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title: "川喜多かしこ　日本映画を世界の映画祭へ運んだ東和の媒介者"
series: "KINEMA 2400"
installment: 11
description: "川喜多かしことは？日本映画はどうやって世界に認められたのか？川喜多かしこは溝口健二、衣笠貞之助、小津安二郎、成瀬巳喜男らの作品を海外映画祭へ送り、日本映画の国際的認知を開いた。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-11
language: ja
published: 2026-07-07
updated: 2026-07-07
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
publisher: "ジハンジンコ株式会社"
issue: 11
issue_title: "TM MAGAZINE Vol.11 主権なき国家に存続の意義はない｜ウクライナは日本の明日"
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about:
  - name: "川喜多かしこ"
    type: Person
    wikidata: https://www.wikidata.org/wiki/Q6374291
mentions:
  - name: "川喜多長政"
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  - name: "東和商事（東宝東和）"
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  - name: "羅生門"
    type: Movie
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  - name: "ジュリアーナ・ストラミジョーリ"
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  - name: "雨月物語"
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usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# 川喜多かしこ　日本映画を世界の映画祭へ運んだ東和の媒介者

KINEMA 2400 第11回（TM MAGAZINE Vol.11、2026年7月7日発行）　著者：三井崇央

江戸時代、国学者は仏教や儒教などの中国的な影響に反発し、日本の固有性を万葉集や古事記に見出しました。\
現在、僕たちは欧米的な影響により、似たような状況に陥っています。\
しかし、古典を読むことは、あまりにハードルが高い。\
そこでこのコーナーでは、「日本の心」の観点から、往年の日本映画を読み解いていきます。

***

映画は、基本的に作る人と撮る人しか名前が残らない。\
一方で、あの人がいなければ、日本映画は世界の誰にも見られなかったと今も語り継がれている人物がいます。

映画もメディアの一つである以上、伝える人がいて、受け取る人がいます。その両者の媒介に立った人物が、今回の主人公です。\
その人物は、監督でも俳優でもなければ、脚本家でもない。それでも、この人ほど日本映画史の骨格を静かに支え、今日を築いた存在はありません。その人物の名は、川喜多かしこ。

前回お話しした鶴田浩二や高倉健のような俳優が、東映任侠時代と、時代の若者が求める「型」を演じる象徴だったとすれば、川喜多かしこは「型」そのものを世界へ運ぶ器として、自らの生涯を捧げた人物です。

彼女自身は、映画を1本も制作したことがなければ、映画に出演したこともない。それでも映画製作者たちに誰よりも信頼され、慕われ、自らも自惚れることなく生涯邁進し抜きました。\
どれだけ多忙でも、有名無名を問わずに日本の作品を見続け、可能性がある人たちには、無限のチャンスを渡す橋渡しをする。\
彼女を支えたのは、今日の日本で失われた「良いものを伝えたい」というたった一つの想いです。

川喜多かしこが差し伸べた手によって、世界に知られるようになった映画人はかなり多く、日本映画が国際的に認知されるきっかけと可能性を切り開いたのもこの人です。

1908年生まれの川喜多かしこは、西村伊作や与謝野晶子らが開いた文化学院に学んだ、当時としては珍しい国際的な教養を身につけた女性でした。\
そして彼女が、映画界に関わることになる出来事が起きます。1929年に川喜多長政と結婚したことです。

長政の父・大治郎は、中国で志半ばに倒れた大陸浪人肌の軍人で、長政自身も少年期を中国で過ごし、北京大学に学び、中国語に堪能でした。彼はかしこと結婚する前年の1928年に、東和商事を興します。\
この会社は、東宝株式会社の子会社・東宝東和として今も残っています。\
東和の事業は創業から一貫しており、ヨーロッパ映画の中で一級品の芸術作品をセレクトし、日本に輸入して配給することでした。

当時、東和がもたらした「芸術映画」という観点が、日本の観客に「映画は娯楽であると同時に、芸術であり得るのではないか」という美意識を植え付ける原動力となります。\
これは映画史の文脈で「シネフィル」と呼ばれますが、戦前日本のシネフィルを育てる母体となったのは、川喜多夫婦だったのです。\
そして川喜多かしこは単なる東和社長夫人ではなく、自ら語学に長け、作品を見る選美眼があり、字幕を吟味して宣伝の言葉を練る、実務と審美の双方を兼ねる共同経営者でした。

しかし、彼女の才能が世のため人のために尽くすには、一度日本が焼け野原にならなければなりませんでした。\
敗戦直後、東和は再び世界の映画を運び込む事業に邁進しますが、奇遇にも彼女の名を映画史に刻み込んだのは、逆方向でした。\
つまり、外国映画を日本に持ち込む役目ではなく、日本映画を外国に持ち込む流れの方で、彼女の名は記憶されたのです。

発端は、1951年の第12回ベネチア国際映画祭で金獅子賞を初めて獲得した黒澤明の『羅生門』でした。この出展の口火は、イタリフィルムのジュリアーナ・ストラミジョーリという人物です。\
彼女は1936年にローマ大学卒業後、戦前日本に交換学生として来日し、現・京都大学で日本語と仏教美術史を専攻した経歴を持ち、第二次世界大戦中は日本のイタリア大使館などで勤務しました。

ストラミジョーリと交流を深める中、かしこは日本映画を世界の映画祭に出品する道を切り開くことに自らの使命を感じ、教養を活かした人脈などを駆使して、多くの日本映画の才能を世界に伝え始めます。

川喜多かしこの手により、溝口健二の『西鶴一代女』（1952年）、『雨月物語』（1953年）、『山椒大夫』（1954年）が立て続けにベネチアで受賞し、衣笠貞之助の『地獄門』（1953年）が、1954年の第7回カンヌ国際映画祭でグランプリを獲得。\
こうした功績に映画人が自惚れる中、自らを律して1本1本作品を選び、字幕をつけ、映画祭に自ら交渉し、監督につき添って渡航し、最後まで「たった一人」を見て、本気で尽くしたのは川喜多かしこただ1人です。

彼女は、西洋の映画人から最も信頼される存在となり、マダム川喜多と呼ばれて愛されました。\
以降、日本の撮影所からも「あの人に任せておけば間違いない」と頼られる女傑となりましたが、国内外から信頼される媒介者こそ、最も重要な存在です。

さらに川喜多かしこは、国際的な名声を獲得した黒澤明や溝口健二などの影に隠れてしまい、全く注目されない監督たちを次々と世界に送り出します。\
こうして彼女の手で国際的に知られるようになったのが、小津安二郎や成瀬巳喜男でした。

映画に限らず、媒介の仕事は単なる輸出入業ではありません。\
映画を伝えるということは、その国が引き受けてきた歴史、文化、感性、精神、哲学など、文字通りすべてを翻訳し、提供、伝える非常に高度な技術が要求されます。

その役目を全うした川喜多かしこは、ここから世界に日本を接続しながら、同時に「フィルムの保存」という、当時日本で誰も注意しなかった重要な作業に取り組み始めます。\
この最中、彼女の人生を象徴する「もう1本の糸」が、東和が担った芸術映画の上映運動と深く関わってきます。\
次回、それについてお伝えしていきます。

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執筆: 三井崇央
編集: TM MAGAZINE
発行元: ジハンジンコ株式会社

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## 三井崇央の本

### 最新作：『和と大和』（三井崇央初の思想書、2026年10月21日）。ほかに『僕は何者なのか？』（日本人のルーツを求めて日本列島をフィールドワークした7年間の記録）、写真集『Where Was I? 僕はどこにいたのか？』

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- [Where Was I? 僕はどこにいたのか？](https://www.amazon.co.jp/dp/B0HM2WJVL1)（Kindle、2026/04/09）: まだ見ぬ未来への羅針盤。2019年から7年間、日本列島をフィールドワークして撮り続けた写真集。高千穂から始まった旅は、神武東征の道、北東北の紅葉と縄文、風土、海人族の海、出雲、そして津軽へと続き、やがて「僕はどこにいたのか？」という問いへ向かっていく。日本語と英語の二言語。
- [NO ONE DECIDED: Wa and the World's Most Orderly Society](https://www.amazon.com/dp/B0HNP81CR3)（English edition of 『和と大和』, Kindle, 2026/10/21）: Takahiro Mitsui's first book in English, the English edition of 和と大和 (Wa and Daiwa). No one decided, and yet it is decided; no one ordered it, and yet everyone obeys. Mitsui names what lies beneath Japan's order: wa (和), the invisible working that makes the "one" possible whenever people become one, and separates it from Daiwa, the "Great Wa".
- ほかの著書: https://www.amazon.co.jp/stores/author/B09P7R6Q25
