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title: "TM MAGAZINE Vol.1 思想とは何か｜地盤を転移させる技術"
headline: "思想とは思考の地盤を転移させる技術　文明開化という病を越える"
description: "近代を終わらせるには新しい考えを足すのではなく、自らの心から思考の地盤そのものを転移させるしかなく、その力こそが思想である。国つ神計画研究所は縄文土器の五大圏域と来訪神（まれびと）の原型、KINEMA 2400は万葉集と日本映画を論じる。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-1
language: ja
published: 2026-04-28
updated: 2026-04-28
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 1
sections:
  - series: "思想の森"
    title: "思想とは何か　思考が生まれる地盤そのものを転移させる力である"
    summary: "思想とは、思考が生成する地盤自体を転移させる力である。近代を終わらせるには、他ではなく自らの心から地盤をずらすしかない。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-1#shiso-no-mori
  - series: "国つ神計画研究所"
    title: "海の視点を欠く日本論の限界　縄文土器の五大圏域と来訪神の原型"
    summary: "日本は陸の視点だけでは見えず、縄文土器の広域伝播は海を介した異族の接触が来訪神（まれびと）の原型を作ったことを示す。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-1#kunitsukami
  - series: "KINEMA 2400"
    title: "日本映画は万葉集の映像表現　国学者に倣い「日本の心」を探る"
    summary: "国学者が万葉集と古事記に「日本の心」を見出したように、筆者は日本映画の研究から「日本の心」を引き出し提起する。"
    url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-1#kinema-2400
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# TM MAGAZINE Vol.1 思想とは何か｜地盤を転移させる技術

2026年4月28日発行　著者：三井崇央

## 思想の森

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

***

今週は、思想とは何かについてです。

「思想」という独特の響きを持つ言葉を、どう説明するか？\
世の中には「思想家」と呼ばれる人々がいるが、「哲学者」と何が違うのか？\
この問いに、明確に答えられる人は少ないでしょう。

思想とは、思考が生成する地盤自体を転移する力です。\
誰もが日々思考し、生きていますが、その思考が生まれる地盤にまで、注意を向けることはほとんどありません。なぜなら、人間が思い、考えることは当たり前だと思い込まれているからです。

しかし、思考の生成から表現に至るまでを包括的に見ると、大半の人が語る「自分の思考」とは、実際には世界・国家・社会、あるいは「誰か」など、常に他に立脚していることが見えてきます。思考は自分自身に属するものであり、自由なものだと考えたい気持ちとは裏腹に、本当は誰かの思考に影響されている場合が多いのです。

一体、なぜなのか？

思考が生成する地盤自体が、「他なるもの」に由来しているからです。\
人間は誰しも、生きている限り時代の規制を免れることはできません。\
どれだけラディカルな逸脱を試みても、「外部」は幻想であり、メビウスの帯のように永続的な再帰を繰り返します。表が裏であり、裏が表である永続…。

現代人は、この終わりなき戦いに疲れ切っていますが、どうすれば先に進めるのか？\
近代を超克しようとする動きは、二十世紀中後期に随分と論じられましたが、僕たちは未だ終わりなき近代の渦中に留まったままです。この事実は、「超越・克服・逸脱」など既存の思考では、近代自体を終わらせることができないことを示唆しています。

つまり、近代をどう捉えるかではなく、近代自体を生産・再生産し続けている思考が生まれる地盤自体を、先に転移する必要があるのです。この地盤転移が、思想の役割です。\
言い換えれば、近代思考に幽閉されてしまい、身動きが取れなくなった現代人に対して、打開策を示すのではなく、そもそもの思考が生まれる地盤自体をズラしてしまう。これが思想の力であり、未来を切り開く本当の可能性です。

なぜなら、思想によって転移された新たな地盤は、数百年から数千年規模の未来に根源的な影響を及ぼし、僕たちが向かおうとする世界を実現する基本となるからです。

日本各地を巡っていると、衰退が加速する各地で、何とかしようと真剣に考え、必死に実践する人々に多々お目にかかります。街づくりであれ、技術継承であれ、自然との関わりであれ、こうした人々は各地に点在し、今も本気で未来を考えています。

つまり、想いがある人々は絶えたわけではない。いや、むしろ時代の悪化に呼応するかのように、日本や世界の未来を想い、行動する人々は増えている。そうであるにも関わらず、なぜ世界は滅亡に向かって加速し続けているのか。この問いに対する答えは、未だ出されていません。一体、なぜなのか？

思考の地盤自体を転移できていないからです。\
SNSの隆盛と共に、次々と新たな考えや価値観が提起され、一気に世界が結びつく時代であっても、実は根本的な地盤自体は近代を採用し続けています。言い換えれば、SNSは近代の延命装置なのかもしれません。\
ゆえに、旧世界の地盤の上で、日夜新たな考え方（実は解釈・考察）が生まれているだけで、根源自体は微動だにしていないため、現実に世の中は変わりません。

最近強く思うのですが、もはや「新しい発想」などは存在しないのかもしれません。\
僕たちが向き合わなければならないのは、そうした誰かの言説ではないからです。\
1960年代後半の安保闘争や学生運動は、他を変革することの不可能を証明しました。国家や社会、他者を変えようとするのではなく、まずは自らの心を正す。太古の昔に儒学の聖人が到達した答えは、まさにこの一点でした。

あまり注意されていませんが、日本や中国は、西欧とは根本的に異なる文脈です。\
西欧では、数百年の歳月をかけて、市民革命や個人の解放などを実践した文脈があるため、彼らにとっての国家・社会変革は、歴史に基づいた妥当な考えとなり、肌感覚から共感を得やすい。しかし、この文脈とは異なる世界を生きてきた日本人は、西欧的な方法から見た場合、同じことをコピーするのではなく、真逆を考えなければなりません。

個人の自由や主権のために、国家や社会、あるいは大企業と戦う西欧的方法ではなく、徹底的に内省し、まずは自らの心を変革する。己の心の変革は、社会革命や政権転覆よりも遥かに困難です。そして中国や日本の革命は、実はここに立脚点を持っています。この本質を見誤ったのが、戦後の闘争の失敗だったと、未来を生きる僕たちなら総括できます。

他を変えようとするのではなく、まずは自らと向き合う。\
あらゆる他なるものを掻き分けた底にあるもの、それが地盤です。\
その位置で物事を思考し、地盤自体を先に転移させる。

文脈は、国家・社会・地域において固有なのではなく、本質的には場所に固有です。現在、イラン戦争によって、西欧→英国→米国と結ばれた500年規模の帝国主義が、遂に終わりを迎える歴史的大転換に誰もが立ち会っています。\
そこで浮上する多極化主義は、地政学から見ること以上に、場所の多元的世界を見つめる視座が必要です。そのためにも、まずは自らと向き合う意志と覚悟が必要に思えます。

いつも思うのですが、思想は樹海に酷似しています。\
樹海に入ると、方位がわからなくなり、鬱蒼と生い茂る木々の中で太陽は遮られるため、時間感覚を失います。地図もなければ、ガイドもない世界。それでも未来を真剣に考えるならば、ひたすら進み続けるしかありません。

行く先に目的地はなく、幾度も同じ場所に戻ってくる陶酔感に襲われる。それでも、進み続ける。すると、樹海に入った先人の痕跡と出会い、次の進む道が開かれてきます。

まさに、「思想の森」。\
多くの方々が諦めても、一人でも進み続ければ、必ず未来は開けてきます。\
その一人が、あらゆる業界から登場すれば、必然的に新時代の国造りは生まれてきます。\
かつての明治維新も、志士に思想を与えたのは水戸藩という場所でした。\
全国各地の浪人や武士が、水戸藩の思想を求めて移動した結果、数十年かけて明治維新は起きたのです。

個人、企業、社会、国であれ、必要なのは思想なのかもしれない。\
そう信じて、共に激動の時代の先を目指しましょう。

## 国つ神計画研究所

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

日本に深く潜れば潜るほど、ある共通した課題が見えてきます。\
それが、「海の視点」の欠落です。

歴史に限らず、日本を見る時に多くの人が直面する問題は、大抵「海の視点」を持っていないか、あるいは軽視していることに原因があります。端的に言えば、従来の大部分の日本や日本人を語る言説は、例外なく「陸の視点」から構築されています。

日本列島が海に囲まれた島嶼である以上、「海と陸」の双方向を見なければなりません。しかし、現実には陸一極集中の様相を呈しています。戦後から二十世紀後半にかけて、陸一極主義へ懐疑を持った一部の諸氏は、海を見る重要性を説き、多大な労力を払って「本当の日本」を解明する努力を続けてきました。しかし、今もなお「陸の視点」に比重は偏り、日本の実像は中々見えてきません。

民俗学者・折口信夫は、古代世界の来訪神「まれびと」を研究する過程で、起源的に神々は海から現れたことを明らかにしました。一方で、神々も常に海からやってきたわけではなく、時代が下ると山から来訪するようになり、観念的には天から来訪するなど変質していきます。

陸の場合は先人の足跡が残り、遺構や遺物も残りますが、海はそうはいきません。海を動いた先人の足跡は、瞬時に波にかき消されてしまい、遺構や遺物は潮流に流されて残りません。「発見」の見地から見ても、陸は腰を据えて丹念な発掘調査ができますが、海では不可能です。このように、陸と比べると海は痕跡が残らない未知の領域です。本当は、宇宙よりも遥かに探索価値がある世界です。

ある意味、「先祖の移動史」の解明が必須ですが、縄文時代を扱う考古学では、海の動きに直接目を向ける代わりに、縄文人が製作した土器の様式に注目しました。それから一世紀程度かけて、発見された土器を体系的に整理し、各地の調査をまとめ上げ、その影響範囲を詳細に研究する基本姿勢を取ってきたのです。この想像を絶する苦労の末に見えてきたのは、意外な歴史でした。

「縄文人は、想像以上に動いていたのではないか？」

この問いは、縄文時代に少しでも目を向けた方なら、必ず抱く違和感です。現代人は太古の人々を文明的に劣った種族と見る悪癖がありますが、その悪癖を除去して真摯な目で見つめれば、縄文人の移動史という、とてつもない世界が立ち現れてくることに感激するでしょう。

時代区分は研究者によってバラバラですが、草創期（約16,000-11,500年前）、早期（約11,500-7,000年前）、前期（約7,000-5,500年前）、中期（約5,500-4,500年前）、後期（約4,500-3,300年前）、晩期（約3,300-2,800年前）の六期に大体区分されます。土器様式の多様性が顕著になるのは前期以降で、中期にピークを迎えますが、この多元性には目を見張ります。

まず、早期の時点で、東日本では井草式・夏島式・稲荷台式などの撚糸文系土器、田戸下層式・田戸上層式などの沈線文系土器、貝殻条痕文系の茅山式土器へと展開しており、関東を中心に、房総・南関東圏が共通の文化圏に近い状態を形成しています。

西日本では、押型文土器が瀬戸内から近畿、中部、九州にかけて広がり、東西で異なる土器様式が並立する構図が早くも現れています。今も昔も、日本列島は東西で全く異なる世界を有していますが、この差異は縄文時代からはじまっています。また九州南部では、前平式・志風頭式などの貝殻文・隆帯文土器が独自に展開しています。

そこから前期を通じて本格的な固有性が生まれていき、やがて中期に入ると、各地で装飾性を持つ様式が爆発的に広がります。縄文人の黄金時代です。

中部高地や関東西部では、立体的な顔面把手や蛇体文で知られる勝坂式土器が登場し、加曽利E式土器が、関東一円を覆う巨大圏域を形成します。津軽海峡を挟んだ東北北部から北海道南部にかけては、円筒上層式が前期からの伝統を継承して発展し、その後を受けて東北全土で大木式土器が成立します。同時期の北陸・中部山岳地帯では、国宝に指定されている火焔型土器・王冠型土器を含む馬高式が中期中葉に出現します。

晩期には、遮光器土偶で知られる津軽の亀ヶ岡文化が、圧倒的な存在感を示します。亀ヶ岡式土器は、東北を超えて関東、中部、さらに北部九州まで搬入品や模倣品が見られ、列島規模の影響力を持った特筆すべき存在です。一方、西日本は衰退の一途を辿っており、晩期後半に黒川式（九州）、滋賀里式（近畿）、突帯文土器（西日本一帯）が展開しますが、突帯文土器の段階に入ると、いわゆる縄文時代は終わったと考えられています。\
それを象徴するかのように、九州北部の夜臼式は、突帯文土器の最終段階に位置づけられ、最古の水田稲作跡が発見された板付遺跡などでは、弥生早期と共伴することが確認されています。

すべて暫定ですが、大きく見れば、東北北部から北海道道南の北日本圏、関東から中部高地の中央高地・関東圏、北陸・信濃川流域の独自圏、近畿・瀬戸内の西日本圏、九州圏という五大圏域が、時期によって変容したと言えます。\
実はこの圏域の大きな考え方は、古事記や日本書紀の神話読解に際しても、非常に重要な理解に繋がります。

土器様式の変容史は、国宝に代表される現物としての土器が注目されがちですが、その伝播の裏には、必ず人と人の接触があったことを忘れてはなりません。縄文時代の場合は異族間の交差ですが、これは直接的に「まれびと」の源流にも関わるため、注意深く見る必要があります。

なぜなら、一般に「海からの来訪神」と聞くと、どうしても外来の渡来人を想定するからです。確かに、大陸・半島・オセアニアからの来訪神の動きもありますが、同時に当時の日本列島は、場所ごとに異なる種族の多元的世界であったため、海を通じた接触が、来訪神そのものの原型を作った可能性があります。

例えば、津軽の十三湖近辺の部族が日本海を通じて能登半島の珠洲に向かった場合、珠洲の部族から見れば異族であり、同時に「海からの来訪神」となります。\
「海の視点」は、僕にとっても最重要の課題であり、潮流・海流・季節風、さらには地名や音、神々の信仰などを統合し、見極めて進める長期的な研究です。

海を見ない日本からは、日本は見えてこない。\
海と陸の双方を知ることで、はじめて日本の解像度が上がる。

僕たちに必要なのは、新たな発見ではなく、既存の成果の解像度を上げること。\
それが日本解明の最大の鍵なのかもしれないと、散々遺構や遺物を見てきた今、強く思います。

## KINEMA 2400

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

***

改めて、日本は不思議な国だと思います。\
1896-1897年にかけて、はじめて映画技術が入ってきてから、あっという間に世界有数の映画大国になった歴史は、その不思議を象徴しています。\
見たこともなければ、扱ったこともない機材、映像の原理に悪戦苦闘しながら、あっという間に映画を理解して吸収し、日本固有の映画表現を切り開いていった先人たち。

6年前、江戸時代の儒学や国学に傾倒していた僕は、「日本の心」について思索していました。

歴史的に中国文化からの強い影響を受けた日本では、江戸時代以前の仏教、江戸時代の儒教の影響という具合に、何かと言えば、学者は中国を模範にする癖がありました。\
この外来崇拝に違和感を持ち、外来文化を受容して独自に調合する素質自体は、そもそも日本人に由来したのではないかと考えた人々が登場します。国学者です。

国学者は仏教や儒教の経典ではなく、徹底的に「日本の心」を探る格闘をはじめ、万葉集と古事記に真理を見出します。そこから二世紀ほどの歳月をかけて、万葉集から古事記を読解した過程は、まさに「日本の心の考古学」と呼べる偉業となりました。

翻って現在、1868年の明治維新から160年程度が経つ僕たちは、何かと言えば、欧米を模範にする癖があります。この外来崇拝に違和感を持ち、外来文化を受容して独自に調合する素質自体は、そもそも日本人に由来するのではないかと考えた人…、それが僕です。

しかし、古事記はまだしも万葉集は到底扱えません。僕たちは、既に万葉時代の心を察知できないほど、「何か」を失ってしまったからです。当然、今から古事記や万葉集を、と叫んだところで、何にもならないことも明白です。

随分と考えた挙句、かつて国学者が万葉集や古事記に「日本の心」を見出したように、僕は日本映画に「日本の心」を見出しました。映像は時代をフィルムに刻印する性質を持っているため、そこから豊かな心の動きが現れます。この映像の魔法によって、かつての日本人が持っていた行為に触れることができるのです。

ある意味、日本人にとっての映画とは、万葉集の映像表現だったのかもしれません。\
あれから6年間、毎日のように日本映画を浴び続けてきた結果、当時抱いた感覚は正しかったと確信するに至りました。

戦後日本映画界の象徴となった黒澤明は、遺言で「あと400年映画を作り続けることができたら、必ず世界を平和にできる」と語りました。映画は娯楽でもあるが、単なる消費文化を超えた力があります。それを黒澤は、平和を実現する力と見たのです。

そんな馬鹿な、綺麗事だと、誰もが思うでしょう。\
しかし、映画の魔法に魅了された僕は今、彼と同じことを確信しています。

かつて、国学者が万葉集の研究から「日本の心」を引き出したように、僕は日本映画の研究から「日本の心」を引き出し、それを提起する。

それが、日本で映画を紡いできた先人への敬意と感謝だと信じて。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

### 最新作：『和と大和』（三井崇央初の思想書、2026年10月21日）。ほかに『僕は何者なのか？』（日本人のルーツを求めて日本列島を歩いた7年間の記録）、写真集『Where Was I? 僕はどこにいたのか？』

- [和と大和](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HNQW4HQ8)（Kindle、2026/10/21）: 三井崇央初の思想書。「和」とは何か。魏の使者が聞いた「ワ」の音から、卑弥呼、十七条憲法、太子信仰、水戸、幕末、明治、戦後へ。和の変様の跡を辿り、多元の和を疎外した先に立ち現れる単一の「大和」（空気・同調圧力・忖度）を、山本七平『「空気」の研究』の先に位置付ける。
- [僕は何者なのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0GTJ3WZKD)（Kindle、2026/03/23）: 自分のルーツは、両親ではなく祖父母を見ることで辿れる。1991年生まれの僕が、祖父母の故郷（石見の五十猛と温泉津、秋田の横手、瀬戸内の大三島）から津軽、岩木山、出雲、諏訪、宇佐へと7年間日本列島を歩き、縄文・弥生・古墳の層に多元的な日本人の姿を探った記録。
- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島を歩いて撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
- ほかの著書: https://www.amazon.co.jp/stores/author/B09P7R6Q25
