったのです。

大量の観客と、大量の映画。するとそれを繋ぐ映画館の数も、当然増大します。結果、1960年に7,457館でピークを迎えます。今も全国を巡っていると、時折寂れた土地に廃墟となった映画館を目にすることがありますが、これは典型的な昭和映画黄金時代の遺産です。

その遺産で実際に観賞体験がしたい場合、個人的なおすすめは、新潟県上越市にある高田世界館です。ここは何と開業が1911年（明治44年）。明治から大正期の趣を残す大変貴重な映画館で、今も映画を愛する有志の方々によって、定期上映が行われています。

また、当時、テレビは全国に150万台ほどしかありませんでした。映画が「娯楽の王様」と呼ばれたのは、誇張ではなかったのです。

さて、これほど完成された仕組みが、なぜ綻びを見せたのか。これは映画に限らず、あらゆる産業に起きることですが、非常に面白いので重点的に見ていきます。

発端は、一つの協定でした。1953年9月10日、松竹、東宝、大映、新東宝、東映の五社が調印した「五社協定」です。きっかけは、戦後は興行中心だった日活が製作再開を決め、撮影所を建てて他社から監督や俳優を引き抜こうとしたことに始まります。それを防ぐために結ばれた、専属監督や俳優に関する協定です。

一方、皮肉なことに、1958年9月には当事者の日活も加わって六社協定となり、ここで「貸さない、借りない、引き抜かない」の「三ない主義」が掲げられました。1961年に新東宝が経営破綻して再び五社となり、この協定は1971年に自然消滅します。

言葉にすれば、業界の紳士協定。ですが、これは働く側から見れば意味がまるで違ってきます。なぜなら、会社を辞めるという選択肢が、映画界から消えることと同義になったからです。今風に言えば、干される、ということです。その起源が、ここにあります。

例えば、監督が松竹を出ても、東宝は雇えない。俳優が大映と揉めれば、行き先がない。作りたいものと会社の方針が食い違ったとき、選択肢は、諦めるか、業界の外に出るかの二つしかなかった。実際、この過程で業界を追放された監督、俳優などは、本当にいます。

ですが、会社は常に事務と現場で温度差を持つもの。事務が五社協定で出口を閉したところで、現場の熱気を抑え込むことはできません。こうして需要と供給が一致していた時代、熱気を帯びた製作者との間に、大きな亀裂が入ります。重要なことは、この亀裂はその時に起きたことではなかったこと。亀裂は、ある延長線に現れたものです。

その発端が、敗戦直後の1946年から1948年にかけて、東宝で三次にわたって勃発した労働争議です。これは、戦後最大の労働争議でした。第二次争議のさなかには、長谷川一夫、山田五十鈴、原節子、高峰秀子といった時のスターたちが「十人の旗の会」を結成して脱退し、第二撮影所を母体に新東宝が生まれた経緯があります。

第三次争議では、何と撮影所の接収に、警視庁予備隊と米軍まで出動する事態となり、装甲車両が撮影所を囲みました。「来なかったのは軍艦だけ」という言葉が残っています。映画の撮影所に、戦車が来たのです。

なぜ、ここまで映画界が沸騰していたのか。というよりも、なぜ米軍まで出動する事態になっていたのか。ここに、現在からはなかなか見え難い、当時の激しいイデオロギーが潜んでいます。

そこで次回、映画界に沸き起こった激しい弾圧の歴史を見ていきます。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
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