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title: "国つ神計画研究所｜TM MAGAZINE"
description: "国つ神計画研究所は、三井崇央のTM MAGAZINEの連載。古代史・神道・遺伝子研究から日本人のルーツを探る。邪馬臺、応神天皇、オオクニヌシ、土井ヶ浜の弥生人、黒潮の女神オオゲツヒメまで全27回。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kunitsukami
language: ja
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
installments: 27
usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# 国つ神計画研究所（TM MAGAZINEの連載、全27回）

国つ神計画研究所は、三井崇央のTM MAGAZINEの連載。古代史・神道・遺伝子研究から日本人のルーツを探る。邪馬臺、応神天皇、オオクニヌシ、土井ヶ浜の弥生人、黒潮の女神オオゲツヒメまで全27回。

## 第1回：海の視点を欠く日本論の限界　縄文土器の五大圏域と来訪神の原型（Vol.1、2026-04-28）

日本のルーツを探るのに、なぜ海の視点が要るのか？三井崇央の見立て：従来の日本論は例外なく陸の視点から作られており、縄文土器の広域伝播の裏にあった海を介した異族の接触が、来訪神（まれびと）の原型を作った可能性がある。縄文土器の地域差、五大圏域とは？縄文人は海を移動していたのか？来訪神（まれびと）の原型は何か？日本のルーツ・日本の起源を探るには海の視点が要る。日本は陸の視点だけでは見えず、縄文土器の広域伝播は海を介した異族の接触が来訪神（まれびと）の原型を作ったことを示す。

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## 第2回：大麻は植物名でなく行為の名だった　知里真志保と鳥浜貝塚の縄（Vol.2、2026-05-05）

古代の大麻は何を指す言葉だったのか？三井崇央の見立て：古代人は物を同定するためでなく行為に名を付けたため、大麻や苧麻は素材でなく行為として見直す必要がある。縄文土器の縄目はなぜ多様なのか？年縞で縄文の植生は分かるか？神道で大麻はなぜ神聖なのか？古代人は物を同定するためでなく行為に名を付けたため、大麻や苧麻（カラムシ）は素材ではなく行為として見直す必要がある。

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## 第3回：大嘗祭の麁服は古語拾遺に遡り、大正に復活した阿波忌部の布（Vol.3、2026-05-12）

大嘗祭の麁服（アラタエ）とは何か？三井崇央の見立て：麁服は古語拾遺が記す阿波忌部の木綿・麻の織布で、徳島からの奉献は大正天皇の即位時に県を挙げた事業として復活したもので、古代は近代によって失われたと見るのが正しい。大嘗祭の麁服（あらたえ）とは？誰が、いつから作っているのか？大嘗祭の麁服（あらたえ）とは？麁服（アラタエ）は古語拾遺が記す阿波忌部の木綿・麻の織布で、徳島からの奉献は大正天皇即位時に県事業として復活した。

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## 第4回：富雄丸山古墳の蛇行剣と盾形銅鏡は祭祀から武力への転換を示す（Vol.4、2026-05-19）

富雄丸山古墳の蛇行剣と盾形銅鏡は何を示すのか？三井崇央の見立て：4世紀に部族を率いる首長の実権が祭祀から武力へ移り始める転換点があり、それを象徴しているのが富雄丸山古墳で発見された巨大な蛇行剣と盾形銅鏡である。古墳時代に何が変わったのか？空白の4世紀と富雄丸山古墳の蛇行剣？富雄丸山古墳の蛇行剣と盾形銅鏡、製作時期が400年異なる三面の銅鏡は、4世紀に首長の実権が祭祀から武力へ移る転換を示す。

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## 第5回：応神天皇は擁立された複合氏族の象徴　古代河内と宇佐神宮の謎（Vol.5、2026-05-26）

応神天皇は実在したのか？三井崇央の見立て：応神天皇は実在の個人ではなく、渡来・帰化・在来の氏族が河内で同盟して生んだ新しい集団を、擁立の形で象徴した存在である。応神天皇は実在したのか？宇佐神宮の謎？八幡神の正体は？応神天皇は実在の個人ではなく、渡来・帰化・在来の氏族が河内で同盟して生んだ新集団を擁立の形で象徴した存在である。

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## 第6回：弥生人の起源は西遼河の興隆窪文化　遼河文明と三内丸山遺跡（Vol.6、2026-06-02）

弥生人はどこから来たのか？三井崇央の見立て：弥生人の遺伝的な基層は西遼河流域の興隆窪文化に始まり、遼河文明は気候変動と異族の襲来で終わって人々は四方へ離散した。弥生人は遼河文明の人々そのものではなく、かなり交雑している。縄文時代はなぜ終わったのか？三内丸山の人々はどこへ消えたのか？弥生人はどこから来たのか。弥生人の遺伝的基層は西遼河流域の興隆窪文化に始まり、遼河文明は気候変動と異族襲来で終焉して人々は四方へ離散した。

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## 第7回：邪馬台国は誤字で本来は邪馬臺　魏志倭人伝の版本と筑後国山門郡（Vol.7、2026-06-09）

邪馬台国はなぜ見つからないのか？三井崇央の見立て：邪馬台（ヤマタイ）は版本の誤字・誤植から生まれた音で、本来は邪馬臺（ヤマト）、魏の時代の発音は yamadö であり、所在が不明なのでなく文献の伝授過程の問題が壁になっている。魏志倭人伝はどこまで信用できるのか？魏の使者は卑弥呼に会ったのか？邪馬台（ヤマタイ）は版本の誤字・誤植から生まれた音で、本来は邪馬臺（ヤマト）、魏の時代の発音はyamadöである。

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## 第8回：神は言葉でなく畏怖の原体験に宿る　本居宣長と三陸沖の海原（Vol.8、2026-06-16）

神とは何か？三井崇央の見立て：神は学者の脳内にも書物にもなく土地を生きる民の日常にあり、言葉以前の畏怖の原体験の中に今も多元的に実在する。日本人にとって神とは何か？神道は宗教なのか？本居宣長の神の定義とは？神は学者の頭脳や書物ではなく土地を生きる民の日常にあり、言葉以前の畏怖の原体験の中に今も多元的に実在する。

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## 第9回：日本人は本来登山をしなかった　神奈備の三輪山とウェストン（Vol.9、2026-06-23）

日本人は本来登山をしなかったのか？三井崇央の見立て：日本人の自然観では山は登る場所でなく拝む神奈備であり、ウェストンが山を遊歩場と再定義したことで、1880年代にその感性が転倒した。神奈備とは？登拝とは？日本人の自然観・世界観では山は登る場所ではなく拝む神奈備であり、日本人は本来登山をしなかった。山を登拝する神奈備の感性は、英国山岳会の系譜に立つウォルター・ウェストンが日本の山を遊歩場と再定義したことで転倒した。

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## 第10回：国つ神を窒息させたのはコンクリート　契沖から平田篤胤の復古へ（Vol.10、2026-06-30）

国学とは何か。復古とは何か？三井崇央の見立て：場所ごとに異なる多元的な営為はコンクリートによって地底に抑止されており、真の復古は命を削る思想的格闘の果てにしかない。古神道とは？国つ神はなぜ見えなくなったのか？国学とは何か？契沖は何をした人か？復古神道とは？場所ごとに異なる多元的な営為はコンクリートによって地底に抑止されており、真の復古は命を削る思想的格闘の果てにしかない。

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## 第11回：葛城一言主神社と鴨都波神社　言と事に分かれた二つのこと神（Vol.11、2026-07-07）

言霊とは何か？三井崇央の見立て：「こと」は言であり事でもあり、葛城山麓に隣り合う一言主神と事代主神は、葛城氏に賀茂氏が覆い被さった多層の痕跡を伝えている。葛城氏とは？一言主神と事代主神はなぜ隣り合うのか？言霊とは？一言主神とは？本居宣長の古事記伝は何を変えたのか？言霊とは？「こと」は言であり事でもあり、葛城山麓に隣り合う一言主神と事代主神は葛城氏に賀茂氏が覆い被さった多層の痕跡を伝える。

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## 第12回：吉田家と白川家の神職免許体系を崩した平田篤胤の復古神道（Vol.12、2026-07-14）

平田篤胤の復古神道とは何か？三井崇央の見立て：江戸の神道は教義以前に吉田家・白川家の免許による統制体系であり、平田篤胤の復古神道は失われた日本の発見でなく、時代が求めた創造だった。神道に教義がないのはなぜか？吉田神道とは？平田篤胤とは？復古神道とは？吉田神道とは？江戸の神道は教義以前に吉田家・白川家の免許による統制体系であり、平田篤胤の復古神道は発見ではなく時代が求めた創造だった。

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## 第13回：日本人は旧人類を抱える絶滅危惧種　ネアンデルタール人とデニソワ人（Vol.13、2026-07-21）

日本人のゲノムには旧人類の遺伝子がどれだけあるのか？三井崇央の見立て：現代日本人のゲノムには44か所の古代人類由来の領域があり、その遺産が現代の環境と齟齬を起こして、うつ病や2型糖尿病の火種になりうる。日本人に糖尿病やうつ病が多いのは旧人類の遺伝子のせいか？現代日本人のゲノムには44か所の古代人類由来領域があり、その遺産が現代環境と齟齬を起こしうつ病や2型糖尿病の火種となる。

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## 第14回：紀元前660年の神武即位は推古朝が遁甲で設計した理想である（Vol.14、2026-07-28）

神武天皇の即位が紀元前660年とされるのはなぜか？三井崇央の見立て：辛酉年の神武即位は、推古朝の新政を讖緯と遁甲の術で上古へ映し返した設計図で、史実でなく理想の標示である。紀元前660年はどう計算されたのか？遁甲と辛酉革命？神武即位の辛酉年は、推古朝の新政を讖緯（しんい）と遁甲の術で上古へ映し返した設計図であり、史実ではなく理想の標示である。

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## 第15回：大国主神に本当の名はない　出雲国風土記のスサノヲと場所の神名（Vol.15、2026-08-04）

出雲大社は昔、何と呼ばれていたのか？八百万の神はなぜ多いのか？祈りとは何か？オオクニヌシに本当の名はあるのか？三井崇央の見立てでは、名は初めから場所の数だけあり、留まる神と去る神の間で一柱に束ねられた。オオクニヌシは一柱が異名を得たのではなく、場所ごとに無数に在った名が留まる神と去る神の間で一柱へ束ねられた神格である。

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## 第16回：麻と楮は忌部の同じ行為だった　古語拾遺の和幣と安房の地名（Vol.16、2026-08-11）

千葉の安房は徳島の阿波から来たのか？和紙はなぜ日本ですぐ根付いたのか？忌部氏と千葉（安房・総）の関係？麻と楮はなぜ同じ氏族が担ったのか？三井崇央の見立てでは、古代に素材の概念はなく、あったのは繊維を扱う行為とそれを司る神だった。忌部が麻と楮（コウゾ）を共に担ったのは剥ぐ・晒す・叩く・績む行為が同一だからで、紙は布のもう一つの姿として受容された。

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## 第17回：常染色体は面、ミトコンドリアDNAとY染色体は線のルーツ（Vol.17、2026-08-18）

ミトコンドリアDNAはなぜ母からだけか？10世代前の先祖のうち遺伝子で辿れるのは何人か？遺伝子で日本人のルーツはどこまでわかるのか？三井崇央の見立てでは、常染色体は 5〜7 世代で消える「面」、ミトコンドリアDNAとY染色体は数万年を遡る「線」で、自分の遺伝子データを現地の調査と組み合わせてルーツに迫る。常染色体は5〜7世代で祖先の断片が消える面のモザイクで、ミトコンドリアDNAとY染色体は数万年を遡る線である。

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## 第18回：古事記編纂の音と文字の苦悩は遺伝子読解で再来する　COMT（Vol.18、2026-08-25）

遺伝子研究は白人基準なのか？古事記はなぜ音と文字の苦悩を抱えたのか？三井崇央の見立てでは、意味を取れば音が消え、音を取れば意味が消える難問が、遺伝子の読解で再来している。遺伝子は古事記より古い編纂者なき年代記であり、白人基準の文法で読む現状は古事記編纂者が直面した翻訳の難問を再来させる。

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## 第19回：日本人のCOMT遺伝子はVal優勢　戦士と心配性という西洋の物差し（Vol.19、2026-09-01）

日本人の COMT 遺伝子の特徴は？日本人は心配性なのか？日本人の遺伝子の特徴は、本当に決断力がないのか？三井崇央の見立てでは、COMT で見れば日本を含む東アジアは祖先型 Val が優勢で、力を抑えているのは遺伝子でなく社会の構造と環境である。日本を含む東アジアは祖先型Valが優勢であり、Metを賢い遺伝子とみなす西洋の基準は普遍を装った特異な物差しにすぎない。

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## 第20回：神名は黒潮に沿って転移する　阿波国のヤクラヒメとトヨタマヒメ（Vol.20、2026-09-08）

海人族の姫神とは？ヤクラヒメとトヨタマヒメ？神の名はなぜ場所ごとに違うのか？神名はなぜ黒潮に沿って転移するのか？三井崇央の見立てでは、場所が変わると行為がずれ、名と音が転移した。それが神々の多元的な性格の母体である。阿波の姫神は黒潮に沿って名を変える？海人族の神々は黒潮に沿って場所ごとに名と行為を変え、徳島市の山に祀られるトヨタマヒメと阿波固有のヤクラヒメがそれを示す。

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## 第21回：足摺半島の唐人石巨石群が示す唐人の古層　黒潮とサルタヒコ（Vol.21、2026-09-15）

サルタヒコの正体は？唐人石巨石群とは？日本の原初の神は何だったのか？磐座とは？『唐人』とはもともと何を指した言葉なのか？三井崇央の見立てでは、原義は渡来人でなく、海から見て光り輝く神々の坐す場所で、サルタヒコの起源は黒潮という潮だった可能性がある。足摺半島・四国西南の古代を観光に？唐人石巨石群とは？唐人の原義は渡来人ではなく海から見て光り輝く神々の坐す場所であり、サルタヒコの起源は黒潮という潮だった可能性がある。

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## 第22回：出雲国への渡来の玄関口は石見国の五十猛町と韓神新羅神社（Vol.22、2026-09-22）

五十猛はイソタケルかイタケルか？神々はなぜ先に島や岩に降りるのか？神々はなぜ島や岩に先に降りるのか？出雲国への渡来の玄関口はどこにあったのか？三井崇央の見立てでは、新羅から出雲へ渡る玄関口は北部九州ではなく、石見から出雲一帯にあった。島根県大田市五十猛町の韓神新羅神社はカラ神を祀り、新羅から出雲へ渡る玄関口が北部九州ではなく石見一帯にあったことを示す。

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## 第23回：土井ヶ浜遺跡の弥生人は渡来系優位　ゲノム解析が覆した北東アジア起源説（Vol.23、2026-09-29）

弥生人はどこから来たのか？三井崇央の見立てでは、土井ヶ浜の弥生人は渡来系優位で、三重構造モデルでは説明のつかない東アジア系の成分が最も大きい。土井ヶ浜遺跡の弥生人は縄文要素が約5%、北東アジア要素が約20%、残りが東アジア系で、西北九州の弥生人とは異なり渡来系優位だとゲノム解析が示した。

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## 第24回：土井ヶ浜の弥生人の故郷は山東省か　頭骨が見つめる西北の海（Vol.24、2026-10-06）

三重構造説は正しいのか？その先は？土井ヶ浜の弥生人の故郷はどこなのか？三井崇央の見立てでは、頭骨は山東半島の方向を向いて葬られており、遺伝子はこの従来説を補強した。弥生人はどこから来たのか。土井ヶ浜遺跡の弥生人の頭骨は西北の海、山東半島の方向を見つめて埋葬されていた。1994年からの日中合同調査は古代山東省人との関係を示し、2024年の全ゲノム解析がその説を補強した。

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## 第25回：土井ヶ浜の弥生人が向いたイニシ　祖先の来た道と海の交易網（Vol.25、2026-10-13）

弥生人はどうやって海を渡ってきたのか？日向とはどこか？イニシ（祖先の来た道）とは何か？三井崇央の見立てでは、土井ヶ浜の弥生人は自分たちの来た道に向けて遺骨を並べ、その言葉が沖縄の「ニシ」に残った。弥生人はどこから来たのか。土井ヶ浜の弥生人は南西諸島の貝を身に付け、頭を揃えて西北に向けて葬られた。伊波普猷が説いた琉球の「イニシ（祖先の来た道）」と、浙江省から流れ着く漂着ゴミは、国境のない海の交易網を示している。

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## 第26回：大三島の大山祇神社　山の神と海の神は不離だったのか（Vol.26、2026-10-20）

大山祇神社はなぜ島に山の神を祀るのか？山の神と海の神は同じなのか？山の神と海の神は不離だったのか？三井崇央の見立てでは、瀬戸内海はかつて山と草原で、大三島は山の神の母体であり続けた。山の神と海の神は不離だった。大三島の大山祇神社に、なぜ山の神が祀られるのか？瀬戸内海の離島・大三島に、なぜ山の神オオヤマツミが祀られるのか。縄文海進以前の瀬戸内海は陸続きの大草原で、島々は山だった。『伊予国風土記』逸文の和多志の大神という名から、山の神と海の神は不離だったのではないかと考える。

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## 第27回：オオゲツヒメと幡多の大月　黒潮に起源を持つ女神（Vol.27、2026-10-27）

オオゲツヒメの正体は？東征は瀬戸内だけだったのか？オオゲツヒメはどこから来たのか？オオゲツヒメの起源はどこにあるのか？三井崇央の見立てでは、阿波国の女神の起源は、黒潮が最初に接岸する高知県の大月にあった可能性がある。幡多の大月と阿波のオオゲツヒメ？黒潮の女神？阿波国の神山町に祀られる女神オオゲツヒメは、オオゲツなる部族の姫だったのではないか。黒潮が最初に接岸する高知県の幡多郡には大月町があり、秦氏・賀茂氏・物部氏の足跡も残る。大月氏の渡来と東征が瀬戸内ではなく黒潮に乗った可能性から、女神の起源を考える。

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