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title: "TM MAGAZINE Vol.12 欧米の作法｜挑発を繰り返し、攻撃される理由をばら撒き、喚き立てて攻撃する"
headline: "欧米の作法は挑発し攻撃される理由をばら撒くこと　日本の財政主権"
description: "大航海時代以来、欧米列強は挑発を繰り返し攻撃される理由をばら撒いてきた。その作法を染み込ませた日本は米国債を米国の許可なく売れず、財政主権を奪われている。国つ神計画研究所は平田篤胤の復古神道、KINEMA 2400はATG設立を論じる。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-12
language: ja
published: 2026-07-14
updated: 2026-07-14
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 12
sections:
  - series: "思想の森"
    title: "ベッセント米財務長官の再三の来日　日本は米国債を売れず財政主権がない"
    summary: "世界一の米国債保有国である日本は、米国の許可なく米国債を売れない。これは財政主権を奪われた隷属の構造である。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-12#shiso-no-mori
  - series: "国つ神計画研究所"
    title: "吉田家と白川家の神職免許体系を崩した平田篤胤の復古神道"
    summary: "江戸の神道は教義以前に吉田家・白川家の免許による統制体系であり、平田篤胤の復古神道は発見ではなく時代が求めた創造だった。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-12#kunitsukami
  - series: "KINEMA 2400"
    title: "川喜多かしこはフィルム保存とATG設立で「伝える」を実践した"
    summary: "作ることが民主化した今こそ価値は「伝える」にあり、川喜多かしこはフィルム保存と1961年のATG設立でそれを体現した。"
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keywords: ["日本 財政主権", "ベッセント 来日 米国債", "スコット・ベッセント 来日 目的", "ベッセント財務長官 日本", "日本 米国債 売れない", "日本 米国債 売ったらどうなる", "アメリカ国債 日本 売却", "米国債 保有国 世界一 日本", "ダボス会議 ベッセント 日本", "米国 独立250年 日本", "日本 アメリカ 属国", "欧米 挑発 大航海時代", "平田篤胤 復古神道", "平田篤胤 霊能真柱 幽冥界", "霊能真柱 たまのみはしら", "平田篤胤 気吹舎", "平田篤胤 江戸退去 秋田", "吉田家 白川家 神道", "白川伯王家", "伯家神道 はっけしんとう", "神祇伯 白川家", "神道裁許状 諸社禰宜神主法度", "江戸時代 神主 免許", "吉田神道 唯一神道 吉田兼倶", "川喜多かしこ ATG", "日本アート・シアター・ギルド 設立", "日本アートシアターギルド", "ATG 1000万円映画", "ATG 一千万円映画", "フィルム保存 川喜多かしこ", "川喜多かしこ シネマテーク・フランセーズ", "アンリ・ラングロワ FIAF", "国立映画アーカイブ 川喜多かしこ", "バトル・ロワイアル 深作欣二", "バトルロワイヤル 深作欣二", "三井崇央", "TM MAGAZINE"]
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# TM MAGAZINE Vol.12 欧米の作法｜挑発を繰り返し、攻撃される理由をばら撒き、喚き立てて攻撃する

2026年7月14日発行　著者：三井崇央

## 思想の森

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

***

敵対する必要のない相手を挑発し、自分たちは何もやってないと嘯く。\
大航海時代以来、欧米列強が繰り返してきた行動を、今、日本政府は骨の髄まで染み込ませてしまい、自ら克服できなくなっているように見えます。

大前提に「敵」という考え方が極めて西欧的です。\
そして現代西欧的な「敵」は、対話を拒むべき相手であり、蔑むべき悪だと見做します。かつて植民地時代に他国・他民族を野蛮・未開などとレッテルを貼り、次々と占領を肯定した姿と同じ。それが今の西側諸国の姿です。\
つまり、彼らは何も克服できておらず、歴史から何も学んでいない。やっていることは500年来変わっておらず、むしろ巧妙化しています。その原動力となっているのが、自らの特権を失うことへの「恐れ」です。

中国を仮想敵として位置付けることは、日本にとっては価値のない暴挙です。\
東アジア有事は米国政府の一部利権と強く結びついており、ここに情勢を不安定にする病原がある。当然ですが、そこに寄生している日本政府の一部、さらに中国政府の一部も同質です。

この時、本当に見なければならないことは、「敵だ！」と名指された瞬間、誰の指がその仮想敵を指しているかです。\
ここに表に浮上しない利権という複雑な構造があり、しかもそれ自体が直接、戦後日本の対米服従にまで伸びている。

国家や集団次元で未来を考える時代は終わりました。ですが、それでも「主権」は問い続けなければならず、提起し続けなければならないことです。\
それを象徴する出来事が、最近も起きています。

米国財務長官のスコット・ベッセントが、今年1月のダボス会議で日本の財務大臣を厳しく叱り、「米国債を勝手に売るな」という脅しをかけました。\
直近5月にもベッセントは来日していますが、驚くべきことに一年程度で三度も来日し、それぞれ首相・財務大臣・日銀総裁と一人ずつ面会しています。これは釘を刺しにきたと見るべき深刻な事案です。メッセージは「（米国の）許可なく、勝手なことをするな」です。\
日本の財政主権を明らかに奪っている当事者であるにも関わらず、日本メディアは彼を「大親日家」と報道しています。

日本は、世界一の米国債の債権者です。\
それは米国財政を支える構造の歪みであり、しかも米国財務長官が執拗に来日し、日本の財政主権を無視して米国の財政を支え続けろと脅す。これほど主権を無視した隷属を強いる明白な言動が、外交の名の下に行われている。

今日の破滅的な円安を打破するために、日本側は米国債を手放したい。ですが、日本政府も日銀も米国の許可なく米国債を売ることができない。\
米国債を売れば米国の金利が跳ね上がるため、事実上、米国に対する「非服従」の宣言となるからです。\
つまり日本政府は国民の顔など見ておらず、ワシントンの顔を見ている。ここに、どうしようもない虚無感が社会に漂う一因があります。

そもそも、米国の独立記念が盛大に他国の日本で祝われること自体が異常です。\
これまでの日米関係では、基本的に日本が米国の属国というか、属州の一つである事実を堂々と開示することには抵抗があった。それは1960年代の安保闘争に連なる反米精神が、二十世紀後半にはまだ強く生きていたからです。

例えば、50年前の独立200年記念は1976年だったため、まだ安保闘争を闘った世代が現役を占めており、そのようなことは絶対にできません。\
しかし、GHQの日本占領権が在日米軍横田基地に継承され、そこから半世紀以上かけて国民の馴致が進んだ今、ある程度杜撰でも管理できるようになったと個人的には見ています。

その杜撰さが、今回の独立記念を日本が盛大に祝う姿に現れています。米国が西欧から主権を奪還して独立した記念すべき祝賀の日に、主権を剥奪され、主権を持つことを許さない植民地として日本を扱っている。\
マスメディアの心臓部である電波権を横田基地が握っている以上、メディアは真相を伝えない。

国民生活を破壊する代償を払っても、日本政府は何か行動を起こす前には、必ず米国の意向を問わねばならない。\
第二次安倍政権以降、日本は米国のために国民の総動員も辞さない方針となり、ゆっくり、着実に社会を疲弊させてきました。\
この時代を迎える最後の構造的転換点だった民主党政権の樹立に際して、時の小沢一郎と鳩山由紀夫は、明確にこの構造を解体することを宣言しましたが、「何者か」の逆鱗に触れ、彼らが所有するマスメディアで徹底的に二人は表舞台から淘汰されました。

こうして民主党政権は壊滅。あっという間に第二次安倍政権が始まり、以降は自民党清和会の独壇場となり、今の高市首相に続きます。\
彼女が安倍政権の方針を続けると公言したのは、言葉を裏返せば「米国に逆らわない」ことの表明であり、「米国のために働く」という宣言です。

安倍政権に続き、高市政権も国民生活を破壊しながら、そこで回収した資金を次々と米国のために投入。増税も再軍備も米国のためであり、日本側の主権はそこにはない。主権どころか、国民がない。一体、政治家・官僚は「誰のため」に働いているのか？\
この冷徹な事実こそ、僕たちが本当に直視し、闘わなければならないことです。\
一方で、二度の安保闘争敗北から学べる僕たちは、同じ方法を取ってはならないはずです。

重要なことは、当時の日本社会は若者が多数派でありながら、変えることができなかった事実です。\
今の日本社会は若者が少数派であり、しかも当時の強固な左翼イデオロギーは表向きには存在せず、SNSを通じて最適化されています。かつて左翼組織では「オルグ」の手法が徹底されましたが、今、これと同じことがSNS上で若者を次々と拿捕しているように見えます。つまり、アルゴリズムは「オルグ」と極めて相性が良い。\
こうした方法を「運動の耐久性」という観点から見た場合、当時と比較できないほど脆弱だということが言えるでしょう。

さらに、物事は二元論で動くと必ず反転します。\
安保闘争で敗北した若者が、今の日本社会を形成した当事者だった事実を忘れた時、同じ過ちを繰り返す未来が一歩近付く。\
これは戦前も同じでした。つまり、今、日本政府に対する行動を展開する首脳部は、近未来の軍国主義に迎合する力となる。\
このどうしようもない力学の正体を、かつて深作欣二は大ヒット映画『バトルロアイヤル』で見事に提起しました。

今後、これらを大局的に見て、本当に未来を考える運動の指導者が登場するか否かが焦点となるでしょうが、それ以上の問題として多くの方々が見逃しているのは、実は米国側の構造的転換点が近いことです。

次回、ここを考えていきます。

## 国つ神計画研究所

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

社会が不穏な空気に包まれた江戸時代後期。カリスマ宗教家としての素質をいかんなく発揮し、一気に次世代を切り拓いた人物。それが国学者・平田篤胤です。\
平田の功績は多々ありますが、特筆すべきは神道をアップデートし、近代へ結んだ当事者だということです。

江戸時代の神道を語る前に、まず一つの事実を押さえる必要があります。当時、神職に「あなたは神主である」と認める免許を発給できる家は、日本に二つ存在しました。吉田家と白川家です。

吉田家の神道は、室町期の吉田兼倶（1435-1511）が大成した唯一神道に遡ります。\
今も京都市左京区には、独特の存在感を放つ吉田山が鎮座しており、吉田兼倶が創始した唯一神道の本宮・吉田神社が建立されています。\
全国の神々を一つの聖域にまとめて奉祀するという画期的、あるいは暴力的とも言える彼の試みが、江戸時代の神道大家の一つの系譜を生み出したのです。

ざっくり言えば、吉田神道は室町期の新興宗教でしたが、江戸幕府はこれを追認します。\
決定打となったのが、1665年に発布された「諸社禰宜神主法度」です。\
これによって吉田家は、朝廷の官位を持たない全国の神職に対し、神道裁許状という免許を発給する利権を握ります。

当時の神主の大半は、吉田家の免許によって初めて神主になれた。神を祀る資格そのものが、一つの家によって規制されていたのです。\
こうして新興宗教として始まった吉田家は、やがて神道の絶対的守護者となり、利権を掌握する主翼を担ったのです。

一方で白川家は、平安時代の第65代・花山天皇（在位: 984-986）の末裔を称し、代々、神祇伯という朝廷の祭祀官を世襲する家柄でした。\
伯の家であるがゆえに伯家（はっけ）と呼ばれ、伯家神道とも呼ばれました。\
この家は本来、宮中祭祀を司る格式を持ちながら、長らく吉田家の後塵を拝していました。ところが十八世紀以降、白川家も門人を集め、独自に免許を発給し始めます。ここに、二つの免許元が全国の神職を奪い合う構図が生まれました。\
興味深いのは、神道の二大勢力の本拠地が江戸ではなく、共に京都だったことです。

つまり江戸の「神道」とは、教義以前に、まず免許という統制の体系だったと言えます。\
これは今も異なる形で継承されています。日本で神職になる場合、実質的に東京の國學院大学か、伊勢の皇學館大学を卒業しなければなりません。\
この免許制度によって、神道という利権を掌握する動きが、既に江戸時代の京都において始まっていたのです。

しかし、利権は長く続けば必ず疲弊し、問題が露呈するもの。\
実際に江戸時代の人々は、構造に透明性のない神道を嫌い、開かれた儒教を積極的に学びました。\
こうして神道は信頼を失って引きこもっていき、やがて秘密教団のような怪しさを育む母胎となったのです。

一方で、吉田家も白川家も新時代の才覚を持っていない。ここに登場したのが、平田篤胤でした。\
既に名の知られていた平田は、1823年に白川家の門人となり、1831年には吉田家とも関係を締結。両家の権威を利用しながら、実際には自らの運営する気吹舎に全国の門人を集め、思想的主導権を完全に掌握します。

この動きは、単なる在野の運動ではありません。\
その証拠に彼の動向を恐れた幕府は、1841年に平田篤胤に対して著述停止と江戸退去を命じ、平田は故郷の秋田で失意のうちに世を去りました。

では、平田は何を提起したのか。\
彼が生み出したのは、従来の免許の体系ではなく、一つの宇宙論でした。\
神道を特定の家系に支配された構造から、一気に宇宙論へと拡張した。ここに、平田が唱えた復古神道の核心があります。

その思想的源流には、師と仰いだ国学者・本居宣長がいます。\
宣長は「人は死ねば穢れた黄泉へ堕ちる」と考えましたが、その先を語りませんでした。\
この宣長の暗い死生観に、平田は耐えられなかった。これは十八世紀という動乱前を生きた宣長と、江戸時代後期という動乱期を生きた平田との裂け目です。\
そこで平田は主著『霊能真柱』（1813年）において、大胆に死後の世界を組み替えました。ここが復古神道と呼ばれる思想的根拠です。

少しだけ、その世界観をのぞいてみましょう。\
平田によれば、この世は天御中主神（アメノミナカヌシ） と、造化の産霊神（ムスヒ）による生成の力に貫かれており、人は死してなお消えることなく、大国主神（オオクニヌシ）の主宰する幽冥界へ入ります。\
そこで生前の行いを審かれ、なお現世を見守り続けるため、生者と死者は隔てられていないと考える。ここが基本構造です。

この時、重要なことは一つ。「生死は不離」だと説いたことです。\
宣長は生死を分離して考えていました。

生死を分離する視座は、仏教に象徴的です。\
仏教では、その限界を打破するために輪廻転生や浄土思想などが生まれ、何とか生死を統合、あるいは諦める境地に向かう歴史と共にありました。\
宣長は、この境地を国学という言語で語った。そこで平田は宣長が語らなかった救いを、神話の言葉で語り直す試みを為したのです。

復古神道の骨格には、外来の宇宙論の影が濃く差しています。\
理由は明白。平田は蘭学者によって漢訳された西洋の書物（オランダ経由）に目を通しており、そこから吸収したものを、あたかも古来の日本の姿であるかのように組み込んだからです。

復古神道とは、失われた純粋な日本を掘り当てた発見ではなく、時代の要求に応えて、新たに立ち上げられた創造だったのです。\
平田の非凡は、この創造を「復古」という一語で語り切ったカリスマ性にあります。なぜならこの一語が、神道の本家である吉田家と白川家の覇権を崩す決定的瞬間となったからです。

ですが、平田の水源が本当に力を持ったのは死後です。\
明治維新を迎えると、平田門下の国学者たちは新政府の祭祀行政へ次々と流れ込み、神祇官の再興、神仏分離、大教宣布といった一連の政策を思想的に牽引しました。\
彼ら自身は、やがて長州系が構築した官僚機構の中で退けられていきますが、その論理だけは国家に残りました。

その帰結が、吉田家と白川家の終焉です。\
明治新政府は神職を国家の管理下に置くにあたり、二つの家が握ってきた免許の権能を剥奪。ここで表向きに利権は解体されますが、実際は明治新政府の官僚機構へ転移させただけです。\
明治四年（1871年）には世襲神職が廃され、神を祀る資格を家が発給する時代が終わり、神祇伯の官も、神祇官の解体とともに消えていきます。\
両家はのちに華族として子爵に列せられたものの、それは祭祀を統べる家からの静かな退場でした。

こうして吉田神道は、独自の教説ごと歴史の背後へ退きます。\
ですが、時代の転換点に二つの家の力が衰退する最中、日本神道史における最重要の出来事が発生していました。\
それは一子相伝で代々秘伝だった両家の奥義が、権威衰退に伴い、続々と外部へ流出したことです。

この時の秘伝流出は、実は今日の日本社会の精神的骨格にまで流れ込んでおり、気付かぬうちに、僕たちもその砦に囲われているのです。\
その始まりの地になった吉田山。今も不思議な神威が漂うこの地には、未来を考える種が埋まっていると感じます。

## KINEMA 2400

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

***

前回、映画を「作る」のではなく「伝える」使命を全うし、次々と日本映画を世界に提起した川喜多かしこに触れました。\
最初に伝えたいことは、川喜多かしこと映画界の関係を知ることは、僕たちにとって無関係ではありません。\
むしろ、今日のように「作る」と「伝える」ことが分離しなくなった現在、理解の重要性が増していると感じます。

なぜなら、AIとノーコードツールの普及が両者の境界を溶かし続けており、作ることは万人に開かれてきたからです。ですが、ここには落とし穴もあります。\
作ることは簡単になっても、伝えることは、これまでと何も変わっていないからです。

制作が民主化されると、人間の価値は「何を作るか」「なぜ作るか」「誰に届けるか」というAIが代替できない領域に集約されます。\
この意味を理解しているか否か。ここに次世代を生き抜く鍵があります。

まず、冷静に現状を見ると、今起きていることは粗製濫造です。\
突然、あらゆるコンテンツからプロフェッショナルとアマチュアが消えた影響で、門外漢があっという間にプロの仕事を受け持つことが普通になりました。\
一方で、そうした位置に立つ人は僅かであり、大半は情報として無意味・無価値を大量生産する部品となっています。

一体、なぜこのようなことが起きるのか？\
作ることは簡単になったが、制作物には必ず「届ける相手」がいるからです。この当たり前のことを、なぜか多くの方々は見ていない。ゆえに届ける相手が不在のまま、とにかく制作に没頭する利己的なコンテンツが氾濫しているのが現在です。

作ったものを届けるには、必ず「伝える」という行為がある。\
これはSNSが完全普及した僕を含めた広い世代が、どうしても忘れがちなことですが、言い換えれば、ここを理解することが頭角を現すための武器となり得るのです。\
個人的には、1990年代後半頃に亀裂があると見ており、1980年代中期から後期に生まれた世代の方々は、ここを理解している人が多いが、世代が降るほど、この理解は希薄になります。

自ら作り、自ら伝える。\
ですが、伝えることは本当に難しい。それは贈る相手と真摯に向き合い続け、信頼を育むという歳月が必要になるからです。そしてこの歳月というリニアな時間軸に、SNSの影響を受けた世代は対応できない。\
制作はノンリニアになりましたが、伝えることはリニアであり続けており、今後も変わることはない。\
ここに、一つの境界線が引かれています。

これに気づき、学ぶためには、良い方との出会いが必要だと自らを振り返っても思います。つまり、それを実行している人を探し求めて移動し、多くを学ぶことから始める。\
これを映画史の文脈にあてたとき、川喜多かしこの存在は偉大な光となるのです。

世界に日本映画を伝え、届ける使命を全うしながら、彼女は続いて二つの大事業に取り掛かります。最初が「フィルムの保存」です。\
今でこそ保存は当たり前ですが、当時の日本映画界は保存という考え方を持っていませんでした。\
この時、作ったものを伝える段階から、伝えたものを後世にまで保存する。この新たなベクトルが彼女の中に生まれたのです。

しかし、当時の日本映画界は動かない。\
そこで彼女は、フランスのフィルム保存の第一人者で、政府から出資を受けて保存機関シネマテーク・フランセーズを創設したアンリ・ラングロワと関わり、国際フィルムアーカイブ連盟（FIAF）の世界に日本を接続し、フィルムの保存という営みの重要性を説き続けました。\
これが、現・国立映画アーカイブに大きな貢献を果たします。

もう一つが、芸術映画の上映運動です。\
前回お伝えしたように、もともと川喜多夫妻が興した東和商事は、戦前から西欧の芸術映画の輸入上映を得意としていました。その知見を活かし、今度は芸術映画を戦後日本社会に根付かせ、どんどん制作してもらおうと考えたのです。

1960年代当時、すでに欧米には芸術映画を専門に上映する映画館（アート・シアター）があり、川喜多かしこはそれを日本でも作りたいと願います。\
そこで彼女は「日本アート・シアター運動の会」を自ら設立。

この動きは、当時の日本社会の事情とも密接に関わりました。外貨不足で映画の輸入が厳しく制限されていた時代だったため、芸術性の高い作品は採算が取れないと嫌がられていたのです。

日本人にも芸術映画を作ってほしいという想いを実現するには、まず先行的に欧米で上映されている芸術映画が入らなければ先に進まない。\
この壁を突破するには、外国の製作者や配給元と直接交渉し、映画を選び、字幕をつけ、国際的な信用を持つ人物でなければならない。\
その役目は、彼女以外に適任がいませんでした。

川喜多かしこは、それまでに築いた国際映画界のネットワークを活用し、知見を惜しみなく日本の若い製作者に向けて捧げます。\
こうして1961年11月、日本アート・シアター・ギルド（通称ATG）が誕生。

川喜多夫妻のビジョンに賛同した東宝の副社長・森岩雄が軸となり、東宝が関係する劇場の協力を提供し、さらに資本金の大半も出資。\
ATGの社長には、森の知人で東宝系統の三和興行社長・井関種雄が就任し、万全の体制で始動します。

ATGの第一期（1961-67年頃）は、徹底的なインプットです。\
とにかく欧米の芸術映画を輸入し、上映し続ける。この実験的で反抗的な欧米の芸術映画の精神が、一部の若者の心を掴みます。\
なにしろ、当時の日本社会は鬱憤を抱えた若者が都市を蠢いていた時代。\
芸術映画という新たな感性は、若い映画人に絶大な影響を及ぼしたのです。

そして徹底的なインプットと並行し、ATGは日本人製作者にも芸術映画を作る機会を提供するために、画期的な仕組みを提案します。\
それが製作費一千万円を上限として、半分をATGが出資し、半分を自前で調達する方法でした。

当時、芸術映画は金にならないと考えられたため、大手映画会社は受け付けない。でも、あの時代は尖ったアングラ表現者が続々地下から登場する時代であり、映画を民主化する最初の決定的瞬間となったのです。

ATGについては語り尽くせませんが、まずは、映画に限らず「伝える」ことの重要性を、今、改めて川喜多かしこから学ぶことが重要に思えてなりません。\
誰もが製作者になった今。伝えることを知っているか否か。ここに次の選別ラインが密かに用意されているのです。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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