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title: "紀元前660年の神武即位は推古朝が遁甲で設計した理想である"
series: "国つ神計画研究所"
installment: 14
description: "神武天皇の即位が紀元前660年とされるのはなぜか？三井崇央の見立て：辛酉年の神武即位は、推古朝の新政を讖緯と遁甲の術で上古へ映し返した設計図で、史実でなく理想の標示である。紀元前660年はどう計算されたのか？遁甲と辛酉革命？神武即位の辛酉年は、推古朝の新政を讖緯（しんい）と遁甲の術で上古へ映し返した設計図であり、史実ではなく理想の標示である。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kunitsukami/vol-14
language: ja
published: 2026-07-28
updated: 2026-07-28
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 14
issue_title: "TM MAGAZINE Vol.14 本物の「学」論｜習うではなく、覚めることから学びは始まる"
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about:
  - name: "神武天皇"
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  - name: "神武天皇即位紀元"
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mentions:
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usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# 紀元前660年の神武即位は推古朝が遁甲で設計した理想である

国つ神計画研究所 第14回（TM MAGAZINE Vol.14、2026年7月28日発行）　著者：三井崇央

統一国家や単一民族と、場所に生きる多元的世界。\
どちらが正しいかではなく、相反共存する世界に誰もが生きています。\
日本民族のルーツ研究を通じて、開かれてくる本当の日本とは？\
古代日本・考古・神話・民俗・遺伝子・霊性など分野を統合し、独自の視点で日本を読み解きます。

***

紀元前660年。\
日向から東征したカムヤマトイワレヒコが、ヤマト（現・橿原神宮）で即位した年代、いわゆる神武即位年代です。

ですが、『日本書紀』を開いても、紀元前660年という数字は、どこにも書かれていません。\
刻まれているのは、辛酉の年の正月一日、天皇は橿原宮で位に即いた。ただ、それだけです。\
西暦もなければ、絶対年代もない。あるのは干支と、朔日という月の運行だけ。しかも干支は60年で一巡するため、辛酉の年は60年ごとに何度も巡ってきます。つまりこの一行だけでは、どの辛酉なのかが永遠に決まりません。

そもそも、なぜ辛酉なのか。\
この背景にあるのは、今の僕たちが考える歴史の正確な数字ではなく、思想です。そして思想の根拠となっているのが、古代中国の讖緯（しんい）です。

讖緯では、辛酉の年には天命が改まり、60年を一元とし、二十一元（1260年）ごとに、天下を覆す大革命が起きると考えます。\
この暦の予言術は、中国では危険視されて長らく途絶えますが、日本では千年近くも生き続け、辛酉が巡るたびに、元号を改める作法として制度化されていきました。

明治の歴史学者・那珂通世は、ここに手をかけます。彼は1878年頃からこのテーマを扱い始めますが、推古9年（601）が辛酉に当たり、そこから数年で暦が用いられ、冠位が定められた日本史でも画期の年であると考えます。\
そして、601年から1260年を遡った辛酉こそ、神武即位の年として置かれたのではないか、と考えたのです。

単純に、601年から1260年を引けば、紀元前660年になる。カラクリは、実はこの程度でした。

ですが、那珂の説は妥当ではあるが、どうも説得力がない。那珂は何かを見落としたのか、あるいは見る場所が違っていたのでしょうか。この弱点を、まったく別の角度から突いたのが飯島忠夫でした。

飯島は、中国天文暦法の日本最高峰の学者でした。\
敗戦二年後に刊行した『日本上古史論』で彼が問うたのは、数字ではなく、道具でした。つまり那珂は、近代歴史家が陥る年代と出来事しか見ていない。これを読み解くための道具の理解がないと、飯島は見抜いたのです。\
そこで中国天文暦法に精通した飯島は、暦法とは数字の算出ではなく、為政者の道具なのだという本質から提起を始めます。

重要なことは、干支で年を数える方法も、讖緯の計算体系も、中国で整ったのは前漢（紀元前206-8）の末以降だったことです。\
太古の昔から中国に原型はありましたが、体系化されるまでには相当の歳月がかかっていたのです。この観点に従えば、当然中国側でも、紀元前660年という数字には、何の根拠もありません。

すると問題は、天文暦法という道具が、いつ日本に届いたのかです。

届いたのは602年、百済の僧・観勒が、暦本と天文書を携えて来朝した時でした。書紀は、この時に朝廷は大友村主高聡に、観勒を師匠として「天文遁甲」を学ばせたと記しています。\
飯島が目を留めたのは、この遁甲です。

遁甲は、後漢（25-220）に起こった一種の占術です。今も秘伝中の秘伝とされる奇門遁甲が残っていますが、星を見上げて占うのではなく、机の上で数を動します。\
太一と呼ばれる天帝（古代中国の根源）が、九つの宮を巡ると仮定し、その配置から年の性格を割り出す。暦と分かちがたく結びついたこの術は、「年に意味を与えるための技術」とも言い換えられます。つまり、「年に数字を与えるための技術」ではない。\
面白いのは、ここで秘術を習得した大友村主高聡の系譜が、やがて甲賀伴氏へ繋がります。あの甲賀流忍者を支えた代表的な一族です。

そして、この術が日本に届いたのが、まさに推古朝（在位: 593-628）でした。さらに、601年（推古天皇9年）は前述の通り辛酉の年でした。

その三年後、604年の甲子の年に冠位十二階が施行され、十七条憲法が定められ、日本で最初の暦が頒布されます。一見、これは急激な進展に思われるでしょうが、実は計算されて発布されています。\
なぜなら讖緯では、辛酉に天命が革まり、甲子に法令が革まると考えます。つまり、推古朝の新政はこの流れを理解した上で従い、辛酉から甲子へという讖緯の暦の上に、寸分違わず適合させたのです。この時、新政を担ったのが、蘇我馬子と聖徳太子でした。

つまり、推古天皇ー蘇我馬子ー聖徳太子の飛鳥時代の権力トライアングルは、自らの新政が大革命であると誇示するために、わざと最新技術に合わせたのです。この政治的才覚は、見事です。

そして書紀に基くと、神武即位は「元年の辛酉」、甲子は「神武4年」です。\
辛酉から甲子まで三年。推古9年から推古12年まで三年。全く同じ形を辿っています。\
これは一体、何を表しているのでしょうか？

飯島が遁甲の配置を一つずつ追って示したのは、神武の元年辛酉が、推古朝の辛酉とぴたりと重なる位置に「置かれた」ということでした。偶然ではありません。建国神話が、推古朝の新政と重なるように「政治的に」設計されたのです。

つまり、神武即位の元年辛酉とは、そもそも推古天皇の新政を、抜本的な新時代として政治的に表明するために、新たな輸入技術である遁甲の術を用いて、上古（初代・神武天皇）へ映し返したものであり、観念的なものであって、史実ではない。\
これが、飯島忠夫の結論でした。

ですが、彼はそこで筆を止めませんでした。\
史実ではないと切り捨てるだけなら簡単ですが、彼が続けて記したのはこういう趣旨でした。

あの物語には、日本の新政の理想が標示されている。上古の物語は、そこに含まれている理想を会得すべきものであり、日本の歴史を研究する者は、この一点にこそ大いに注意しなければならない、と。理想は、思想と呼び変えた方がしっくり来ます。

残念ながら、飯島の言葉はその後の歴史学者には届かず、戦後歴史家は数字ばかりを追いかけるようになり、占領軍に精神教育を禁じられたこともあり、歴史から思想も精神も骨抜きとなり、年代と出来事を列挙する中身のないものとなりました。\
こうして、かつて多くの日本人を魅了した歴史は、退屈極まりない受験のための詰め込みとなり、国民は興味を失っていったのです。

紀元前660年は、実際に起きた出来事ではない。神武天皇とは無縁の七世紀の為政者が、自分たちの国はこうあるべきだと考えた理想を、時間の最も深いところへ埋め込んだ設計図なのです。\
この「遡求」は、過去→現在→未来という西欧の線形的時間を配備された現代人には、かなり理解し難いものです。ですが、この遡求法こそが日本の非線形的時間の方法であり、この方法がそのまま後の古事記、日本書紀へと繋がっていくのです。

一体、遡求法を獲得したとき、何が見えてくるのか？\
それが、古事記と日本書紀に込められた神話の世界なのです。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

### 最新作：『和と大和』（三井崇央初の思想書、2026年10月21日）。ほかに『僕は何者なのか？』（日本人のルーツを求めて日本列島をフィールドワークした7年間の記録）、写真集『Where Was I? 僕はどこにいたのか？』

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- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島をフィールドワークして撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
- [NO ONE DECIDED: Wa and the World's Most Orderly Society](https://www.amazon.com/dp/B0HNP81CR3)（English edition of 『和と大和』, Kindle, 2026/10/21）: Takahiro Mitsui's first book in English, the English edition of 和と大和 (Wa and Daiwa). No one decided, and yet it is decided; no one ordered it, and yet everyone obeys. Mitsui names what lies beneath Japan's order: wa (和), the invisible working that makes the "one" possible whenever people become one, and separates it from Daiwa, the "Great Wa".
- ほかの著書: https://www.amazon.co.jp/stores/author/B09P7R6Q25
