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title: "TM MAGAZINE Vol.16 日本人的とは何か？ ｜「邪魔な主語」を無化する高度な技術"
headline: "日本人的とは邪魔な主語を無化する技術　三上章と西田幾多郎の場所"
description: "外来のものから邪魔な主語を無化し、述語の側すなわち場所から新たに創造する日本人固有の技術こそ日本化であり、三上章と西田幾多郎の場所論がそれを示す。国つ神計画研究所は忌部の麻と楮（コウゾ）、KINEMA 2400はATGの終焉を論じる。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-16
language: ja
published: 2026-08-11
updated: 2026-08-11
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 16
sections:
  - series: "思想の森"
    title: "三上章『象は鼻が長い』と西田幾多郎の場所　日本化とは主語の無化"
    summary: "日本化とは外来のものから邪魔な主語を無化し、述語の側、すなわち場所から新たに創造する日本人固有の技術である。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-16#shiso-no-mori
  - series: "国つ神計画研究所"
    title: "麻と楮は忌部の同じ行為だった　古語拾遺の和幣と安房の地名"
    summary: "忌部が麻と楮（コウゾ）を共に担ったのは剥ぐ・晒す・叩く・績む行為が同一だからで、紙は布のもう一つの姿として受容された。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-16#kunitsukami
  - series: "KINEMA 2400"
    title: "ATGはなぜ終わったか　全額出資でATGはATGでなくなった"
    summary: "ATGは観客の消失と1979年の全額出資方針で変質し、手法も大手に吸収されて終わったが、人と言葉と仕組みを遺した。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-16#kinema-2400
keywords: ["日本人的とは", "日本化とは 主語", "日本語 主語 いらない", "日本語 主語がない 理由", "三上章 象は鼻が長い", "三上章 みかみあきら 主語", "象は鼻が長い 主語 題目", "象は鼻が長い 英語 訳", "三上章 学界 黙殺 なぜ", "西田幾多郎 場所 述語の論理", "西田幾多郎 にしだきたろう 場所の論理", "主語の論理 述語の論理 違い", "It rains 主語 日本語 雨だ", "AI 主語 日本的 場所", "忌部氏 麻 楮", "斎部氏 いんべ 麻", "楮 読み方 こうぞ", "穀木 楮 白和幣", "古語拾遺 青和幣 白和幣", "青和幣 白和幣 読み方 あおにきて しろにきて", "斎部広成 古語拾遺", "古語拾遺 こごしゅうい", "阿波忌部 アメノヒワシ 天日鷲命", "アメノトミ 天富命 安房", "フトタマ 太玉命 忌部 祖神", "安房 阿波 忌部 地名", "房総 地名 由来 麻", "木綿 ゆう 楮 繊維", "太布 木頭 楮", "曇徴 紙 製法 610年", "ATG 終焉 理由", "ATG なぜ終わった", "ATG 全額出資 佐々木史朗", "岩波ホール エキプ・ド・シネマ 川喜多かしこ", "エキプドシネマ 大樹のうた", "ミニシアター 源流 岩波ホール", "濹東綺譚 墨東綺譚 ATG 最後の作品", "三井崇央", "TM MAGAZINE"]
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# TM MAGAZINE Vol.16 日本人的とは何か？ ｜「邪魔な主語」を無化する高度な技術

2026年8月11日発行　著者：三井崇央

## 思想の森

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

***

日常で最も使用しながら、最も理解されていないもの。こうしたものに、意外と次を考える鍵があるように思えます。それが、言語です。

英語は、主語がなければ立てません。しかし日本語は、主語を口にせず、一生を語り尽くせる。普段、当たり前すぎて意識することはありませんが、言語の構造的な異なりは、単に文法の癖ではなく、世界の掴み方そのものの違いです。

例えば、雨が降っている情景。英語は "It rains." と言う。降っているのは雨なのに、文頭には "It" という、誰でもない、何でもない主語を置かねばなりません。置かなければ、文が成立しないからです。文法家はこれを虚辞と呼びますが、要するに英語は、主語なしには世界を認識できない構造になっている。存在しない主語を捏造してでも、まず主語を立てなければ、何も語ることができないのです。

日本語は「雨だ」や「降ってきた」で足ります。あるのは、今ここで起きている出来事だけです。それを僕たちの言語は、語ることができる。

"I love you." を「好きだ」と訳せば、主語と目的語は二つとも消えます。これに対して、近代の翻訳論は、日本語の欠陥、曖昧さとして裁いてきました。挙句の果てに、言語学者は「日本語は、主語が隠れている」と嘯きます。

消えるも、隠されるも何も、そもそも最初から不要なのです。誰が、誰を、ではなく、「好き」という状態が、二人の間の場所に立ち上がっている。日本語は、出来事を場所として掴み、関係において表現する言語なのです。

主語を巡る近代アカデミズムの問題は、明治から始まっていましたが、決定的だったのが、戦後に発表された一冊の著作でした。その著作を書いたのが、言語学者の三上章（1903-1971）です。彼は、1960年『象は鼻が長い』で、日本語に主語という概念は要らないと論じ、学界から黙殺されました。

なぜ、三上章を学会は無視し、黙殺したのか。理由は、何とも単純です。三上章が有名大学の国語学教授ではなく、学会にも所属しておらず、当時、大阪の八尾高等女学校（現・山本高校）の数学教師だったからです。つまり、縄張りを荒らす部外者だったため、黙殺されることになったのです。

では、「象は鼻が長い」を英語にするなら、どうするでしょうか。まず、主語を「象」か「鼻」かのどちらか一つに決めなければなりません。例えば、四つが考えられます。

① have 型｜Elephants have long trunks.（象は長い鼻を持っている）\
② 所有格型｜An elephant's trunk is long.（象の鼻は長い）\
③ 部分限定型｜The elephant is long in the trunk.（象は、鼻において長い）\
④ 左方転位型｜Elephants — their trunks are long.（象、あれは鼻が長い）

つまり、英語は「象は鼻が長い」を語れない。そして三上は、日本語の「象は」は主語ではなく題目、つまり話が置かれる場であり、そこに「鼻が長い」という述語が生起すると主張しました。英語のように、主語が述語を支配するのではなく、場所の上に、出来事が現れると説いたのです。

ここに重なるのが、戦前日本の偉大な哲学者で、京都学派の巨頭・西田幾多郎（1870-1945）です。百年前の1926年に発表された論文「場所」で西田がやったことは、単純にして苛烈でした。西欧の論理を、ちゃぶ台のように、根底からひっくり返したのです。

アリストテレス以来、西欧は「主語となって述語とならないもの」を実在の基体に据え、そこから哲学など、文字通り「世界」を作り出してきました。今、国際的に「世界」と語られているものは、例外なく西欧由来であり、ほとんどの地域、民族には合いません。それを西田はひっくり返し、「述語となって主語とならないもの」、つまり場所を基体に据えたのです。世界の根幹が、日本と西欧では、根本的に違うという証明は、戦前の時点で行われていました。

主語の論理から、述語の論理へ。西洋哲学の心臓を、見事に組み換えたのです。

僕は、これが「日本化」と呼ばれてきた技術の正体だと考えます。つまり、日本人は外来のものを、受け入れてきたのではない。外来のものから、邪魔となる主語的なものを無化し、その上で、述語の側（場所）から創造する。この全く新たな創造を、日本人は歴史的に行なってきたのです。

ゆえに、日本の他文化受容とは、すでにある何かを受け入れ、消化することで日本化しているのではなく、根本的に新たな創造を行っているのです。これは、日本人にしかできない。ここに、僕たち民族の可能性があるはずです。

今、この能力が最も切実な形で必要なのがAIです。Artificial Intelligence という語は、知能という主語を人工的に作るという西欧的な宣言が、米国化された形で露骨に現れています。だから西洋は、必ずエージェント、すなわち自律した主体を作ろうとする。この世に、もう一つ主語を増やそうとする。彼らの地盤からすれば必然です。だから、彼らは「AIと人間」という二項対立の構図でしか、語れない。

AIが人間を超えるとか、AIが人類を絶滅させるとか、シンギュラリティが起こるとか、今、語られているAI論の全ては、西欧の主客の論理でしか語られていません。

AIを主語にしない道が、一ミリも考えられていない。日本人なら、AIを考える主体としてではなく、考えが生起する場所として扱う術を、歴史的に有しています。つまり、「AIが主体的に答えを出す」のではなく、「AIとの間に答えが立ち上がる」場所を創造すること。いわば、AIと人間を分離で考えず、不離から考えること。これは、日本人にしかできないAIなのだろうと思います。

主語が二つになれば、行き着く先は支配か従属しかありません。人間がAIを使うのか、AIが人間を支配するのか。今の議論は、すべてこの二元論の内側にある。だが場所として扱うなら、その問い自体が消えます。AIにおける中国の台頭は、僕に歴史を彷彿とさせます。

儒学、道教、仏教などは、一度中国という媒介を通し、日本へ流れ込み、やがて日本化されました。もしかするとAIも、米AIではなく、中華AIを引き入れた方が、日本人が日本化する道を開くのではないか、と考えています。事実、中国は英語が支配的だったOSを中国語で書く技術を確立し、香港という飛地を使ってAIに革命を起こし、主語を持つ米国の野心、NVIDIAや巨大データセンターを不要とする次元に達しようとしています。

今後、日本が反米に傾き、中国との距離を見直そうとするならば。AIは、日本人によって全く新たな存在へと創造されるのかもしれません。\
あるいは、日本は西洋を転換できないまま、単なる敵味方の未来へ傾れ込むか。

誰もが、重要な歴史の分かれ道に立っていることは、間違いありません。

## 国つ神計画研究所

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

一つの穴を掘り続けていると、思いがけないところで、別の穴に出ることがある。最近、この経験が僕の心に残っています。

昨年の調査テーマの一つは、麻の古代日本史でした。縄文の縄から大嘗祭のアラタエ、それを伝播させた古代氏族と語られない海を移動史た人々。ですが、最近、繊維の一本を手繰るように潜っていた場所から、和紙の理解が必要となる地点に出ました。そして和紙を扱う以上、楮（こうぞ）に行き着きます。

麻と楮は、植物としては別ものです。片や1年で立ち枯れる草、片や幹を持つ樹木。近代の分類学の棚では、隣り合うことすらない。ところが日本の古伝承の中では、この二つは同じ氏族の手によって運ばれ、同じ神に率いられているのです。

それが、忌部です。ですが忌部氏は、平安時代に入る頃、すでにかつての実権を失い、歴史の表舞台から退く立場にありました。そんな中、807年に忌部最後の当主・斎部広成が平城天皇に奉献した書物が、『古語拾遺』です。

この文献には、忌部の祖神フトタマのもとに技術の神々が束ねられ、アマテラスが天の石屋に隠れこもった際、一大事業を遂行したことが記されています。この時に登場するのが、二つの和幣です。青和幣と白和幣といいます。

青和幣が麻、白和幣が穀です。そして現・徳島の吉野川流域に動いた阿波忌部の祖神アメノヒワシが、穀木（楮のこと）を植えさせて、白和幣を製作させたと記されています。麻と穀。この時点で既に、二つは一つの職掌の中にあります。

後半、フトタマの孫であるアメノトミは、アメノヒワシの孫たちを率いて肥沃な土地を求め、東へ向かったと伝わります。この東征ルートは海を伝っており、まさに麻と穀の種を携え、各地にもたらしながら、移動した歴史の痕跡です。

徳島を出立した彼らは、紀伊半島を周り、伊勢地方に入り、東海を経由して関東へ進み、やがてある場所にたどり着きます。その新天地では、植えた麻がよく茂ったことから、その地は「総」と呼ばれるようになり、阿波から渡った忌部が住み着いたことから、「安房」と呼ばれました。現在の千葉県です。

つまり、房総の地名は、徳島の麻から来ており、アワという音が、古代人の移動を地名に刻み込んでいるのです。

僕が麻を掘っていて驚いたのは、この一点でした。植物の話をしていたはずが、いつの間にか地名の話になり、氏族の移動史になり、神社の祭神の話になっている。掘っている当人には、その繋がりは最後まで見えない。繋がっているかさえ、わからない。しかも、見えた時には、既に別の場所に立っている。

そして穀／楮。楮の樹皮を裂いて作る繊維を、古語で「木綿」と書き、「ゆう」と読みました。ただ、これは今の僕たちが想起する綿ではありません。インド由来のコットンが日本に定着するのは、はるか後年です。

楮の靭皮繊維は、長く、絡み合い、驚くほど強い。だからこそ、布として活用されました。徳島県那賀町木頭には、今も楮を織った太布が伝わっていることが、古層を伝えています。

この古層に、新たに紙の技術が入ってきたのです。『日本書紀』によると、推古18年（610年）、高句麗の僧・曇徴が墨と紙の製法を伝えたと記されています。

一般には、ここが日本の製紙の起点として語られます。ですが、少し立ち止まる必要がある。技術は確かに海を渡ってきたが、その技術が扱う素材は、既にこの土地にあったのです。しかも、神事の中心に据えられた素材として。剥ぎ、水に晒し、叩き、繊維を解きほぐす。この一連の手の行為を、忌部は既に何百年も反復していました。

だから、紙は異物として入らず、むしろ「布のもう一つの姿」として受け入れられたのです。千年を超えて古文書が残るのは、楮の繊維が長いからだと説明されますが、もう一歩踏み込めば、紙が来る前に、繊維を扱う行為が日常に既にあった。すでに行為（技術）としては、完成されていた。器が先にあったところへ、水が注がれただけと言えます。

また、麻と楮を「別の素材」と見なしているのは、近代以降、僕たちに付着した悪癖にすぎません。アイヌ研究の第一人者・知里真志保は、かつてのアイヌ語に「植物自体」を指す用語がないことを突き止めています。

この知里真志保の気づきを、昨年、頭の片隅に置きながら調査を続けていると、古代人は「物」を同定するために名を付けたのではなく、「行為」に名があったと理解するようになりました。ある植物の、ある部位を、日常の行為の中で用い、何かを生み出す。その一連の行為にこそ、名が付けられた。今週の思想の森でお伝えした、主語なき境地です。

この視点に立てば、麻と楮が一つの氏族に担われた理由は、明快です。剥ぐ、晒す、叩く、績む。行為として、両者は同一です。もちろん、差異はありますが、同じ技術を素材に応じて合わせる古代人の技術なら、僕たちが考えるような違いはない。つまり、素材が違うのではなく、素材という概念がなかった。あったのは、繊維を扱う行為そのものであり、その行為を司る神だったのです。

そして今、別のプロジェクトで和紙を扱う必要が出てきました。その時、ふと、昨年の調査の知見が、「麻と楮」という古代から結びつくものであることに、改めて気付かされたのです。

## KINEMA 2400

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

***

文化が終わるとき、たいてい誰も気づきません。

1974年、ATGは二本の傑作を世に出しました。寺山修司『田園に死す』と、黒木和雄『竜馬暗殺』。ATG方式の頂点であり、同時に、ひとつの時代の終わりでもありました。

同じ年、ATGの拠点、いや、時代の拠点だったアートシアター新宿文化が、その役割を終えます。1962年の開館から、12年。総支配人の葛井欣士郎が辞任したことに始まります。理由は、劇場が、世に問うことから、一般の商業映画館へ切り替わったからです。同時期、ATGは海外芸術映画の配給を打ち切ります。

輸入し、育て、作る。その最初の一本目が、静かに外されたのです。

なぜ、熱が引いたのか。理由は明白です。あの問いを抱えた観客が、消えたからです。第一回で、60年代を始めたのは、巨大な敗北感だと書きました。では、その季節にとどめを刺したのは何なのか。

それは、弾圧ではなく、内側からの崩壊でした。ATGが終わる同年、象徴的な事件が起きます。1972年の連合赤軍です。山岳ベースで「総括」と題した同志殺しと、あさま山荘事件が勃発。テレビは一日中それを映し、日本中が見ました。この瞬間、政治で世界を変えられなかったという敗北の上に、変えようとした者たちが、仲間を殺したという重い事実が重なったのです。

さらに、翌1973年にオイルショック。高度成長が終わり、街の空気が一変します。人はなぜ死ぬのか。私とは何なのか。あの問いを、口に出すことがなくなったのです。「しらけ」という言葉が世代の名前になっていくのは、この数年です。

問いを抱えた若者が街からいなくなれば、その問いに応える映画館は、成立しません。すると、問い自体を生成する先鋭的、前衛的、実験的な作品は、必要性を失う。実際、ATGの衰退は、この歴史そのものでした。

ところが、新宿文化が消えた同年の1974年2月12日。神保町の岩波ホールで、ひとつの上映運動が始まります。これに関わったのも、川喜多かしこでした。彼女が総支配人の高野悦子とともに立ち上げた「エキプ・ド・シネマ」が誕生し、第一回上映作品として、インドのサタジット・レイ『大樹のうた』が上映されました。

火は、新宿から神保町へと移ったのです。

この運動が、のちに「ミニシアター」と呼ばれる源流になります。1981年には、新宿にシネマスクエアとうきゅうが開場し、翌年ユーロスペース、その翌年シネ・ヴィヴァン六本木が開業。80年代の東京という好景気に沸く時期に、小さな映画館が次々と生まれました。川喜多かしこという人が、いかに深いところで日本の映画文化を支えていたかが、わかります。

ですが、ATGは70年代を通じて、じりじりと後退していきます。批評家に絶賛されても、客が入らない作品があり、加盟館は減り、経営は苦しくなる一方。70年代前半には、当時のポルノブームに便乗する形で、思想を絡ませた実相寺昭雄『無常』『曼陀羅』や、若松孝二『天使の恍惚』といった、いわゆる芸術ポルノが興行的に当たりました。

1979年、創立以来の社長・井関種雄が退任し、佐々木史朗が後を継ぎます。

ここで新社長は、画期的な方針を打ち出しました。監督側の負担は50%でも10%でもよい、金がなければATGが全額出す、と宣言したのです。製作費も、三千万から三千五百万に引き上げられました。一見、作り手に優しくなったように見えます。ですが僕は、ここでATGはATGでなくなったと考えています。

ATGの「一切干渉しない」という第二条は、善意だけで成り立っていたのではない。作り手が半分を出しているからこそ、口を出す筋合いがなかった。今村昌平や岡本喜八が家を抵当に入れて映画を作り続けたように、作る側は命を賭けていた。その対等さこそが、干渉しないという奇跡を支えていたのです。全額を出す側になった瞬間、ATGはただの製作会社になります。

ですが、ここから次の芽が育ったのも事実です。佐々木体制のATGは、自主映画やロマンポルノ出身の若手を積極的に起用。大森一樹『ヒポクラテスたち』（1980年）、大林宣彦『転校生』（1982年）、そして森田芳光『家族ゲーム』（1983年）という、名だたる名監督が登場しました。

ATGの作風が明らかに変わった。しかし、本当の問題はそこにありませんでした。ATGの発明が、業界の常識になってしまったのです。

1977年、ぴあが自主製作映画展を開始（のちのPFF）。1979年には、東映が社外監督に門戸を開き、製作費は折半という方針を打ち出しました。低予算で、若手に、一本目を撮らせる。ATGだけがやっていたことを、大手がコピーしてやり始めたのです。

運動は、負けて終わるとは限りません。勝って、吸収されて、終わることもある。ATGの晩年は、そういう終わり方でした。文化が、商業的に吸収され、消化されてしまったのです。

そして1992年、新藤兼人『濹東綺譚』。これが、ATGの最後の作品になります。以後、会社は休眠したまま26年を過ごし、2018年11月1日、東宝に吸収合併されて消えました。この間の1993年、川喜多かしこは死去しています。

では、ATGは何を遺したのか。

人を遺しました。大島渚、松本俊夫、吉田喜重、長谷川和彦、森田芳光。彼らがあの場所を通ったという事実そのものが、日本映画の骨格そのものです。

そして、言葉。上映館でしか売らなかった雑誌『アートシアター』。完全シナリオと評論を収めたあの冊子が、映画を観て消費する観客から、読み、考え、論じる者に変え、その先に映画を作る転換を成し遂げた。

何より、仕組み。金は半分でいい。ただし、一切口を出さない。そのかわり、発表する場所は必ず用意する。潤沢な予算でもなく、洗練された才能発掘システムでもない。作り手が自分の半分を賭け、大人が黙って場所を差し出す。それだけで、日本映画はあの高さまで行ったのです。

いま、僕たちは違う景色を見ています。カメラは誰の手にもあり、発表の場は無限にあるように、見える。ですが、ATGを眺めていると、何かが決定的に間違っている。ATGが遺した真の遺産は、相変わらず強烈で、先鋭的な問いとして、今も残されているのです。

新宿三丁目、伊勢丹の横。文化は、小さな場所で生まれ、静かに終わります。一時代を築いた建物は、もうありません。ですが、あそこで行き場のない憤りを抱えた若者と、大人が共犯したことを、忘れてはならないはずです。

思考する作品を提供し、作る意欲を高め、金を半分出して、口を出さず、場所を持つ。観た者は、思考する者となり、作る存在となる。その連鎖こそ、日本文化です。ATGが遺したのは映画ではなく、おそらく、在り方のほうです。

現在のクリエイティビティは、果たしてこの精神を少しでも持っているでしょうか。それとも、この歴史さえ知らないまま、クリエイティブを語っているのでしょうか。葛井欣士郎は、ある言葉を遺して世をさりました。最後に、その一言を。

「僕はね、アートシアターのお客様から次の芸術家が生まれるのが夢だったんだよ」

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

### 最新作：『和と大和』（三井崇央初の思想書、2026年10月21日）。ほかに『僕は何者なのか？』（日本人のルーツを求めて日本列島を歩いた7年間の記録）、写真集『Where Was I? 僕はどこにいたのか？』

- [和と大和](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HNQW4HQ8)（Kindle、2026/10/21）: 三井崇央初の思想書。「和」とは何か。魏の使者が聞いた「ワ」の音から、卑弥呼、十七条憲法、太子信仰、水戸、幕末、明治、戦後へ。和の変様の跡を辿り、多元の和を疎外した先に立ち現れる単一の「大和」（空気・同調圧力・忖度）を、山本七平『「空気」の研究』の先に位置付ける。
- [僕は何者なのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0GTJ3WZKD)（Kindle、2026/03/23）: 自分のルーツは、両親ではなく祖父母を見ることで辿れる。1991年生まれの僕が、祖父母の故郷（石見の五十猛と温泉津、秋田の横手、瀬戸内の大三島）から津軽、岩木山、出雲、諏訪、宇佐へと7年間日本列島を歩き、縄文・弥生・古墳の層に多元的な日本人の姿を探った記録。
- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島を歩いて撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
- ほかの著書: https://www.amazon.co.jp/stores/author/B09P7R6Q25
