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title: "土井ヶ浜の弥生人の故郷は山東省か　頭骨が見つめる西北の海"
series: "国つ神計画研究所"
installment: 24
description: "三重構造説は正しいのか？その先は？土井ヶ浜の弥生人の故郷はどこなのか？三井崇央の見立てでは、頭骨は山東半島の方向を向いて葬られており、遺伝子はこの従来説を補強した。弥生人はどこから来たのか。土井ヶ浜遺跡の弥生人の頭骨は西北の海、山東半島の方向を見つめて埋葬されていた。1994年からの日中合同調査は古代山東省人との関係を示し、2024年の全ゲノム解析がその説を補強した。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kunitsukami/vol-24
language: ja
published: 2026-10-06
updated: 2026-10-06
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 24
issue_title: "TM MAGAZINE Vol.24 AIは近代西洋の終極｜天下分け目の戦いはこれから始まる"
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series_url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kunitsukami
about:
  - name: "土井ヶ浜遺跡"
    type: Place
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q11422937
  - name: "弥生人"
    type: Thing
  - name: "山東省"
    type: Place
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q43407
mentions:
  - name: "山東半島"
    type: Place
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q858306
  - name: "角島"
    type: Place
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q7850236
  - name: "日本人三重構造モデル"
    type: Thing
usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# 土井ヶ浜の弥生人の故郷は山東省か　頭骨が見つめる西北の海

国つ神計画研究所 第24回（TM MAGAZINE Vol.24、2026年10月6日発行）　著者：三井崇央

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

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先週の記事では、年々再編集される弥生人の姿に触れながら、山口県響灘に面した土井ヶ浜遺跡について触れました。前回、「土井ヶ浜に居住していた弥生人は基本的に渡来系と言えますが、かなり興味深いことに、この弥生人は遺伝子検査が行われる遥か前から、ある古代人の骨と特徴がほぼ一致していることが指摘されていた」と締めましたが、今回はその相手から。

それが、中国山東省の古代人です。

直近の古代史研究で最も面白いのは、弥生人です。なぜなら最近の弥生人研究を考慮すると、日本人のルーツを「縄文・弥生・古墳」といった大きな区分で、一概に語ることのできない状況になっているからです。僕なりの考えで言えば、縄文と古墳という古代史で注目が集まりがちな両時代を、不離に還すために解明が必要なのが弥生という位置付け。

振り返ってみると、わずか数年前の2020年代前半に提唱された画期的な「日本人三重構造モデル」でさえ、土井ヶ浜を中心とする研究者から批判に晒されています。ですが、もはやどっちが正しく、どっちが間違っているという話ではない。弥生人が僕たち末裔に伝えていることは、そもそも民族を語る上で適切な文法を、僕らが持っていないということです。この現実を、そろそろ理解する時が来たように感じます。

三重構造モデルでは、「縄文を在来」、「弥生を北東アジア」、「古墳を東アジア」と分離させながら整理し、パッと見て誰もがわかる形に民族像を圧縮しました。しかし、仮に弥生人が北東アジア起源であるならば、弥生時代前期の土井ヶ浜遺跡出土の全ゲノム解析が、明確に東アジア系優位を示した事実を説明できません。

構造モデルは、確かに分かりやすい。わかりやすく万人向けである反面、扱う際には注意が必要です。そもそも僕は縄文人の単一種説も信用しておらず、日本人の祖先は相当複雑な可能性があると考えて調査を続けています。この体感から個人的に思うのは、年々新発見が相次ぐ遺伝子研究に振り回されることが重要なのではない、ということに尽きます。遺伝子はあくまで補強材料であり、解明に直結するわけではありません。そこで上記を踏まえた上で、興味深い土井ヶ浜系弥生人を見ていきます。

現代のように弥生人像が揺れ動く前から、土井ヶ浜に埋葬されていた人骨の大部分が、なぜか頭骨を「東南」に向けて並べられていたことは注目されていました。その頭骨の視線は、「西北」の海の彼方を見つめて埋められていたのです。では、土井ヶ浜系弥生人の頭骨が見つめる先には、一体何があるのか。それを考える方が、遺伝子結果で右往左往するより、遥かに有益です。なぜなら、この方角に「彼らのルーツ」を示すヒントがあるからです。

埋葬地から頭骨の視線にしたがって少し西北へ向かえば、海に面した美しい浜に行き着きます。海の先には観光地で有名な角島が望め、あとはエメラルドブルーの海が広がるだけ。遺跡と浜辺の両方から、頭骨の目線の先を自分でも確認してみると、ちょうど山東半島方向に向かって視線が伸びていることを理解しました。

実際、土井ヶ浜遺跡の研究グループはその可能性に早くから気づいており、1994年から3年間にわたって、中国山東省で日中合同調査を行った経緯があります。その結果、土井ヶ浜遺跡の弥生人の祖先は、古代山東省人の可能性が高いと結論づけたのです。

2024年の全ゲノム解析は、新たな解明を行ったのではなく、むしろ土井ヶ浜における従来の説を補強しました。これがおそらく、適切な人類学における遺伝子研究の扱い方です。ここで検出された通り、東アジア系集団に特徴的なゲノム成分を持っていた事実は、「彼ら」に限定すれば、山東省系の古代人と関係があった可能性を示唆しています。

もし、土井ヶ浜の弥生人が山東省の古代人と密接な関係にあったならば、そこが彼らの故郷、あるいは母体集団のルーツといえるかもしれません。より積極的に言えば、彼らの起源は同族だったかもしれない。

ですが、残念ながらこれ以上は判明しないでしょう。土井ヶ浜の弥生人は、現代日本人にほとんど影響を与えなかった可能性は以前から指摘されており、中国でも山東省の古代人は現代中国人にほとんど影響を与えていないことが推定されているからです。つまり彼らは故郷の中国でも渡来先の日本でも、種として生き残ることができなかった可能性が高い。

一見すると、消えた弥生人の実像を僕らが知る可能性はゼロになったように思えます。しかし、土井ヶ浜の弥生人研究は、深い研究史の中で興味深い弥生の姿を示唆しているのです。次回、土井ヶ浜系弥生人の姿に迫る、有力な痕跡と失われた古代日本海圏域について見ていきます。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

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- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島をフィールドワークして撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
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