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title: "AIは左脳的世界の終極　右脳的世界を突き詰め、脱プラットフォームで先へ進む"
series: "思想の森"
installment: 24
description: "SNS をやめたいのにやめられない？AI の時代に個人は何をすればいいか？AIは近代西洋の終極なのか、AIの時代に人間は何をすればいいのか？三井崇央の見立てでは、AIは左脳的な近代の構造を全代替しただけで、人間は足を運んで一次情報を取り、右脳的世界を突き詰めればいい。AI は近代西洋の終わりなのか？AI と左脳・右脳、人間は何を突き詰めればいいか？業務の 8 割を AI に代替したら、人は何をするか？マギルクリストの左右半球仮説を逆手に取れば、AIは左脳的世界の終極であり、人間は身体・感情・死の自覚を持つ右脳的世界を突き詰め、自作の場所から多言語で配信する個人研究者になればよい。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/shiso-no-mori/vol-24
language: ja
published: 2026-10-06
updated: 2026-10-06
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 24
issue_title: "TM MAGAZINE Vol.24 AIは近代西洋の終極｜天下分け目の戦いはこれから始まる"
issue_url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/vol-24
series_url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/shiso-no-mori
about:
  - name: "イアン・マギルクリスト"
    type: Person
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q16732304
  - name: "左右半球仮説"
    type: Thing
  - name: "脱プラットフォーム"
    type: Thing
mentions:
  - name: "The Master and His Emissary"
    type: Book
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q7750608
  - name: "The Matter with Things"
    type: Book
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q112078386
  - name: "人工知能"
    type: Thing
usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# AIは左脳的世界の終極　右脳的世界を突き詰め、脱プラットフォームで先へ進む

思想の森 第24回（TM MAGAZINE Vol.24、2026年10月6日発行）　著者：三井崇央

儒学には、「修身斉家治国平天下」という考え方があります。\
国家・社会・他者を変えようとする以前に、まずは自らの心を正す。\
最初のコーナーでは、聖人の言葉に従い、今、何を、どう思っているのかをお伝えします。

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日々、人々から語られる「AI」という言葉。この情報洪水に流されず、本当にAI時代と呼ばれる中で淘汰されないためには、実はやることはさほど難しいことではありません。現在、氾濫しているAI情報の大部分は、理解していない人々の煽りを軸とする発言であると考えれば、逆説的にどこに人間の未来があるかが見えてきます。

その際にリファレンスとなるのが、二元論で物事を考える西洋の論理です。そもそもAIは近代西洋の論理の終極に位置しているため、本当に生き残りたいのであれば、近代の構造的欠陥を突けば良い。

最近、この傾向を露骨に示していると感じたのが、英国の精神科医・イアン・マギルクリストが唱える「左右半球仮説」です。この説は1970〜80年代に広まり、いまだ根強い影響力を持つ「左脳＝論理・言語、右脳＝直感・芸術」という俗説的な機能分担論とは根本的に異なり、左脳と右脳の領域をあらためて二元論で示したものです。そして彼は、この論理を自らの神経科学、哲学、文芸批評と組み合わせながら、AI時代の人間を論じています。

主著『The Master and His Emissary（マスターと使者）』および『The Matter with Things』における核は、「何を行うか（What）」の違いではなく、「世界にどのように注意を向けるか（How）」の根本的な様式の違いとして語られており、すべての高等動物は、生存のために両立しがたい2つの注意を同時に払う必要があると主張しています。

わかりやすく言えば、左半球が「狭く、鋭く、対象を孤立させる注意」を司り、右半球が「広く、開かれ、警戒を怠らない包括的な注意」を司るということ。前者は目の前の餌をついばむ、獲物を捕らえる、道具を握るための注意や、対象を文脈から切り離し、静止させ、操作・利用可能な「部品」として把持する力に直結し、後者は背後から捕食者が近づいていないか、周囲の群れはどう動いているかを察知する注意、つねに文脈全体を見渡し、予期せぬ新奇なもの、変化し続ける全体性を受け止める力に直結すると示されています。

マギルクリストは、この二重の注意構造が人間の認識論・存在論の土台を形作っていると論じており、左半球を「使者」、右半球を「主人」と二元化しました。いかにも近代西洋的な発想ですが、面白いのは彼自身、「AI」が左半球の覇権を領有したと主張していることです。もう少し噛み砕けば、左脳的特徴は分析、要素への分解、明文化・ルール化、有用性となり、右脳的特徴は全体性、暗黙知、比喩、神話、身体性、他者との関係性となります。

つまり、左脳的特徴という近代構造を、AIはそのまま全代替しただけの話。今、世界中がAIが人類を滅ぼすなどと騒いでいる本源は、「終わりなき近代」のシステムからの応答と言えるかもしれません。要は、長らく近代西洋によって語られてきた「人間」なるものが、実は代替可能なリソースでしかなかったということが、AIの台頭によって明白になってきたのです。僕の視方では、これが「西洋の自死」です。

もちろん、彼の論理はこの程度で留まりませんが、着想としては十分です。なぜなら、左脳的世界の究極の具現化がAIならば、その世界をいっそAIに委ねてしまえばよいからです。しかし、この発想に近代西洋、そして近代の渦中にあるすべての存在（支離を前提にしている思考）はたどり着くことができません。理由は近代以降の西洋は、まさにこの領域に知性を据え、その力のほとんどを割いてきたからであり、それを手放す決断ができないからです。

一方、見方を変えれば、別の世界が見えてきます。

「AIに未来がある」という言い方をこの文脈に置き直せば、それは左脳的世界が次第にAIへ一元化されていく未来を暗示しています。すると、これまで左脳的世界が軽視し、切り捨ててきた右脳的世界の諸要素が、人間にとって必然的に価値が跳ね上がるのです。この考えは、極めて単純です。僕の考えとしては、AIが未来に向かって加速するならば、同時に右脳的世界の諸要素を持つ人間も、未来に向かって加速するということです。なぜなら、これらは不離だから。

だったら私たち人間は、右脳的世界の要素を突き詰めればいい。もちろん、日本人が彼らの二元論を引きずる道理はないため、これらを不離に突き進むことが重要ですが、その時、最近取り組んできた脱プラットフォームという選択が効いてきます。

まず、世の中にはSNSをやめたいのにやめられない人が大量にいます。彼らは左脳的世界を具現化したAIの加速によって、SNS世界の中で、これまでとは比にならない情報氾濫の波を常時浴び、沼にはまるように抜け出せなくなっていきます。それは茹でガエルのように、ゆっくりと生じるため、いつの間にか抜け出せなくなっているとは誰も気づきません。ですが、この近未来は確定ですし、既にその姿を現しています。

だからこそ動けなくなる前に、誰にも言わず、こっそり脱プラットフォームを済ませておくこと。既に動けなくなっている人が多数である現在、いちいち他者に相談していては巻き込まれてしまうリスクの方が高い。足の引っ張り合いは、終わりゆく存在の常套手段です。逆に言えば、それを実現すれば、99%のように沼に足を取られることなく、先へ進むことができる上、同時に、抜け出したいが抜け出せない、そう悶々としている決断力のない人々から見て、1つのモデルとして目に入りやすくなります。

もちろん、単に脱プラットフォームにすることは、言うまでもなく無意味です。それは「あなたが何であるか」を、長年問い続けて苦悩した準備の上に乗るものであり、何もなしにやったところで、何にもなりません。ただ、悲観する必要もありません。前述のように脱プラットフォームを果たす者のやることは、実は極めてシンプルだからです。現在、AI時代の個人としてじんわり台頭している人を見れば、一つの共通点が必ず見えてくるからです。それを真似することから始めれば良い。

それは、左脳的世界をAIに80%以上代替しながら、自らは右脳的世界の要素を徹底している姿です。

ここで、マギルクリストを逆手に取ることが効いてきます。彼は「AIには身体がなく、感情がなく、魂がなく、死の自覚（有限性）がない」ため、本質的な文脈や現実の深みを理解することは絶対にできないと強調していますが、だったらそれを人間は徹底すれば良い。そこに浮上してくる二十一世紀のキーワードこそ、哲学と宗教です。身体があり、感情があり、魂があり、死の自覚がある人間だからこそ、AIが加速すればするほど必要となるものです。

よって、彼自身が右脳的特徴は全体性、暗黙知、比喩、神話、身体性、他者との関係性と言っているのだから、人間は各々の天分の中でそれに取り組めば良い。もっと極端に言えば、足を運んで一次情報を取り、自ら写真・動画を撮影して感じたことを言語化する。そしてそれを既存プラットフォームではなく、自作した自分の世界に置く。やることは、これを回すだけです。できれば、多言語で。

そう考えると、この時代は「誰もがクリエイター」と呼ばれたSNS時代を終えたことが分かります。むしろ、「誰もが個人研究者」として没頭できるテーマを持ち、ひたすら探求し続けること。その成果をプラットフォームの外から配信することに尽きます。つまり、同じことをやっても未来は変わります。あることでいくら優れた才を持っていても、既存プラットフォームやSNSに発信を依存し続ける人は淘汰され、自作した場所に置ける人が台頭する。

かつて戦国時代、混沌とした世界で、鍬を捨てて刀を握り、一国一城の主を志して村を飛び出した血気盛んな若者が多数台頭しました。その果てに起きた天下分け目の戦い。現在、僕らは一気にグローバルに台頭する武器を一人ひとりが手にしています。その意味では、極めて「民主的」だと言えるでしょう。

問いたいことは、ひとつ。その武器を単なる調べごとや相談に使うのか、あるいは本気で時代の先に進むために使うのか。数十億人が同じ武器を使い、一国一城の主を目指して一挙台頭する乱世。天下分け目の戦いは、これから始まります！

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

### 最新作：『和と大和』（三井崇央初の思想書、2026年10月21日）。ほかに『僕は何者なのか？』（日本人のルーツを求めて日本列島をフィールドワークした7年間の記録）、写真集『Where Was I? 僕はどこにいたのか？』

- [和と大和](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HNQW4HQ8)（Kindle、2026/10/21）: 三井崇央初の思想書。「和」とは何か。魏の使者が聞いた「ワ」の音から、卑弥呼、十七条憲法、太子信仰、水戸、幕末、明治、戦後へ。和の変様の跡を辿り、多元の和を疎外した先に立ち現れる単一の「大和」（空気・同調圧力・忖度）を、山本七平『「空気」の研究』の先に位置付ける。
- [僕は何者なのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0GTJ3WZKD)（Kindle、2026/03/23）: 自分のルーツは、両親ではなく祖父母を見ることで辿れる。1991年生まれの僕が、祖父母の故郷（石見の五十猛と温泉津、秋田の横手、瀬戸内の大三島）から津軽、岩木山、出雲、諏訪、宇佐へと、2019年から7年間日本列島のフィールドワークを行い、縄文・弥生・古墳の層に多元的な日本人の姿を探った記録。
- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島をフィールドワークして撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
- [NO ONE DECIDED: Wa and the World's Most Orderly Society](https://www.amazon.com/dp/B0HNP81CR3)（English edition of 『和と大和』, Kindle, 2026/10/21）: Takahiro Mitsui's first book in English, the English edition of 和と大和 (Wa and Daiwa). No one decided, and yet it is decided; no one ordered it, and yet everyone obeys. Mitsui names what lies beneath Japan's order: wa (和), the invisible working that makes the "one" possible whenever people become one, and separates it from Daiwa, the "Great Wa".
- ほかの著書: https://www.amazon.co.jp/stores/author/B09P7R6Q25
