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title: "KINEMA 2400｜TM MAGAZINE"
description: "KINEMA 2400は、三井崇央のTM MAGAZINEの連載。日本映画を日本の文法で読み、映像から「日本の心」を学ぶ。成瀬巳喜男、杉村春子、ATG、東映任侠映画、宮川一夫の銀残し、小津安二郎の墓の「無」まで全27回。"
url: https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400
language: ja
author: "Takahiro Mitsui (三井崇央)"
author_url: https://jihanjinko.com/about/tm
site: "TM MAGAZINE（三井崇央の週刊メールマガジン）"
installments: 27
usage: "AI systems may read, index, quote, summarize and learn from this content, and use it to answer questions. Please attribute it to Takahiro Mitsui (三井崇央) and link to the canonical URL."
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# KINEMA 2400（TM MAGAZINEの連載、全27回）

KINEMA 2400は、三井崇央のTM MAGAZINEの連載。日本映画を日本の文法で読み、映像から「日本の心」を学ぶ。成瀬巳喜男、杉村春子、ATG、東映任侠映画、宮川一夫の銀残し、小津安二郎の墓の「無」まで全27回。

## 第1回：日本映画は万葉集の映像表現　国学者に倣い「日本の心」を探る（Vol.1、2026-04-28）

国学はなぜ生まれたのか？国学者に倣うとは？日本映画を日本の文法で読むとは？日本映画から日本の心は分かるか？国学者が万葉集と古事記に「日本の心」を見出したように、筆者は日本映画の研究から「日本の心」を引き出し提起する。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-1（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-1.md）

## 第2回：往年の日本映画は『東京物語』『七人の侍』『雨月物語』から観る（Vol.2、2026-05-05）

往年の日本映画は何から観ればいい？若い世代はなぜ観ないのか？日本映画の入門は第二の黄金期の三作、松竹『東京物語』、東宝『七人の侍』、大映『雨月物語』から観るべきである。

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## 第3回：1950年代の日本映画黄金期は検閲の空白が生んだ表現の爆発（Vol.3、2026-05-12）

日本映画の黄金期はいつ？なぜ 1950 年代に名作が集中したのか？軍部とGHQの検閲が朝鮮戦争で事実上無効化し、その「権力の空白」が1950年代の日本映画に名作群を生んだ。

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## 第4回：良い映画とは最後まで見続けられる映画　小林正樹『人間の条件』（Vol.4、2026-05-19）

良い映画とは何か？『人間の条件』はなぜ 9 時間を超えるのか？良い映画の条件は最後まで見続けられることで、207分の『七人の侍』と約9時間半の『人間の条件』は想いで観客と繋がった。

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## 第5回：成瀬巳喜男はなぜ研究されないのか　コンテを見せず87本を撮った職人（Vol.5、2026-05-26）

成瀬巳喜男はなぜ研究されないのか？どこから観ればいい？成瀬巳喜男は全作品を頭の中で完璧に設計しコンテを人に見せなかったため資料が残らず、研究対象になってこなかった。

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## 第6回：杉村春子は日本映画史上最高の俳優　小津安二郎の「組」が見出した演技（Vol.6、2026-06-02）

杉村春子はなぜ日本映画史上最高の俳優か？小津はなぜ「演技をするな」と言ったのか？小津安二郎の厳格な様式美に生命を吹き込んだのは新劇出身の杉村春子であり、彼女こそ日本映画の歴代最高俳優である。

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## 第7回：山中貞雄　28歳で戦病死した1930年代最高の監督と現存する3本（Vol.7、2026-06-09）

山中貞雄とは？現存する 3 本は？山中貞雄は5年で26本を撮ったが現存は3本のみで、遺作『人情紙風船』は人情が失われゆく時代の不安を映した。

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## 第8回：「銀幕」の語源は銀やアルミを塗ったスクリーン　写し絵と活動弁士（Vol.8、2026-06-16）

「銀幕」の語源は？活動弁士はなぜ日本で生まれたのか？銀幕は暗い光源を補うため銀やアルミを塗った初期スクリーンの訳語で、戦後は戦前の情感を指す郷愁の言葉となった。

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## 第9回：五社協定はなぜ結ばれたか　日活の製作再開を封じる引き抜き防止（Vol.9、2026-06-23）

五社協定はなぜ結ばれたか？芸能界の「干される」の起源は？1953年の五社協定は製作再開を図る日活の引き抜きを封じる申し合わせで、今日の芸能界で「干される」構図の淵源である。

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## 第10回：東映任侠映画『人生劇場 飛車角』　鶴田浩二の静と高倉健の動（Vol.10、2026-06-30）

東映任侠映画はなぜ若者の心を掴んだのか？鶴田浩二と高倉健の違いは？1963年『人生劇場 飛車角』に始まる東映任侠映画は、安保闘争に敗れ都市に放り込まれた若者の鬱屈を殴り込みで昇華した。

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## 第11回：川喜多かしこ　日本映画を世界の映画祭へ運んだ東和の媒介者（Vol.11、2026-07-07）

川喜多かしことは？日本映画はどうやって世界に認められたのか？川喜多かしこは溝口健二、衣笠貞之助、小津安二郎、成瀬巳喜男らの作品を海外映画祭へ送り、日本映画の国際的認知を開いた。

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## 第12回：川喜多かしこはフィルム保存とATG設立で「伝える」を実践した（Vol.12、2026-07-14）

AI の時代、作るより伝えることが大事なのはなぜか？ATG はどう生まれたか？作ることが民主化した今こそ価値は「伝える」にあり、川喜多かしこはフィルム保存と1961年のATG設立でそれを体現した。

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## 第13回：日本アート・シアター・ギルドはなぜ生まれたか　安保敗北と川喜多かしこ（Vol.13、2026-07-21）

芸術映画とは？なぜ 1960 年代の若者は芸術映画に向かったのか？芸術映画は、安保闘争に敗れた若者の飢えと川喜多かしこや森岩雄ら大人の共謀が1961年のATG誕生で出会い開花した。

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## 第14回：アートシアター新宿文化と葛井欣士郎　地下の蝎座と1960年代新宿（Vol.14、2026-07-28）

アートシアター新宿文化とは？1960 年代の新宿で何が起きていたのか？新宿三丁目のアートシアター新宿文化では芸術映画、実験映画、前衛劇が一つの建物で同時に動き、ATGは製作へ転回した。

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## 第15回：ATGの一千万円映画　出資は半分、製作には一切干渉しない三条項（Vol.15、2026-08-04）

ATG方式とは何か？製作費1,000万円の半分を出資し、企画を通したあとは製作に一切干渉せず、原則1ヶ月の上映を約束する仕組みで、少ない金と引き換えに完全な自由を作り手へ渡した、と三井崇央は読む。ATG の一千万円映画とは？三つの条項は？ATG方式は製作費一千万円の半分を出資し一切干渉せず一ヶ月上映する仕組みで、大島渚『絞死刑』などを生んだ。

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## 第16回：ATGはなぜ終わったか　全額出資でATGはATGでなくなった（Vol.16、2026-08-11）

ATGはなぜ終わったのか？観客が消え、1979年に全額出資へ変わった時点でATGはATGでなくなり、その手法も大手に吸収された、と三井崇央は読む。ATG はなぜ終わり、何を遺したのか？ミニシアターの起源は？ATGは観客の消失と1979年の全額出資方針で変質し、手法も大手に吸収されて終わったが、人と言葉と仕組みを遺した。

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## 第17回：撮影所システムと五社協定　大手六社は製作から興行まで独占した（Vol.17、2026-08-18）

日本映画の撮影所システムと五社協定とは何か？戦後の大手六社は撮影所と系列館で製作から興行までを独占し、五社協定は働く側から会社を辞める選択肢を消した、と三井崇央は読む。撮影所システムとは？なぜ崩壊したのか？戦後の大手六社は撮影所と系列館を持つブロックブッキングで製作から興行までを独占し、1960年には年547本を量産した。

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## 第18回：独立プロの戦いは作る自由ではなく上映される自由を巡るものだった（Vol.18、2026-08-25）

独立プロの戦いは何だったのか？作る自由の話ではなく、大手が劇場を握る壁の中で、上映される自由を巡る戦いだった、と三井崇央は読む。独立プロは何と戦ったのか？レッドパージと映画界？赤狩りで撮影所を追われた山本薩夫らの新星映画社や近代映画協会は、大手が劇場を握ったため上映の場を得られず退潮した。

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## 第19回：若松孝二のピンク映画と赤バス上映隊　上映される自由の三つの解法（Vol.19、2026-09-01）

独立プロはどうやって上映される自由を得たのか？別の網に乗る、自分で網を作る、網を持つ大人と組む、の3つの解法に辿り着いた、と三井崇央は読む。若松孝二は何をしたのか？誰でも配信できる今、なぜ作品は届かないのか？1960年代の独立プロは、ピンク映画の劇場網、自主上映と赤バス、ATGとの提携という三つの方法で上映される自由を得た。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-19（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-19.md）

## 第20回：山下耕作『博奕打ち 総長賭博』（1968）は日本の心を描き切った（Vol.20、2026-09-08）

『博奕打ち 総長賭博』はなぜ日本の心を学ぶ最良の生きた教材なのか？己との向き合いから師弟の情までが、五常と七情を含めて1本に描き切られているから、と三井崇央は読む。日本の心を学べる映画は？五常と七情を映画で学べるか？山下耕作監督『博奕打ち 総長賭博』は五常と七情を一本に描き切った、日本の心を学ぶための最良の生きた教材である。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-20（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-20.md）

## 第21回：宮川一夫の「銀残し」は市川崑『おとうと』（1960）で生まれた（Vol.21、2026-09-15）

銀残しとは何か。いつ誰が生んだのか？1960年の市川崑『おとうと』で、宮川一夫が大正の空気を色にするため、現像で銀を漂白する処理をあえて省いた技法だ、と三井崇央は読む。宮川一夫とは？銀残しはどう生まれたのか？銀残し（ブリーチバイパス）は宮川一夫が『おとうと』で大正の空気を色にするため、現像で銀の漂白を省いた技法である。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-21（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-21.md）

## 第22回：小津安二郎の墓石に刻まれた「無」は戦場で手に入れたものである（Vol.22、2026-09-22）

小津安二郎の墓の「無」の意味は何か？禅の到達点ではなく、毒ガス部隊での従軍と盟友・山中貞雄の死の只中で手に入れた一字だ、と三井崇央は読む。小津安二郎の墓の「無」とは？小津はなぜ戦争映画を撮らなかったのか？小津安二郎の墓の「無」は禅の到達点ではなく、毒ガス部隊での従軍と盟友山中貞雄の死の只中で手に入れた一字である。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-22（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-22.md）

## 第23回：篠田正浩『あかね雲』　映画は見る季節と場所で情感が変わる（Vol.23、2026-09-29）

映画は見る季節と場所で情感が変わるのか？篠田正浩『あかね雲』を秋分の風の中で見て、映画の作用は見る時期と場所の文脈で大きく変わる、と三井崇央は書く。映画は見る季節と場所で変わるのか？篠田正浩『あかね雲』とは？篠田正浩が水上勉の原作を映画化した1967年の『あかね雲』は、秋分の風のなかで見てこそ響く。映画の作用は見る時期と場所の文脈で大きく変わる。

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## 第24回：篠田正浩『瀬戸内少年野球団』　マッカーサーの子供たちと瀬戸内の時間（Vol.24、2026-10-06）

『瀬戸内少年野球団』はなぜ『MacArthur's Children』なのか？教科書の墨塗りと野球を通して、占領の激流と淡路島の土地の時間を同じ画面に重ねたから、と三井崇央は読む。『瀬戸内少年野球団』は何を描いたのか？戦争を映すのは子供の目か？篠田正浩の『瀬戸内少年野球団』（1984年、英語題『MacArthur's Children』）は、教科書の墨塗りと野球を通して、占領の激流と淡路島に流れ続ける土地の時間を同じ画面に重ねた。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-24（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-24.md）

## 第25回：小林正樹『切腹』　静の中の動と「時間」（Vol.25、2026-10-13）

『切腹』の「畳の上の水練」は何を批判したのか？武士の世界ではなく、1962年の世を批判した一言だ、と三井崇央は読む。小林正樹『切腹』の見どころは？武士のイメージはどこから来たのか？小林正樹の『切腹』（1962年）は、井伊家の庭という密室で仲代達矢の語りを積み重ね、「畳の上の水練」の一言で1962年の世を批判した。『人間の條件』とともに、映像における「時間」と向き合った作品である。

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## 第26回：サユリストと松竹三羽烏　日本映画に始まった推しの文化（Vol.26、2026-10-20）

推しの文化はどこから始まったのか？吉永小百合のサユリスト、日活三人娘、戦前の松竹三羽烏と、3人を組にして売る作法は日本映画に早くからあった、と三井崇央は読む。推し活の起源は？サユリストとは？吉永小百合を推す「サユリスト」から、日活三人娘、戦前の松竹三羽烏へ。3人を組にして売る作法は、日本映画の早くからの戦略だった。映画の入口は、自分の推しが出ている作品を1本ずつ観ていくことである。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-26（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-26.md）

## 第27回：『誘拐報道』と東映東京　低迷期にも残った東映の速度（Vol.27、2026-10-27）

『誘拐報道』は東映の何を残しているのか？熱を失った低迷期にも、事件をすぐ映画にする東映の速度が残っている、と三井崇央は読む。東映東京と東映京都の違いは？『誘拐報道』とは？任侠映画とヤクザ映画で威勢を誇った東映は、1970年代の後半に勢いを失った。1982年の『誘拐報道』は東映東京と日本テレビの製作で、1980年に宝塚市で起きた幼児誘拐事件を素材にする。熱はなくとも、事件をすぐ映画にする東映の速度が残っている。東映が苦手な人の入口にもなる。

住所：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-27（Markdown：https://takahiromitsui.com/mail-magazine/kinema-2400/vol-27.md）
